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平成24年4月3日

大阪大学
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科学技術振興機構 (JST)
Tel:03-5214-8404 (広報課)

原始細胞の分裂・増殖の過程の謎に迫る
—人工細胞の構築・デザインへの応用に期待—

大阪大学 大学院情報科学研究科 四方 哲也 教授の研究チームは、高度な分裂制御機構を持たないモデル細胞膜が、高分子を内封すると自発的に分裂することを明らかにしました。

約40億年前に誕生した初期の細胞(原始細胞)は、遺伝物質が脂質膜の袋で包まれただけの単純なものであり、この原始細胞が増殖し進化することで、高度で複雑な機構を持つ現代の生命に至ったと考えられています。現在の生物を構成する細胞は、たんぱく質などの制御によって成長し分裂することで増殖しますが、このような仕組みを持たない原始細胞がどのように分裂し増殖し得たのか、その過程はいまだ謎に包まれたままです。

研究チームは、原始細胞を模倣した単純なモデル細胞膜(リン脂質膜)を用いた実験により、膜の袋に分子量数千~数万ダルトンの高分子を内封している場合、内部の高分子が動ける空間をできるだけ広げようとする物理的効果(エントロピー増大の法則注1))に従ってモデル細胞膜の分裂が起きることを発見しました。この膜分裂は、複数のモデル細胞膜が融合して膜の面積が大きくなると自発的に起こる現象であり、原始細胞のように高度な制御機構を持たないものでも、成長して分裂する(増殖する)ことができた可能性を示唆するものです。

今回の研究は、JST 戦略的創造研究推進事業 ERATO型研究「四方動的微小反応場プロジェクト」(研究総括:四方 哲也)と共同で行いました。本成果は、2012年4月2日の週(米国東部時間)に米国科学アカデミー紀要に掲載されます。

<研究の内容>

これまで、たんぱく質などを含まない単純な物質でモデル膜の分裂・増殖を試験管の中で再現する場合、膜に力を加えて剪断するなど、外部からの操作を必要としていました。今回研究チームは、膜の中に内封する物質の挙動に着目し、膜分裂が自発的に起こる可能性を検討しました。

具体的には、原始細胞のモデルとしてリン脂質で構成された膜小胞を用い、これらの内部に高分子を内封した場合の膜の挙動を観察しました。

まず、細胞の成長を模倣するステップとして、電気パルスにより膜小胞を融合させて、融合前の状態よりも体積に対する膜面積が増加している状態を作り出しました。原始の環境では放電が起こっていたと考えられることから、電気刺激による細胞膜の融合は自然に起こり得たと考えられます。

リン脂質膜小胞内に何も含まれていない場合、融合により膜の面積が増加すると、膜小胞の中に小さな小胞が形成されたものの、それ以上の変化は見られませんでした。一方、分子量6000ダルトンのポリエチレングリコール(高分子)を3%の重量濃度で含む膜小胞では、融合後しばらくすると自発的に膜小胞が変形してくびれが生じ、分裂する様子が観察されました(上段:矢印は膜小胞のくびれ)。

この分裂現象は、エントロピー増大の法則(下段)に従って膜が変形することにより引き起こされるもので、このメカニズムは、モデル系に用いられている分子の化学的性質によりません。このことから、原始細胞がどのように増殖し得たのかという議論において、広範に適用することができるメカニズムであると考えられます。

<参考図>

図

※以下のリンクから、動画の閲覧が可能です
http://youtu.be/sY64KXAexIA
http://youtu.be/OCqvxpDAo-o

<発見により期待される成果>

原始的な細胞が誕生し進化した過程は現代において見ることができないため、さまざまな説が提唱されています。本研究の成果は、これまで多くの研究者が挑んできた、遺伝物質を包む細胞膜がどのように増殖し得たか、という謎に対する1つの可能性を示すものです。

生命の最小単位である細胞は、さまざまな反応を協調的に進行させ、高感度・高選択性で物質を感知するなど、高度で複雑な機能を備えています。近年、細胞を高性能な化学反応の場ととらえ、この微小な反応場を試験管内で再構成し、効率的な有用物質生産や高感度の環境センサーなどに応用しようとする試みが盛んに進められています。

細胞は分裂、増殖、変異を繰り返すことで、進化的に内外の環境に適応し、高度な機能を獲得してきたと考えられており、原始細胞における増殖と進化の過程を理解することは、既知の材料をもとに細胞の持つ機能を試験管内で再構成する(人工細胞を構築する)ためにも重要な知見です。

今回発見された分裂現象は物理的効果のみで再現できるものであることから、人工細胞を構築する際に、細胞膜が成長して分裂する機構をデザインする基礎となることが期待されます。

<用語解説>

注1) エントロピー増大の法則
熱力学の第二法則。分子(この場合は高分子)の配置の場合の数がより多くなる方向に状態が変化すること。

<本件に関する照会先>

<研究に関すること>

四方 哲也(ヨモ テツヤ)
大阪大学 大学院情報科学研究科 共生ネットワークデザイン学講座 教授
Tel/Fax:06-6879-7433
E-mail:

<JSTの事業に関すること>

金子 博之(カネコ ヒロユキ)
科学技術振興機構 イノベーション推進本部 研究プロジェクト推進部
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
Tel:03-3512-3528 Fax:03-3222-2068
E-mail: