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平成24年3月23日

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「謝罪」の効果を複数の指標で分析し、その有効性を解明
―「怒り」の衝動は消せるが、不快感は抑えられない―

JST 課題達成型基礎研究の一環として、東京大学 大学院総合文化研究科の岡ノ谷 一夫 教授と、JST 戦略的創造研究推進事業 ERATO型研究「岡ノ谷情動情報注1)プロジェクト」の久保 賢太 研究員らは、基本情動注2)の1つである「怒り」のメカニズムを研究し、謝罪が有効なのは「怒り」の持つ「攻撃性」の側面であって、「不快感」には有効ではない、ということを明らかにしました。

一般的に考えられているとおり「怒り」が謝罪によって抑制できることは、これまでの研究でも知られていましたが、謝罪が怒りの中の「何を」抑制するのかについては、良く分かっていませんでした。

本研究グループは、この点を解明するために、怒りに伴う身体的反応について複数の指標を同時に測定しました。つまり、怒りの中枢神経系反応注3)として「脳波」を、自律神経系反応注3)として「心拍」や「皮膚電気反応(汗)」を、また心理反応注3)として質問紙で回答を求める心理テストである「主観指標注4)」を用いました。その結果、相手に攻撃や介入をしようとする強い衝動(攻撃性)は抑制されますが、不快感は抑制されないことが分かりました。つまり、謝られると怒りの衝動をぶつけようという気持ちは抑えられますが、気分が良くない感じは継続していることになります。このことから、怒りは「攻撃性」と「不快感」などの成分に分けることができ、従来は怒り全般の指標であると考えられてきた「心拍」と「皮膚電気反応(汗)」が、それぞれ怒りの「攻撃性」と「不快感」に関連づけられる可能性を示しました。

今回の成果は、謝罪の有効性とともに、情動メカニズムの解明につながります。将来的には、インターネットなどで文字だけのやり取りが誤解を生むようなことがないように、非対面時のコミュニケーションをサポートする情動インタフェイス(他人の情動を判断し提示するツール)の開発への応用などが期待されます。

本研究は、本プロジェクトの情動インタフェイスグループのグループリーダーである名古屋大学 大学院情報科学研究科の川合 伸幸 准教授との共同研究で行われ、本研究成果は、2012年3月22日(米国東部時間)発行のオンライン科学誌「PLoS ONE」に掲載されます。

本成果は、以下の事業・研究プロジェクトによって得られました。

戦略的創造研究推進事業 ERATO型研究

研究プロジェクト 「岡ノ谷情動情報プロジェクト」
研究総括 岡ノ谷 一夫(東京大学 大学院総合文化研究科 教授)
研究期間 平成20〜25年度

JSTはこのプロジェクトで、情動情報が言語と同様にある種の規則性(情動文法)を持って伝達されるものであると捉え、その進化過程・発達過程の生物学的な解析を基礎として、情動情報の計算科学的な符号化モデルを構築することを目指します。

<研究の背景と経緯>

「怒り」はコミュニケーションの大きな阻害要因の1つであり、怒りをいかに鎮めるか(抑制するか)は、コミュニケーションを円滑化する上で極めて重要と言えます。現代社会では、怒りが好ましくない場面や状況は多くあり、そのためビジネスシーンでは、「アンガーマネジメント」が1つの重要なテーマとなっているほどです。こうした状況を受けて、「怒り」という情動についての理解を進めようとする研究に注目が集まっています。

これまで、人の怒り状態とは、覚醒状態が高く不快な状態であると言われていました。しかし近年、怒りは動機づけの視点からも解釈されており、怒りは、自身にとって望ましくない結果や相手が生じた時、それを変えようと相手に攻撃や介入をしようとする強い「接近の動機づけ」を持つ情動であることが明らかにされていました。

人は怒りという情動状態になることで、自律神経系反応、すなわち心拍数や汗の増大、皮膚温の上昇などの変化が生じることが分かっています。また接近の動機づけを持つ場合には、左前頭部の脳活動を増大させ、右前頭部では減少させるという、脳活動が左右で不均衡な活動状態となることが報告されています(Carver & Harmon-Jones, 2009)。

怒りは謝罪によって抑制できると一般的に考えられているとおり、実験的にも謝罪が主観的な怒りを抑制するという結果が示されています(Ohbuchi et al., 1989)。また、謝罪が怒りに伴う自律神経系反応の変化を早く回復するという報告もあります(Anderson, Linden & Habra)。

そこで、怒り反応の指標を用いて、シンプルな怒り抑制手続きの検討が行われています。例えば、侮辱的なコメントを受ける時、直座の姿勢で受ける場合に比べ、仰向けの体勢で受けると、怒りを示す左右前頭部活動の不均衡が抑制されることが示されています(Harmon-Jones & Peterson, 2009)。

