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平成24年6月26日

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電気通信大学
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1つの光子が複数の励起子を生成する過程を解明
—量子ドットMEG型太陽電池の実現に期待—

ポイント

JST 課題達成型基礎研究の一環として、電気通信大学の沈 青 助教らは、次世代太陽電池として期待される量子ドット(ナノスケール半導体)太陽電池で、光から電流を起こす担い手である励起子注1)を高効率で生成するプロセスの解明に初めて成功しました。

量子ドット太陽電池は、集光時の理論効率は60%以上ともいわれる高効率次世代太陽電池として注目されています。量子ドット太陽電池の強みは、これまで活用できなかった幅広い波長の光吸収を行えることと、高いエネルギーの光を熱エネルギーとして損失する前に励起子(高いエネルギー状態にある電子・正孔の対)生成に活用できることです。どちらも従来の太陽電池のボトルネックを解決するものですが、高エネルギー光を活用するには、通常1光子に1つしか取り出せない励起子を、複数取り出すことができる多重励起子生成(MEG)注2)の発現が鍵となります。しかし、MEGがどのような条件で発現されるのか、ということはこれまで詳細に解明されておらず、実用化の妨げとなっていました。

今回、沈助教らは独自に開発した測定法を用いて、硫化鉛(PbS)量子ドットが光を吸収したときの屈折率変化の測定に挑戦し、MEGの発現から収束、消滅するまでのピコ秒(1兆分の1秒)オーダーのプロセスをとらえることに、世界で初めて成功しました。その結果、MEGの発現に利用できる光エネルギー域は、量子ドットのバンドギャップ・エネルギー(Eg)注3)の2.7倍以上であること、太陽電池として利用するには、収束までの数10ピコ秒以内に電子と正孔に電荷分離させる必要があることが判明しました。

本研究によって、MEGの発現に関わる一連のプロセスの詳細が観測できたことにより、量子ドット太陽電池の開発に必要不可欠なMEG発現の定量的な基礎データを得ることができました。今後は、ナノ結晶中で生成した励起子を外部に取り出す手法の確立などのデバイス化に向けたステップを経て、近い将来、量子ドットMEG型太陽電池で理論効率40%超に迫る展開が期待されます。

本研究成果は、欧州科学誌「Chemical Physics Letters」のオンライン速報版で近く公開されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 さきがけ(個人型研究)

研究領域 「太陽光と光電変換機能」
(研究総括:早瀬 修二 九州工業大学 大学院生命体工学研究科 教授)
研究課題名 「半導体量子ドットの多重励起子生成と太陽電池への応用」
研究者 沈 青(電気通信大学 電気通信学部 助教)
研究期間 平成21年10月〜平成25年3月

この研究領域では、化学・物理・電子工学などの幅広い分野の研究者の参画により異分野融合を促進し、次世代太陽電池の実用化につながる新たな基盤技術の構築を目標として、理論研究から実用化に向けたプロセス研究に渡る広域な研究を対象とするものです。

<研究の背景と経緯>

エネルギー事情の逼迫によって、高効率かつ安価な次世代太陽電池の実現が期待されています。量子ドット太陽電池は、現在まだ基礎研究段階ですが、集光時の理論変換効率は60%以上(集光しない場合でも40%超)と高く、さらに、化学合成法によって簡便に作製できることから、次世代太陽電池の有力な候補の1つとして注目を集めています。

量子ドットとは、直径が数ナノメートル(nm:ナノは10億分の1)の微細な半導体の結晶のことで、量子効果によって光吸収領域を紫外光から近赤外光までの幅広い波長に拡張することができます。また、高エネルギー光を活用して1つの光子の吸収で複数の励起子(高いエネルギー状態にある電子・正孔の対)を生成できる多重励起子生成(MEG)を起こし、熱エネルギーの損失を防ぐことも可能で、従来の結晶型シリコン太陽電池の2大ボトルネックの解決が期待できます。

幅広い波長の光吸収を狙う量子ドット太陽電池には、タンデム方式注4)中間バンド方式注5)があり、高いエネルギーの光の活用を狙うものには、MEG方式とホットキャリア方式注6)が挙げられます。それらの方式の中でも、MEG方式にはMEG発現のプロセスについて謎が多いことで知られてきました。

