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平成23年11月24日

科学技術振興機構(JST)
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東京大学
Tel:03-5449-5601(医科学研究所)

造血幹細胞の「冬眠」に神経細胞が関与することを発見
(白血病再発などの原因解明につながる可能性)

JST 課題達成型基礎研究の一環として、東京大学 医科学研究所の中内 啓光 教授とJST 戦略的創造研究推進事業 ERATO型研究「中内幹細胞制御プロジェクト」の山崎 聡 研究員らは、生体内で血液細胞のもととなる「造血幹細胞注1)」の能力の維持に必要と考えられる「冬眠状態」に、神経細胞の一種であるグリア細胞注2)が重要な役割を果たしていることを初めて明らかにしました。

造血幹細胞は骨髄中に存在し、生涯にわたり分裂により血液細胞を供給してくれる存在です。しかし、細胞には分裂できる限界があり、幹細胞の分裂が頻繁に繰り返されると細胞が尽きてしまい、正常な血液を供給する役割を果たせなくなる可能性があります。このようなことが起こらないように、骨髄中の大多数の造血幹細胞は、細胞分裂が休止した冬眠状態にあることを、本研究グループはこれまでに報告していました。また、冬眠状態の造血幹細胞は、骨髄中の「微少環境(ニッチ)」注3)と呼ばれる特別な隠れ家で生き続けていると考えられており、骨髄から外に出た造血幹細胞はすぐに細胞分裂を始めます。そのため、骨髄ニッチが冬眠状態の維持に関与していると考えられていますが、そのニッチが骨髄のどこにあり、どのようなメカニズムで造血幹細胞を冬眠状態にしているのか、ほとんど分かってはいませんでした。

本研究グループは今回、造血幹細胞の冬眠状態を維持するための条件を詳細に調べた結果、骨髄中の神経系細胞の一種であるグリア細胞がTGF-β注4)というたんぱく質を活性化することにより、造血幹細胞を冬眠状態にしていることを見いだしました。神経系と造血系はそれぞれ独立して生体を維持していると考えられていましたが、今回の発見で骨髄ニッチを介して互いに結びついていることが初めて明らかになりました。

今回の成果によって、神経系による造血の制御機構の存在が明らかとなったことにより、これまで原因が分からなかった白血病の再発などの病態の解明や、治療法の開発につながる重要な成果と考えられます。

本研究成果は、2011年11月23日(米国東部時間)発行の米国科学雑誌「Cell」に掲載されます。

本成果は、以下の事業・研究プロジェクトによって得られました。

戦略的創造研究推進事業 ERATO型研究

研究プロジェクト 「中内幹細胞制御プロジェクト」
研究総括 中内 啓光(東京大学 医科学研究所 教授)
研究期間 平成19〜24年度

JSTはこのプロジェクトで、臓器発生過程の基礎的研究と、その知見に基づいた臓器再生法確立のための新技術の研究を行っています。

<研究の背景と経緯>

血液は人の体重の約8%を占め、全身に酸素を運ぶ赤血球、感染防御に働く白血球など、さまざまな血液細胞が存在します。しかし、どの血液細胞も寿命が短いため、常に供給し続けなければなりません。このような数種類の細胞を作り出す源(種)になる細胞が「造血幹細胞」と呼ばれる細胞です。造血幹細胞は自分自身を複製する能力と、さまざまな血液細胞を作り出すことができる能力を兼ね備えていて、生涯にわたって血液細胞を供給し続けます。臨床の現場で白血病の治療方法として行われる骨髄移植は、造血幹細胞の再生能力の高い性質を利用した、造血幹細胞の移植による造血系の再生です。このように、生涯にわたり造血幹細胞はさまざまな血液細胞を供給し続けますが、その種となる造血幹細胞のゲノムが突然変異を起こさないための工夫や、細胞が尽きないような工夫が必要となります。その工夫の1つが造血幹細胞の冬眠で、冬眠状態で骨髄ニッチと呼ばれる隠れ家でひそかに生き続けていると考えられています。しかし、骨髄のどの場所(ニッチ)に造血幹細胞が存在しているか、そのニッチがどのようなメカニズムで造血幹細胞を冬眠状態にしているのか、ほとんど分かってはいませんでした。本研究では、骨髄中に存在する造血幹細胞の冬眠の維持に関わるシグナルを手がかりに、ニッチを構成する細胞を明らかにすることを目指して研究を進めました。

