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平成24年4月30日

独立行政法人 物質・材料研究機構

独立行政法人 科学技術振興機構

固体電気化学反応を原子レベルで初めて観察
—イオニクスデバイスの高性能化に不可欠な情報の取得に道—

概要

<研究の背景>

電子の授受によってイオン伝導体中のイオンが還元されて中性の原子となりイオン伝導体の表面に析出する現象(還元反応)、表面に析出した原子がイオン化されて再びイオン伝導体中に取り込まれる現象(酸化現象)は固体電気化学反応と呼ばれ、古くはファラデー(1791年〜1867年)の時代から研究されてきました。今日では、燃料電池やガスセンサーにおける電極反応などとして、幅広い分野で利用されています。燃料電池の小型化や高寿命化を始めとして、これら固体電気化学反応を利用したイオニクスデバイスの高効率化は、低炭素・省エネルギー社会を実現する上で急務となっています。

固体電気化学反応の基本的な描像は化学反応式によって記述され、巨視的にはかなり明らかにされています。しかしながら、原子レベルでどのように反応が進むのかなどは、これまで明らかにされていませんでした。イオン伝導体表面で起こるわずかな電荷(イオンや電子)の移動を観察する手法がなかったことが主な理由です。このため、多量の電荷が移動する巨視的な反応から原子スケールでの反応過程を類推するしかありませんでした。

固体電気化学反応の効率は、電極の微視的な構造や組成に大きく影響されると考えられています。このため、固体電気化学反応を原子スケールで観察・理解することがイオニクスデバイスの高効率化を図る上で不可欠となっていました。

<成果の内容>

原子スケールで表面を観察する手法として、走査型トンネル顕微鏡法(STM)があります。しかし、STMの観察ではナノアンペア程度の微弱な電流を測定用探針と観察試料との間に流す必要があることから、電子伝導性のないイオン伝導体のSTM観察は出来ませんでした。

本研究では、イオン伝導体であるヨウ化ルビジウム銀(RbAg注6)に不純物(Fe)をわずかに加えることで、固体電気化学反応に必要なイオン伝導体としての特性はそのままに、STM観察に必要なわずかな電子伝導性を発現させることに成功しました。その結果、固体電気化学反応に必要な電子の授受と固体電気化学反応に伴う原子の析出現象の観察をSTMで同時に行うことが可能になりました(図1)。固体電気化学反応に伴う電荷(電子とイオン)の流れをファラデー電流と呼びますが、本研究で観測したファラデー電流はわずか数十個の電荷に過ぎません。

観察の結果、電圧を印加してからイオンの還元・析出反応が始まるまでに一定の時間(タイムラグ)を要することが分かりました。解析の結果、これは一定数のイオンが表面近傍に集まるまでの時間であり、その集まったイオンが核を形成することで初めて還元・析出現象が起こる結果であることが分かりました(図2)。さらに、ある値以上の電圧を印加することで、表面近傍に到達したイオンが集まる必要なく1つずつ直ちに還元されて析出することが分かりました。この結果、タイムラグは無視できるほど小さくなることが分かりました。

 固体電気化学反応による原子の析出現象を利用したイオニクスデバイスの1つに、原子スイッチがあります。この度の観察に用いた基板材料を用いて原子スイッチを作製したところ、ある値以上の電圧を動作電圧に用いることでスイッチング時間が格段に短くなることが観察されました(図3)。この結果は、前述の観察結果で得られた知見(一定の電圧以上で固体電気化学反応の効率が格段に上がること)で説明することができます。

本研究では、イオン伝導体の表面構造を原子レベルで観察することにも初めて成功しました。その表面上に形成された析出原子によるクラスターの構造変化を観察することで、クラスターの成長速度計測やその安定性評価が可能であることも分かりました。これらの観察結果は、今回開発した手法を用いれば、原子スケールの微細な構造や組成などに依存した固体電気化学反応の効率を局所的に調べることが可能であることを示しています。

