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平成24年5月31日

科学技術振興機構(JST)
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浜松ホトニクス株式会社
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東京大学
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ニュートリノ観測可能な大口径「ハイブリッド型光検出器」の開発に成功

ポイント

JST 研究成果展開事業 先端計測分析技術・機器開発プログラムの一環として、浜松ホトニクス株式会社の久嶋 浩之 電子管事業部 技術部 電子管設計第1グループ グループ長と東京大学の相原 博昭 教授らは、ニュートリノ観測など大型実験施設に用いられる、受光面が直径8インチ(約20cm)の大口径ハイブリッド型光検出器(HPD)注1)の開発に成功しました。

ニュートリノなどの素粒子は、水と反応したときに発する極微弱な光(チェレンコフ光)をとらえることで観測できます。ニュートリノが水と反応する確率を高めるために巨大な水のタンクを用意し、その壁面を多数の超高感度・高精度の光検出器で埋め尽くすことで、精度良く観測できるようになります。こうした条件を備えた大型水チェレンコフ観測装置の光検出器としては、従来、受光面の大きな光電子増倍管(PMT)注2)が用いられていました。しかし光電子増倍管には、光子注3)から変換された電子を増幅するための電極がいくつも組み込まれているため、数10から数100点の部品で構成されることから、量産が難しいという課題がありました。近年、電子管の電子増倍部を光半導体素子に置き替えたハイブリッド型光検出器が開発されました。ハイブリッド型光検出器は量産に向く上に高精度の測定が可能という長所がありますが、感度の高い大口径のものを製造するには設計上の課題がありました(現行のものは、口径が約15mm)。

今回、開発チームは、わずか6点の部品からなる直径8インチの大口径ハイブリッド型光検出器の開発に成功しました。電子管の光電面と半導体素子間に8キロボルトの高電圧をかけることで、従来から使われてきた同口径の光電子増倍管と比較して、1つの光子の測定精度が、エネルギー分解能で約2倍、時間分解能で10倍向上しました。

本成果により、100万トン級の次世代大型水チェレンコフ観測装置用に必要な直径20インチのハイブリッド型光検出器の量産が可能となります。

本成果は、6月3日から京都で開催される「第25回ニュートリノ・宇宙物理国際会議」で展示されます。また、2013年4月に、浜松ホトニクス株式会社から販売を開始する予定です。

本開発成果は、以下の事業・開発課題によって得られました。

事業名 研究成果展開事業 先端計測分析技術・機器開発プログラム/プロトタイプ実証・実用化タイプ
開発課題名 「半導体素子増幅による光検出器の実用化開発」
チームリーダー 久嶋 浩之(浜松ホトニクス株式会社 電子管事業部 技術部 電子管設計第1グループ グループ長)
開発期間 平成21~23年度
担当開発総括 尾形 仁士(三菱電機エンジニアリング株式会社 相談役)

JSTはこのプログラムのプロトタイプ実証・実用化タイプで、プロトタイプ機の性能の実証並びに高度化・最適化、あるいは汎用化するための応用開発を行い、実用化可能な段階まで仕上げることを目的としています。

<開発の背景と経緯>

日本は、ニュートリノ天文学で世界をリードし、新しい天文学や素粒子物理学の発展に貢献してきました。こうした研究をさらに前進させるため、100万トン級の規模を持つ次世代大型水チェレンコフ観測装置の開発について、日本やヨーロッパにおいて検討が進んでいます。日本で検討されているハイパーカミオカンデ実験では、スーパーカミオカンデの約20倍の大きさを持つ水チェレンコフ検出器が必要になり、これには約10万本の大口径光検出器が必要となります。

そのため、既存の光電子増倍管(PMT)と同様に、非常に少ない信号を確実に測定する単一光子検出が可能な上に、PMTよりも量産に向いた光検出器の開発が望まれていました。これらを実現するため、開発チームは、電子管技術と光半導体素子技術を融合させ、それぞれの特長を生かしたハイブリッド型光検出器(HPD)を、半球状の大口径にする開発に取り組みました。

HPDは、PMTの電子増倍部を半導体素子に置き換え、電子管の光を電子に変換する光電面とアバランシェダイオード(AD)注4)による電子増倍部を組み合わせたものです。光が電子に置き換わると、複数の電極を経由することなく、AD部分で一度に電子が増幅されることから、より優れたエネルギー分解能と時間分解能、速い読み出し時間を実現することが可能となります。また、製造過程が簡素化されることにより、製造技術、製造材料の観点から優れた量産性が期待でき、その結果、低価格で高性能な光検出器を実現できる可能性がありました。

<開発の内容>

今回開発したHPDは、直径8インチ(約20cm)と大口径で、電子増倍部をADに置き換えただけでなく、バルブ全てをガラスで構成し、可能な限りネック部を短くした構造の真空容器にしました(図1)。これにより、同じ口径のPMTに比べ、部品数を約10分の1(6点)に絞り、作業時間を短縮し製造コストを下げられる構造にしました。HPDは高電圧を印加するため、ガラスの微小放電や発光によって耐電圧不良を起こす危険があります。その対策として、印加電圧を8kVに設定するなど、設計そのものを見直して耐電圧特性を改善しました。また、光電面の形状と電極構造の最適化を行い、光子が電子増倍部に到達する時間のばらつきを最小限にとどめることで、高い時間分解能が得られました。

