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平成24年4月26日

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東日本大震災の救援者の心的外傷後ストレス障害に関する調査
災害後のPTSD予防に向けて

JST 課題達成型基礎研究の一環として、国立病院機構災害医療センター 精神科の松岡 豊 医師らは、東日本大震災の被災地に派遣された災害派遣医療チーム隊員のうち、救援活動直後の精神的苦痛が大きかった人と震災1ヵ月後の震災関連のテレビ視聴時間が長かった人では、震災4ヵ月後に心的外傷後ストレス障害(PTSD注1)症状が強く見られることを明らかにしました。

大きな災害が発生した後には、被災者だけでなく救援者もPTSDになり得ることがこれまでの研究で明らかになっています。富山大学の井ノ口 馨 教授を研究代表者とするCREST研究チームは、恐怖記憶形成の分子機構と、それを基にしたPTSD発症リスク軽減法の創出を目指し研究を行っています。本研究はこの一環として、効果的なPTSD予防策につながる知見を得るために行われました。

本研究では、被災地で活動した災害派遣医療チームの隊員254人を対象に、救援活動後の2011年4月に活動内容や救援活動でどのような苦痛を感じたかなどの、アンケート調査を行いました。そして、2011年7月から8月までの間に追跡調査(約68%の173人が参加)を行い、初回調査の時点でどのような特徴を持っている人にPTSD症状が強く見られるかを検討しました。その結果、@精神的苦痛の包括的評価法PDI(Peritraumatic Distress Inventory注2)で得点が高かった人、A震災関連のテレビの平均視聴時間が1日4時間以上であった人に、PTSD症状が強く見られることが分かりました。また、PDIのなかでも「感情的になった自分を恥じた」、「感情的に取り乱しそうになった」という項目が、特にPTSD症状と関連が見られました。

本研究成果は、災害後にPTSD症状が強く現れる危険性が高い救援者の早期発見や、災害後のPTSD予防策の構築に寄与することが期待されます。

本研究は、国立病院機構災害医療センター 精神科の西 大輔 科長(現 国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所 室長)、臨床研究部の小井土 雄一 部長らと共同で行ったもので、本研究成果は2012年4月25日(米国東部時間)に米国科学雑誌「PLoS ONE」で公開されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)

研究領域 「精神・神経疾患の分子病態理解に基づく診断・治療へ向けた新技術の創出」
(研究総括:樋口 輝彦 国立精神・神経医療研究センター 理事長)
研究課題名 「恐怖記憶制御の分子機構の理解に基づいたPTSDの根本的予防法・治療法の創出」
研究代表者 井ノ口 馨(富山大学 大学院医学薬学研究部 教授)
共同研究者 松岡 豊(国立病院機構 災害医療センター 精神科 医師/国立精神・神経医療研究センター TMC部長)
研究期間 平成19年10月〜平成25年3月

JSTはこの領域で、少子化・高齢化・ストレス社会を迎えた日本において社会的要請の強い認知・情動などをはじめとする高次脳機能の障害による精神・神経疾患に対して、脳科学の基礎的な知見を活用し、予防・診断・治療法などで新技術の創出を目標にしています。上記研究課題では、動物モデルを用いて恐怖記憶の制御の分子機構を明らかにし、その知見から得られる動物モデル・トラウマ体験者・PTSD患者まで一貫した理論的根拠をもとに、PTSDの新規かつ根本的な予防法と治療法の創出を目指します。

<研究の背景と経緯>

災害発生時には、被災者だけでなく救援者もPTSDを発症する危険性が高くなります。航空機事故による外傷患者の救助に派遣された医療従事者355人を対象にした研究では、事故後18ヵ月以内に13.5%がPTSDを発症したこと、ニューヨークでおきたテロの救助復旧作業にあたった207人を対象にした研究では、テロ後13ヵ月時点に16.7%がPTSDを発症したことなどが報告されています。

PTSDは、災害のときに恐怖や無力感などを感じた被災者が発症しやすいと考えられてきました。しかし救援者に関して、どのような苦痛を感じた人がPTSDになりやすいかは、はっきり分かっていませんでした。災害後のPTSD予防策を構築する上で、どのようなきっかけによってPTSDが発症しやすくなるのかを明らかにすることは、重要な研究課題となります。

<研究の内容>

本研究グループは、2011年3月11日から22日までの間に被災地で救援活動を行った災害派遣医療チーム(Disaster Medical Assistance Team:DMAT)注3)の隊員に研究参加を呼びかけました。2011年4月2日から4月22日までの間に254人のDMAT隊員(平均年齢38.8歳、女性43.4%、医師20.2%、看護師46.2%、事務職員33.5%)が本研究に参加し、初回調査を行いました(表1)。初回調査では、救援者の年齢や職業に加えて、精神的苦痛を評価するPDI(表2)、派遣前のストレス、ご遺体に接した経験、子どもを救出した経験、震災関連のテレビの視聴時間など先行研究からPTSDと関連があると考えられている要因についてアンケート調査を行いました。

