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平成24年5月11日

自然科学研究機構 分子科学研究所

科学技術振興機構(JST)

太陽電池を照準とした究極の電荷分離構造を持つ高分子材料の合成に成功

概要

自然科学研究機構 分子科学研究所の江 東林(ちゃん どんりん) 准教授らの研究グループは、電子ドナー注1)アクセプター注2)を重合することにより、電荷分離注3)を制御し光電変換を高効率にする二次元高分子材料の合成に成功しました。

光を電気に変換するためには、光励起で生じる電荷分離状態をいかに効率よくつくるかが重要ですが、それには、光の照射で電子を放出するドナーと放出された電子を受けとって電極まで運ぶアクセプターの2種類の材料が必要です。しかし、電荷分離状態をつくるための電子ドナーとアクセプターの混合は、一般にランダムに行われていたため、分離が起こるドナー・アクセプター界面の形成やそこで発生した電子の移動はこれまで制御することができませんでした。また、電子ドナーとアクセプターは容易に会合し、光励起エネルギーがすぐに失活して電荷分離状態は失われてしまう問題があり、変換効率の向上は頭打ちとなっていました。この難問に対して、電子ドナーとアクセプターを空間的に独立させ、かつ電子移動が起こりうる近い距離に保つことができる分子構造が切望されていました。

そこで、研究グループは、二次元高分子(積層によって多孔性有機構造体を形成する)の持つ規則正しい周期構造に着目しました。電子ドナーにトリフェニレン誘導体、アクセプターにベンゾチアジアゾール誘導体を用いて、縮重合反応注4))により、二次元高分子を合成しました。二次元高分子はドナーとアクセプターユニットを交互に連結し、規則正しい六角ナノポアの二次元シートを形成し(図1)、積層すると、電子ドナーとアクセプターが互いに真上に来るように重なる構造を形成しました(図2)。この二次元平面内におけるドナーとアクセプターの周期的なカラム構造は、縦方向にはそろっており、空間的にも独立しています。このような秩序構造を持つ二次元高分子は、電子とホールの両方を伝導することができ、それぞれ0.04と0.01cm2V-1s-1という高い移動度を示しました。この数値は、通常のドナー・アクセプター混合系と比べ、一桁も高い値です。また、この二次元高分子内では、電子ドナーとアクセプターは隣接しているため、電荷分離が起こる界面の面積が増大するとともに、電子移動を引き起こせる空間距離に配置されています。これらの条件がそろったことにより、実験的に光を照射すると、速やかに応答し、ランダムな混合の場合と比べて、1万倍という極めて大きな光電流を生み出すことが証明されました(図3)。さらに、デバイス化に向けて、平らで欠陥のない二次元高分子薄膜をつくる手法も開拓しました。

本研究の成果である、電荷分離や電子移動の制御が可能な究極の構造を持つ電子ドナー・アクセプター二次元高分子を材料として用いることで、今後、次世代太陽電池をはじめとした光電変換デバイスの変換効率向上につながる新材料開発への展開が期待できます。

本成果は、JSTの戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)の「太陽光と光電変換機能」研究領域における課題の一環として行われ、ドイツ化学会が発行する材料領域の学際的科学誌『Advanced Materials』に5月11日(ドイツ時間)に掲載される予定です。

1.研究の背景

光を電気に変換するには、電荷分離状態をつくり出すことが必要不可欠です。電子ドナーとアクセプターを組み合わせた系では、光誘起電子移動反応によって電荷分離状態をつくることができます。効率よく電荷分離を達成するためには、電子ドナーとアクセプターを組織化することがキーとなります。しかしながら、電子ドナーとアクセプターは強い静電相互作用のため容易に会合し、生じた電荷分離状態がすぐに失活してしまいます。この静電相互作用を打ち消すため、これまでに、自己組織化や液晶などさまざまなアプローチが検討されてきました。しかし、いずれも秩序構造を保つためには、自己組織化するための溶媒条件や液晶化のための温度条件など特定の条件が必要で、適応範囲が非常に限られていました。また、これらの場合、規則的な構造を持たないため、デバイスへの展開には適していません。

分子科学研究所の江グループでは、二次元高分子(積層することによって多孔性有機構造体を形成する高分子)の合成と機能開発の研究を行っています。二次元高分子は、規則正しいポア構造を有する共有結合性高分子で、積層することによって一次元チャンネルを有する多孔性有機構造体を形成します。これまでに、二次元高分子にπ電子系を導入することで、新しいπ電子注5)二次元高分子の合成を世界に先駆けて行ってきました。最近では、二次元高分子を用いて、光捕集機能やホール伝導機能、電子輸送機能、光伝導機能、ガス吸着機能などを見いだし、従来の高分子にはない特異な機能を開拓してきました。

2.研究の成果

研究グループは二次元高分子の持つ規則正しい周期構造に着目しました。これまで一般に電子ドナー・アクセプターはランダムに混合されてきましたが、今回、二次元高分子の構築に電子ドナーとアクセプターユニットを用い、新規なπ電子系二次元高分子の合成に成功しました。電子ドナーとしてトリフェニレン誘導体、電子アクセプターとしてベンゾチアジアゾール誘導体を用いて、縮重合反応により電子ドナーとアクセプターからなる二次元高分子を高収率で得ることができました(図1)。