<波及効果と今後の展開>

固体電気化学反応は、燃料電池を始めとするイオニクスデバイスで幅広く利用されている現象です。その高効率化は、電気自動車の普及促進による低炭素社会の実現、電力の効率的な利用による省エネルギー社会の実現などに寄与することが期待されます。この度の研究では、固体電気化学反応を原子スケールで観察することで、反応効率を左右する諸現象の存在を明らかにしました。その知見を活かして、原子スイッチの動作速度の向上を図ることにも成功しました。開発した手法は、固体電気化学反応全般に適用可能です。燃料電池の電極反応の高効率化を実現するための材料開発など、固体電気化学反応を用いる幅広い製品分野の開発において、開発指針を得る有益な手法として用いられることが期待されます。

<参考図>

図1

図1 固体電気化学反応によって形成されたクラスター

  • (a)クラスター形成前の表面。
  • (b)クラスター形成後の表面。
  • (c)観察に用いたイオン伝導体(RbAg)の表面構造。いずれも走査型トンネル顕微鏡による観察像。
図2

図2 固体電気化学反応過程

(a)模式図。反応過程は次の5つの領域に分割できる。

  • ①固体電気化学反応が起こらない条件(対向電極(上側)に正の電圧を印加)で表面をSTM観察。
  • ②負の電圧を印加してイオン伝導体に電子を注入。
  • ③一定の時間が経過すると、析出反応が起こる。
  • ④析出した原子が対向電極との間に架橋を形成する。
  • ⑤原子がさらに析出して架橋が太くなる。

(b)観察結果。電極間に印加した電圧(緑)とそれに伴う電流(黒)の時間変化。電流変化から原子の析出量を見積もることが出来る。電圧を印加してから原子の析出が始まるまでの時間②の存在が初めて明らかになった。

図3

図3 原子スイッチの動作時間

0.3V以下の電圧では一定数のイオンが集まって初めて析出現象が起こる。一方、0.3V以上の電圧ではイオン1つから直ちに析出現象が始まる。0.3V以下の電圧領域に引いた赤い点線は、イオン1つから析出現象が始まると仮定した場合の動作時間。0.3V以上の電圧を用いることで、効率的に電気化学反応を誘起することができる。

<掲載論文>

<用語解説>

注1) 化学反応式
+e→Mなどのように、化学変化による前後の状態を矢印でつないだ反応式で表現する。
注2) イオニクスデバイス
イオンの移動や酸化・還元反応を利用したデバイス。電子の移動を利用した電子デバイスに対応。
注3) イオン伝導体
電流の担い手が主としてイオンであり、電子がほとんど動かない材料。このうち、本研究で用いたヨウ化ルビジウム銀(RbAg)(注6参照)のように、イオン伝導度が特に高い(イオンが動きやすい)材料を超イオン伝導体と呼ぶことがある。
注4) 走査型トンネル顕微鏡法
探針と試料との間に流れるトンネル電流が一定になるように探針位置を制御することで表面を観察する手法。原子レベルの分解能を有する。探針制御にナノアンペア程度の電流が必要であることから、観察対象が電子伝導性を示す材料に限られる。「ナノ」は10億分の1。
注5) 原子スイッチ
固体電気化学反応を利用して、電極からの金属原子の析出と再固溶を制御して動作するスイッチ。
注6) ヨウ化ルビジウム銀(RbAg
銀イオンが結晶内部を移動する超イオン伝導体材料。

<お問い合わせ先>

<研究内容に関すること>

独立行政法人 物質・材料研究機構 国際ナノアーキテクトニクス研究拠点
主任研究者 長谷川 剛(はせがわ つよし)
TEL:029-860-4734
E-mail:
URL:http://www.nims.go.jp/atom_ele_gr/index.html

<JSTの事業に関すること>

独立行政法人 科学技術振興機構 国際科学技術部
屠 耿(と こう)
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
TEL:03-5214-7375
FAX:03-5214-7379
E-mail:

<報道担当>

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