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平成23年10月24日

大阪大学

科学技術振興機構(JST)

ES細胞において遺伝子機能を迅速に解析する方法を開発

大阪大学 大学院医学系研究科の堀江 恭二 准教授、竹田 潤二 教授らは、様々な遺伝子の機能解析を加速化するために、ES細胞において多数の遺伝子を迅速に破壊する方法を開発しました。ES細胞は、様々な種類の細胞に分化する「万能細胞」であるため、種々の遺伝子機能を調べるための格好のモデルです。また、ES細胞の万能性を調べる上でも、今回の遺伝子破壊法は有用な方法であり、ES細胞の医療応用を目指した基礎的研究を推進する技術としても期待されます。

本研究は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業個人型研究(さきがけ)の一環として実施されたものです。本研究成果は、2011年10月23日(米国東部時間)に、「Nature Methods」のオンライン速報版で公開されます。

<背 景>

ES細胞は、培養皿上で様々な種類の細胞へ分化させることが可能です。このため、培養皿上で、多様な生命現象を解析することができます。ES細胞の万能性は、ヒト難治疾患の治療の点からも期待が集まっており、培養皿上で分化させた細胞をヒトへ移植するための研究が進行しています。このようなES細胞の応用性を高めるには、約2万個あるとされる遺伝子の機能に関して、包括的に解析するための技術が必要です。

遺伝子機能を調べるための一般的方法として、「目的の遺伝子を破壊した細胞を作製し、その影響を調べる」方法が、様々な生物種において、多くの研究者に用いられてきました。しかし、各遺伝子は、細胞あたり2コピーずつ存在するため、遺伝子機能を解析するためには、両方のコピーを破壊する必要があり、研究遂行上の律速段階となっています。ジーンターゲティング注1)は、最も広く用いられている方法ですが、この方法では遺伝子破壊のみならず、様々なゲノム改変が可能になる一方で、多大な時間と労力を要し、例えば両方のコピーを破壊したマウスを作製するには、半年から1年程度かかります。このため、ひとりの研究者が解析できる遺伝子数は、極少数に限られるのが現状です。また、遺伝子機能を簡便に阻害するにはRNA干渉注2)が広く用いられていますが、この方法では、遺伝子発現を低下させることはできても、完全な破壊は不可能であり、目的以外の遺伝子が阻害されている可能性も残ります。今回の研究成果は、マウスES細胞において、両方のコピーを迅速に破壊し、遺伝子機能を網羅的に解析することを可能にしました。

<内 容>

マウスES細胞のゲノムの様々な部位へ、後述の薬剤耐性遺伝子を含むDNA断片を挿入し、ES細胞の遺伝子を、まずは1コピーのみ、ランダムに破壊しました(図1)。次に、我々が以前に報告した、Bloom遺伝子の発現抑制により染色体間の組換えを高める操作を行い、もうひとつのコピーも破壊された細胞を誘発しました(引用文献1)。続いて、今回開発した、1コピーと2コピーの遺伝子破壊を薬剤に対する耐性で区別する方法(図2)を用いて、遺伝子が2コピーとも破壊された細胞を選択しました。この選択も完全ではないので、さらに、この中から、破壊された遺伝子と同じ染色体に位置するSNP注3)の多様性が消失した細胞をスクリーニングする(図1)ことで、2コピーの遺伝子が破壊された細胞を同定しました。本研究の特徴は、この一連の過程を「流れ作業」にしたことにあり、各遺伝子に対する詳細な知識無しに、遺伝子破壊を行うことができます。この作業は、約1ヶ月で完結し、複数の遺伝子に対して同時に適用できます。このため、ひとりの研究者あたり、年間100個程度の遺伝子について、両方のコピーが破壊されたES細胞を取得できます。この方法を用いて、様々な遺伝子を破壊したES細胞バンクを作製しました。さらに、そのES細胞バンクからは分化能力が異常な細胞株も単離されており(図3)、ES細胞の万能性を解析する上で極めて有用であることが示されています。

<今後の展開>

最近注目を集めているiPS細胞も、ES細胞と性質が近似しており、今回の手法を応用することは可能であると考えられます。また、今回の研究はマウスES細胞をモデルに用いましたが、同様の原理は、ヒトのES/iPS細胞へも適用できると考えられます。ヒトES/iPS細胞での遺伝子改変法は、マウス細胞と比べて大きく立ち遅れており、遺伝子の両コピーを破壊した例は、極少数に留まります。本手法をヒトES/iPS細胞へ適用することにより、ヒトを対象とした組織・臓器形成メカニズムの研究が大いに進展するものと期待されます。

<参考図>

図1

図1 遺伝子破壊法の概略

図2

図2 2コピーの遺伝子破壊を固定するための薬剤耐性遺伝子カセット

図1の遺伝子破壊に際しては、上記の薬剤耐性遺伝子カセットをゲノムへ挿入する。このカセットには、薬剤A、Bに対する耐性遺伝子が互いに逆向きに配置されており、一方向でのみで発見する。薬剤耐性遺伝子の方向は、組換え酵素で反転させることができる。ゲノム上の遺伝子が1コピーのみ破壊された場合は、カセットも1コピーなので、いずれかの薬剤にしか耐性にならないが、2コピーとも破壊された場合は、AとBの両方に耐性の細胞が出現するので、両薬剤存在下で生存する細胞として選択できる。

図3

図3 遺伝子破壊効果の例

遺伝子を破壊したES細胞と正常細胞を同時に分化誘導し、両者を比較した。分化抵抗性の性質を持つ細胞の例を示す。

<用語解説>

注1) ジーンターゲティング
目的のゲノム領域と相同なDNA配列を単離後、改変を加えて細胞へ導入し、ゲノム配列と外来性相同配列との間で生じる組換えを利用してゲノムを改変する方法。
注2) RNA干渉
標的とするRNAに相補的な二本鎖RNAを細胞内へ導入すると、標的RNAが分解される現象。
注3) SNP(single nucleotide polymorphism)
ある生物集団内で、ゲノム中に一塩基変異の多様性を認め、その変異が集団内で1%以上の頻度で認められる場合、SNPと呼ぶ。今回用いたES細胞は、SNPが豊富な、異なる系統のマウスを交配して得た胚から樹立された。染色体間の組換えによって2コピーとも遺伝子が破壊された場合、その遺伝子近傍のSNPの多様性が失われる。SNPの解析法は、既に簡便な手法が確立しているので、SNPの多様性の消失を間接的な指標とすることで、2コピーとも遺伝子が破壊された細胞をスクリーニングできる。

<論文名>

“A homozygous mutant embryonic stem cell bank applicable for phenotype-driven genetic screening”
doi: 10.1038/nmeth.1739

<引用文献>

1. Yusa K, et al. Genome-wide phenotype analysis in ES cells by regulated disruption of Bloom’s syndrome gene. Nature, vol 429, p896-899, 2004.

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

堀江 恭二(ホリエ キョウジ)
大阪大学 大学院医学系研究科 医学専攻 環境・生体機能学講座
Tel:06-6879-3262 Fax:06-6879-3289
E-mail:

<JSTの事業に関すること>

原口 亮治(ハラグチ リョウジ)
科学技術振興機構 イノベーション推進本部 研究推進部
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