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平成23年10月5日

科学技術振興機構(JST)
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静岡大学
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たんぱく質の光エネルギー変換の仕組みを解明

(新エネルギー源の創出に期待)

JST 課題達成型基礎研究の一環として、静岡大学 理学部の小堀 康博 准教授は、たんぱく質に光照射をした直後に生まれる中間体分子の正確な位置や向きを決定し、光エネルギー変換の仕組みを世界で初めて明らかにしました。

植物の光合成やDNA修復などのさまざまな生命活動では、たんぱく質は光を利用して電子伝達を行う中間体分子を効率よく生み出し、エネルギー生産へとつなぐ重要な役割を持っています。しかし、生体で中間体分子の位置や向きを高精度に観測することは極めて難しく、たんぱく質が光エネルギー変換を行う仕組みはこれまで大きな謎に包まれていました。

小堀准教授は、生体内で光エネルギー変換を起こす機能がないヒトの薬物輸送たんぱく質(ヒト血清アルブミン注1))に着目し、低分子化合物との複合体にして光照射することによって、電子伝達分子を効率よく生成する機能を持つことを発見しました(参考論文1)。今回、この人工のたんぱく質複合体を対象に、電子スピン共鳴法注2)を用いて電子伝達分子の磁気的な性質を観測しました。その結果、「生成した電子伝達分子の構造(立体配置)が、電子軌道である電子雲注3)の重なりを大きく抑制し、もとの安定な分子に戻らないようにする」様子を捉えることに成功し、たんぱく質で人工的に光エネルギー変換が起こる仕組みを解明しました(図3b)。

今回の成果は、安価で容易に手に入るたんぱく質が、エネルギー生産源として新たな可能性を持つ(光合成たんぱく質に匹敵する高い変換効率が見込まれる)ことを示しただけでなく、たんぱく質の光エネルギー変換の仕組みを初めて実証で明らかにしたものです。このような、電子を伝達する機能を測定する新たな手法の登場が、多様な生体機能の起源解明や次世代エネルギー変換システムの構築に向けた重要な一歩になるものと考えられます。

今後、人工光合成の実現に必要な植物光合成のエネルギー変換の根源的な仕組みの解明や、たんぱく質を材料とする太陽電池や光触媒などのクリーンな新エネルギー源の創出につながることが期待されます。

本研究成果は、2011年10月5日(米国時間)発行の米国化学会誌「Journal of the American Chemical Society」のオンライン版で公開されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)

研究領域 「太陽光と光電変換機能」
(研究総括:早瀬 修二 九州工業大学 大学院生命体工学研究科 教授)
研究課題名 「電子スピンコヒーレンスによる有機太陽電池基板の電子伝達機能の解明」
研 究 者 小堀 康博(静岡大学 理学部 准教授)
研究期間 平成22年10月〜平成26年3月

この研究領域は、化学・物理・電子工学などの幅広い分野の研究者の参画により異分野融合を促進し、次世代太陽電池の実用化につながる新たな基盤技術の構築を目標として、理論研究から実用化に向けたプロセス研究にわたる広域な研究を対象とするものです。

<研究の背景と経緯>

植物の光合成やDNAの修復などのさまざまな生命活動において、たんぱく質は光を利用して電子伝達を行う反応中間体を効率よく生み出し、エネルギー変換へとつなぐ重要な働きを担っています。この際に生成する中間体分子は不対電子注4)を持つ不安定な状態となっています。DNA修復酵素では、たんぱく質に結合した芳香族分子が光を吸収するとアミノ酸残基(たんぱく質などの構成成分となっている単体のアミノ酸のこと)であるトリプトファンの電子1個を引き抜き、不対電子を持った中間体の対として電荷分離状態注5)を生成します。動物や植物などが高い効率でエネルギー変換を行うために、たんぱく質は光照射直後に生成した中間体分子の位置や方向を巧みに操り、もとの安定な分子に戻る反応が起こらないようにしていると考えられています。しかしながら、たんぱく質中の電子雲の性質が分子およびアミノ酸残基の位置や向きによってどのような影響を受け、反応性にどのように寄与するかについての解明は進んでおらず、たんぱく質による光エネルギー変換の起源は現在も多くの謎に包まれています。

