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平成24年7月20日

科学技術振興機構(JST)
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龍谷大学
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さまざまな生物種間に「敵対」・「協力」関係が存在することで
自然のバランスが保たれることを発見

ポイント

JST 課題達成型基礎研究の一環として、龍谷大学 理工学部の近藤 倫生 准教授らは、生態系に多様な生物種間関係が存在することが、自然のバランス注1)を保つ鍵であることを世界で初めて突き止めました。

自然のバランスに関する過去の研究としては、1972年、理論生態学の権威ロバート・メイ 博士が「複雑な生態系は不安定である」という、従来の予想を裏切る理論解析結果を報告し、研究者たちを驚かせましたが、この理論予測は、複雑な自然生態系が実際には存続している事実と矛盾しており、生物多様性の維持を促進する仕組みの解明が待たれていました。しかし、それから40年もの間、自然のバランスが維持される仕組みは、未解決のまま残された大きな謎でした。

本研究グループは、過去の研究では見逃されてきた「生物種間の関わり合いの多様性」を考慮に入れた数理モデル注2)を世界にさきがけて開発・解析しました。これにより、生物種間の関係が「食う−食われる敵対的な関係」や「互いを助け合う相利的な関係注3)」のいずれかに偏ると自然のバランスを保つのが難しいが、両方の関係がある一定の比率で混ざり合うことで複雑な生態系における自然のバランスが保たれることを突き止めました。

自然生態系において自然のバランスが維持される仕組みが解明されたことで、世界的に大きな問題となっている生物多様性の喪失を食い止めるための新しい保全技術・方策の開発に結びつくことが期待されます。

本研究成果は、2012年7月20日(米国東部時間)発行の米国科学誌「Science」に掲載されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)

研究領域 「生命現象の革新モデルと展開」
(研究総括:重定 南奈子 奈良女子大学 名誉教授)
研究課題名 「栄養モジュール間相互作用に着目した食物網維持機構の解明」
研究代表者 近藤 倫生(龍谷大学 理工学部 准教授)
研究期間 平成20年9月〜平成24年3月

JSTのこの領域は、生命現象に潜むメカニズムの解明に資する斬新なモデルの構築を目標とする研究を対象としています。上記研究課題では、生物多様性の維持機構の解明を目指して、生態系の複雑な関係性のネットワークを理論的に研究しています。

<研究の背景と経緯>

現在、生物種の多様性は急速に失われており、その速度は地球の生物史が経験した5度の大量絶滅に匹敵するという見方もあります。生物多様性の崩壊に伴う生態系サービス注4)の喪失が進行するにつれ、生物多様性の崩壊を食い止め、回復するための技術開発・方策の策定が強く求められるようになってきました。この生物多様性保全注5)の成功には、自然生態系の科学的理解が大きく貢献することが期待されます。時計の動く仕組みを知らずして壊れた時計の修理が難しいのと同様に、生物多様性を保全するには、生物多様性が保たれる仕組みを知ることが重要となるからです。

自然生態系では、多くの種類の生物種が互いに関わり合いながら共存していますが、そこでは特定の生物種が突然に大発生したり、生物種が次々に絶滅したりといった、個体数の大きな変動はあまり生じません。自然には生物個体数の大きな変動を抑制する何らかの自己調節の仕組み(自然のバランス)が働いていると考えられます。この「自然のバランス」が保たれる仕組みが分かれば、世界的な大問題「人間活動に伴う生物多様性の喪失」を食い止めることが可能になるかもしれません。しかし、この「自然のバランス」を保っている仕組みの正体はよく分かっていませんでした。

よく知られたロバート・メイの理論注6)(1972年発表)をはじめ生態学理論の多くは、私たちの予想に反して、生物種の数が多いほど、そして関係を結んでいる種ペアの数が多いほど「自然のバランス」が保たれにくくなることを予測しています。

複雑になるほど生態系は不安定になるとしたこれらの理論予測は、複雑な自然生態系が実際には存続しているという観察事実と矛盾しており、自然生態系においては生物多様性の維持を促進する何らかの未知の仕組みが働いていることを示唆しています。メイ博士の理論からその存在が期待された「自然のバランスが保たれる仕組み」を解明しようとする研究が、40年間に渡り、多くの研究者によって盛んに行われてきました。

<研究の内容>

本研究では、複雑な生態系において自然のバランスが保たれる仕組みを解明するため、過去の研究では見逃されてきた「生物種間関係の多様性」の役割に着目しました。人間社会には、敵対関係や協力関係などのさまざまな人間関係があります。それと同様に自然の生態系でも、多様な生物種が存在するだけではなく、それらの生物種の間に多様な関係が成り立っています。例えば、植物とその花粉を運ぶ昆虫の間に成立するような「互いに助け合う関係(相利関係)」もあれば、鳥の仲間が昆虫を食うといった「一方が他方から搾取する敵対的な関係(食う−食われる関係)」もあります。これまでの研究では注目されることのなかったこのような種間関係の多様性こそが「自然のバランス」を保つ鍵なのではないか、というのが本研究の基本的なアイデアです。