電子ドナーとアクセプターからなる二次元高分子はドナーとアクセプター部が規則正しく交互に連結し、六角ナノポアを形成しながら二次元シートを形成しています(図1)。二次元シートはさらに積層することにより、電子ドナーとアクセプターが互いの真上に来るような積層構造を形成しています。二次元平面内におけるドナー・アクセプターの周期構造は積層することによって縦方向にも拡張され、独立した電子ドナーとアクセプターのカラム構造をつくり出します(図2)。電子ドナーからアクセプターへの光電子移動反応を引き起こすには、ドナーとアクセプターを数ナノメトールという非常に近い距離に置く必要があります。また、電子ドナーとアクセプターが独立することで、ドナー・アクセプター間で接合界面ができ、電荷分離が可能となり、電子移動を効率よく起こすことができます。今回合成した二次元高分子はそのどちらの条件も満たしています。

これまで、単なる電子ドナーとアクセプターの混合のアプローチでは、いずれも秩序構造を保つ組織化や液晶化の特定条件がボトルネックになっていましたが、このように電子ドナーとアクセプターを共有結合で連結し、1つの二次元高分子材料に組織化したドナー・アクセプター構造体をつくることで、前例のない、実用化に適した究極の構造をつくることに成功しました。

電子ドナー・アクセプター二次元高分子は、独立したドナーとアクセプターのカラムを持ち、それらを経由し、電子とホールの両方を伝導することが可能となります。実際、キャリア移動度を計測したところ、電子とホールがそれぞれ0.04と0.01 cm2V-1s-1という高い移動能を示しました。この数値は、通常の単なるドナー・アクセプターを用いた場合と比べ、一桁も高い値です。また、二次元高分子では、電子ドナーとアクセプターは隣接しており、光誘起電子移動を引き起こせる空間距離に配置されています。可視光を照射すると、速やかに応答し、極めて大きな光電流を生み出し、優れた光伝導性を示しています。これに対して、電子ドナーのみからなる二次元高分子や秩序構造を持たないドナーとアクセプターの混合系では光に応答せず、光伝導が示されませんでした(図3)。この結果は、電子ドナーとアクセプターを二次元高分子の積層構造にすることによって、意図的に電荷分離を起こすドナー・アクセプター界面の面積を最大にし、最大限の光電変換を起こせるような周期構造のデザインが可能になったことを実験的に示すものです。

今回、さらに、周期構造を保ったまま二次元高分子を基板上でつくる手法を開拓し、グラフェン基板上に平らで欠陥のない二次元高分子の薄膜をつくることに成功しました。この手法では、合成条件を変えることにより、厚みを制御してフィルムをつくることも可能です。この手法の開発は、デバイス化に向けて弾みとなるものです。

3.今後の展開ならびにこの研究の社会的意義

今回開拓された合成手法は、電子ドナーとアクセプターを究極の周期構造に組織化することが可能で、さまざまなπ電子系に広く適応することが可能です。また、基板上で電荷分離構造体を構築することが可能となったため、今後、この二次元高分子新材料を電池構造にどのように組み込んでいくかという検討や、太陽光を効率よく吸収できる色素で同様な二次元高分子材料を作成することを経て、太陽電池をはじめとする光電変換デバイスへの展開が期待できます。このような、分子レベルで構造が完全に制御されたデバイスの開拓は、これまでにない効率よい光電変換の実現につながると考えられます。

<参考図>

図1

図1 電子ドナーとアクセプターを用いた二次元高分子の基本構造

ドナーとアクセプター部が規則正しく交互に連結し、六角ナノポアを形成しながら二次元シートを形成している(赤はドナーとなるトリフェニレン、青はアクセプターのベンゾチアジアゾール)。

図2

図2 二次元高分子の積層構造(下の絵)およびドナー・アクセプターの周期構造

電子ドナーとアクセプターが互いの真上に来るような積層構造を形成しており、ドナー・アクセプターの周期構造は積層することによって縦方向にも拡張されて、独立した電子ドナーとアクセプターのカラム構造をつくり出している(図1の拡大図;D:ドナー、A:アクセプター)。

図3

図3 光を照射した際の時間当たりの電流量

赤の曲線は、今回合成した秩序構造を持つ電子ドナー・アクセプター二次元高分子。ほぼ0のラインにある青の線は、ランダムなドナー・アクセプターの混合系。二次元高分子は、ランダムな混合系と比べて、1万倍も高い光電流を示している。

論文情報

<用語解説>

注1) 電子ドナー
光誘起で電子を放出する分子。
注2) 電子アクセプター
光誘起で電子を受け取る分子。
注3) 電荷分離
光照射によって半導体中に生じた電子と正孔が空間的に分離すること。
注4) 縮重合反応
縮合を繰り返して高分子化合物を生成する反応。
注5) π電子
分子の中で、結合軸上になく、軸を含む平面に節を持つ波動関数によって表される分子軌道に属する電子。

研究グループ

本研究は、自然科学研究機構 分子科学研究所・江グループ(江 東林 准教授)の研究により行われました。

研究サポート

本研究は、JST 戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)「太陽光と光電変換機能」研究領域(研究総括:早瀬 修二 九州工業大学 大学院生命体工学研究科 教授)における研究課題「シート状高分子を用いた光エネルギー変換材料の創製」(研究者:江 東林、研究期間:2009年~2012年度)の一環として行われました。

研究に関するお問い合わせ先

江 東林(ちゃん どんりん)
自然科学研究機構・分子科学研究所・分子機能研究部門 准教授
TEL:0564-59-5520
E-mail:

<JSTの事業に関するお問い合わせ先>

科学技術振興機構 戦略研究推進部
原口 亮治(はらぐち りょうじ)木村 文治(きむら ふみはる)
TEL:03-3512-3525 FAX:03-3222-2067
E-mail:

<報道に関するお問い合わせ先>

自然科学研究機構・分子科学研究所・広報室
報道担当
自然科学研究機構・分子科学研究所・広報室
TEL/FAX:0564-55-7262
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科学技術振興機構 広報課
TEL:03-5214-8404 FAX:03-5214-8432
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