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平成23年12月28日

科学技術振興機構(JST)
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名古屋大学
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試料1個で熱電材料の性能を最適化することに成功
−高性能な熱電材料探索を加速−

JST 課題達成型基礎研究の一環として、名古屋大学 大学院工学研究科の太田 裕道 准教授らの研究グループは、電界効果を利用して1つの試料で熱電材料注1)の性能を最適化する画期的な評価手法の開発に成功しました。高性能な熱電材料探索の加速につながる成果です。

工場や火力発電所などから出る排熱(熱エネルギー)を電気エネルギーに変換する高性能な熱電材料の探索が世界中で行われています。熱電材料の性能(熱電変換効率)を決めるのは、「高い熱電能(1ケルビンあたりの熱起電力)」と「高い電子濃度」、それに「低い熱伝導率」という3つの互いに相関するパラメータであることが知られています。このことから、熱電材料の探索、評価および最適化を図る上では、パラメータを多く変化させて解析する技術の確立が望まれています。

これまで太田准教授らは、チタン酸ストロンチウム(SrTiO:STO)という物質に着目し、2007年にはSTOによる数ナノメートルレベル(ナノメートルは10億分の1メートル)の「人工超格子注2)」を作製することによって高い熱電能を示すことに成功していました。しかしながら、人工超格子技術は結晶構造が複雑な物質には適用することができないという側面があり、実用的な面を考えれば、より簡便な技術への転換が必要とされていました。

今回、太田准教授らの研究グループは、電界効果トランジスタ(FET)注3)構造が熱電材料の性能評価に有効であることを明らかにしました。熱電材料にはこれまでと同じくSTOを用い、STOをチャネル層とするFETのゲート電圧を制御することで試料の電子濃度を連続的に変化させ、熱電能を計測することに成功しました。また、本試料に高いゲート電圧を印加することにより、バルクのSTOと比較して5倍に相当する大きさの熱電能を観測することにも成功しました。

以上のように、本研究成果は、半導体技術としてよく知られているFET構造を利用することによって、1つの試料で熱電材料の性能の探索、評価および最適化が可能であることを示したもので、今後、高性能な熱電材料探索を飛躍的に加速させるものと期待されます。

本研究は、東京工業大学の細野 秀雄 教授や東京大学の幾原 雄一 教授らとの共同研究で行われ、研究成果は、2012年1月3日(ドイツ時間)にドイツ科学雑誌「Advanced Materials」のオンライン版で公開される予定です。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)

研究領域 「ナノ製造技術の探索と展開」
(研究総括:横山 直樹 産業技術総合研究所 グリーン・ナノエレクトロニクスセンター 連携研究体長)
研究課題名 「電界誘起二次元伝導層の熱起電力と制御」
研究者 太田 裕道(名古屋大学 大学院工学研究科 准教授)
研究実施場所 名古屋大学 大学院工学研究科 高等総合研究館
研究期間 平成20年10月〜平成24年3月

JSTはこの領域で、ナノテクノロジーの本格的な実用化時期に必須となる「ナノ製造技術」の基盤を提供することを目的とします。

<研究の背景と経緯>

火力発電所や工場、自動車では、化石燃料を燃やして電力や動力に変えています。つまり、化学エネルギーを電気エネルギーや運動エネルギーに変換しているわけです。この変換過程で生じるロスが「排熱」です。「排熱」は熱エネルギーですが、使いづらいため、ほとんど利用されることなく捨てられています。

熱電変換は、こうした利用しづらい排熱を、利用しやすい電気エネルギーに変換する技術です。熱電材料に温度差をつけると、ゼーベック効果注4)が起きて熱起電力(電圧)が発生し、電気回路に組み込めば電力を取り出せます。つまり熱電材料を排熱のある工場や火力発電所に設置すれば、化学エネルギーの利用効率が高まり、その結果、化石燃料の消費量・CO排出量の削減につながります。

熱電変換の実用化には高性能な熱電材料が必要不可欠であり、現在、世界各国の研究機関において高性能材料の探索が続けられています。しかしながら現在のところ、以下に示す2つの大きな問題があるため、熱電材料探索には膨大な時間が費やされているのが現状であり、非効率的であると言わざるを得ません。

問題1:熱電材料の性能を決めるパラメータの相関関係

熱電材料の性能は、熱電能(1ケルビンあたりの熱起電力)の2乗と導電率(電子濃度に依存)に比例する一方、熱伝導率には反比例することが知られており、しかもこれら3つのパラメータは互いに独立するものではなく、むしろ相関し合っています。例えば、電子濃度を大きくすると高い導電率が得られるメリットがありますが、その一方で熱電能は小さく、熱伝導は高くなるというデメリットも同時に起こる可能性があります。このようなことから、熱電材料の性能を最適化するためには、数多くの試料を合成し、1つずつ物性を計測しなければなりません。

問題2:ナノ構造制御

厚さ数ナノメートルの人工超格子は、バルクと比較して数倍大きな熱電能を示すことを2007年1月に太田准教授らが発見しています(参照:http://www.jst.go.jp/pr/info/info373/)。このように人工超格子技術は、熱電材料を高性能化するための優れた手法の1つですが、結晶構造が複雑な熱電材料に適用することは難しいため、この技術に代わる新たな技術の創出が望まれています。

本研究では、この2つの問題を同時に解決する熱電材料の評価手法(熱電能電界変調法)を提案します。まず、熱電材料上に室温で金属電極とゲート絶縁体を蒸着し、電界効果トランジスタ(FET)を作製します。次に、ゲート電圧印加によって熱電材料に誘起される2次元電子ガスの電子濃度と厚さを同時に制御し、各電子濃度における熱電能を計測します。ゲート電圧の増加に伴い、電子濃度は増加し、厚さは薄くなります。一方、熱電能は導電率の増加に伴い徐々に減少し、厚さがナノメートル単位まで薄くなると、熱電能がバルクの数倍に増加します。すなわち、1つの電界効果トランジスタ構造を作製するだけで、人工超格子を作ることなく熱電材料の性能が最適化できます。

本研究では、酸化物熱電材料の最有力候補であるチタン酸ストロンチウム(SrTiO:STO)をモデルとして、この仮説を実験的に証明することに成功しました。本手法は、熱電材料探索にかかる時間を大幅に削減できるとともに、ナノ構造化による高性能熱電材料の発見につながる画期的な手法と言えます。

<研究の内容>

初めに、熱電能電界変調法の作業仮説について説明します(図1)。この方法では、電子ドープ型注5)の熱電材料上に形成された電界効果トランジスタ構造にゲート電圧(V)を印加することで誘起される2次元電子ガスに温度差を付与して熱起電力を計測します。ゲート電圧の増加に伴って2次元電子ガスの電子濃度が増加するため、厚さが十分に分厚いバルクの場合はそれに伴って熱電能の絶対値は減少します。しかしながら、それよりも大きなゲート電圧を印加すれば、2次元電子ガスの厚さが数ナノメートルにまで薄くなるため、人工超格子で観測されるような大きな熱電能を示すことが予想され、図1(b)のような熱電能の「V字回復現象注6)」が観測されると期待できます。

図2の写真や図3(a)に示すように、今回の研究では、STO単結晶の上に電界効果トランジスタ構造を作製し、仮説の実証に取り組みました。ゲート絶縁体には、2010年に太田准教授らが発見した含水ナノ多孔質C12A7ガラス(CAN)を用いました。(参照: http://www.jst.go.jp/pr/announce/20101117/

図4に、室温下での熱電能と電子濃度および2次元電子ガス層の厚さの関係(赤:CANゲート絶縁体を使用、青:一般的な酸化物ゲート絶縁体を使用)を示します。STO内の電子濃度が2.5×1014cm−2以下の場合、熱電能の絶対値は電子濃度の増加に伴い減少し、シミュレーションにより求めたバルクの熱電能とほぼ一致しました。一方、STO内の電子濃度が2.5×1014cm−2を越えると熱電能の絶対値が急激に上昇し、バルクのSTOの5倍に相当する大きさの熱電能が観測できました。この時の2次元電子ガス層の厚さは2ナノメートルと見積もられ、STO人工超格子で観測された熱電能の向上が起こったと考えられます。

従来、熱電材料を評価するためには電子濃度を変化させた数多くの試料を作製し、熱電能と電子濃度を1つずつ計測しなければならなかったため、熱電材料の性能最適化に時間がかかっていましたが、今回の手法ではFETを作製した1つの試料でゲート電圧を変化させ、その際の熱電能の変化を計測するだけで、性能の最適化を図ることが可能です。また、従来の手法では、2次元電子ガスの熱電能を調べるためには人工超格子を作製しなければなりませんでしたが、今回の評価法では試料に高いゲート電圧を印加することでバルクの5倍に相当する大きな熱電能を示す厚さ2ナノメートルの薄い2次元電子ガスが作製できることが分かりました(図5)。

<今後の展開>

今回の手法は、1つの試料にFETを作製し、ゲート電圧印加によって連続的に電子濃度と熱電能を変化させる方法であり、汎用性の高い手法と言えます。本手法を用いることで熱電材料探索にかかる時間を大幅に削減できると期待しています。また、人工超格子など、結晶構造が複雑なために従来ナノ構造化ができなかった熱電材料に本手法を適用することで、高性能な熱電材料の探索を飛躍的に加速することが期待されます。

<参考図>

図1

図1 熱電能電界変調法の作業仮説

(a) 電子ドープ型の熱電材料上に形成された電界効果トランジスタ構造にゲート電圧(V)を印加することで誘起される2次元電子ガス(2DEG)に温度差を付与して熱起電力を計測する方法の模式図、(b)ゲート電圧の増加に伴って電子濃度は増加するが、逆に有効厚さは減少する。バルクの場合、熱電能は電子濃度の増加に伴い絶対値が減少するが(図中の破線)、有効厚さが数ナノメートルに薄くなった時、V字回復現象の観測を予想することができる。

図2

図2 熱電能電界変調法を用いた実験の様子

電界効果トランジスタ構造を、温度差を付与するために隙間をあけて設置した2枚のペルチェ素子上にセットする。ゲート電圧を印加することで2次元電子ガスを誘起した後、2枚のペルチェ素子にそれぞれ逆極性の電流を流してトランジスタ構造に温度差を付与し、ソース−ドレイン電極間に発生する熱起電力(凾u )と、極細熱電対によって計測される温度差(凾s )の関係から熱電能(S=凾u 凾s )を算出した。

図3

図3 チタン酸ストロンチウム電界効果トランジスタの動作機構

ゲート絶縁体として含水ナノ多孔質C12A7ガラス(CAN)を用いた電界効果トランジスタの(a)模式図、(b)トランジスタ特性、(c、d)断面電子顕微鏡像(c:ゲート電圧印加前、d:ゲート電圧印加後)、(e、f)2次元電子ガス誘起のモデル(e:ゲート電圧印加前、f:ゲート電圧印加後)、CANゲート絶縁体中の水に含まれるH(H)イオンがチタン酸ストロンチウム結晶中の残留電子を引き寄せることで極めて高濃度の2次元電子ガスが誘起される。同時に水の電気分解が起こるために水素ガスが発生し、ゲート電圧印加後にはCANゲート絶縁体薄膜の膜厚が増加する。

図4

図4 チタン酸ストロンチウムに電界誘起された2次元電子ガスの熱電能

チタン酸ストロンチウム結晶上に作製した電界効果トランジスタにおける熱電能と(a)電子濃度、(b)2次元電子ガス層の厚さの関係(室温)(赤:CANゲート絶縁体を使用、青:一般的な酸化物ゲート絶縁体を使用)。電子濃度が2.5×1014cm−2以下の場合、熱電能の絶対値は電子濃度の増加に伴い減少し、シミュレーションにより求めたバルクの熱電能とほぼ一致した。電子濃度が2.5×1014cm−2を越えると熱電能の絶対値が上昇し、バルクの5倍に相当する非常に大きな値を示した。この時の2次元電子ガス層の厚さは2ナノメートルと見積もられた。

図5

図5 熱電能電界変調法と従来の熱電材料探索法の比較

従来、熱電材料を評価するためには電子濃度を変化させた数多くの試料を作製し、熱電能と電子濃度を1つずつ計測しなければならなかったため、熱電材料の性能の最適化に時間がかかっていた。これに対し、今回の評価法では電界効果トランジスタ構造を作製した1つの試料で熱電能のゲート電界変調を計測すればよく、大幅な時間短縮につながる。また、従来の手法では、2次元電子ガスの熱電能を調べるために人工超格子構造を作製しなければならなかったが、今回の評価法では試料に高いゲート電圧を印加することでナノメートル単位の薄い2次元電子ガスが作製できる。

<用語解説>

注1) 熱電材料
熱エネルギー(排熱など)を電気エネルギーに変換する材料。熱電材料の両端に温度差を与えることによって電圧が発生する現象(ゼーベック効果)を利用する。温度差1ケルビンあたりの熱起電力は熱電能(=ゼーベック係数)と呼ばれ、熱電材料の性能を示すパラメータの1つであり、電池における電圧に相当する。大きな熱電変換効率(熱エネルギーから電気エネルギーに変換される効率)を得るためには、大きな熱電能、高い導電率、低い熱伝導率を示す材料が必要である。
注2) 人工超格子
超精密な薄膜作製手法によって、異なる原子・分子からなる複数の熱電材料の層を交互に積層することで人工的に作られる結晶格子のこと。人工超格子を薄くすることで電子のエネルギー状態が変化し、大きな熱電能を示すことが知られている。
注3) 電界効果トランジスタ(Field Effect Transistor:FET)
図1aに示すように、ゲート絶縁体に正電圧を加えると、ゲート絶縁体と熱電材料の界面付近に負電荷(電子)が集まる。この電子が集まった層が2次元電子ガスである。これを電界効果といい、ゲート絶縁体に加える電圧で表面の電気伝導性を制御する素子を電界効果トランジスタという。
注4) ゼーベック効果
金属棒に温度勾配がある時、棒の両端に電圧(=熱起電力)が発生する物理現象のこと。1821年、トーマス・ゼーベックによって発見された。
注5) 電子ドープ型
電気伝導を担うキャリアが電子であるn型半導体のこと。キャリアが正孔であるp型半導体を用いる場合には、負のゲート電圧を印加することで2次元ホールガスが誘起される。
注6) V字回復現象
一般に、バルクの熱電能は電子濃度の増加に伴って減少することが知られている。しかし、熱電材料の厚さが数ナノメートルになると熱電能は同じ電子濃度のバルクに対して数倍大きくなる。電界効果トランジスタに印加する電圧を大きくするにつれて2次元電子ガスの電子濃度が増加するので熱電能は減少するが、2次元電子ガス層の厚さが数ナノメートルに薄くなるとバルクの数倍まで熱電能が増加するので、図1bに示すような熱電能のV字回復現象が観測される。

<掲載論文>

“Unusually large enhancement of thermopower in an electric field induced two-dimensional electron gas”
(電界誘起2次元電子ガスの非常に大きな熱電能向上)
doi: 10.1002/adma.201103809

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

太田 裕道(オオタ ヒロミチ)
名古屋大学 大学院工学研究科 准教授
〒464-8603 愛知県名古屋市千種区不老町
Tel:052-789-3328 Fax:052-789-3328
E-mail:

<JSTの事業に関すること>

原口 亮治(ハラグチ リョウジ)、木村 文治(キムラ フミハル)、鈴木 ソフィア沙織(スズキ ソフィア サオリ)
科学技術振興機構 イノベーション推進本部 研究推進部(研究推進担当)
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