小堀准教授らは世界に先駆け、電子スピン共鳴法を用いた1)電子雲の重なりによって生じる交換相互作用注6)の解析手法(参考論文2)および、2)中間体の磁気的な性質による精密な立体構造の解析手法(参考論文3)を発展させてきました。これらの近年の経緯によって、電荷分離状態の立体構造と電子雲の重なりの解析が可能となり、たんぱく質による光エネルギー変換の起源を実験的に明らかにするという世界的な気運が生まれてきました。

<研究の内容>

今回は、ヒトの血液中に豊富に含まれる薬物輸送たんぱく質であるヒト血清アルブミンと低分子化合物のアントラキノン誘導体(AQ1S)との複合体試料を作製し( 図1)、光によって電子伝達を担う反応中間体を人工的に効率よく生成させることに成功しました。 図1のように、芳香族分子などの薬物はたんぱく質のある特定の領域に入り込んでいます。この系の反応中間体を直接観測するために、ナノ秒(ナノ秒は10億分の1秒)の幅を持つパルスレーザーをたんぱく質複合体試料に照射し、照射後1マイクロ秒(マイクロ秒は100万分の1秒)後の電子スピン共鳴スペクトルを観測しました( 図2左)。

従来までは、たんぱく質において互いに離れた位置関係にある不対電子間の距離や分子の向きを決定することはできましたが、光照射直後の初期段階に近距離で生じた電荷分離状態において、中間体分子の位置や向きおよび、電子雲の重なりまでを正確に測定することはできませんでした。本研究では入射レーザーの偏光方向図2)の効果を観測し、量子論による解析(図2右)を行うことによってたんぱく質内部における電子伝達分子の空間的な位置や向き、および電子雲の重なりの大きさを明らかにすることに世界で初めて成功しました。この結果、直交した中間体分子対の立体配置が電子雲の重なりを大きく抑制し、もとの安定な分子に戻らないようにすることによって効率よく光エネルギー変換を起こす様子が明瞭に捉えられました(図3b)。このような、電子伝達機能に対する分子立体配置の効果を観測する実験・解析手法の確立が、多様な生体機能の起源解明や次世代エネルギー変換システムの構築に向けた重要な一歩になるものと考えられます。

<今後の展開>

本研究成果によって、たんぱく質における中間体分子の位置や向き、電子雲の性質を同時に解析し、たんぱく質の光エネルギー変換の仕組みの解析が可能となりました。今後は、光合成を始めとするさまざまなたんぱく質について光エネルギー変換の根源的な機構解明が進むことで、将来的には以下の様な応用につながることが期待されます。

今回使用したヒトたんぱく質複合体では、もとの安定な分子に戻る速度が非常に遅いという測定結果から、吸収した光子あたりの収率で見ると、光エネルギー変換効率はほぼ100%です。これは光合成たんぱく質に匹敵する高い効率であるといえます。この予備的知見により、今回のヒトたんぱく質が、植物の光合成と同程度のエネルギー生産源として機能する可能性は十分に見込まれます。

また、同様な機能を持つほかのたんぱく質へ今回の手法を応用することにより、さらに効率のよいエネルギーの創出に結びつくことも期待されます。

<参考図>

図1

図1 新規な光エネルギー変換系として用いたヒト血清アルブミンのリボン構造(緑)と
芳香族分子であるアントラキノンスルフォン酸イオン(AQ1S)の結合位置

この薬物分子(赤)にパルスレーザー光を照射すると近傍のアミノ酸残基から電子を引き抜き、反応中間体の対である電荷分離状態が生成した。

図2

図2 ヒト血清アルブミン複合体における中間体の電子スピン共鳴スペクトル

(左):たんぱく複合体(図1)のレーザー光照射後、1マイクロ秒後に観測された時間分解電子スピン共鳴スペクトル。(a)レーザー光の偏光方向を揃えずに試料に照射。(b)レーザーの偏光方向()を外部磁場(B)の方向に対して平行にして照射。(c)Bに対して垂直にして照射。AおよびEは、マイクロ波のエネルギーの吸収および、放出をそれぞれ表す。矢印で示した位置のピーク強度が偏光方向によって変化する様子などから、光エネルギー変換を行う中間体分子の位置や向き(図3a)が判明した。
(右):各レーザー光の条件において、反応距離が異なる2つの電荷分離状態(図3a)について計算によって得られた時間分解電子スピン共鳴スペクトル。図2左側における赤色の実線は、各レーザー光の条件で得られた緑色の実線および青の点線のスペクトルの和として得られたスペクトル。このような実験結果の再現から、各電荷分離状態における中間体分子の位置や向きおよび電子雲の重なりの大きさを世界で初めて決定することに成功した。
図3

図3 光エネルギー変換を行う中間体分子対の立体配置

a)電子スピン共鳴スペクトルの解析(図2右)によって決定された2つの光電荷分離状態の立体配置。b)反応距離が最も近い(0.6ナノメートル)、アミノ酸残基のヒスチジン(H242)とアントラキノン誘導体による中間体分子の対について、反応活性な不対電子が分布する電子雲を表示した。分子同士が直交した向きになっていることにより電子雲の重なりが大きく抑制され、もとの安定な分子に戻らないようにする(エネルギー変換が起こる)様子が捉えられた。

<用語解説>

注1) ヒト血清アルブミン
アミノ酸、脂肪酸などの栄養素や薬物を血液中に取り込み体中へと運搬するたんぱく質。ヒトの血液中に豊富に存在する。
注2) 電子スピン共鳴法
光による反応などで生成した中間体分子が電子の自転運動で生じる磁石の性質を持つ場合、電磁石で発生させた外部磁場との相互作用エネルギーや、中間体分子同士の磁気による相互作用エネルギーなどが生まれ、量子エネルギー分裂が起こる。これらの量子エネルギーと入射するマイクロ波との共鳴現象(電子スピン共鳴)により、微弱なマイクロ波のエネルギーの吸収や、放出の現象が起こる。これを利用して反応中間体を検出する手法のこと。今回、たんぱく質に生成した中間体分子の対において、マイクロ波の吸収(A)や、放出(E)が外部磁場強度によって変化する様子を電子スピン共鳴スペクトルとして観測した(図2)。
注3) 電子雲
物質を構成する原子や分子に存在する電子の空間的な分布を雲に例えたもの。電子軌道とも呼ばれる。
注4) 不対電子
通常、分子が持っている多くの電子は2個ずつが電子対をなし、ある電子軌道に分布して安定な状態になっている。このほか、電子が1つも収容されていない空軌道と呼ばれるものもある。これらに対して、電子が1つのみ収容されて分布している軌道のことを不対電子軌道と呼び、その電子を不対電子と呼ぶ。不対電子は自転運動による磁石の性質を持ち、電子スピンとも呼ばれる。
注5) 電荷分離状態
分子Dと分子Aとの対を考えた時、2個の電子が収容されているDのある軌道から電子1つを引き抜き、分子Aの空軌道に移動させると、両分子ともに反応性に富む不対電子を持つ。この分子の対を電荷分離状態と呼ぶ。光合成反応中心や有機薄膜太陽電池などにおいては、Dに光エネルギーを与えるとDの電子の1つはエネルギーの高い空軌道へと遷移してエネルギーの高い励起状態となる。この高エネルギー状態からAの空軌道へと電子を渡すことによって、電荷分離状態が形成される。通常、電荷分離状態は不安定で、電子雲の重なりによってAの不対電子をDの不対電子軌道へ戻し元の安定な状態になる。この元に戻る過程が速く起これば、光エネルギー変換の効率を損失することになる。
注6) 交換相互作用
2つの不対電子が接近した際に、電子雲の重なりによって磁気の向きが反平行(↑↓)となった配置(一重項)と平行(↑↑)となった配置(三重項)との間に生じるエネルギー差のこと。

<論文名>

“Protein-Ligand Structure and Electronic Coupling of Photoinduced Charge-Separated State: 9,10-Anthraquione-1-Sulfonate Bound to Human Serum Albumin”
(光電荷分離状態におけるたんぱく質−リガンド相互作用と電子的相互作用:ヒト血清アルブミンに結合した9,10−アントラキノン−1−スルファン酸イオン)
doi: 10.1021/ja206898j

<参考論文>

<お問い合わせ先>

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