しかし、謝罪が抑制するのは、怒りという強い情動反応が持つどの側面なのか、さらに怒りに関連する中枢神経系や自律神経系反応が同じ側面を反映しているのか、あるいは別の側面を反映しているのか、といった指標間の関連性を検討した研究はこれまで行われておらず、「謝罪で怒りがやわらげられる」ことが現象論的には理解されていたものの、そのメカニズムは科学的に検証されてはいませんでした。

<研究の内容>

本研究では、怒り反応と謝罪による抑制を「中枢神経系反応」、「自律神経系反応」と「心理反応」の3指標を用いて検討しました。怒りの喚起には、先行研究(Harmon-Jones & Peterson, 2009)と同様の侮辱コメントを用いました。実験では、怒りを喚起する侮辱コメントにシンプルな謝罪文が添えられている「謝罪群」と、謝罪が無い「怒り群」に対する中枢・自律・主観指標で得られた反応を、侮辱の前後で比較しました。

参加者は48名(平均年齢20.5歳、男性24名、全員右利き)で、参加者の怒りを喚起するため、本来の目的を告げずに、「別室の参加者(実際には参加しない)と社会的な問題に対する意見の交換と、自分の意見に対する評価を受ける」という偽の実験に参加してもらうことを説明しました。被験者には、生理反応測定機器を装着して、2分間安静状態の生理反応を測定し、測定直後に心理反応として心理テストの質問紙に回答させました。その後、参加者に社会的な問題(飲酒年齢の引き下げなど)に対する自身の意見について文章を10分間作成させ、作成後、別の参加者が作成した(という前提で実際には予め準備しておいた)文章に対する評価を5分間で行わせました。文章の評価には評価書を用い、6項目(作者の知能、興味、親近感、文章の論理性など)を9段階(1低い−9高い)で評定させ、その下部に意見文章に対するコメントを記入させました。評価の後、この参加者の文章に対する評価書(別の参加者による評価だと参加者は思っている)を渡します。評価書にはわざと低く評点(作者の知能4点など)し、さらに「大学生が書いた文章とは思えません。この人には学校で一生懸命勉強してもらいたいです」というコメントを記載してあり、怒り群ではこのコメントの最後に「以上がコメントです」、謝罪群では「こんなコメントをしてすみません」という一文をつけました。参加者には、実験者の合図により評価書を黙読させました。評価のフィードバックは3分間で、その中間の2分間の生理反応を測定し、さらに心理反応として主観指標による評定(心理テスト)を行わせました。なお、以上の測定において、生理指標としては中枢神経系反応である「左右の前頭側頭部(F7、F8)におけるα波パワ値」と、自律神経系反応である「心拍」、「皮膚電気反応(汗)」を記録し、主観指標(主観尺度)としては「日本語版快・不快尺度(PANAS)」と「状態怒り尺度(STAXI)日本語版」を評定させました。

実験の結果、怒り群では、怒り喚起後の左前頭部のα波パワ値が右前頭部に比べて有意に減少しており、怒り反応が認められました。一方、謝罪群では怒り喚起後のα波パワ値に左右差は認められませんでした(図1)。また心拍では、怒り群では侮辱後で心拍数が有意に増大したことに対し、謝罪群では侮辱による増大は認められませんでした。一方、皮膚電気反応では両群に差が出ませんでした(図2)。

主観指標では、STAXIの評定においては、怒り群は侮辱前に比べ、侮辱を受けた後の得点で怒り評点が有意に高かったが、謝罪条件では侮辱の前後による評点の差は認められず、さらにPANASでは、怒り/謝罪両条件で、侮辱による不快の評点の上昇が認められ、謝罪の有無による、不快評点の抑制は認められませんでした(表1)。

以上の実験結果から、まず、全ての指標において謝罪群で怒りの抑制が確認されました。すなわち、シンプルな謝罪文を一文添えることによって怒りが抑制できることを、中枢、自律、主観の3指標で同時に観察することに成功しました。中枢神経系反応においては左前頭部の活動を抑制し、自律神経系では心拍のみに謝罪の効果が認められました。主観指標については、攻撃性に関連するSTAXI評定結果から怒りが抑制されたことが示され、一方不快感を示すPANAS評定結果では謝罪の効果は認められませんでした。