量子ドットの世界では、光の入射を受けて、高エネルギー状態になった励起子が低いエネルギー状態へ緩和されるまでの時間が緩やかになるため、エネルギーが熱として損失する前に、1光子から励起された電子がさらに別の電子にエネルギーを与えて2つ以上の励起子が生成されるといわれています(図1)。このMEG現象は、2002年に理論的に予言され、最近では単独の量子ドット(PbS、PbSe、PbTe、Si、InAs、CdTeなど)について過渡吸収法による測定が行われきましたが、これまでは、測定法の限界からピコ秒(ps:1兆分の1秒)オーダーに起こるMEGの発現について、実験的な裏付けは得られておらず、MEG発現以降のデータから発現の過程を推測するしかありませんでした。そのため、MEGが理論通り本当に発現しているのか、という根本の証明と、実用化に向けて不可欠なMEGの発現から収束までの一連のプロセスの解明が切望されていました。

<研究の内容>

今回、沈助教らは改良型過渡回折格子法注7)を開発し、MEGの評価手法として用いました。過渡回折格子法は、光吸収による物質の屈折率の変化を測定するため、従来の過渡吸収法では測定困難だったプロセスの検出も可能です。

硫化鉛半導体量子ドットを対象として、ピコ秒から数100ピコ秒までの光吸収により生成した励起子の過渡回折格子信号を測定しました。その際、励起光のエネルギーを、MEGが発現できない小さい値(1.9Eg)からMEGが十分起こりうる大きい値(3.4Eg)まで変化させて測定を行いました。すると、図2に示すように、励起光エネルギーが硫化鉛量子ドットのバンドギャップの2.7倍以下の場合では、過渡回折格子信号(屈折率)の強度に変化がなく、MEG発現を示すピークがないフラットな波形を描き、MEGは発現していません。それに対し、2.7倍以上の光エネルギーになると、最初のピーク直後の200フェムト秒(fs:1000兆分の1)から信号が増加し、3ピコ秒付近でMEG発現を示す新しいピークが現れ、そのピークの強度は光子エネルギーの増加とともに大きくなります。これはMEGが多く発現していることを示すもので、その過程が初めて観察されたことを表します。さらに、図3に示された、数100ピコ秒単位の経時変化では、励起光エネルギーが1.9Egの時にMEGが発現しておらず、2.7Eg以上ではMEG発現の高い信号強度が見られました。生成された多重励起子は数10ピコ秒で消滅して1つの励起子に戻ったことが判明し、MEGの発現から収束までの一連の観測に成功しました(図3)。

今回の結果より、硫化鉛量子ドットのMEGについて以下のことが明らかになりました。
(1)発現条件:光子エネルギーがエネルギーギャップの2.7倍より大きいこと
(2)MEG発現のプロセス:200フェムト秒で開始し、3ピコ秒で終了
(3)多重励起子の寿命:数10ピコ秒

つまり、硫化鉛量子ドットの励起子を高いエネルギー状態で利用するにあたって、数100フェムト秒以内に取り出す必要があり、MEGを太陽電池に利用する場合、利用できる条件は、光エネルギーが2.7Eg以上であること、また数10ピコ秒以内に電子と正孔に電荷分離させるべきであることが判明しました。これらの実験結果は、定量的な基礎データとして、今後量子ドットのMEG発現を利用する太陽電池デバイス設計の明確な指針になることが期待されます。

<今後の展開>

本研究は、半導体量子ドットを用いた安価・高効率な次世代MEG型(あるいはホットキャリア型)量子ドット太陽電池の設計と実現への指針になることが期待されます。今後は、ナノ結晶中で生成した励起子を外部に取り出す手法の確立などのデバイス化に向けたステップを経て、近い将来、量子ドットMEG型太陽電池で理論効率40%超に迫る展開が期待されます。また本研究の発見により、太陽電池への応用とともに、MEGをレーザーや発光デバイスなどへの応用も期待できます。初めて半導体量子ドットにおけるMEG生成プロセスを明らかにしたことにより、今後MEGの発現メカニズムの解明に向けて基礎物理学への多大な貢献も期待されます。

<付記>

本研究は、JST 戦略的創造研究推進事業(さきがけ)の一環として行われ、電気通信大学の豊田 太郎 特命教授と八谷 聡二郎 博士、中央大学の片山 建二 教授、JSTの澤田 嗣郎 博士と共同で行ったものです。

