JSTトッププレス一覧 > 共同発表

平成24年4月18日

科学技術振興機構(JST)
Tel:03-5214-8404(広報課)

慶應義塾大学
Tel:03-5427-1541(広報室)

レアメタルフリーの新しい有用物質合成法を開発
—ダイヤモンド電極で環境調和型創薬の開発に道—

JST 課題達成型基礎研究の一環として、慶應義塾大学 理工学部の栄長(えいなが) 泰明 教授らは、同大学の西山 繁 教授と共同で、導電性ダイヤモンドを電極とした有機電解反応による物質合成法を開発し、白金などのレアメタルを使わずに有用物質を合成することに成功しました。

有機合成、特に医薬品合成には、パラジウムやクロム、白金などに代表されるレアメタルを使用していますが、近年その供給不安が問題となっています。そのため、資源リスクに備えたレアメタルフリーな代替手法の開発が望まれていました。有機電解反応は、毒性の高い重金属や爆発の危険性のある酸化剤を用いずとも、電流・電位の調整だけで酸化・還元できる環境調和型有機反応です。しかし従来使用されている電極は、主に白金やパラジウム、金などのレアメタルであり、レアメタルフリーな有機反応ではありませんでした。

本研究グループは、ダイヤモンドにホウ素を加えて導電性を与えたダイヤモンド電極注1)を用いて有機電解反応を行った結果、レアメタルや既存の炭素材料とは異なる反応性を持つことを明らかにし、さらにこの技術を応用することで天然有機化合物や人工抗炎症物質を合成することに成功しました。

この技術により合成される物質は、アルツハイマー症治療薬や生活習慣病改善につながる新しい薬剤の開発に役立つことが期待されます。

本研究成果は、ドイツ科学雑誌「Angewandte Chemie International Edition」のオンライン版で近日中に公開されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)

研究領域 「元素戦略を基軸とする物質・材料の革新的機能の創出」
(研究総括:玉尾 皓平 理化学研究所 基幹研究所 所長/グリーン未来物質創成研究領域 領域長)
研究課題名 「革新的環境改善材料としての導電性ダイヤモンドの機能開発」
研究代表者 栄長 泰明(慶應義塾大学 理工学部 化学科 教授)
研究期間 平成23年4月〜平成28年3月

JSTはこの領域で、持続可能な社会の構築のために解決すべき資源・エネルギー・環境問題に元素戦略を共通概念とする物質科学・物性科学の観点から取り組み、既存の延長線上にない物質・材料の革新的機能の創出を目指します。上記研究課題では、レアメタルフリーである炭素材料「導電性ダイヤモンド」に着目し、環境問題を解決する次世代の革新的環境改善材料としての機能開発、機能解明からデバイス創製までを目指します。

<研究の背景と経緯>

医薬品や機能性材料の開発において、パラジウムやルテニウム、クロムといった「レアメタル」を用いた有機反応は、これまで多くのブレイクスルーをもたらした鍵技術として活躍してきました。しかし近年、地球資源枯渇の観点からレアメタルの確保・供給維持が深刻な問題として取り上げられています。また、医薬品合成の分野において最終生成物に各反応段階に試薬として用いられた金属が微量成分として残存することが問題となり、品質保証の観点からもメタルフリーな代替技術の開発が期待されています。

有機電解反応は、毒性の高い重金属や爆発の危険性のある酸化剤を用いずとも、電流・電位の調整だけで基質を酸化・還元できる環境調和型有機反応です。しかし従来使用されている電極は、主に白金やパラジウム、金などのレアメタルであり、真にレアメタルフリーな有機反応ではありませんでした。炭素電極も用いられてきましたが、反応性の点で問題がありました。もし、レアメタルと同等、それ以上の反応性を示す炭素材料を見いだすことができれば、電気と炭素のみでさまざまな有機反応を代替できることになり、大きな展開が可能であると期待されていました。

<研究の内容>

これまでに本研究グループは、ホウ素を含んだダイヤモンドを化学電極(ダイヤモンド電極)として用いた時に優れた特性を持つことを発見しており、電気化学センサー、水処理電極などの応用に期待できることを報告してきています。

そこで本研究では、有機電解反応にダイヤモンド電極を適用することに着目し、レアメタル電極ではないダイヤモンドを電極とした新しい有機合成法の確立を目指し、電解酸化反応の実験を行いました。

実験の結果、次のことが明らかになりました。

有用な不安定化学種「メトキシラジカル」生成の確認およびその高効率生成

「メトキシラジカル」は極めて不安定な化学種であり、第1級から第3級まで全てのC-H結合から水素を引き抜くことができるとされています。そのような高活性な化学種を望む時に望む量だけ電気で発生させることができれば、レアメタルを凌ぐ有機反応の開発が可能であると期待されてきました。これまではレアメタルである白金を電極としてメタノールの電解酸化による「メトキシラジカル」の生成が知られています。しかし、その存在は実験結果から提唱されるのみで、ラジカル種として同定されたことはありませんでした。