しかし、種間関係の多様性が自然のバランスにどのような影響をもたらすかを研究した例は過去にはありません。そこで、種間関係の多様性が自然のバランスにもたらす影響を評価するために、数学を利用した自然生態系の模型(数理モデル)を作成しました。この数理モデルでは、たくさんの種類の生物が互いに関わり合いを持っており、ほかの生物種の影響(種間関係)を受けて生物の個体数が増減する様子が再現されています。ロバート・メイが利用した数理モデルがこの数理モデルの基礎になっていますが、私たちの数理モデルは相利関係と敵対関係の両方を含んでおり、さらにその「ブレンド比率」をいろいろに変えられるという従来のモデルにはない新しい特徴を備えています。

このモデルの解析の結果、確かに敵対関係と相利関係の「ブレンド比率」が、自然のバランスに大きな影響をもたらすことが分かりました。具体的には、2つの重要な影響が発見されました。第1に、種間関係が多様だと多種の共生が容易になる(自然のバランスが保たれやすくなる)ことが分かりました(図1)。敵対関係と相利関係の「ブレンド比率」が一方に偏っていると、生態系における個体数変動の安定性は低くなってしまいます。しかし、両者がほどよい割合で「ブレンド」されていると、そこに生育する生物の個体数変動は小さく押さえられ、生態系の安定性が高まったのです。第2に、敵対関係と相利関係がほどよく「ブレンド」されていると、これまで自然のバランスを崩すと信じられてきた生態系の複雑性(種の数が多い、関係を結んでいる種ペアの数が多い)が、全く逆の効果を持つことが分かりました(図2)。すなわち、種の数が多いほど、そして関係を結んでいる種ペアの数が多いほど、個体数変動が小さくなり、生態系の安定性が高まるのです。つまり、自然生態系にも当たり前に存在する種間関係の多様性を考慮すると、生態系の複雑性は自然のバランスを支えるようになったのです。これら2つの理論予測は、生物種間の競争関係の存在や、想定する種間関係ネットワークの構造など、いくつかの前提を変えて数理モデルを解析し直しても変化することなく、いつも導かれました。

種間関係が多様であれば自然のバランスは高くなり、さらにこの安定化効果はより複雑な生態系で強く発揮されるという本研究の発見によって、これまで未解決であった、複雑な自然のバランスが保たれる仕組みが解明されました。非常に複雑な生態系が維持されるのは、そこに種間関係の多様性があるためと考えられます。

<今後の展開>

本研究の結果は、「何が複雑な自然生態系のバランスを保っているのか」という未解決の大問題に「種間関係の多様性」という1つの答えを提供しています。また、自然生態系における生物多様性の保全を進める際には、「どのような生物が存在するか」のみならず、「生物が互いにどのような関係を築いているか」という種間の関係に着目する必要があることを示している点も重要です。絶滅の危機にさらされた生物を保全したり、将来における再生のために生物個体を人工的に飼育したり、植物種子や遺伝子を保管する試みがなされていますが、本研究はこれだけでは保全の方策として不十分である可能性を示唆しています。生物多様性の保全のためには、どのような種がどのような関係を築いているのか、あるいはその関係が地域によってどのように異なっているか、そしてどのように生じるのかを明らかにするなどして、「種そのもの」だけではなく、「種間の関係性」を維持するための方策について考える必要があります。

<付記>

本研究は、JSTのさきがけ研究のほか、環境省 環境研究総合推進費の環境問題対応型研究の一環として行われ、龍谷大学の舞木 昭彦 研究員と共同で行いました。

<参考図>

図1

図1 生態系における相利関係と敵対関係(食う−食われる関係)の
ブレンド比率と生態系の安定性の間の関係

相利関係と敵対関係の両方を含んだ生態系について、種間関係全体に占める相利関係の割合を変化させると、それとともに生態系の安定性が変化した。種間関係が敵対関係・相利関係のいずれか一方に偏っていると生態系の安定性は低い。しかし、両者をほどよくブレンドすることで生態系の安定性は高くなる。

図2

図2 生態系の複雑性と安定性の関係

生態系における種間関係全体に占める相利関係・敵対関係の割合を変化させると、生態系の複雑性(種数が多い、または種間関係が密であること)が生態系の安定性に及ぼす影響も変化する。敵対関係に偏っている生態系(左)や相利関係に偏っている生態系(右)では、メイの理論予測と同様に、より複雑な生態系では安定性が低くなる。だが、それに対して、両方の関係がほどよくブレンドされている(中央)と、生態系の安定性は複雑性が高いほど高まることが分かる。

