JSTトッププレス一覧 > 共同発表

平成24年4月20日

九州大学
Tel:092-642-2106(広報室)

科学技術振興機構(JST)
Tel:03-5214-8404(広報課)

白血球の炎症反応をブロックできる化合物を発見
(免疫難病に対する新しい治療薬の開発へ期待)

JST 課題達成型基礎研究の一環として、九州大学 生体防御医学研究所の福井 宣規 主幹教授らは、DOCK2(ドック2)タンパク質の機能を阻害する化合物を同定し、これを用いて、白血球の炎症反応がブロックできることを実証しました。これは、同研究所の錦見 昭彦 助教、東京大学 大学院薬学系研究科の金井 求 教授、長野 哲雄 教授らの共同研究の成果です。

免疫システムは、感染や病変から身を守るための防御機構として機能している反面、正常な細胞や組織に対して過剰に反応することにより、自己免疫疾患注1)や移植片拒絶などを引き起こすことが知られています。これは、現代医学が解決すべき大きな課題のひとつであり、有効な治療薬の開発が望まれています。

2001年に福井主幹教授らは、DOCK2が免疫細胞に特異的に発現し、免疫応答を制御する鍵となるタンパク質であることを世界に先駆けて明らかにしました。DOCK2は、Racというタンパク質を活性化させ、アクチン注3)の重合を誘導し、白血球の運動や活性化を制御します。自己免疫疾患や移植片拒絶は、リンパ球といった白血球が標的臓器に集まって、活性化されることで引き起こされる病態です。そのため、DOCK2はこれら免疫難病をコントロールするための分子標的となる可能性があります。

共同研究グループは、約10,000種類の化合物の中から、DOCK2に結合し、Rac活性化を効果的にブロックできる化合物を同定し、CPYPPと名付けました。CPYPPをリンパ球に作用させると、リンパ球の運動や活性化が顕著に抑制されます。この成果は、自己免疫疾患や移植片拒絶といった免疫難病に対する新しい治療薬、予防薬(免疫抑制剤注4))の開発につながることが期待されます。

本研究成果は、2012年4月20日に米国科学雑誌「Chemistry & Biology」に掲載されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)

研究領域 「アレルギー疾患・自己免疫疾患などの発症機構と治療技術」
(研究総括:菅村 和夫 宮城県立病院機構 理事長)
研究課題名 「細胞骨格制御シグナルを標的とした免疫難病治療の新戦略」
研究代表者 福井 宣規
研究期間 平成20年10月〜平成26年3月

JSTはこの領域で、アレルギー疾患や自己免疫疾患を中心とするヒトの免疫疾患を予防・診断・治療することを目的に、免疫システムを適正に機能させる基盤技術の構築を目指しています。

上記研究課題では、細胞骨格制御に重要な役割を演じるDOCK2をはじめとするCDMファミリー分子群の機能・構造・シグナル伝達機構を包括的に解析し、免疫難病の新しい治療法を開発することを目指します。

国家基幹研究開発推進事業

社会のニーズを踏まえたライフサイエンス(革新的タンパク質・細胞解析研究イニシアティブ)ターゲットタンパク研究プログラム

研究課題名 「タンパク質構造に立脚したDOCK2シグナル伝達機構の解明と創薬への応用」
代表研究者 福井 宣規
研究期間 平成19年7月〜平成24年3月

ターゲットタンパク研究プログラムは、当時の技術水準ではなお解析が困難ではあるが、学術研究や産業応用などに重要と考えられるタンパク質を主要ターゲットに選定し、それらの構造・機能相関の解析やそのために必要な技術開発を行うことを目的として実施されました。

上記研究課題では、医学、生命科学、構造生物学、有機合成化学、分析化学の研究者が相互に協力することにより、DOCK2タンパク質の機能を阻害する化合物の探索を行いました。

<研究の背景と経緯>

免疫システムは、病原微生物やがん細胞といった異物を認識して除去するシステムであり、これら異物から身体を守るうえで必須の防御機構です。しかし、本来身体を守るはずの免疫システムが、私たち自身の細胞や組織を誤って攻撃することによって引き起こされる自己免疫疾患が問題になっています。また、近年盛んに行われるようになった臓器移植においても、移植された臓器を免疫システムが異物として攻撃する移植片拒絶が、臓器移植の成功を阻んでいます。こういった過剰な免疫応答に起因する疾患に、どう対応すべきかは現代医学が直面している課題であり、このため炎症応答を効果的に抑制する薬剤の開発が望まれています。

