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平成23年8月22日

国立大学法人東北大学

独立行政法人科学技術振興機構

独立行政法人日本原子力研究開発機構

音波から磁気の流れを創り出すことに成功

− 省エネルギー・新機能電子デバイス技術開発に道 −

<発表のポイント>

東北大学大学院後期博士課程3年の内田健一氏、東北大学金属材料研究所の齊藤英治教授(日本原子力研究開発機構先端基礎センター客員グループリーダー兼任)、日本原子力研究開発機構先端基礎研究センターの前川禎通センター長らは、音波を注入することによりスピン注1)(磁気)の流れを生成できる新しい手法を発見しました。

近年、持続可能な社会に向けた環境・エネルギー問題への取り組みが活性化する中で、クリーンで信頼性の高いエネルギー源の開発や、電子デバイスの省電力化が求められています。電子が持つスピン(磁気)の自由度を積極的に利用する新しい電子技術「スピントロニクス」を用いれば、電気・磁気デバイスの新しい駆動原理の創出や省エネルギー化が実現できると期待されており、世界的規模で盛んに研究が進められています。スピントロニクス機能の多くはスピンの流れである「スピン流」によって駆動されますが、スピン流の生成手法は非常に限定されているのが現状でした。

今回、内田氏らは、音波を注入するだけでスピン流を生成できる新しい手法を発見しました。この方法を用いれば、従来はデバイスの基板などにしか用いられてこなかった非磁性の絶縁体材料からも電気・磁気エネルギーを取り出すことが可能になり、スピントロニクスデバイスの設計自由度の向上や、環境負荷の極めて小さい次世代省エネルギー電子技術開発への貢献が期待されます。

本研究の一部は、科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業(CREST)の一環として、日本原子力研究開発機構、東北大学大学院工学研究科、カイザースラウテルン工科大学(ドイツ)との共同で行われました。

本研究成果は、英国科学誌「Nature Materials(ネイチャーマテリアルズ)」のオンライン版(8月21日付:日本時間8月22日)に掲載されます。

<背景と経緯>

環境負荷が小さく高効率なエネルギー利用が求められている現代社会においては、電子デバイスの更なる省エネルギー化や新しいエネルギー生成原理の開発が不可欠です。このような省エネ、創エネ技術に対する取り組みが活性化する中で、電子が持つ電荷の自由度に加えてスピン(磁気)の自由度も積極的に利用する新しい電子技術「スピントロニクス」が注目を集めています。スピントロニクス機能の多くは、電流のスピン版である「スピン流」 によって駆動されます。スピン流を用いれば、超低損失な不揮発性磁気メモリーや量子情報伝送が実現可能になると期待されており、スピン流生成技術の開発が急務となっています。

これまで、スピン流の生成方法としては、電磁波や熱・光を利用したものが提案されていましたが、本研究では素子に音波を注入するだけでスピン流を生成できる新しい手法を実験・理論の両面から実証しました(図1)。今回明らかになった手法は金属・絶縁体、磁性体・非磁性体を問わずあらゆる物質に適用可能であり、スピン流生成法の選択肢が広がったことで、スピントロニクスデバイス・次世代省エネルギーデバイス設計の自由度が飛躍的に向上しました。

<研究の内容>

今回の研究では、図2に示した実験により、音波によるスピン流生成効果を実証しました。

図2(a)に示した実験系では、絶縁体である磁性ガーネット (Y3Fe5O12: YIG)単結晶注2)の表面に白金(Pt)電極薄膜を成膜した素子を音波発生器である圧電素子注3)上に取り付け、絶縁体層に音波を直接注入しながら白金電極に発生する電気信号の精密測定を行いました。そして、検出された電圧信号が磁性ガーネットから生成されたスピン流に由来することを明らかにしました(図3)。

一方、図2(b), (c)に示した実験では、単結晶サファイア基板上に成膜した磁性金属(Ni81Fe19)/白金二層ワイヤーに発生した電気信号を測定することで、温度勾配に伴う音響振動(フォノン注4))を介したスピン流生成を実証することに成功しました。ここで重要なことは、このセットアップにおいてフォノンの流れは非磁性の絶縁体であるサファイア基板の中にしか存在していないということです。この実験結果は、電気的にも磁気的にも不活性である材料からも、音波やフォノンを介することでエネルギーを取り出し、これを磁性体に与えることでスピン流や電圧を生成できるということを示しています。

<原理の説明>

本実験で用いたような磁性体(YIG, Ni81Fe19など)/金属(Ptなど)界面において、何らかの外部入力によって磁性体中のスピンと金属中の電子の間に状態の差が生じると、スピンの集団運動(スピン波)を介して界面付近にスピン流が生じます(関連論文1を参照)。白金に注入されたスピン流は、「逆スピンホール効果注5)」と呼ばれる固体中の電子相対論効果によっては起電力に変換されます。今回の実験ではこの逆スピンホール効果によって生成された起電力を測定することで、スピン流の検出を行いました(図2図3)。これまでの手法では、電磁波や熱を用いてこのスピン-電子間の状態の差を誘起していましたが、今回の実験結果によって、音波によっても磁性体中のスピンの状態を変化させ、スピン流を生成できることが明らかになりました。

<今後の展開>

環境負荷の小さなエネルギー技術や新しい電子情報デバイスの駆動源の開発は、現在のエレクトロニクスの最重要課題のひとつです。音波を用いた新しいスピン流生成法の発見は、スピントロニクスデバイスの設計自由度や材料選択の幅を大きく拡張するものです。

また、本研究で明らかになった物理原理は、スピン流物理における1つの大きな未解決問題に対する答えを与えます。今回発見された現象の起源であるスピンと音波の相互作用は、スピンゼーベック効果注6)と呼ばれるスピントロニクス分野で最近発見された現象の発現機構においても本質的な役割を担っていることが明らかになりました。本研究成果によって解明された物理原理を用いて超低電力電子技術を発展させることにより、次世代エネルギー循環型社会の実現に大きく貢献することが期待されます。


本研究の一部は、JSTの戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)の「プロセスインテグレーションによる機能発現ナノシステムの創製」研究領域(研究総括:曽根純一 物質・材料研究機構 理事)の研究課題「スピン流による熱・電気・動力ナノインテグレーションの創出」(研究代表者:齊藤英治)の一環として実施されました。

<参考図>

図1

図1 スピン流・電流の生成方法。音波を用いたスピン流生成方法が初めて実証された。

図2

図2 (a) 音波の直接注入によるスピン流生成実験に用いた試料の模式図。(b) 温度勾配に伴うフォノンの流れを介したスピン流生成実験に用いた試料の模式図。(c) 実験(b)に用いた試料の写真。磁性体(YIG, Ni81Fe19)から白金(Pt)電極にスピン流が注入されると、Pt電極に起電力が生じる。

図3

図3 音波の直接注入実験(図2(a))における起電力測定結果。

<用語解説>

注1) スピン
電子が有する自転のような性質。電子スピンは磁石の磁場の発生源でもあり、スピンの状態には上向きと下向きという2つの状態がある。物質中のスピンの正味の流れがスピン流であり、齊藤教授らが2006年に発見した「逆スピンホール効果」を利用するとスピン流を電気的に検出することができる(注5参照)。
注2) 磁性ガーネット単結晶
組成式がRFe5O12(R:希土類元素、Fe:鉄、O:酸素)で表わされる化合物。本研究では希土類元素をイットリウム(Y)としたイットリウム鉄ガーネット(Y3Fe5O12)を用いた。
注3) 圧電素子
振動や圧力などの力が加わると電圧が発生し、逆に電圧が加えられると伸縮する素子。ピエゾ素子とも呼ばれる。圧電素子に交流電圧を加えると、電圧と同じ周波数で素子の伸縮が生じるため、圧電素子に接する物質中に音波を発生させることができる。
注4) フォノン
振動を量子力学的に扱い、粒子として表したもの。位相が揃ったフォノンの流れが音波である。
注5) 逆スピンホール効果
スピン流と垂直な方向に電圧が発生する現象。スピンが物質中を流れると、流れを横向きに曲げる力が働く「スピン軌道相互作用」という現象が以前から知られている。このとき、上向き状態のスピンと下向き状態のスピンでは逆向きの力を受ける。スピン流では上向き状態のスピンと下向き状態のスピンが逆向きに流れているため、両者とも同じ方向に曲げられる結果となり、スピン流の流れと垂直な方向に電圧が発生することになる。スピン情報と電気情報をつなぐ現象として、スピントロニクスにおいて重要である。
注6) スピンゼーベック効果
温度差を付けた磁性体中にスピン流の駆動力(スピン圧)が生成される現象(関連論文2、3を参照)。スピントロニクス分野において、汎用性の高いスピン駆動源としての応用が期待されるとともに、逆スピンホール効果と結合することで発電素子としての応用の可能性が示唆されている。今回の研究により、(強磁性金属における)スピンゼーベック効果によって生成されたスピン圧の空間分布を決定する微視的起源が、スピンとフォノンの相互作用であることが明らかになった。

<論文名・著者名>

“Long-range spin Seebeck effect and acoustic spin pumping”
doi: 10.1038/nmat3099
K. Uchida, H. Adachi, T. An, T. Ota, M. Toda, B. Hillebrands, S. Maekawa, and E. Saitoh

<関連論文>

磁性絶縁体へのスピン流注入に関する論文:

1. Y. Kajiwara, K. Harii, S. Takahashi, J. Ohe, K. Uchida, M. Mizuguchi, H. Umezawa, H. Kawai, K. Ando, K. Takanashi, S. Maekawa, and E. Saitoh,
“Transmission of electrical signals by spin-wave interconversion in a magnetic insulator,” Nature 464 (2010) 262-266.

スピンゼーベック効果に関する論文:

2. K. Uchida, S. Takahashi, K. Harii, J. Ieda, W. Koshibae, K. Ando, S. Maekawa, and E. Saitoh,
“Observation of the spin-Seebeck effect,” Nature 455 (2008) 778-781.

3. K. Uchida, J. Xiao, H. Adachi, J. Ohe, S. Takahashi, J. Ieda, T. Ota, Y. Kajiwara, H. Umezawa, H. Kawai, G. E. W. Bauer, S. Maekawa, and E. Saitoh,
“Spin Seebeck insulator,” Nature Materials 9 (2010) 894-897.

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

内田 健一(ウチダ ケンイチ)
東北大学大学院理学研究科物理学専攻 後期博士課程3年
〒980-8577 宮城県仙台市青葉区片平2−1−1
Tel:022-215-2023
E-mail:

齊藤 英治(サイトウ エイジ)
東北大学金属材料研究所 教授
〒980-8577 宮城県仙台市青葉区片平2−1−1
Tel:022-215-2021
E-mail:

前川 禎通(マエカワ サダミチ)
日本原子力研究開発機構先端基礎研究センター センター長
〒319-1195 茨城県那珂郡東海村白方白根2−4
Tel:029-282-5093
E-mail:

<JSTの事業に関すること>

石井 哲也(イシイ テツヤ)
科学技術振興機構 イノベーション推進本部 研究領域総合運営部
〒102-0075 東京都千代田区三番町5 三番町ビル
Tel:03-3512-3524 Fax:03-3222-2066
E-mail:

<報道担当>

東北大学金属材料研究所 総務課 庶務係 主任 小玉 亨(コダマ トオル)
〒980-8577 宮城県仙台市青葉区片平2−1−1
Tel:022-215-2181 Fax:022-215-2184
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科学技術振興機構 広報ポータル部 主査 角野 広治(カクノ コウジ)
〒100-8666 東京都千代田区四番町5番地3
Tel:03-5214-8404 Fax:03-5214-8432
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日本原子力研究開発機構 広報部 報道課 課長 上原 勇相(ウエハラ ユウスケ)
〒100-8577 東京都千代田区内幸町2町目2番2号 富国生命ビル19階
Tel:03-3592-2346 Fax:03-5157-1950
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