<参考図>

図1

図1 量子ドットにおけるMEGの模式図

半導体量子ドットでは、エネルギーギャップ(Eg)の2倍以上エネルギー(hν)を持つ光子を吸収した場合、高いエネルギー状態の励起子が生成される。高いエネルギー状態にある電子(あるいは正孔)が低いエネルギー状態へ緩和するときに、放出されたエネルギーにより、もう1つの励起子が生成されることにより、1個の光子で複数の励起子ができる多重励起子生成(MEG)が効率よく発生する。

図2

図2 硫化鉛量子ドットのMEG発現初期の過渡回折格子信号(屈折率)の変化 

励起光エネルギー(hν)が硫化鉛量子ドットのバンドギャップの2.7倍以下では、過渡回折格子信号(屈折率)の強度に変化がなく、MEG発現を示すピークもないため、MEGは発現していない。2.7倍以上になると、最初のピーク直後の200フェムト秒から信号が増加し、3ピコ秒付近でMEG発現を示す新たなピークが現れ、その強度は光子エネルギーの増加とともに大きくなり、MEGが多く発現している過程が観察された。

図3

図3 PbS量子ドットにおけるMEG発現から消滅までのプロセス(数10ピコ秒単位)

励起光エネルギー(hν)が1.9Egの時は、過渡回折格子信号は1つの励起子の変化のみを表しておりMEGは発現しておらず、2.7Eg以上(2.83Egと3.42Eg)では初期段階からMEG発現の高い信号強度が見られる。また、生成された多重励起子は約150ピコ秒付近で消滅し、1つの励起子に戻る様子が観測された。

<用語解説>

注1) 励起子
半導体や絶縁体が、光エネルギーを受けて、高いエネルギー準位となる励起状態にある電子と正孔が対となった中性の粒子のこと。
注2) 多重励起子生成(MEG)
半導体のバンドギャップ・エネルギー(注3 参照)の2倍以上のエネルギーを持つ光子を吸収した場合、1個の光子で複数の励起子(電子と正孔の対)が生成することを多重励起子生成(あるいはマルチエキシトン生成、MEG:Multiple Exciton Generation)という。光によって励起された電子が、さらに別の電子にエネルギーを与えて励起させる現象をいう。
注3) バンドギャップ・エネルギー(Eg)
量子ドットにおける電子のLUMOとHOMO間(図1)のエネルギー差。
注4) タンデム方式
量子ドットのサイズを変える量子サイズ効果を利用することによって、吸収する光の波長を制御する手法。吸収波長の異なる複数の量子ドット層を重ねることで、紫外光から近赤外光に渡って幅広い光を電力に変換して、エネルギー変換効率が高められる。
注5) 中間バンド方式
量子ドットを3次元配列させた量子ドット超格子構造では、量子ドット間の電子的結合が起こり、中間バンドが形成される。複数の中間バンド間の励起による幅広い波長の光吸収を利用することで太陽電池の変換効率を高める手法。
注6) ホットキャリア方式
高いエネルギーの光子を吸収して励起された高エネルギー状態の励起子(ホットなキャリア)を、エネルギーが熱として奪われる前に抜き出す量子ドット型太陽電池の一種。
注7) 改良型過渡回折格子法
従来の過渡回折格子法は励起光を用いて吸収係数と屈折率の変化をとらえ、試料中で起こるさまざまな物理化学的変化の応答を計測する分子運動の解明に有力な検出法だが、3つのパルス光を使用するため取り扱いは困難で、物質の吸収係数と屈折率の変化を分離できなかった。本研究の改良型過渡回折格子法(共同研究者の片山 建二と澤田 嗣郎らが提案)は、2つのパルス光を用いて、光吸収による物質の屈折率変化だけを選択的に、より簡便・高感度に測定できる。

<論文タイトル>

“Ultrafast carrier dynamics in PbS quantum dots”
(PbS量子ドットにおける超高速キャリアダイナミクス)

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

沈 青(シン セイ)
電気通信大学 大学院情報理工学研究科 助教
〒182-8585 東京都調布市調布ヶ丘1−5−1
Tel:042-443-5471
E-mail:

<事業に関すること>

原口 亮治(ハラグチ リョウジ)、木村 文治(キムラ フミハル)、川添 菜津子(カワゾエ ナツコ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
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