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平成24年8月16日

九州大学
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科学技術振興機構(JST)
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脊髄ミクログリアが産生分泌する炎症性疼痛起因物質の産生機構解明
〜リソソーム酵素カテプシンBを標的とした新しい鎮痛薬開発へ期待〜

九州大学 大学院歯学研究院の中西 博 教授らの研究グループは、脊髄に分布するミクログリア注1)から分泌される炎症性疼痛注2)起因物質であるインターロイキン−1β(IL−1β)ならびにIL−18注3)の産生にリソソーム酵素カテプシンB注4)が関与していることを突き止めました。この研究成果は、慢性関節リウマチなどの慢性炎症に伴う疼痛の発症メカニズムを理解する上で新たな知見であるとともに、カテプシンBを標的とした新しい鎮痛薬開発への可能性を提示するものです。

なお、本研究は、独立行政法人 科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)の一環として行われ、本研究成果は、2012年8月15日(米国東部時間)に米国神経科学学会雑誌「The Journal of Neuroscience」にオンライン掲載されます。

<研究の背景>

脊髄ミクログリアの産生分泌するIL−1β/IL−18は、慢性疼痛の発症において重要な役割を果たすサイトカイン注5)として知られています。中西教授の研究グループはこれまでに、ミクログリアにおいてクロモグラニンA注6)刺激で誘導されるIL−1βに関し、カテプシンB欠損あるいはカテプシンB特異的阻害剤CA074Meが、IL−1βの活性化ならびに細胞外への分泌を抑制することを見いだしました(Terada et al., Glia, 2010)。さらに、カテプシンBはミクログリアにおいてIL−1β/IL−18の活性化酵素であるカスパーゼ−1注7)の活性化を促すことを明らかにしました。このような背景から、慢性疼痛発症におけるカテプシンBの関与を検討しました。

<研究の内容>

アジュバント注8)を野生型マウスの後肢足裏に投与して発症する慢性疼痛では、脊髄に分布するミクログリアにおいて疼痛起因物質IL−1β/IL−18の産生が認められます。ところが、カテプシンB欠損マウスでは、アジュバントを投与しても慢性疼痛は発症せず、また脊髄に分布するミクログリアにおけるIL−1β/IL−18の産生も認められませんでした。一方、アジュバント投与に伴うマウス後肢の炎症部位に集積するマクロファージにおけるIL−1β/IL−18の産生は、カテプシンB欠損の影響を受けませんでした。このことから、カテプシンB欠損マウスで慢性疼痛が発症しないのは、アジュバント投与により炎症が惹起されないためではないことが確認されました。

さらに、カテプシンB特異的阻害剤CA074Meを野生型マウスに髄腔内投与注9)した場合、アジュバント投与により発症する慢性疼痛は有意に抑制されました。また、クロモグラニンAを髄腔内投与した場合、野生型マウスでは疼痛の発症や脊髄に分布するミクログリアにおけるIL−1β/IL−18の産生が認められましたが、カテプシンB欠損マウスにおいては認められませんでした。

予想外なことに、カテプシンB欠損は、脊髄神経切断により発症する神経障害性疼痛注10)には影響しませんでした。すなわち、神経障害性疼痛発症における役割が知られているATPあるいはリゾホスファチジン酸の髄腔内投与で発症する疼痛には影響がありませんでした。このことから、クロモグラニンAは、炎症性疼痛に特異的なミクログリア活性化分子であることが考えられます。

IL−1β/IL−18産生ならびに疼痛発症に至る一連の流れを(図1)に示します。

(1)炎症に伴い脊髄後角において一次侵害ニューロンから分泌されるクロモグラニンA量が増大する。
(2)クロモグラニンAにより活性化されたミクログリアではカテプシンB量が増大し、カテプシンBによりプロカスパーゼ−1が活性化される。
(3)カスパーゼ−1はIL−1β/IL−18の産生分泌を引き起こす。
(4)ミクログリアより産生分泌されたIL−1β/IL−18は、脊髄後角ニューロンにおいてシクロオキシゲナーゼ−2注11)を誘導する。シクロオキシゲナーゼ−2の働きで産生されたプロスタグランジンEは、脊髄ニューロンにおいて抑制機能を担うグリシン受容体注12)の機能を抑制し、脱抑制注13)を引き起こすことで疼痛を発症する。

カテプシンBは脊髄に分布するミクログリアの産生する疼痛起因物質IL−1β/IL−18の産生を制御することで炎症性疼痛発症において重要な役割を果たすと考えられます。