その後、2011年7月11日から8月4日までの間に、68.1%にあたる173人が追跡調査に参加しました。(表3)追跡調査では、初回調査の時点でどのような特徴を持っている人にPTSD症状が見られるかを検討しました。具体的には、PTSD症状を評価するImpact of Event Scale Revised(IES−R)注4)を用いたアンケート調査を行いました。

その結果、初回調査時に調べた救援活動中とその直後の時期の、@精神的苦痛を包括的に評価するPDIという13項目の自己記入式質問紙の得点が高かった人、A震災関連のテレビの平均視聴時間が1日4時間以上であった人に、震災4ヵ月後の追跡調査で、IES−RでPTSDの症状が強く見られることが分かりました(表4)。また、PDIのなかでも「感情的になった自分を恥じた」、「感情的に取り乱しそうになった」という項目が、特にPTSD症状と関連が高いことが示されました。(表5

この研究には、被災地に派遣された救援者の一部しか調査に参加していないこと、約30%の参加者が追跡調査から脱落していることなどの限界があります。しかし、この成果には災害後にPTSDになる危険性が高い救援者の早期発見や、災害後のPTSD予防策の構築に寄与することが期待されます。すなわち、災害後に被災地に派遣される救援者には、「感情的になった自分を恥じた」、「感情的に取り乱しそうになった」といった反応が救援者に起こりやすいこと、起こった場合は派遣後にセルフケアや専門家への相談などでPTSDの予防に努めることを、派遣前に伝える必要があると考えられます。また、災害時にテレビは貴重な情報源ですが、悲惨な映像を長時間見続けることがその後の精神状態の悪化と関係している可能性について、救援者だけでなく被災者にも伝えることが有用と考えられます。

<今後の展開>

本研究の成果は、恐怖記憶の形成がPTSDの発症に影響を及ぼす可能性を人において示唆したものです。これは、PTSDの新規かつ根本的な予防法と治療法の創出を目指す研究チーム全体においても、重要な意義を持っています。PTSDと関連しやすい兆候が自分にあることや、PTSDと関連しやすい行動を自分が取っていることを救援者や被災者が自分自身で気づくことで、セルフケアや専門治療を通してより早い段階から恐怖記憶形成を適切に制御できるようになることが期待されます。

<参考図>

表1

表1 初回調査の項目

以下のことについてアンケート調査を実施。

表2

表2 PDIの項目

東日本大震災の援助活動中と、援助が終了した直後の時期に感じられたかもしれない気持ちについて以下の13項目を尋ねた。回答は、「全くあてはまらない」、「わずかにあてはまる」、「いくらかあてはまる」、「とてもあてはまる」、「非常にあてはまる」から選択する。

表3 追跡調査について

東日本大震災の援助活動に関して、この1週間では、それぞれの項目の内容について、どの程度強く悩まされたかについて以下の22項目を尋ねた。回答は、「全くなし」、「少し」「中くらい」、「かなり」、「非常に」から選択する。

  • 1.どんなきっかけでも、そのことを思い出すと、そのときの気持ちがぶりかえしてくる。
  • 2.睡眠の途中で眼がさめてしまう。
  • 3.別のことをしていても、そのことが頭から離れない。
  • 4.イライラして、怒りっぽくなっている。
  • 5.そのことについて考えたり思い出すときは、なんとか気を落ちつかせるようにしている。
  • 6.考えるつもりはないのに、そのことを考えてしまうことがある。
  • 7.そのことは、実際には起きなかったとか、現実のことではなかったような気がする。
  • 8.そのことを思い出させるものには近よらない。
  • 9.そのときの場面が、いきなり頭にうかんでくる。
  • 10.神経が過敏になっていて、ちょっとしたことでどきっとしてしまう。
  • 11.そのことは考えないようにしている。
  • 12.そのことについては、まだいろいろな気持ちがあるが、それには触れないようにしている。
  • 13.そのことについての感情は、マヒしたようである。
  • 14.気がつくと、まるでそのときにもどってしまったかのように、ふるまったり感じたりすることがある。
  • 15.寝つきが悪い。
  • 16.そのことについて、感情が強くこみあげてくることがある。
  • 17.そのことを何とか忘れようとしている。
  • 18.ものごとに集中できない。
  • 19.そのことを思い出すと、身体が反応して、汗ばんだり、息苦しくなったり、むかむかしたり、どきどきすることがある。
  • 20.そのことについての夢を見る。
  • 21.警戒して用心深くなっている気がする。
  • 22.そのことについては話さないようにしている。
表4

