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平成24年6月25日

科学技術振興機構(JST)
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東京大学
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電子顕微鏡で原子レベルの電場観察に世界で初めて成功

ポイント

JST 課題達成型基礎研究の一環として、東京大学 大学院工学系研究科 総合研究機構の柴田 直哉 准教授と幾原 雄一 教授らは、新たに考案した検出器を用いて、電子顕微鏡で原子レベルの電場注1)を観察することに世界で初めて成功しました。

電子顕微鏡は、見たい対象物へ光の代わりに電子を照射し、対象物から放出された電子を観察することで、物質の微細な構造を観察する装置です。近年、電子顕微鏡の高分解能化は目覚ましく、収差補正技術と観察条件の理論計算を組み合わせることにより全ての種類の原子が観察可能となりました。しかし、原子や原子群による材料の構造が観察できても、電場や磁場(電気的、磁気的な状態)などを観察することは極めて困難であり、顕微鏡学者の長年の夢であるとともに、材料の機能を原子スケールから積極的に制御し特性を向上しようとするエネルギー材料の研究開発においても渇望されている観察技術でした。

今回、収差補正走査型透過電子顕微鏡(STEM)注2)の検出器を4つに分割し、電子の透過散乱を4つの検出面で別個に検出、解析する手法を開発することで、試料内部の電場との相互作用によって透過散乱した照射電子の方向と位置を観測することが初めて可能になりました。これにより、物質の性質に影響する、物質表面・界面の電場の有無や強弱を原子レベルで観察することが可能となりました。この観察結果は、理論計算とも極めてよく一致していました。

今後、本手法を用いて原子レベルの電場を材料ごとに観察・比較することで、太陽電池、蓄電池や燃料電池の触媒材料など広範なエネルギーデバイスの新規材料創成を強力に前進する原動力となることが期待されます。

本研究成果は、2012年6月24日(英国時間)に英国科学誌「Nature Physics」のオンライン速報版で公開されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)

研究領域 「エネルギー高効率利用と相界面」
(研究総括:橋本 和仁 東京大学 大学院工学系研究科 教授)
(副研究総括:笠木 伸英 科学技術振興機構 CRDS 上席フェロー)
研究課題名 「原子分解能電磁場計測電子顕微鏡法の開発と材料相界面研究への応用」
研究代表者 柴田 直哉(東京大学 大学院工学系研究科 准教授)
研究期間 平成23年12月〜平成27年3月

JSTはこの領域で、豊かな持続性社会の実現に向けたエネルギー利用の飛躍的な高効率化を実現するため、エネルギー変換・輸送に関わる相界面現象の解明や高機能相界面の創成などの基盤的科学技術の創出を目的として研究を推進しています。

<研究の背景と経緯>

「物を見る」ことは、新たな世界と発見を生む原動力となる、さまざまな研究の歴史に欠かすことのできない科学そのものの行為です。その飽くなき探求は、マイクロスケール、ナノスケールと、もはや肉眼ではとらえられない領域を観察することを可能とし、電子顕微鏡の誕生によって原子をも観察することができました。

電子顕微鏡は、光(可視光線)よりはるかに波長が短い電子を用いて、光学顕微鏡では見ることのできない微細な対象を(電子像として)拡大し観測する装置です。このうち、走査透過型電子顕微鏡(図1)は、薄い試料上で電子を走査しながら透過した電子を検出して像として拡大観測する顕微鏡です。

この電子顕微鏡の開発初期には、日本は世界一の技術水準をもち「電顕日本」として輸出の花形産業を形成する時期がありました。しかし、1990年後半、ドイツが収差補正技術により分解能を飛躍的に向上させた以後、同国や前例のない投資を続ける米国に研究開発のイニシアティブを奪われています。最近、国内研究機関によるプロジェクトにより高性能電子顕微鏡の開発水準は世界のトップに追いつきましたが、高分解能技術をさらに向上させるとともに、ナノテクノロジーやデバイス開発などにおいて、構造とは異なる物質の性質を同時に得るような新たな観察機能・技術が必要とされてきました。

<研究の内容>

今回、柴田准教授らは最先端の収差補正走査透過型電子顕微鏡の検出器を4つに分割することで、試料原子周辺の電場によって影響をうけた電子線の進行方向の変化(角度や位置)を分かるようにしました(図2)。

この手法により、チタン酸バリウム注3)の電場強度を観察し、単位構造中に形成された電気双極子の検出およびドメイン内部の電場を可視化することに成功しました(図4)。

また、理論計算手法を用いて、同材料の単位構造内にある電気双極子の検出が可能であることを理論的にも検証しました(図4)。

これらのことにより、世界で初めて原子レベルの電場を直接観測可能とする電子顕微鏡を実現しました。

<今後の展開>

近年、太陽電池、蓄電池、パワーデバイスなどのエネルギー材料の研究開発において、材料の表面を原子スケールから積極的に制御し、特性向上を目指す研究開発が精力的に行われています。

特に、界面における局所電磁場を原子スケールから制御し、特異な界面機能を発揮させエネルギー利用効率などを向上させる手法として期待されていますが、本研究成果により的確な界面制御が行えているのかを直接評価することが可能となり、研究開発を強力に前進させることが期待されます。

また、機能性相界面の特性発現に係る本質的なメカニズムを解明することが可能となり、実際の新規なエネルギー材料創出やデバイス開発に資する原子スケールからの相界面制御指針の構築につながることが期待されます。

また、顕微鏡法による直接観測技術は、物理化学、生命科学、電子情報工学、材料科学などの先端的基礎研究分野のみならず、半導体デバイス、表面処理技術、高分子材料、バイオ科学、農学、先端医療、環境触媒、電池、洗剤・化粧品業界などの多様な産業分野においても活用されており、これらにおける、特にナノテクノロジー研究開発の水準と研究開発効率を格段に向上させるものと期待されます。

<付記>

本研究は、オーストラリア・モナシュ大学のスコット D. フィンドレイ 博士、日本電子株式会社(JEOL)の協力を得て行いました。

<参考図>

図1

図1 走査透過型電子顕微鏡(STEM)とSTEM法の概要

  • (左)STEMの実機写真。
  • (右)STEMの模式図。照射源(赤点)から照射された電子(緑色)は、収差補正装置(灰色円盤)を通過すると非常に細く絞り込まれる。試料(藍色四角)を透過する際、原子の種類に応じて散乱するので、これを環状の検出器(青色ドーナツ環)を用いて計測し、像として観察する。
図2

図2 電子線による場の検出方法のイメージ(電子線と場の相互作用)

  • (b)電子線(黄色)の電子(e−)は、原子が存在する場合は原子が生む場(この場合 電磁場:電場E、磁場B)による影響を受け、直接検出に比して偏向(シフト)する。このシフトの観察は「場の観察」に相当する。
  • (a)従来の環状検出器(青色)。透過した電子を1つの検出面で一括検出する。一括検出なので電子線がどのようにシフトしたのか計測は不可能だった。
  • (c)本手法で開発した分割検出器。4つの面に分割することにより、電子線がどちらの方向にどの程度シフトしたのか、微小な計測が可能。
図3

図3 電子線のシフトの計測

  • (a)原子が無い場合の電子線の検出(左)に比べ、原子の場があると、電子線の入射位置に応じて電子線がX検出面側(右)やY検出面側(中)へシフトする。
  • (b)原子位置を基準に、X検出面(上)とY検出面(中)の強度差(X−Y)が逆対称の形に計測される(下)。この逆対称の強度プロファイルは原子の周囲で電場の方向が逆転することを示している。
図4

図4 チタン酸バリウムにおける電子線のシフトの計測(計測と理論計算)

  • (a)検出面とチタン酸バリウム結晶の位置関係。検出面を四等分し、W,X,Y,Zとした。W面とY面とを比較すれば001方向の電場強度を、X面とZ面とを比較すれば010方向の電場強度が分かる。
  • (b)チタン酸バリウムの単位格子の立体構造。これまでの構造解析などから、チタン(Ti、青色)が中心からわずかにずれているために、単位格子中で正電荷と負電荷の位置が離れ(この状態を電気双極子と呼ぶ)、チタン酸バリウムが強誘電体としての性質を持つと考えられている。
  • (c)(左上)001方向の電場強度観察結果。(左下)チタン酸バリウムの構造のSTEM観察結果。(右上)STEM像の黒矢印方向の電場強度をグラフで表したもの。右側赤線部分のTi−O原子カラムに非対称な強度があり、電気双極子の形成による局所的な電場が存在することを示している。(右下)STEM観察結果の黒矢印方向の像強度(電子線の透過散乱強度)をグラフで表したもの。
  • (d)(左上)010方向の電場強度観察結果。(右上)同じく010方向のSTEM観察結果。右側赤線部分のTi−O原子カラムにおける電場強度は対称なプロファイルを示しており、この方向には電気双極子は形成されていない。
  • (e)(f)理論計算結果。(c)(d)の観察結果とよく一致している。

<用語解説>

注1) 電場
電界ともいい、電磁気的な作用を及ぼす空間やその空間の性質。
注2) 収差補正走査透過型電子顕微鏡(STEM)
0.1ナノメートル=1オングストローム(10−10m)以下程度まで細く高精度に焦点を収束させる収差補正技術を用いた電子線を試料上で走査し、試料により透過散乱された電子線の強度を情報として取り入れる環状の検出器を用いて、試料中の原子位置を直接観察する装置。電子顕微鏡は、光学顕微鏡の線源(可視光)による原理的分解能(およそ1μm)の限界を、電子の波としての性質を利用して突破した観察装置であり、量子力学の恩恵を最も直接的な形で応用展開した観察装置。
注3) チタン酸バリウム
代表的な電子材料の1つであり、代表的な強誘電体・圧電素子。セラミックコンデンサなどに利用されている人工鉱物。化学式はBaTiO

<論文タイトル>

“Differential phase-contrast microscopy at atomic resolution”
(原子分解能差分位相コントラスト顕微鏡法)
Naoya Shibata, Scott D. Findlay, Yuji Kohno, Hidetaka Sawada, Yukihiko Kondo and Yuichi Ikuhara
doi: 10.1038/nphys2337

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

柴田 直哉(シバタ ナオヤ)
東京大学 大学院工学系研究科 総合研究機構 准教授
〒113-8656 東京都文京区弥生2−11−16
Tel:03-5841-7756 Fax:03-5841-7694
E-mail:

<事業に関すること>

原口 亮治(ハラグチ リョウジ)、木村 文治(キムラ フミハル)、水田 寿雄(ミズタ ヒサオ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
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