ADは第1段での電子増倍が非常に高いために、同じ口径のPMTと比べ、1光子エネルギー分解能が約2倍(同口径のPMTのエネルギー分解能を100%とした場合、47%)良くなりました(図2)。併せて、ADの採用により、同じ口径のPMTと比べ、1光子時間分解能が約10倍(同口径のPMTの時間分解能が2400ピコ秒、ADを採用した場合235ピコ秒)向上しました(図3)。

本開発品では、加速した光電子がADに入射したときに、1個あたり約1600個の電子・ホール対が生成され、さらに、ADのアバランシェゲインにより約130倍のゲインが得られるため、最終的に約20万倍の増幅が得られます。

本開発においては、浜松ホトニクス株式会社が中核機関となって試作し、東京大学が参画機関となって評価し、世界トップレベルの検出器回路技術および評価技術を持つ高エネルギー加速器研究機構がモジュールの実用化評価をしました。

<今後の展開>

大口径HPDの開発により、巨大な次世代実験施設の建設の可能性が高まり、日本で始まったニュートリノ天文学をさらに発展させ、日本の新しい天文学・物理学などの基礎科学に貢献するものと考えられます。

また、HPDはPMTと比較して、より簡素化された過程で製造可能なため、優れた量産性が期待できます。その結果、PMTに代わり汎用性に優れた低価格で高性能な光検出器が実現できる可能性があり、産業分野での応用においても貢献が期待できます。

<参考図>

図1

図1 8インチの大口径ハイブリッド型光検出器(HPD)の写真

左)前面、右)背面から見た8インチHPDの写真。
高精度の測定が可能というHPDの長所はそのままに、大口径化によって一光子計測が可能な高感度を実現した。

また、構成部品数をわずか6点と絞り込み、量産にも向く構造とすることにも成功した。

図2

図2 HPDの電子増倍の仕組み

HPDの電子増倍部には、光半導体素子が用いられている。加速した光電子がADに入射したときに、1個あたり約1600個の電子・ホール対が生成され、さらに、ADのアバランシェゲインにより約130倍のゲインが得られるため、最終的に約20万倍の増幅が得られる。

図3

図3 PMTの電子増倍の仕組み

従来のPMTは、大口径化が可能で、検出効率、増幅ゲインなどに優れた光検出器として広く用いられている。しかし、光子から変換された電子を増幅するために電極をいくつも組み込むことから数10から数100点の部品で構成される複雑な構造を持っており、量産が難しかった。

<用語説明>

注1) ハイブリッド型光検出器(HPD:Hybrid Photodetector)

浜松ホトニクスが開発した技術で、光電面で光電子に変換し、その後の増幅ゲインを半導体に打ち込まれた電子のエネルギー損失とアバランシェゲインによって増幅する光検出器です。フォトダイオードのような半導体素子だけでは、HPDに比べて3桁低い増幅ゲインしか得られません。HPDは、簡単な内部構造を持ちながら、電子管技術による受光面の大面積化と半導体技術による量産化が可能となります。

光電面から飛び出た光電子が光電面とAD間の高電位差で加速され、エネルギーを得た後、ADに飛び込みます。ここで電子はエネルギーを失い、その結果、電子とホールの対を生成します。

PMTのように増倍部に多段のダイノードを用いた構造でなく、内部構造が単純な半導体電子打ち込み技術を用いているので、ゲインのばらつきが少なく1光子に対しても優れたエネルギー分解能があります。また、2次電子軌道長のばらつきがないため光子が光電面に到達してからパルス信号となるまでの時間のばらつきが原理的に存在しません。さらに、ADの応答は非常に速いので、信号の読み出し時間も少なくすることができ、大きな光電面を持つ検出器でも優れた時間分解能が期待できます。

現行のHPDは、15mm程度の口径で、レーザー走査顕微鏡などに用いられています。

注2) 光電子増倍管(PMT:Photomultiplier Tube)
検出効率、増幅ゲイン、操作性などに優れている極微弱な光検出器。天文学、物理学などの基礎科学だけでなく、医療、産業、分析、計測などにおいても紫外から近赤外域の広い波長の光の測定に使われています。
注3) 光子
物理学における素粒子の1つで、光の粒のこと。光は粒子性と波動性がある。
注4) アバランシェダイオード(AD)
高電圧を印加することにより電流が増倍される高速で高感度な電子素子。通常は数10倍から数100倍の増倍率が得られる。信号を増倍できるため微弱な信号の検出に適しているが、高電圧が必要なことや高電圧に温度特性があるなど使いにくい面もある。光検出には同じ仕組みのアバランシェフォトダイオードがある。

<お問い合わせ先>

<開発内容に関すること>

海野 賢二(ウンノ ケンジ)
浜松ホトニクス株式会社 広報グループ
Tel:053-452-2141 Fax:053-456-7888
E-mail:

久嶋 浩之(キュウシマ ヒロユキ)
浜松ホトニクス株式会社 電子管事業部 技術部 電子管設計第1グループ グループ長
Tel:0539-62-5245 Fax:0539-62-2205
E-mail:

<JSTの事業に関すること>

久保 亮(クボ アキラ)、菅原 理絵(スガワラ マサエ)
科学技術振興機構 産学基礎基盤推進部 先端計測室
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
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