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平成23年10月25日

東京工業大学

科学技術振興機構(JST)

発生やiPS化を表す「地形」を細胞内にプログラミング

-細胞内・細胞間の遺伝子相互作用で決まる高度な振る舞いをデザインして、生きた細胞で実現-

【要点】

東京工業大学 大学院総合理工学研究科の木賀 大介 准教授(JST さきがけ研究者兼任)と関根 亮二 院生らは、合成生物学注1)の手法を用い、生命の発生や人工多能性幹細胞(iPS)化を表す「地形」を細胞内にプログラミングし、細胞の状態変化をデザインする新規な手法を打ち立てることに成功した。木賀准教授らは生きた細胞内に、人工的に組み合わせた遺伝子のネットワークを導入し、この細胞が細胞内・細胞間の遺伝子相互作用の結果により多様な細胞へと、設計通りに分岐していくことを確認した。

従来、受精卵という1つの細胞から多様な細胞が生じる発生の過程は「ワディントン地形」という、下るほど谷の数が増えてゆく地形の上を玉が転がることで説明されてきた(図1)。京都大学の山中教授は、iPS細胞の概念を説明するために、この地形上を玉が登っていく図を示している。しかし、この「地形」モデルの実態は解明されていなかった。

今回の人工遺伝子ネットワークと同じ構造を生物の中から見つけだすことで、発生や再生過程に関する新たな知見を得ることが期待される。また、今回開発したプログラミング法は、微生物を活用した有用物資生産や再生医療への応用が予想される重要な方法論である。

この成果は、「米国科学アカデミー紀要」のオンライン速報版で2011年10月24日(米国東部時間)の週に公開される。

<背景>

生命の発生や再生プロセスにおいて重要な、細胞内・細胞間の遺伝子相互作用によって生じる細胞種の多様化は、下に行くほど溝の数が増えていく坂道を玉が転がる様子で抽象的に解釈されている。この坂道は「ワディントン地形」(Waddington’s landscape)と呼ばれ、最上部が受精卵、最下部のそれぞれの溝が、筋肉や神経など安定な細胞状態に対応している(図1)。京都大学の山中伸弥教授はiPS細胞の概念を説明するために、この地形上を玉が登っていく図を示している。

地形モデルは、複雑な生命現象を把握するために有用であるが、実態は解明されていなかった。「地形」の単純な概念に対して、天然の細胞種の多様化に関わる遺伝子数は膨大で、細胞種の多様化に関わる遺伝子ネットワークのうちどこがコアな部分なのかを調べるのは困難である。このため、細胞の状態変化をデザインすることも難しかった。

近年進展している合成生物学という研究手法は、自然現象を司る遺伝子ネットワークのコアな相互作用を調べるための有力な手法であり、その研究過程で、自然現象における相互作用を再構成した規模の小さいシステムである人工遺伝子ネットワークが構築される。本研究では、細胞間の相互作用を変化させる実験操作が「地形」に与える影響を考慮することで、細胞集団の運命をデザイン通りに変化させることができた。

<研究の内容>

今回の研究では、均一な細胞集団が「ワディントン地形」上を転がる玉のように2つの細胞種に多様化する機能を、4つの遺伝子からなるシンプルな人工遺伝子ネットワークを設計し、これを生きた細胞に導入することで実装した(図2)。転がる過程で、細胞同士は自らが生産する細胞間通信分子(AHL)注2)によって相互作用を行うように設計した。この人工ネットワークの機能は、図3で表わされるように、2つの遺伝子を利用した細胞間通信と、さらに別の2種類の遺伝子(LacI、CIts)による細胞内での相互抑制注3)からなる。

この結果、同一の遺伝子セットを持つ細胞が、細胞間通信分子を生産する「high状態」と、わずかしか生産しない「low状態」の2つの細胞種に多様化できる。今回は、各細胞種の認識のために、low状態の細胞が緑色蛍光タンパク質(GFP)を生産するように人工遺伝子ネットワークを設計した。本細胞集団について、low状態だけであったのが、high状態とlow状態という2つの細胞種を含む集団へ変化することを実験で確認した(図4)。

本研究では、試験管内の細胞数を変化させる操作が、細胞間の相互作用の結果を表す「地形」の傾きを操作することに対応する。なぜならば、この細胞数の 変化は、試験管内全体での通信分子の生産速度の変化に対応し、この通信分子の生産速度が地形の縦方向の傾きに対応するためである。「地形モデル」は、この傾きの操作によって多様化後の細胞種の比率が変化することを示している。実際に細胞数を変化させたところ、多様化後の細胞種の比率を、モデルの予想通りに操作することができた。このことから、天然の細胞種の多様化に関わる遺伝子ネットワークのコアなネットワーク構造の候補を提案した。

<研究の今後の展開>

本研究で構築した人工遺伝子ネットワークを持つ細胞でみられた、多様化後の細胞種の比率が細胞数に依存するという相関は、発生中の胚におけるコミュニティー・エフェクト(Community effect)でもみられる。近年では、ES細胞の分化比率も、細胞数に依存してしまうことが発見されている。本研究の人工遺伝子ネットワークは4つという少ない数の遺伝子からなるので、同じネットワーク構造を、発生や再生過程で働いている遺伝子群の中から見つけだすことができるだろう。その結果、発生や再生過程での細胞数に依存した現象に関する新たな知見を得ることと、この知見を活用して細胞の分化比率の操作が可能になることが期待される。