本研究では、この不安定な化学種をラジカル補足剤「DMPO」で安定ラジカルへと変換し電子スピン共鳴法(ESR)注2)で測定することで、電解液中でのその存在を世界で初めて明らかにしました(図1)。また、「メトキシラジカル」の生成は、白金電極を用いた電解液中においては確認されていたものの、一般的な炭素電極では確認されていませんでした。今回、ダイヤモンド電極を用いることで、白金を用いた際の発生量をはるかに超える「メトキシラジカル」の存在を観測することに成功しました。この結果から、ダイヤモンド電極はレアメタル材料の代替材料として利用可能であることが明らかになりました。

メトキシラジカルを利用した有用物質創製

次に、「メトキシラジカル」を実際の有機反応に活用する目的で、天然有機化合物や人工抗炎症剤の合成に応用しました。その結果、ダイヤモンド電極を用いることでそれらの効率的合成を達成しました。具体的には、安価な原料であるイソオイゲノールをメトキシラジカルで酸化することで、抗炎症活性を持つリカリンA注3)の一段階合成に成功しました(図2)。その合成効率は、白金電極の場合と比べて2倍になります。

さらに、寿命の限られた活性種であるメトキシラジカルとの反応を効率的に起こし、生成物の収量を上げることを目的として、電極界面での物質拡散を抑制できる「ダイヤモンド電極を用いたマイクロフローシステム」を世界で初めて構築し、実際にほぼ100%の高収率を達成するとともに、高収量を実現できることが明らかになりました(図3)。

このように、試薬を使わず、電気のみで有用物質の合成が可能であることは、新しい環境調和型の物質創製の方法であることを示すとともに、ダイヤモンド電極の応用の新しい方向性であると考えられます。

<今後の展開>

ダイヤモンド電極に関する研究は、これまで水溶液における優れた電気化学特性を利用したものが主なもので、有機溶媒を用いた研究例は多くはありませんでした。本研究の成果により、有機溶媒中での電解で有用な活性種の効率的な生成が確認されたことから、これを利用した新しい反応開発への展開が期待されます。

また、電解による有機合成法は、重金属、酸化剤などの試薬を使用しない、電気のみで基質を酸化、還元できる環境調和型の合成法です。ダイヤモンド電極を用いることでその応用の幅が広がり、例えばアルツハイマー症治療薬や生活習慣病改善につながる新しい薬剤の開発への展開などが期待されます。

<参考図>

図1

図1 電解液中のメトキシラジカル捕捉実験

スペクトルの高さが高いほど多くのラジカル種が存在している。導電性ダイヤモンドを電極とした際に多くのラジカル種が観測された。

図2

図2 イソオイゲノールの電解酸化反応

導電性ダイヤモンドを電極として、イソオイゲノールをメタノール溶媒中通電することでリカリンAを他の電極と比べて高効率で合成できる。

図3

図3 導電性ダイヤモンドを使ったマイクロフローリアクターの図

微少な空間で反応を行うことで「メトキシラジカル」を効率的に活用することができる。

<用語解説>

注1) ダイヤモンド電極
本来絶縁体であるダイヤモンドに、不純物としてホウ素を添加することで導電性を付与し、これを電極として利用したもの。電極材料として従来利用されている炭素電極、白金電極などに比較して、水溶液中での電位窓が広い、バックグラウンド電流が小さいなどの優れた電気化学特性をもつため、センサー、水処理をはじめとした応用が期待されている。耐久性など、ダイヤモンド本来の物理化学特性も兼ね備えるため、次世代の新しい電極材料として期待されている。
注2) 電子スピン共鳴(ESR)
電子の持つ自転の自由度(スピン)を用いた磁気共鳴現象を指し、スピンに磁場と電磁波を加えた場合に生じる。核磁気共鳴(NMR)の電子版である。分子が電荷を持つとスピン(フリーラジカル)を生じる場合が知られており、そのスピンに磁場を加えて電子エネルギーを分裂させ、その分裂幅に等しいエネルギーを持つ電磁波(マイクロ波)が吸収される現象を利用している。従来は材料の評価に用いられていた。
注3) リカリンA
コショウ科やウマノスズクサ科などのさまざまな植物に見られるネオリグナン型天然有機化合物。神経保護作用や抗トリパノソーマ活性など有用な生物活性が知られている。

<論文名>

“ Anodic Oxidation on a Boron-Doped Diamond Electrode Mediated by Methoxy Radicals ”
(ダイヤモンド電極を用いたメトキシラジカルによる電解酸化)
doi: 10.1002/anie.201200878

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

栄長 泰明(エイナガ ヤスアキ)
慶應義塾大学 理工学部 化学科
〒223-8522 横浜市港北区日吉3−14−1
Tel:045-566-1704 Fax:045-566-1697
E-mail:

<JSTの事業に関すること>

古川 雅士(フルカワ マサシ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
Tel:03-3512-3531 Fax:03-3222-2066
E-mail: