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平成24年3月9日

科学技術振興機構(JST)
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九州大学
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純スピン流の生成効率を大幅向上することに成功
−画期的な省エネデバイスの実用化に前進−

JST 課題達成型基礎研究の一環として、九州大学 稲盛フロンティア研究センターの木村 崇 教授と九州大学 大学院システム情報科学研究院の浜屋 宏平 准教授らは、次世代のスピン(磁気)注1)を使った電子素子(デバイス)に応用が期待される「純スピン流」の生成効率を飛躍的に改善することに成功しました。

電子が持つスピンの性質を利用するスピンデバイスは、次世代の省エネルギーデバイスとして注目されていますが、エネルギー利用効率の良い情報書き込み手段として、電荷の流れ(電流)を伴わない純スピン流を用いる画期的な手法が知られています。しかし、これまでは、純スピン流の生成効率が極めて悪いため、総消費電力を下げることが難しいという問題がありました。

本研究グループは、スピンの向きをそろえた完全スピン偏極状態注2)が期待できるフルホイスラー合金注3)(CoFeSi)の高品質薄膜成長技術を確立しました。それをスピン生成源としてデバイスに組み込むことで、一桁以上の純スピン流生成効率向上に成功しました。

今後、3次元スピン注入や多端子スピン注入など、純スピン流を用いたデバイス構造のみで実現可能な革新的要素技術を開発することで、次世代スピンデバイスへの実用化が期待できます。

本研究成果は、ホイスラー合金による高効率純スピン流生成についてはネイチャーパブリッシンググループ(NPG)「NPG asia materials」のオンライン速報版で3月9日(英国時間)に掲載され、さらに続報として、CoFeSiの純スピン流生成源としての優位性については、米国物理学会の論文誌「Physical Review B(Rapid Communication)」のオンライン速報版で近日中に公開されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)

研究領域 「次世代エレクトロニクスデバイスの創出に資する革新材料・プロセス研究」
(研究総括:渡辺 久恒 株式会社半導体先端テクノロジーズ 代表取締役社長)
研究課題名 「電荷レス・スピン流の三次元注入技術を用いた超高速スピンデバイスの開発」
研究代表者 木村 崇(九州大学 稲盛フロンティア研究センター 教授)
研究期間 平成21年10月〜平成27年3月

JSTはこの領域で、微細化パラダイムのみでは実現できない機能・性能を持つ、革新的かつ実用化可能なエレクトロニクスデバイスを創製するための材料・構造の開発およびプロセス開発を行っています。

上記研究課題では、電荷レス・スピン流の3次元注入技術、スピン方向高速変調技術、およびホイスラー合金によるスピン流の超効率生成技術を開発し、優れた熱擾乱耐性を有する超高速・極低消費電力駆動スピンデバイスを試作実証します。

<研究の背景と経緯>

次世代の省エネルギー・ナノエレクトロニクスデバイスとして、電子が持つ電荷の自由度に加えてスピン(磁気)の自由度も積極的に利用する新しい電子技術「スピントロニクス」が注目を集めています。スピントロニクス機能の多くは、電流のスピン版である「スピン流」 によって駆動されます。スピン流を用いれば、超低損失な不揮発性磁気メモリーや量子情報伝送が実現可能になると期待されており、スピン流生成技術の開発が急務となっています。通常のスピン注入法では、スピン流だけではなく電流も同時に磁性体に流れてしまうため、ジュール発熱などの無駄な電力損失が発生します。一方、電荷の流れを伴わないスピンの流れである純スピン流(電荷レス・スピン流)も存在し(図1)、これを用いると電流による不要な発熱などが排除されるため、エネルギー効率の良い磁化反転が期待されます。しかし、これまでの素子では、純スピン流の生成効率は数%以下と極めて悪く、総合的な消費電力を低減することが困難でした。そのため、純スピン流の実用化はあまり検討されておらず、専ら、新物理現象を高精度で検出するツールとして用いられていました。

<研究の内容>

純スピン流の生成効率の低さは、非磁性体中に生成された非平衡スピンの一部が非磁性体中に拡散しないで、スピン生成源であるスピン緩和の強い強磁性体に戻されてしまうスピン再吸収効果に起因しています。このスピン再吸収効果は、強磁性電極のスピン偏極率の増加とともに減少し、完全スピン偏極したハーフメタル電極では完全に無くなります(図2)。従って、スピン生成源のスピン偏極率の向上が、純スピン流の生成効率向上の鍵となります。

研究グループでは、以前より、室温でハーフメタル性が期待されるフルホイスラー合金であるCoFeSi薄膜を高い規則度で結晶成長させる技術を確立していました。今回、そのCoFeSi薄膜に微細加工を施し、図3左に示すように、CoFeSiをスピン生成、およびスピン検出端子、銅(Cu)をスピン流チャネルとする横型スピンバルブ素子注4)を作製しました。この素子を用いて、非局所スピンバルブ測定注5)を行ったところ、これまでの純スピン流デバイスで主流なニッケル鉄(NiFe)電極に比べて、信号強度が約10倍増大しました(図3右)。

これらの結果を1次元スピン拡散モデルにより解析したところ、今回作製したCoFeSi電極では純スピン流の生成効率は27%となりました。これにより、生成源としてNiFe電極を用いた場合に比べ、CoFeSiを用いれば生成効率が一桁以上向上することが示されました。本実験により、世界で初めてホイスラー合金による純スピン流の高効率生成に成功したことで、純スピン流デバイスの実用化に向け一歩前進しました。

