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平成24年3月7日

国立大学法人 東京大学

独立行政法人 科学技術振興機構

世界初、滅菌できる柔らかい有機トランジスタの作製に成功
−体内に埋め込めるデバイス開発に道−

研究成果の概要

国立大学法人 東京大学(総長 濱田 純一)大学院工学系研究科の染谷 隆夫 教授[付記1]と関谷 毅 准教授を中心とした研究チームは、独立行政法人 科学技術振興機構(理事長 中村 道治)の課題達成型基礎研究の一環として、高温の滅菌プロセスに耐え得る柔らかい有機トランジスタ注1)を高分子フィルム上に作製することに世界で初めて成功しました。(図1

少子高齢化時代の本格的な到来を受けて、健康・医療分野においては、IT化が急速に進み、エレクトロニクスの重要性が増しています。この背景の中、有機トランジスタと呼ばれる柔らかい電子スイッチは、生体と整合性の良い高分子フィルムの上に容易に製造できるため、装着感のないウェアラブル健康センサや柔らかいペースメーカーなど体内埋め込み型デバイスへの応用が期待されています。その実用化に向けては、①生体と整合性の高い機械的な柔軟さを生かしつつも、安全性の観点から②駆動電圧の低減(〜2V)と③滅菌による感染症のリスクの低減が求められています。しかし、有機トランジスタは、駆動電圧が高く(例えばディスプレイ用途では20〜80V)、また熱に弱く高温の滅菌ができないため、健康・医療分野における実用化への大きな障壁となっていました。

研究グループは、150℃の高耐熱性を有し、かつ駆動電圧が2Vの有機トランジスタを高分子フィルム上に作製する技術の開発に成功しました。実際に、新型の有機トランジスタは、通常の滅菌プロセス(150℃の加熱処理)で電気性能が劣化することなく滅菌できることが示されています。高耐熱性の有機トランジスタを実現するための決め手は、厚さ2ナノメートルという極薄の自己組織化単分子膜(Self−Assembled Monolayer:SAM膜)注2)を高分子フィルム上に高密度で向きを揃えて配置することによって、高温でもピンホール注3)を発生しないようにする絶縁膜形成技術でした。駆動電圧を2Vにまで低減するためには絶縁膜をナノメートル寸法まで薄膜化する必要がありますが、そのような極薄の単分子膜は熱に弱いという従来の常識を覆す成果です。この成果は、シンクロトロン軌道放射光注4)を使った精密な結晶構造解析によっても実証されました。さらに、熱的に非常に安定な高移動度の有機半導体材料と有機・金属複合材料による封止膜を採用することによって、耐熱性を150℃まで向上することができました。

今後、このような高耐熱性の有機トランジスタを長期体内埋め込み型デバイスや細径カテーテルなどの医療用デバイスへ応用することで、腫瘍や炎症、初期のがんを検出できる新しい薄膜センサの開発など医療用デバイスとして新たな用途が拡大するものと期待されます。

本研究は、東京大学とJSTの他、米国プリンストン大学、独マックスプランク固体物理研究所、米国立標準技術研究所、広島大学、日本化薬株式会社と共同で進められました。

本研究成果は、2012年3月6日(英国時間)にNature Communications誌のオンライン版で公開されます。

[付記1] 独立行政法人 科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業(ERATO)の研究領域「染谷生体調和エレクトロニクスプロジェクト」の研究総括を兼務

<研究開発の背景>

少子高齢化時代の本格的な到来を受けて、健康・医療分野においては、IT化が急速に進んでいます。例えば、家庭における心拍数や体重などを計測するヘルスケア機器と病院がネットでつながるようになりました。さらに、病院では内視鏡の小型が進むことなど医療検査用エレクトロニクス機器の侵襲度や患者への負担が低減されるようになり、ますます健康・医療分野におけるエレクトロニクスの重要性が増しています。実際に、エレクトロニクス分野で、健康・医療のカテゴリーは2015年まで継続して毎年120%以上の成長が見込まれています。

この背景の中、有機トランジスタと呼ばれる柔らかい電子スイッチは、生体と整合性の良い高分子フィルムの上に容易に製造できるため、装着感のないウェアラブル健康センサや柔らかいペースメーカーなど体内埋め込み型デバイスへの応用が期待されています。その実用化に向けては、①生体と整合性の高い機械的な柔軟さを生かしつつも、安全性の観点から②駆動電圧の低減(〜2V)と③滅菌による感染症のリスクの低減が求められています。しかし、有機トランジスタは、駆動電圧が高く(例えばディスプレイ用途では20〜80V)、また熱に弱く高温の滅菌ができないため、健康・医療分野における実用化への大きな障壁となっていました。

<研究成果の詳細>

研究グループは、世界初となる150℃の高耐熱性を有し、かつ駆動電圧が2Vの有機トランジスタを高分子フィルム上に作製する技術の開発に成功しました。

高耐熱性を実現する決め手となった技術は①自己組織化単分子膜と②封止膜で、以下に詳細を述べます。このような高耐熱性の実現は、ナノメートル寸法の極薄の単分子膜は熱に弱いという従来の常識を覆す成果です。この成果は、シンクロトロン軌道放射光を使った精密な結晶構造解析によっても実証されており、その詳細を③で述べます。さらに、実際に、新型の有機トランジスタは、通常の滅菌プロセス(150℃の加熱処理)で電気性能が劣化することなく滅菌できることが示されており、その詳細を④で述べます。

①自己形成能力を持つ高耐熱性“自己組織化単分子(SAM)ゲート絶縁膜”

滅菌できる有機トランジスタの開発の決め手になったのは、厚さ2ナノメートルという極薄の自己組織化単分子膜(SAM膜)です。有機トランジスタの駆動電圧を低減するためには、ゲート絶縁膜の薄膜化が有効な手法として知られています。安全性の観点から、駆動電圧を2Vまで低減するためには、ゲート絶縁膜の厚みをナノメートル寸法にまで薄くする必要があります。研究チームは、低電圧駆動を実現するためにこれまでにもSAM膜をゲート絶縁膜に応用した素子を実現していますが、今回は耐熱性の視点から製造プロセスの最適化を行いました。その結果、SAM膜を高分子フィルム上に高密度で向きを揃えて配置することによって、高温でもピンホールによる漏れ電流を発生しない絶縁膜形成技術の実現に成功しました。この絶縁膜を実現するために、以下の2つの技術を確立しました。まず、高分子フィルムに独自の平滑化層を利用して、フィルムの表面をナノスケールで平坦化しました。さらに、この高分子フィルムの上に酸化アルミ薄膜を形成する際のプラズマ条件を最適化して、フィルムにダメージが入らないようにすることに成功しました。

②有機・金属複合膜による封止層

高耐熱性の有機トランジスタを実現するためには、ゲート絶縁膜の耐熱性の向上だけでは十分ではありませんでした。特に、有機トランジスタのチャネル層を構成する有機半導体材料は、一般に、熱に弱いことが知られています。そこで、本研究では、高い耐熱性を持つ有機半導体として、ジナフトチエノチオフェン(DNTT)を採用しました。さらに、有機トランジスタを作製した後に、有機トランジスタの上に、独自の封止膜を形成しました(図2参照)。この封止膜は、有機高分子と金属の複合膜で構成されています。封止膜によってDNTTが高温で昇華することが抑制され、高温での素子劣化を大幅に制限できました。さらに、この封止膜を有する有機トランジスタを沸騰した水に入れても、電気特性が変化しないことも明らかになりました。

③軌道放射光によるナノ構造観測(SAM膜の構造解析)

本研究で使われたゲート絶縁膜は、正確には、4ナノメートルのアルミ酸化膜と2ナノメートルの自己組織化単分子膜の二層構造になっています。アルミ酸化膜の耐熱性は古くから知られていますが、1分子長で自己形成する自己組織化単分子膜は、X線による構造解析が容易でないため、デバイスを構成するSAM膜の構造解析についてはこれまで報告はなく、また高温における構造の安定性を実証する報告もありませんでした。

研究チームでは、有機トランジスタの耐熱性を評価するために、ナノメートル厚みの極薄の有機材料の構造を解析することによって、SAM膜の耐熱性を直接精密評価することを試みました。シンクロトロン軌道放射光を使用し、加熱時の自己組織化単分子膜の分子構造を精密に計測したところ、150℃を超す高い温度においても、自己組織化単分子膜における分子の向きの揃い具合がほとんど劣化しないことを世界で初めて確認しました。これは、ナノメートル寸法の極薄の単分子膜は熱に弱いという従来の常識を覆す成果です。

なお、構造解析は、プリンストン大学 Yueh−Lin (Lynn) Loo教授との共同研究として進められ、シンクロトロン軌道放射光は米国ブルックヘブン国立研究所のビームラインを使用しました。

④フレキシブル有機回路と新型医療用エレクトロニクスの創出

新型の高耐熱性の有機トランジスタは、電気性能が劣化することなく滅菌できることが示されました。滅菌条件としては、広く医療機器の滅菌として使われている3つの熱プロセス、すなわち、大気圧中150℃で20秒、2気圧121℃で20分、煮沸について、素子の耐性を評価しました。

まず、有機トランジスタを160℃で加熱することによって熱的な安定性を良くします。次に、有機トランジスタの上にバクテリアを培養し、医療用の殺菌条件を加える前後でのバクテリア数と電気的特性を計測しました。その結果、殺菌プロセスによりほぼすべてのバクテリアが死滅しましたが、一方で、有機トランジスタの電気的特性変化は、無視できるほど小さいことを確かめることができました。

<研究開発の経緯> 

有機トランジスタは、シリコンなど従来の無機材料素子とは違って、低温プロセスで高分子フィルム上に形成できるため、軽くて、曲げられる電子機器を作ることができます。また、印刷技術で製造できるため、面積の大きなものを作る場合の製造コストもシリコンに比べて格段に安く、これらの特徴を利用した電子ペーパーの駆動回路などへの応用が期待されています。これまで染谷と関谷らは、有機トランジスタを大面積センサや大面積アクチュエータに応用する研究に取り組み、ロボット用電子人工皮膚(2003年)、シート型スキャナー(2004年)、超薄型点字ディスプレイ(2005年)、ワイヤレス電力伝送シート(2006年)、通信シート(2007年)、超音波シート(2008年)、フラッシュメモリ(2009年)を実現するなど、有機トランジスタを大面積エレクトロニクスに応用する可能性を示してきました。

近年、有機トランジスタは電子機器などへの応用だけでなく、生体との整合性がよい有機材料の特性を生かした医療やヘルスケアへの応用が期待されています。しかしながら、医療現場ではこのようなデバイスの滅菌が必須であり、薄いプラスティックフィルム上に作製した有機回路が医療用の殺菌プロセスの高温において特性が変化しないこと、かつ低い電圧でも駆動できることが求められていました。

有機トランジスタの耐熱性に関する研究は、染谷・関谷らが2004年に160℃まで加熱しても特性が劣化しない有機トランジスタの作製に成功していますが、ゲート絶縁膜として厚い有機高分子を用いたため、駆動電圧が非常に高くて、生体・医療用途には適していませんでした。本研究チームでは、自己組織化現象を利用してプラスティックフィルム上に数ナノメートルの有機、無機材料の構造形成を試みましたが、本研究で初めて、SAM膜の耐熱性を実証することができました。

また、研究チームは、フレキシブル有機トランジスタ技術を用いて、新しい医療用エレクトロニクス、特に細径医療用カテーテル表面全体に圧力センサーネットワークを張り巡らした新しい「インテリジェントカテーテル」を作製し、その原理実験に成功しています(英国Nature Materials誌に2010年に掲載)。しかしながら、実際にこの開発を医療現場で使えるようにするためには、滅菌プロセスに耐え得る有機トランジスタの開発が必要でしたが、本研究で初めて実現できました。

<将来展望>

有機トランジスタは、有機半導体など有機物の電子機能性材料をパターニングして製造されるため、機械的にフレキシブルであり、生体との整合性が良いと考えられています。皮膚の上から生体情報を取り出す「ウェアラブルエレクトロニクス」への応用や、体の中に埋め込むことにより直接的に生体情報を取り出す「インプランタブルエレクトロニクス」への応用が期待されています。例えば、この高耐熱性の有機トランジスタ回路を細径のカテーテルの側面に適応することで、腫瘍や炎症、初期のがんを検出できる新しい薄膜センサの開発が可能となり、医療用デバイスとした新たな用途が拡大するものと考えられます。このような医療デバイスへの応用には、柔らかさに加えて、大面積でかつ電気的特性にも優れている必要があり、本研究成果は、今後の医療用デバイスの開発に向けて極めて重要な基幹技術であると考えられます。

これまで有機デバイスの応用は、ディスプレイや太陽電池が中心で、有機ELディスプレイや有機フレキシブル太陽電池の実用化は急速に進んでいます。しかし、これらは、有機デバイスの非常に大きなポテンシャルの片鱗が示されたにすぎません。実際に、有機デバイスの柔らかさを生かして、健康・医療分野に応用する研究が世界中で競争になっています。研究チームでは、世界最小曲げ半径(100ミクロン)を達成するなどフレキシブルデバイスの研究をリードして来ました。滅菌できるフレキシブルな有機トランジスタのフィージビリティーが今回示されたことにより、今後の医療応用が加速されると期待されます。

<研究助成>

本研究は独立行政法人 科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業(ERATO)研究領域名「染谷生体調和エレクトロニクスプロジェクト」による研究成果です。

<参考図>

図1

図1 薄膜プラスティック上に作製された高耐熱性有機トランジスタ

自己組織化単分子をゲート絶縁膜、高耐熱性有機半導体を半導体層に用いることでプラスティックフィルム上に低電圧駆動かつ高耐熱性有機回路の作製に成功しました。

図2

図2 高耐熱性有機トランジスタの(a)断面模式図と(b)写真

有機トランジスタ回路は、封止性能と耐熱性能を兼ね備えたフレキシブル膜で覆われている。

<用語解説>

注1) 有機トランジスタ
有機半導体と呼ばれる炭素と水素を骨格にした電気を流す材料で作られた電子のスイッチ。シリコンではなかなか実現できない特徴を有しており、近年活発に研究・開発が進められている。
注2) 自己組織化単分子膜(SAM膜)
有機分子が、分子間力による自己形成能力によって配向してできた単分子厚の極薄膜。
注3) ピンホール
ゲート絶縁膜に空いた電子の通り道となる小さな穴。
注4) シンクロトロン軌道放射光
光速に近い速度で運動する電子の軌道を磁場で曲げられたときに放射される電磁波のこと。幅広い波長の電磁波で強度の強いものが得られるので、極薄膜の結晶の評価など小型光源では実現できない精密測定ができる。

<論文情報>

“Organic Transistors with High Thermal Stability for Medical Applications”
doi: 10.1038/ncomms1721

<本研究に関するお問い合わせ先>

<研究についての問い合わせ>

染谷 隆夫
東京大学 大学院工学系研究科 電気系工学専攻 教授
〒113-8656 東京都文京区本郷7−3−1
Tel:03-5841-0411, 6756 Fax:03-5841-6709
E-mail:
http://www.ntech.t.u-tokyo.ac.jp/

関谷 毅
東京大学 大学院工学系研究科 電気系工学専攻 准教授
〒113-8656 東京都文京区本郷7−3−1
Tel:03-5841-0413 Fax:03-5841-6709
E-mail:
http://www.ntech.t.u-tokyo.ac.jp/

<報道担当>

東京大学 大学院工学系研究科 広報室
Tel:03-5841-1790 Fax:03-5841-0529

科学技術振興機構 広報ポータル部
Tel:03-5214-8404 Fax:03-5214-8432

(英文)The world’s first sterilizable flexible organic transistor
- A path to the development of implantable devices -