福井主幹教授はこれまで、DOCK2が免疫細胞に特異的に発現し、免疫応答を制御する鍵となるタンパク質であることを世界に先駆けて明らかにしてきました(図1)。DOCK2は、Racというタンパク質を活性化させ、アクチンの重合を誘導することで、白血球の運動や活性化を制御します。自己免疫疾患や移植片拒絶は、リンパ球といった白血球が標的臓器に浸潤し、活性化されることで引き起こされる病態です。そのため、DOCK2はこれら免疫難病をコントロールするための分子標的となる可能性があります。実際、DOCK2欠損マウスに心臓移植すると、免疫抑制剤を使用しなくても心臓が長期にわたり働き続けることが可能となりますし、DOCK2を欠損させることで、自己免疫疾患モデルマウスにおける疾患発症が完全にブロックされることが実証されています。

そこで共同研究グループは、新しいアプローチによる免疫難病の治療薬、予防薬の開発を目指して、DOCK2によるRac活性化を効果的にブロックできる低分子化合物の探索をスタートさせました。

<研究の内容>

DOCK2は、DOCKファミリータンパク質に特有のDHR−2ドメイン(構造)を持ち、このドメインを介して、Racタンパク質に結合しているGDP(グアノシン二リン酸)をGTP(グアノシン三リン酸)に変換することで、Racを活性化します(図2)。そこで研究グループは、東京大学 創薬オープンイノベーションセンター(長野 哲雄 センター長)が保有する化合物ライブラリー注5)の中から、DOCK2のDHR−2ドメインとRacの相互作用を阻害するものを探索しました。このようにして、化合物を約130個に絞り込んだ後、DHR−2ドメインによるRac活性化を阻害すること、リンパ球の運動を抑制すること、細胞に対して毒性を示さないことを指標にスクリーニングを続けた結果、最終的に有望な化合物を1つ同定し、CPYPPと命名しました。

詳細な解析の結果、CPYPPは、DOCK2のDHR−2ドメインに直接作用することにより、Racの活性化することを抑制することが明らかになりました(図3)。CPYPPを培養液中に加えておくと、効率よく細胞に取り込まれ、DOCK2によるRac活性化を抑制します。一方、DOCK2以外にも、TrioやTiam1といったタンパク質がRacを活性化することが知られていますが、CPYPPはこれら他の因子を介したRac活性化には影響を与えませんでした。このことから、CPYPPはDOCK2を介したRac活性化を選択的に阻害することが明らかになりました。

リンパ球にCPYPPを作用させると、ケモカイン注6)や抗原の刺激によって誘導されるRacの活性化がブロックされ、その結果リンパ球の運動や増殖が顕著に抑制されました(図4,AとB)。形質細胞様樹状細胞注7)という特殊な白血球が産生するⅠ型インターフェロンは、全身性エリテマトーデスや乾癬といった自己免疫疾患の発症に深く関わることが示唆されています。形質細胞様樹状細胞にCPYPPを作用させると、DOCK2を欠損した場合と同様に、Ⅰ型インターフェロンの産生が選択的に抑制されました(図5)。

以上より、DOCK2によるRacの活性化を抑制する化合物を同定し、DOCK2を介した炎症応答が、化合物を使ってブロックできることを初めて実証しました。

<今後の展開>

CPYPPは、DOCK2の機能をブロックできる初めての化合物です。今後CPYPPの構造をベースに最適化を進めることで、より効果的かつ安全にDOCK2の機能を抑制する化合物が創出でき、免疫難病に対する新しい治療薬や予防薬の開発につながることが期待できます。

<参考図>

図1

図1 免疫細胞におけるDOCK2の役割

DOCK2は、各種受容体(抗原受容体、ケモカイン受容体、Toll様受容体など)を介して受け取った細胞外の情報をRacの活性化に変換し、リンパ球の運動や活性化、サイトカイン産生といったさまざまな免疫機能を制御している。

図2

図2 DOCK2を介したRac活性化の概略

RacはGDPと結合しているときは不活性型であるが、GTPと結合すると活性型となり、下流にシグナルを伝達する。活性型と不活性型を行き来する様を、スイッチのONとOFFの切り替えになぞらえて「分子スイッチ」とよばれることもある。DOCK2は、DHR−2ドメインとよばれる領域がRacに直接結合することにより、不活性型のRacからGDPを引き離してGTPを結合させる作用、つまりRacをOFFからONに切り替える役割を担っている。