なお、鉄シリサイド(FeSi)という、ハーフメタルではないホイスラー合金との比較実験も行ったところ、CoFeSi電極がスピン偏極率、生成効率共に最も大きくなることが確認されました。また、本研究者らが開発した非局所スピンバルブ測定法により、ホイスラー合金の電気抵抗率の減少とともにスピン偏極率が増大する現象も観測し、非局所スピンバルブ測定法が高スピン偏極材料の評価技術としても極めて有効なことを示しました。

<今後の展開>

純スピン流の生成源を多端子化すれば、各端子から生成された純スピン流が合成され、従来型スピン注入では不可能な巨大スピン流の生成が可能になります。さらに、ナノ磁性体を非磁性体中に埋め込めば、あらゆる接合面からスピン流が注入される3次元スピン注入が可能となります(図4)。これらの革新的スピン注入技術を用いることで、熱擾乱耐性に優れ、極低消費電力で動作するナノスピンデバイスが期待できます。

<参考図>

図1

図1 電流とスピン流

図において、電流は、左から右に動く電子の数に対応しており、スピンの方向には無関係である。スピン流は、左から右に運ばれる↑スピンの量に対応している。強磁性体中では電子がスピン偏極しているため、電流を流すと同時に、スピン角運動量の流れであるスピン流が生成されます。また、上向きスピンの電子と下向きスピンの電子を互いに逆方向に流すことで、電荷の流れが相殺され電流がゼロとなり、スピン流だけが存在する純スピン流を作り出すことができます。スピン流の定義上、↑スピンが左から右に動くことと、↓スピンが右から左に動くことは等価であるため、図中の純スピン流は、電子2個分のスピン角運動量を運ぶことになる。

図2

図2 スピン再吸収効果

鉄−ニッケル合金(パーマロイ)のような通常の強磁性体をスピン注入端子に適用した場合、スピン偏極率が十分大きくないため、非磁性体中に形成されたスピン流の大半はスピン注入端子に逆流(スピン再吸収効果)し、スピン流の生成率が極めて小さくなります。一方で、完全スピン偏極したハーフメタル電極をスピン注入端子に適用すると、スピン再吸収効果が完全に抑制されるため、非磁性体に効率よくスピン流を生成できます。強磁性体のスピン偏極率で比較すると2倍程度ですが、スピン流の生成率で比較すると10倍以上の差が現れる点が特筆されます。

図3

図3 横型スピンバルブ素子と非局所スピンバルブ信号の室温での測定結果

非局所スピンバルブ測定において、2本のCoFeSi細線は、左側がスピン注入端子と右側がスピン検出端子の役割を担います。素子の左側に電流を流すことで、純スピン流を右側に生成しますが、その際、純スピン流のスピン方向と検出端子の磁化方向が平行の場合に正の電圧が、反平行の場合に負の電圧が誘導されます。この電圧差を、入力電流で規格化した値はスピン信号と呼ばれ、純スピン流デバイスの性能を評価するバロメーターとして知られています。ここで、2本の細線の平行、反平行状態は、細線端部の形状が異なるため、外部磁界で容易に制御できます。本素子のスピン信号を測定したところ、パーマロイ電極を用いた場合に比べて、10倍程度大きな強度のスピン信号を観測しました。

図4

図4 巨大スピン流の生成と3次元スピン注入の概念図

スピン生成源を複数設ければ各端子から生成された純スピン流が合成され、通常のスピン偏極電流では実現不可能な巨大スピン流が生成できます。さらに、反転層を非磁性体中に埋め込めば、あらゆる面からスピン流が吸収され、3次元的なスピン注入が可能になります。

<用語解説>

注1) スピン(磁気)
電子が持つ角運動量を表す内部自由度の1つであり、上向きと下向きの2つの状態が存在する。角運動量の起源が電子の自転運動として説明できるため、スピンと呼ばれる。
注2) 完全スピン偏極状態
電子のスピンが一方向に完全に偏極している状態。ハーフメタル状態とも言われる。
注3) ホイスラー合金
3元素(X、Y、Z)で構成され、XYZの分子式をとる構造。理論計算から、特定の結晶構造をとる際、ハーフメタル的特性が予言されている。
注4) )横型スピンバルブ素子
面内に配列した2つの強磁性体を非磁性体で接続して構成される素子で、2つの強磁性体の磁化の相対角に対応して電気抵抗が変化する素子。従来の磁性多層膜で形成させる積層型と区別するために、横型スピンバルブ素子、あるいは面内スピンバルブ素子と呼ばれる。
注5) 非局所スピンバルブ測定
横型スピンバルブ素子において、一方の強磁性体(注入端子)にのみ電流を流し、他方の強磁性体(検出端子)には電流を流さず純スピン流だけを注入し、スピン情報にのみ依存した電気信号を高感度で測定する手法。

<論文名>

“Room-temperature generation of giant pure spin currents using Co2FeSi spin injectors”, NPG asia materials
(CoFeSiスピン注入源を用いた巨大純スピン流の室温生成)
doi: 10.1038/am.2012.16

“Estimation of the spin polarization for Heusler-compound thin films by means of nonlocal spin-valve measurements: Comparison of Co2FeSi and Fe3Si”, Physical Review B (Rapid Communication)
(非局所スピンバルブ測定によるホイスラー合金薄膜のスピン偏極率の評価:CoFeSiとFeSiの比較)
doi: 10.1103/PhysRevB.85.100404

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

木村 崇(キムラ タカシ)
九州大学 稲盛フロンティア研究センター 教授
〒819-0395 福岡県福岡市西区元岡744
Tel/Fax:092-802-6956
E-mail:

浜屋 宏平(ハマヤ コウヘイ)
九州大学 大学院システム情報科学研究院 情報エレクトロニクス部門 准教授
〒819-0395 福岡県福岡市西区元岡744
Tel:092-802-3738 Fax:092-802-3724
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<JSTの事業に関すること>

石井 哲也(イシイ テツヤ)
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