<今後の展開>

本研究は、カテプシンBがカスパーゼ−1の活性化を介してIL−1β/IL−18の脊髄に分布するミクログリアにおける産生分泌を促し、炎症性疼痛の発症に関与することを初めて明らかにしました。慢性関節リウマチなどの慢性炎症に伴う痛みを抱えている人は、世界人口の20%と推定されています。長期間持続する慢性痛は患者のQOL(生活の質)を低下させるだけでなく、鬱などの精神疾患の誘因にもなるため、痛みの緩和治療が社会的にも求められています。しかし、現在臨床に使用されているシクロオキシゲナーゼ−2阻害活性をもつ非ステロイド性抗炎症薬の長期使用は胃腸障害など副作用が特に高齢者に多発し、より有効かつ安全な新しい炎症性疼痛治療薬の開発が切望されています。今回の研究成果は、カテプシンBが炎症性疼痛に対する治療薬開発における新たな標的分子となることを提示するものです。今後、経口投与注14)可能なカテプシンB特異的阻害剤の開発を行い、炎症性疼痛に対する治療薬としての可能性を検討する予定です。

<本研究について>

本研究は、独立行政法人 科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)「炎症の慢性化機構の解明と制御に向けた基盤技術の創出」研究領域(研究総括:宮坂 昌之 大阪大学 大学院医学研究科 教授)における研究課題「脳内免疫担当細胞ミクログリアを主軸とする慢性難治性疼痛発症メカニズムの解明」(研究代表者:井上 和秀、研究期間:2011年度〜2015年度)の支援を受けて行われたものです。

<参考図>

図1

図1 カテプシンBの炎症性疼痛における役割についての模式図

末梢組織炎症に伴って活性化された脊髄ミクログリアにおいて、カテプシンBはプロカスパーゼ−1を活性型のカスパーゼ−1に変換する。カスパーゼ−1は、プロ型IL−1βならびにIL−18を成熟型IL−1βならびにIL−18に変換する。細胞外に分泌されたIL−1βならびにIL−18はCOX−2を誘導する。その結果、産生されたプロスタグランジンEは二次侵害受容ニューロン上のEP2受容体に結合し、活性化したプロテインキナーゼAを介してグリシン受容体α3サブユニットをリン酸化することで働きを抑制する。その結果、二次侵害受容ニューロンの脱抑制が生じ、侵害シグナルが増強されることにより炎症性疼痛が発症すると考えられる。

<用語解説>

注1) ミクログリア
中枢神経中のグリア細胞の一種。脳脊髄に存在し、脳内免疫機能を担っている。
注2) 炎症性疼痛
末梢組織の炎症によって起こる痛み。
注3) インターロイキン−1β(IL−1β)ならびにIL−18
炎症性サイトカインで、特に疼痛に関与するIL−1βならびにIL−18はプロ型(前駆体)として合成され、活性化酵素であるカスパーゼ−1注7)の働きで成熟型に変換されて活性をもつ。
注4) カテプシンB
リソソーム性システインプロテアーゼの一種。
注5) サイトカイン
免疫細胞から分泌されるタンパク質で、特定の細胞の情報伝達をするもの。
注6) クロモグラニンA
神経内分泌顆粒の構成分子。
注7) カスパーゼ−1
プロ型IL−1βならびにIL−18の成熟型への変換酵素。
注8) アジュバント
抗原と一緒に注射され、その抗原性を増強するために用いる試薬。
注9) 髄腔内投与
注射針を髄腔内に刺入し、薬物を髄腔内に注入する投与法。
注10) 神経障害性疼痛
神経系における損傷または機能障害によって起こる痛み。
注11) シクロオキシゲナーゼ−2
炎症や痛みを引き起こすプロスタグランジンEの産生に関与する誘導型酵素。
注12) グリシン受容体
神経伝達物質グリシンと結合し、抑制的反応を伝達する受容体。
注13) 脱抑制
抑制機構が消失することによりニューロン興奮性が増すこと。
注14) 経口投与
粉末、錠剤、カプセルなど製剤された薬物を飲み込み、消化管から吸収させる方法。既存のカテプシンB阻害剤は経口投与に適さない。

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

中西 博(ナカニシ ヒロシ)
九州大学 大学院歯学研究院 教授
Tel:092-642-6413 Fax:092-642-6215
E-mail:

<JSTの事業に関すること>

石井 哲也(イシイ テツヤ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町ビル
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