<研究の内容>

1)TGF-βによる造血幹細胞の冬眠状態の維持

本研究では造血幹細胞の冬眠状態に着目し、「骨髄ニッチには造血幹細胞を冬眠させる働きがある」という仮説をたて、造血幹細胞の細胞分裂を抑制する分子をスクリーニングしました。その結果、サイトカインというたんぱく質の一種である「TGF-β」が造血幹細胞の分裂を抑制することを発見しました。さらに、TGF-βの受容体を欠損させたマウス(TGF-βが結合できず、TGF-βが機能しないマウス)を使い造血幹細胞の機能を解析したところ、通常のマウスと比較してTGF-β受容体欠損マウスの造血幹細胞は冬眠状態の造血幹細胞が少なく、その機能などが著しく低下していることが分かり、造血幹細胞におけるTGF-βの重要性が確認できました。

2)TGF-βの活性化がニッチの機能である

TGF-βが造血幹細胞の冬眠状態の維持に関与しているとすると、骨髄中でTGF-βを産生している場所が骨髄ニッチと考えられます。そこで、調べてみると造血幹細胞自身を含む非常に多くの細胞が、骨髄中でTGF-βを産生していることが明らかとなりました。しかし、これらのTGF-βのほとんどは不活性型TGF-βであること、活性型のTGF-βを発現している細胞は極めてわずかにしか存在しないこと、が明らかとなりました。そこで、本研究ではこのTGF-β活性化のメカニズムに注目しました。

3)活性型TGF-βは神経系の細胞に存在する

造血幹細胞の働きに重要な活性型TGF-βが骨髄の中のどこに存在しているのでしょう。マウスの骨髄を、活性型TGF-βと特異的に反応する抗体を用いて免疫染色法で解析してみると、ごくわずかに血管に似た構造をとる細胞が特異的に染色されることが分かりました。そこで、さらにその血管に似た細胞がどのような細胞なのか詳しく解析を進めていったところ、驚くことに活性型TGF-βが貯まる場所は血管細胞ではなく、血管と並行して存在する神経系の細胞であることが確認されました(図1)。
 さらに詳しい解析から、この神経細胞はグリア細胞の一種である「非ミエリン髄鞘(ずいしょう)シュワン細胞(non−myelinating Schwann細胞)注5)」であることが明らかとなりました。

4)神経系細胞の近くに造血幹細胞は存在する

骨髄中に存在する造血幹細胞が非常に少ないこと(3万個に1個程度の頻度で存在)が骨髄ニッチの研究を非常に難しくしていました。そこで本研究グループは臓器の組織切片画像を、最新鋭の画像解析装置の一種である「ArrayScan(アレイスキャン)」という機器を導入し、造血幹細胞が組織中のどの場所に存在するかを高速かつ客観的に解析してみました。その結果、多くの造血幹細胞が、活性型TGF-βを発現しているグリア細胞に寄り添って存在していることが確認できました。

5)神経を遮断すると造血幹細胞が分裂する

造血幹細胞と神経系細胞が同じ場所にいたからといっても、偶然近くにいるだけの可能性もあるため、造血幹細胞と神経細胞とが何らかの相互作用をしていることを確かめるために、骨髄に入り込む神経を切断してみました。その結果、神経を遮断した骨髄では、造血幹細胞の数が大きく減少するという現象がみられました。さらに興味深いことに、切断後は造血幹細胞が冬眠から目覚めて分裂をしていることを確認しました。
 以上より、造血幹細胞の冬眠状態を維持する骨髄中のニッチを構成する細胞として、神経系細胞の一種であるグリア細胞が関与していることを明らかにしました(図2)。

<今後の展開>

近年、白血病幹細胞注6)も骨髄中の造血幹細胞ニッチで冬眠状態にあることが、放射線治療や化学療法に対する抵抗性との関係から指摘されており、これが白血病再発の原因である可能性が高いと考えられています。このように造血幹細胞ニッチに関する研究は、造血の仕組みを理解する上でのみならず、医学的にも極めて重要な研究課題と言えます。今回の研究から、骨髄中のニッチに神経細胞が関与していることが初めて明らかとなり、将来、白血病再発を抑える全く新しい治療方法が見つかる可能性が考えられます。

また、造血幹細胞以外にも生体内にはさまざまな幹細胞が存在しますが、今回発見した神経系による幹細胞制御の機構はほかの幹細胞にも当てはまる可能性もあり、今後の展開が期待されます。さらに、神経系細胞が造血を制御することの生理的な意味や、病気との関連性を明らかにすることも大切であると考えます。

<参考図>

図1

図1 骨髄内の血管と神経系細胞

骨髄組織切片を活性型TGF-β、血管細胞とそれぞれ特異的に反応する蛍光抗体で免疫染色した写真です。活性型TGF-βは赤、血管は緑、そして細胞の核は青に染まっています。骨髄内で活性型TGF-βを産生している細胞が血管と並走していますが、血管とは異なる細胞であることが分かります。また、別の解析で、活性型TGF-βを産生している細胞が神経系の細胞であることが明らかになりました。

図2

図2 TGF-βの活性化による造血幹細胞の冬眠状態の仕組み

造血幹細胞は骨髄中の神経系細胞と接触することにより活性型TGF-βの影響を受けて冬眠状態になります。数週間から数ヵ月に一度、冬眠から覚めて細胞分裂し、血液前駆細胞を供給することによってさまざまな血液細胞を供給していると考えられます。

<用語解説>

注1) 造血幹細胞
さまざまな血液細胞のもととなる細胞。通常は骨髄中に存在して冬眠状態にあるが、数週間から数ヵ月に一度分裂して造血前駆細胞を生み出すことにより血液細胞を供給する。
注2) グリア細胞
神経細胞は「ニューロン」と、それをサポートする「グリア細胞」から成り立っている。末梢神経系ではグリア細胞はミエリン形成の有無によりミエリンおよび、非ミエリンの2つに分類される。
注3) 骨髄微小環境(ニッチ)
造血幹細胞は種々の血液細胞に分化する能力と、分化せずに自分自身を再生する「自己複製能」を兼ね備えた細胞と定義される。造血幹細胞を試験管内で培養すると「自己複製」させることができないことから、骨髄中には造血幹細胞の自己複製を可能にする特殊な骨髄微小環境があると考えられてきた。しかしながら骨髄ニッチの場所や構造などの詳細については不明な点が多い。
注4) TGF−β(トランスフォーミンググロースファクター ベータ)
さまざまな細胞より産生されるサイトカインの一種。細胞の増殖、分化、組織の発生などに重要な役割を持つことが知られている。
注5) 非ミエリン髄鞘シュワン細胞(non−myelinating Schwann細胞)
末梢神経繊維を包み込む髄鞘(ミエリン鞘)を保持しない末梢神経のグリア細胞の一種。ミエリン髄鞘シュワン細胞が太い神経をミエリンで包み込むのに対し、非ミエリン髄鞘シュワン細胞は主に末梢の細いニューロンを包みこむことが知られている。シュワン細胞の主な機能としてはミエリン形成のほか、栄養因子を介した末梢ニューロンの軸索の再生に貢献していると考えられている。
注6) 白血病幹細胞
白血病細胞を生み出すもとになる細胞で、造血幹細胞と同様に骨髄ニッチに存在すると考えられている。この細胞を絶滅することが白血病の再発防止に必要である。

<論文名>

“Non-myelinating Schwann cells maintain hematopoietic stem cell hibernation in the bone marrow niche”
(骨髄中のシュワン細胞は造血幹細胞の冬眠を誘導するニッチとして働く)
doi: 10.1016/j.cell.2011.09.053

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

中内 啓光(ナカウチ ヒロミツ)
東京大学 医科学研究所 幹細胞治療研究センター 教授
〒108-8639 東京都港区白金台4−6−1
Tel:03-5449-5450
E-mail:

山崎 聡(ヤマザキ サトシ)
科学技術振興機構 ERATO「中内幹細胞制御プロジェクト」 研究員
〒108-8639 東京都港区白金台4−6−1 アムジェンホール
Tel:03-6409-2331
E-mail:

<JSTの事業に関すること>

金子 博之(カネコ ヒロユキ)
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