合成生物学での人工遺伝子ネットワークの構築によって、細胞内・細胞間の相互作用をプログラミングすることにより、微生物を用いた有用物質生産や、再生医療やiPS細胞の活用に向けた幹細胞の分化誘導などが可能になると期待されている。木賀准教授らが開発した人工遺伝子ネットワークでは、遺伝子型が同一な細胞集団における細胞種の比率を制御することができる。このような集団レベルでの挙動制御を伴う分業システムを実現することで、産業・医療応用における重要な役割を果たすことが予想される。例えば、薬剤や燃料などを微生物で作成するには、複数段階の反応が必要となる。このような場合、1つの細胞で全ての反応を行うよりも、複数種類の細胞で分業を行うことが望ましいと考えられている。また、薬物動態予測のために、iPS細胞から試験管内で微小肝組織を作成する際にも、細胞種の比率制御が重要になってくる。さらに、「地形」に基づいたプログラミングの考え方を、ES細胞やiPS細胞を助ける細胞のデザインに活かすことで、再生医療に貢献すると期待される。

<参考図>

図1

図1 Waddington’s landscape

1つの細胞から、神経細胞、筋細胞など多様な安定状態へと細胞が分化する過程を示す。細胞の分化は、下るほど溝の数が増えてゆく地形の上を玉が転がることで表現されてきた。この図において、細胞のiPS化とは、山を下りきった(分化しきった)細胞がもう一度上に登ることに相当する。

図2

図2 Waddington’s landscape上を転がる玉のように、
同一の細胞集団が2つの安定状態に多様化する挙動の概念図

開発した人工遺伝子ネットワークを持った大腸菌を、(1)通信分子が少ない環境でlow状態のみにすると、(2)わずかに細胞間通信分子を生産しながらhigh状態に近づく。じゅうぶんに細胞間通信分子の濃度が高まると、両方の状態が安定となるので、(3)細胞集団の分布の一部がhigh状態に向かい、(4)残りがlow状態に戻る。そして、最終的に2つの細胞種が混ざった状態として安定する

図3

図3 high状態、low状態の細胞における遺伝子の相互作用の様子

今回開発された人工遺伝子ネットワークは、LacIとCItsの細胞内相互抑制と、通信分子AHLによる細胞間相互作用からなる。AHLがじゅうぶん存在するとLacIとCItsの細胞内相互抑制の効果によりどちらの状態も安定であるが、AHLが欠乏するとlow状態は不安定になる。(左)high状態の細胞内では、LacI生産が優勢になっている。また、この状態の細胞はAHLを多く生産する。(右)low状態の細胞内では、CIts生産が優勢となっている。CIts は、LacIと同時にAHLを生産するための酵素をコードする遺伝子も抑制するため、この状態ではAHLの生産はわずかである。

図4

図4 実験による多様化の確認

今回開発された人工遺伝子ネットワークはlow状態の細胞がGFPを生産するように設計されている。low状態にリセットされた細胞集団は設計通りGFPを多く生産した。その後、中間状態を経て、low状態と、GFPをほとんど生産しないhigh状態とに多様化した。

<用語解説>

注1) 合成生物学
顕微鏡の発明による細胞の記録、分子生物学の進展によるDNAやタンパク質などの生体分子の情報の記録と、生命の構成要素を個々に分解してその性質を調べる解析的アプローチが、生物学の主流であった。しかし最近、生体分子の合成手段の発達により、生体分子を組み合わせることを研究のアプローチとする合成生物学が進展している。その例として、ベンターのグループによる「人工細菌」の合成や、遺伝情報からタンパク質を合成する遺伝暗号の改変などが挙げられる。
注2) 細胞間通信分子(AHL)
細胞内の酵素によって生産される小さな分子。細胞膜を透過することができるので、生産された細胞から培地に拡散し、続いて、別の細胞内に入り込み、その細胞での遺伝子からのタンパク質生産に影響を与えることができる。
注3) 遺伝子の相互抑制
細胞に外から刺激を与えて遺伝子のスイッチをオンにしても、その刺激がなくなると、細胞は通常、元の状態に戻ってしまう。2つの遺伝子が互いに他を抑制するように配置すると、一度刺激を与えた後に外からの刺激がなくなっても、刺激によってオンになったスイッチの状態が保たれる。

<掲載雑誌名、論文名および著者名>

米国科学アカデミー紀要 Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America (PNAS)

論文名
“Tunable synthetic phenotypic diversification on Waddington’s landscape through autonomous signaling”
(ワディントン地形に沿った、自律的なシグナル分子の生産を介した調節可能な細胞表現型の多様化)
doi: 10.1073/pnas.1105901108

著者
Ryoji Sekine, Masayuki Yamamura, Shotaro Ayukawa, Kana Ishimatsu, Satoru Akama, Masahiro Takinoue, Masami Hagiya, Daisuke Kiga

<研究支援>

JST 戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)「生命現象の革新モデルと展開」研究領域(研究総括:重定 南奈子 同志社大学 文化情報学部 文化情報学科 特別客員教授)における研究課題「細胞間相互作用により双安定状態を維持する人工遺伝子回路の解析」(研究者:木賀 大介、研究期間:2008年〜2011年度)
文部科学省・日本学術振興会 科学研究費補助金

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

木賀 大介(キガ ダイスケ)
東京工業大学 大学院総合理工学研究科 知能システム科学専攻 准教授 
Tel:045-924-5213 Fax:045-924-5213
E-mail:

<JSTの事業に関すること>

原口 亮治(ハラグチ リョウジ)
科学技術振興機構 イノベーション推進本部 研究推進部(研究推進担当)
Tel:03-3512-3525 Fax:03-3222-2067
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