表4 重回帰分析の結果 

Peritraumatic Distress Inventory(PDI)得点が高かったこと、テレビの平均視聴時間が1日4時間以上であったことが、PTSD症状を強めたと推測される。β値は関連性の強さを表しており、プラスの値であれば正の関連を、マイナスの値であれば負の関連を示す。95%信頼区間は、範囲が狭いほどβ値の精度が高いことを示す。また、P値が0.05以下であれば、統計学的に有意であることを示す。この表からPDI得点が1点あがればIES−R得点が0.43点増えること、そして100回検定すれば95回はβ値が0.27から0.59の間に分布することが分かる。またテレビ視聴が4時間以上の場合は、1時間以上を1とした際に、IES−R得点が5.24点増えることが分かる。

表5

表5 PDI各項目のうち、項目6「感情的になった自分を恥じた」、
項目8「感情的に取り乱しそうになった」とPTSD症状との関連性が強い

β値は関連性の強さを表しており、プラスの値であれば正の関連を、マイナスの値であれば負の関連を示す。95%信頼区間は、範囲が狭いほどβ値の精度が高いことを示す。また、P値が0.05以下であれば、統計学的に有意であることを示す。この表からPDIの項目6と項目8のβ値が大きく95%信頼区間の幅が比較的狭いことから、その関連性が強いことが分かる。

<用語解説>

注1) 心的外傷後ストレス障害(posttraumatic stress disorder:PTSD)

恐ろしい体験や圧倒的な体験から精神的に外傷を受け、それによって強い感情的反応が症状として現れ、長期的に持続する障害。戦争、災害、事故、強盗、幼児期の虐待などがトラウマ的体験として挙げられる。PTSDでは、その種の出来事に対して、恐怖、無力感、戦慄などの強い感情的反応を伴い、長い年月を経た後にも、このようなストレスに対応するような特徴的な症状が見られる。恐怖体験に類似する、もしくは連想させるようなものや人に対しても強い拒否を示し、社会生活に支障が出る。

注2) PDI(Peritraumatic Distress Inventory)
カナダの心理学者Brunetらによって開発された、周トラウマ期(心的外傷体験の間とその直後の時期)の恐怖や無力感などを定量化するための13項目の自己記入式質問紙である(Brunet A, et al, Am J Psychiatry, 2001)。我々は、開発者であるBrunetおよびMarmarの許可を得て原版を日本語に翻訳し、その後back translationを経て日本語版を作成し、日本語版の信頼性と妥当性について検討済みである(Nishi D, et al, Gen Hosp Psychiatry, 2009; Nishi D, et al, Psychiatry Clin Neurosci, 2010)。
注3) 災害派遣医療チーム(Disaster Medical Assistance Team:DMAT)
DMATとは「災害急性期に活動できる機動性を持ったトレーニングを受けた医療チーム」と定義されており、Disaster Medical Assistance Teamの頭文字を取って略し、DMAT(ディーマット)と呼ばれている。医師、看護師、業務調整員(医師・看護師以外の医療職および事務職員)で構成され、大規模災害や多傷病者が発生した事故などの現場に、急性期(おおむね48時間以内)に活動できる機動性を持った、専門的な訓練を受けた医療チーム。
注4) Impact of Event Scale Revised(IES−R)
米国で開発された外傷後ストレス症状に関する自己記入式質問紙であり、各種災害研究において国際的に最も広く使用されている尺度である(Weiss et al, 1997)。IES−RはPTSDの診断基準である再体験、回避、覚醒亢進の三大症状22項目から構成され、その日本語版の信頼性と妥当性は確認されている(Asukai et al, J Nerv Ment Dis, 2002)。

<論文名>

“ Peritraumatic Distress, Watching Television and Posttraumatic Stress Symptoms among Rescue Workers after the Great East Japan Earthquake ”
(東日本大震災後の救援者における周トラウマ期の苦痛、テレビ視聴とPTSD症状との関連)
doi: 10.1371/journal.pone.0035248

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

松岡 豊(マツオカ ユタカ)
国立病院機構 災害医療センター 精神科医師
〒190-0014 東京都立川市緑町3256
Tel:042-526-5511 Fax:042-526-5535
国立精神・神経医療研究センター トランスレーショナル・メディカルセンター 情報管理・解析部 部長
〒187-8511 東京都小平市小川東町4−1−1
Tel:042-346-2124 Fax:042-346-3503
E-mail:

西 大輔(ニシ ダイスケ)
国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所 精神保健計画研究部 システム開発研究室長
〒187-8513 東京都小平市小川東町4−1−1
Tel:042-346-2711(内線6214) Fax:042-346-1950
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<JSTの事業に関すること>

石井 哲也(イシイ テツヤ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部
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