<用語解説>

注1) 自然のバランス
自然のなかには非常に多くの種類の生物種が共存していて、その数は地球全体で数百万ともいわれています。これらの生物種はさまざまな関係を通じて互いの個体数や繁殖力に影響を及ぼし合っています。最も競争に強い種だけを残してほかの生物種がいなくなってしまわないのはなぜでしょうか。餌となる生物が足りなくなったり、ほかの生物に食べ尽されたりして、生物が絶滅するということがあまり生じていないのはなぜでしょうか。互いに関係する多くの生物種が個体数を極端に増やしたり、減らしたりすることなく、長い間共存できる仕組みの解明は生態学における最も重要な課題の1つです。
注2) 数理モデル
直接的な実験や観察が困難なときには、しばしば模型が利用されます。例えば、車の安全性能を調べる衝突実験には、本当の人間ではなくて、人間の特徴を備えた「衝突実験用模型」を利用するのが普通です。自然科学の研究においても、研究対象とする現象や系の注目する特徴を抽出し、そのような特徴を備えた数学的な模型を使って研究を進めることが可能です。このような数学を利用した模型のことを数理モデルと呼びます。本研究では、たくさんの生物種が互いに助け合ったり、食べたり、食べられたりすることで個体数を変動させる様子をとらえた数理モデルを利用しています。
注3) 相利的な関係
生物は互いに関わり合い、影響を及ぼし合いつつ生活しています。そのような関係のなかでも、互いの増殖を支え合うような二種間の関係のことを相利関係と呼びます。イソギンチャクとそこに共生するクマノミの関係、植物とそこから蜜などの資源をもらう見返りとして花粉をほかの花に届ける手伝いをする動物(昆虫や鳥など)の関係、植物とその果実を食べつつ同時に種子を遠くに運ぶ役割を果たす動物の間の関係などはみな相利関係ということができます。
注4) 生態系サービス
生物と物理・化学的環境が相互に関係して作り上げているシステムを生態系と呼びます。生態系は私たち人類に多大な利益・サービスを提供しており、これを生態系サービスと呼びます。例えば、食料や燃料、木材などの提供、水の浄化や気候の調節、宗教や文化的生活の基盤の提供、酸素の生産や土壌の形成などはみな生態系サービスの一種です。生物多様性はこの生態系サービスの基盤であり、生物多様性が失われることで生態系サービスの劣化が生じることが知られています。
注5) 生物多様性保全
自然生態系の1つの重要な特徴は、そこにバリエーションが存在することです。例えば、種の多様性は生態系を構成する生物種のバリエーションをさしています。種の多様性は生態系が人間に与える恩恵(生態系サービス)を支えていると考えられています。現在、人間活動によって生物多様性が急速に失われており、これを防ぐための方策を講じることが求められています。自然生態系において多種が共存する仕組みの解明は、生物多様性保全の有効な手法の開発に貢献することが期待されます。
注6) ロバート・メイの理論(あるいはメイの理論)
Robert May(ロバート・メイ)は1973年に生態系の複雑性と安定性の関係についてそれまでの考え方を覆す重要な理論研究の成果を発表しました。種間関係によって生物の個体数が増減する様子をとらえた数理モデルを利用して、種の数が多い生態系ほど、そして関係を結んでいる種ペアの数が多い生態系ほど、個体数の時間変化が不安定になることを理論的に予測したのです。それまで、自然生態系の複雑性こそが自然のバランスを保つのだと期待されてきましたが、それとは全く逆の予測をもたらしたのです。この理論予測は、自然は複雑だからこそバランスがとれているのだと信じていた当時の生態学者に驚きを持って迎えられました。この理論予測が登場することで、複雑な生態系(種数が多く、種間の関係の多い生態系)がどのような仕組みで維持されているかを解明しようとする研究が盛んに行われるようになりました。

<論文タイトル>

“Diversity of interaction types and ecological community stability”
(種間関係の多様性と生物群集の安定性)
doi: 10.1126/science.1220529

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

近藤 倫生(コンドウ ミチオ)
龍谷大学 理工学部 准教授
〒520-2194 滋賀県大津市瀬田大江町横谷1番5
Tel:077-544-7111 Fax:077-544-7130
E-mail:

舞木 昭彦(モウギ アキヒコ)
龍谷大学 理工学部 博士研究員
〒520-2194 滋賀県大津市瀬田大江町横谷1番5
Tel:077-544-7111 Fax:077-544-7130
E-mail:

<JSTの事業に関すること>

原口 亮治(ハラグチ リョウジ)、木村 文治(キムラ フミハル)、井上 聡子(イノウエ アキコ)
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