3指標の結果を総合的に検討した結果、謝罪が怒りの不快感の側面ではなく、強い接近の動機づけを抑制したということが分かりました。また、古くから怒りを反映すると言われていた心拍反応と皮膚電気反応では、謝罪による反応の抑制が指標間で異なっており、心拍反応が攻撃性、皮膚電気反応が不快感と関連づけられる可能性が示されました。このことから、これまで示されていた怒りを反映する生理的・主観的反応は、相手に攻撃しようとする接近の動機づけを反映する指標と、それ以外の不快感などを表す情動などを反映する指標に分けられ、情動の諸成分をより客観的に評価できる可能性が示されました。

<今後の展開>

本研究の成果は、社会的コミュニケーション場面における謝罪の効果を解明する一助となり得るものです。近年、人のコミュニケーション場面における相互作用に関する研究が盛んに行われていますが、怒り状態にある人が、他者からの謝罪という働きかけによって影響を受ける場面を、多くの指標を同時に測定して検討した研究はありませんでした。

本研究の成果は、社会的相互作用における生理的基盤を明らかにする研究につながっていくものと期待されます。さらに、怒り状態にある人が示す生理的反応について、謝罪に影響されるものと、そうではないものを示したことは、これまで考えられていた情動状態と生理反応の対応関係に新たな視点をもたらすものであり、伝統的な情動に対する生理学的研究を発展させる研究だと言えます。

今後、怒りを含む情動の生理と心理の関係が解明されることで、インターネットなどでの非対面コミュニケーション場面に情動の情報を加えることが可能となり、非対面時のコミュニケーションが円滑となるよう、既存の機器に付加可能な情動インタフェイス(他人の情動を判断し提示するツール)の開発などが期待されます。

<参考図>

図1

図1 左右脳活動の不均衡状態

謝罪を受けた謝罪群に比べ、受けなかった怒り群は怒りの接近動機の生起を表す左右脳活動の不均衡状態が増大している。

図2

図2 自律神経系反応の結果

Aが心拍反応、Bは汗の反応を示している。謝罪の効果は心拍反応では認められたが、汗の反応では認められなかった。

表1

表1 「快・不快尺度(PANAS)」(日本語版)と
「状態攻撃性尺度(STAXI)」(日本語版)の結果

謝罪の効果は攻撃状態を反映する心理尺度にのみ認められ、不快な気分状態を反映する心理尺度には認められなかった。

<用語解説>

注1) 情動情報
情動とは、出来事に対して自動的に生起する快・不快を伴う心と体の応答で、心拍や発汗、紅潮など生理的な変化を伴う場合もある。対人コミュニケーションには必ず情動が伴い、コミュニケーションの成否には言語情報よりも情動情報のほうが大切である場合が多い。
注2) 基本情動
情動のうち、ヒトと動物に共通な生得的な情動で、「怒り」のほかに「喜び」、「悲しみ」、「恐れ」、「嫌悪」、「驚き」があるとされる。
注3) 中枢神経系反応、自律神経系反応、心理反応
中枢神経系反応は主に脳活動のことを指す。情動に限らず、ヒトの心的活動には脳活動が深く関わっているが、情動に伴って生起するヒトの行動や身体的反応は、脳活動が関連していることは明らかであり、情動に伴う中枢神経反応系は近年盛んに検討されている。自律神経系反応は交感・副交感神経系からなり、心臓血管神経系や、汗腺、呼吸などを指す。これらの指標は、情動に鋭敏な指標として、古くから検討されている。その結果、自律神経系反応には、情動ごとに生起するパターンが異なることが知られている。本研究における心理反応とは、ヒトが自分の情動状態について、主観的にどのように感じているかを質問紙で測定し、心理反応として用いている。
注4) )生理指標と主観指標
情動にはさまざまな身体反応が伴う。そうした身体反応を測定する指標を生理指標と呼ぶ。生理指標は広義では中枢神経系反応と自律神経系反応を包括した意味で使用されるが、それらを個別に使用した場合も生理指標と呼ぶ場合もある。生理指標で得られる反応は自覚する反応もあれば、自覚できない反応もあり、主観指標に比べて客観性が高いとも言われる。主観指標(尺度)とは、ヒトが持つ自らの状態や性向に対する解釈を測定する指標である。主に、心理テストなどの質問紙調査や面接調査などが指標として用いられる。

<論文名>

“Apology isn’t good enough: An apology suppresses an approach motivation but not the physiological and psychological anger measured by EEG, heart rate, and skin conductance level.”
(謝罪は充分ではない:謝罪は怒りの接近の動機づけを抑制するが生理的・心理的怒りまでは抑制しない−中枢・自律・主観指標による検討−)
doi: 10.1371/journal.pone.0033006

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

久保 賢太(クボ ケンタ)
JST−ERATO 岡ノ谷情動情報プロジェクト 情動インタフェイスグループ
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<JSTの事業に関すること>

金子 博之(カネコ ヒロユキ)
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