図3

図3 CPYPPはDOCK2 DHR−2ドメインを介したRacの活性化を阻害する

GDP結合型Rac(不活性型)がGTP結合Rac(活性型)になると蛍光強度が上昇するアッセイ系を用いてCPYPPの効果を検討した。GDP結合型RacにDOCK2 DHR−2ドメインを加えることによって見られる蛍光強度の上昇(赤)が、CPYPPの添加により濃度依存的に抑制された。

図4

図4 CPYPPはリンパ球の運動や活性化をブロックできる

  • A.CPYPPは、ケモカインによって誘導されるリンパ球の運動を、濃度依存的にブロックする。
    NC:ケモカイン非存在下での遊走率。
  • B.CPYPPは、混合リンパ球反応(C57BL/6マウス由来のT細胞のB10.BRマウス脾細胞に対する反応)におけるT細胞の増殖応答を、濃度依存的にブロックする。
図5

図5 CPYPPは形質細胞様樹状細胞によるⅠ型インターフェロン産生をブロックする

CPYPPは、TLR9の刺激によって誘導されるⅠ型インターフェロンの産生を、濃度依存的にブロックできるが、別のサイトカイン(インターロイキン12)の産生には影響を与えない。

<用語解説>

注1) 自己免疫疾患
免疫システムが、自身の正常な臓器や組織を異物と認識して攻撃することによる疾患の総称。関節リウマチ、Ⅰ型糖尿病、多発性硬化症、全身性エリトマトーデス、バセドウ病、橋本病などがある。
注2) Racタンパク質
グアニンヌクレオチド結合タンパク質で、細胞の運動などに関わる細胞内のシグナル伝達を調節するタンパク質。グアノシン二リン酸(GDP)を結合しているときが不活性型で、グアノシン三リン酸(GTP)が結合すると活性型となり、下流にシグナルを伝えるスイッチとして細胞内のシグナル伝達を調節している。
注3) アクチン
真核細胞に最も多量に含まれるタンパク質で、細胞骨格を作るタンパク質の1つ。アクチン同士が重合、または脱重合することにより、細胞の形態や運動が制御される。
注4) 免疫抑制剤
生体の免疫機能を抑制したり阻害したりする目的で使用する薬剤で、自己免疫疾患の治療や移植した臓器に対する拒絶反応の抑制に用いられる。免疫応答に関与する因子の発現を抑制する糖質コルチコイド、リンパ球の活性化を抑制するカルシニューリン阻害剤などが知られているが、個々の薬剤の投与量を減らして副作用を軽減したりするために、作用の異なる複数の免疫抑制剤を組み合わせることが望まれる。
注5) 化合物ライブラリー
ある目的ために収集された化合物の集合体、およびそれらを整理、管理する施設をさす。東京大学創薬オープンイノベーションセンターは、文部科学省委託事業「ターゲットタンパク研究プログラム」の一環として我が国初の大規模な公的化合物ライブラリーを整備し、大学や研究機関などに向けて化合物の提供を行っている。
注6) ケモカイン
CCL21、CXCL13、インターロイキン8など、特定の細胞や炎症組織から分泌され、リンパ球などの免疫細胞を誘引する働きを持つタンパク質の総称。血管から脾臓やリンパ節、あるいは炎症部位への免疫細胞の遊走を促す。免疫細胞の種類によって発現しているケモカイン受容体が異なるため、各々のケモカインが特定の細胞を特定の部位に誘導することができる。
注7) 形質細胞様樹状細胞
ウイルス感染に伴い大量のⅠ型インターフェロンを産生する特殊な樹状細胞。

<論文名>

“ Blockade of Inflammatory Responses by a Small-Molecule Inhibitor of the Rac Activator DOCK2 ”
(Rac活性化因子DOCK2に対する低分子量阻害剤による炎症応答の抑制)
doi: 10.1016/j.chembiol.2012.03.008

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

福井 宣規(フクイ ヨシノリ)
九州大学 生体防御医学研究所 免疫遺伝学分野
Tel:092-642-6827 Fax:092-642-6829
E-mail:

<JSTの事業に関すること>

石井 哲也(イシイ テツヤ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部 ライフイノベーショングループ
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町ビル
Tel:03-3512-3524 Fax:03-3222-2064
E-mail: