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平成23年8月15日

東北大学 大学院理学研究科

東北大学 原子分子材料科学高等研究機構

大阪大学 産業科学研究所

科学技術振興機構(JST)

質量ゼロのディラック電子に自在に重さを与える事に成功

−トポロジカル絶縁体を用いた革新的デバイス開発へ突破口−

<概要>

東北大学大学院理学研究科の佐藤宇史准教授、大阪大学産業科学研究所の瀬川耕司准教授と安藤陽一教授、および東北大学原子分子材料科学高等研究機構の高橋隆教授らのグループは、次世代のスピントロニクス注1)デバイスを担う画期的な新材料として注目されている「トポロジカル絶縁体」における質量ゼロのディラック電子注2)に、全く新しいメカニズムで質量を持たせる事に成功しました。今回の成果により、新機能を持つ次世代省エネデバイスの開発や量子コンピュータ注3)の研究が大きく進展するものと期待されます。

本研究成果は、文部科学省 科学研究費補助金 新学術領域研究「対称性の破れた凝縮系におけるトポロジカル量子現象」(領域代表者:前野悦輝 京都大学 教授)、最先端・次世代研究開発支援プログラム「トポロジカル絶縁体による革新的デバイスの創出」(研究者:安藤陽一)、日本学術振興会 科学研究費補助金 若手研究(S)「モット絶縁体とスピンホール絶縁体:普通でない絶縁体の物理の究明」(研究代表者:安藤陽一)、JST 戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)の「物質現象の解明と応用に資する新しい計測・分析基盤技術」研究領域(研究総括:田中通義 東北大学 名誉教授)の研究課題「バルク敏感スピン分解超高分解能光電子分光装置の開発」(研究代表者:高橋隆)などによって得られ、平成23年8月14日(英国時間)に英国科学雑誌「Nature Physics(ネイチャーフィジックス)」オンライン版で公開されます。

<背景>

固体には、金属、絶縁体、半導体、超伝導体といった状態が存在しますが、ここ数年、「トポロジカル絶縁体」注4)と呼ばれる従来の物質の状態とは全く異なる新しい状態が存在する事が発見され、大きな話題になっています。このトポロジカル絶縁体物質は、内部は電流を流さない絶縁体であるのに対して、その表面に特殊な金属状態が現われます。この表面状態においては、電子は質量ゼロの相対論的粒子のように振舞う「ディラック電子」となってディラック錐(図1)と呼ばれる状態を形成し、そこでは、電子の自転(スピン)注5)の向きが運動方向によって決まっています。このディラック電子は、物質中の普通の電子よりも格段に動きやすい上に、不純物に邪魔されにくいという性質を持ち、さらに電流の向きによってスピンの向きも制御できるため、その特殊な性質を利用した次世代デバイスの実現へ向けた研究が、現在世界中で急ピッチに進められています。

これまでに提案されているトポロジカル絶縁体を利用した革新的なデバイスの多くは、このディラック電子に意図的に“質量”を持たせてその運動をコントロールする(図1)事を必要とします。またこれが実現されると、半整数量子ホール効果注6)磁気単極子注7)等の様々な特異量子現象が実現される可能性も理論的に指摘されています。しかしながら、ディラック電子に質量を持たせる事は非常に困難で、これまでは、結晶に磁性不純物を添加したり強磁場を印加したりして、時間反転対称性注8)を破る事が唯一の方法と考えられてきました。

<研究の内容>

今回、東北大学と大阪大学の共同研究グループは、昨年同グループが発見した新型のトポロジカル絶縁体であるTlBiSe2(Tl:タリウム、Bi:ビスマス、Se:セレン)と、通常の絶縁体であるTlBiS2 (S:硫黄)を均一に混ぜ合わせたTlBi(S1-xSex2図2)という物質の高品質大型単結晶の育成に成功しました。そして、JST CRESTの一環として東北大学で開発した世界最高水準の分解能を持つ光電子分光装置(図3)を用いて、外部光電効果注9)を利用した角度分解光電子分光注10)という手法により、TlBi(S1-xSex2から電子を直接引き出して(図4)、そのエネルギー状態を高精度で調べました。実験の結果、TlBiSe2(x = 1.0)において質量がゼロだった結晶表面のディラック電子が、セレン原子の一部を非磁性元素である硫黄原子で置換するだけで質量を獲得する(図5)事を初めて明らかにしました。さらに、硫黄の組成比の調整によって質量を自在にコントロールできる事もわかりました。この結果は、時間反転対称性を破らなくてもディラック電子が質量を持つ事を世界で初めて示したものであり、これまでの常識を大きく覆すものです。また今回の結果は、宇宙創成期において自発的対称性の破れ注11)によって素粒子が質量を獲得した「ヒッグス機構」が、素粒子の世界だけでなく物質内部にも存在している可能性を示す初めての実験結果です。

<今後の展望>

今回の研究成果は、トポロジカル絶縁体表面におけるディラック電子にこれまでとは全く異なる方法で質量を与えられる事を初めて実験的に明らかにしたものです。これによって、トポロジカル絶縁体のディラック電子の状態を自由自在に制御できる新しい方向性が示された事になります。この質量獲得機構としては、トポロジカル相転移に伴う量子揺らぎや、相対論的粒子特有の多体効果などが考えられ、基礎物理学的にも大変興味深いものです。また、今回の研究成果を新物質の設計や電子スピン状態の制御のための指針とする事で、新しいトポロジカル絶縁体物質の開発が進み、次世代の省エネ技術である革新的なスピントロニクスデバイスや、超高速処理を行う量子コンピュータの実現の可能性がさらに一歩進むと期待されます。

<参考図>

図1

図1:ディラック錐状態における電子のエネルギー関係の模式図(左)。エネルギー分散が直線的であるために電子の有効質量がゼロとなり、電子がディラック粒子的な振る舞いを示します。ディラック電子が質量を持つと(左→右)、ディラック錐の上下が分裂してエネルギーギャップが生じます。

図2

図2:TlBi(S1-xSex2の結晶構造

図3

図3:超高分解能光電子分光装置の写真

図4

図4:光電子分光の概念図。物質に高輝度紫外線を照射して出てきた光電子のエネルギー状態を精密に測定します。

図5

図5:角度分解光電子分光で測定したTlBi(S1-xSex2のエネルギー状態。明るい部分が電子が存在する部分に対応します。x=1.0ではX字型の形状を示すディラック錐が観測される一方で、それ以外の組成では、X字型の状態が上下に分裂してエネルギーギャップが生じ、ディラック電子が質量を持ちます。

<用語解説>

注1) スピントロニクス
電子の磁気的性質であるスピンを利用して動作する全く新しい電子素子(トランジスタやダイオードなど)を実現する技術分野の事です。電子スピンの上向き/下向き状態を、電気信号の「0」と「1」に置き換えて信号処理を行います。電子スピンは応答が早く、熱エネルギーの発生も非常に少ないので、これを利用したスピントロニクス素子は、超高速、超低消費電力の次世代電子素子の最有力候補とされています。
注2) ディラック電子
固体中の電気伝導を担う電子は、通常、有限の有効質量をもって運動していますが、特殊な状況下では、今から約80年前に英国の物理学者ディラック(1933年ノーベル物理学賞)が提唱した質量ゼロの相対論的フェルミ粒子の運動を記述する「ディラック方程式」に従って固体中を運動すると理論的に予言されていました。このような状態にある電子は非常に動きやすい上に、量子効果を示しやすいという特徴があります。
注3) 量子コンピュータ
異なる2つ以上の状態を量子力学的に重ね合わせて一度に信号処理する事で、計算能力を飛躍的に高める事を目的として開発されているコンピュータです。計算の途中で、量子力学的な重ね合わせ状態が壊れないように保つ事が大変難しいのですが、トポロジカル絶縁体の表面が持つ独特のスピン構造が、擾乱に強い量子コンピュータの実現に役立つと考えられています。
注4) トポロジカル絶縁体
固体は物質内の電子状態によって、金属、絶縁体(半導体)、超伝導体と分ける事ができますが、位相幾何(トポロジー)の概念を物質の電子状態の解析に取り入れる事で、これまでの絶縁体とは一線を画す新しい絶縁体物質として2005年に提唱されました。3次元物質では表面に、2次元物質ではエッジ(端)に、不純物の散乱に対して非常に強い電子の伝導路が形成されます。この伝導路は電子のスピンが上向きか下向きかで分かれており、これまでの物質にはないスピンの応答や制御ができる事で、新しい量子現象やスピントロニクス素子開発ができる分野として、国内外で精力的な研究が行われています。
注5) スピン
電子が持つ、自転に由来した磁石の性質の事です。自転軸の方向に対して、上向きと下向きの2種類の状態があります。この自転軸は物質中の電磁気相互作用によって、様々な方向を向きます。通常の金属や半導体では、同じ数の上向きスピンと下向きスピンの電子が存在し互いにキャンセルしていますが、強磁性体(磁石)では片方の向きのスピンの電子の数が多くなるため、強い磁化が発生します。
注6) 半整数量子ホール効果
2次元に閉じ込められた電子に強い磁場を印加した場合に、電流と磁場に垂直方向の電気抵抗(ホール抵抗)が、物質に依存せずに一定の値になり、量子力学の基本定数を用いた値の分数倍となる現象です。
注7) 磁気単極子
陽子と電子のように電荷にはプラスとマイナスがありますが、磁性の元となる磁石は必ずN極とS極がセットで現われます。このN極とS極をそれぞれ単独の「磁荷」とみなした仮想的な素粒子が磁気単極子(モノポール)です。磁気単極子は未だに発見されていませんが、現在実験的な探索が精力的に行われています。
注8) 時間反転対称性
ある事象が、時間の反転(時間tを、時間-tに変換)に対して対称(不変)かどうかを表す指標です。時間に対して不可逆な過程は、時間反転対称性を破ります。
注9) 外部光電効果
物質に紫外線やX線を入射すると電子が物質の表面から放出される現象です。物質外に放出された電子は光電子とも呼ばれます。この現象は、1905年に、アインシュタインの光量子仮説によって理論的に説明されました。アインシュタインは、この業績でノーベル賞を受賞しています。
注10) 角度分解光電子分光
結晶の表面に高輝度紫外線を照射して、外部光電効果注9)により結晶外に放出される電子のエネルギーと運動量を同時に測定する実験手法です。この方法により、固体中の電子のエネルギーと運動量の関係(これをバンド分散といいます)を決定でき、決定されたバンド分散から物質の示す様々な性質(例えば超伝導や光学的性質など)を説明する事ができます。
注11) 自発的対称性の破れ
ある対称性をもった系がエネルギー的に安定な状態に落ち着く事で、より低い対称性の系へと移る現象を指します。宇宙の初期に自由に動き回る事ができた素粒子が動きにくくなって質量を持ち始める場合(ヒッグス機構)や、超伝導を記述するBCS理論において超伝導クーパー対が形成される際に、自発的対称性の破れが関係していると考えられています。

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

佐藤 宇史(サトウ タカフミ) 准教授
東北大学 大学院理学研究科
Tel:022-795-6477
E-mail:

高橋 隆(タカハシ タカシ) 教授
東北大学 原子分子材料科学高等研究機構(大学院理学研究科兼任)
Tel:022-795-6417
E-mail:

安藤 陽一(アンドウ ヨウイチ) 教授
大阪大学 産業科学研究所
Tel:06-6879-8440
E-mail:

<JSTの事業に関すること>

石井 哲也(イシイ テツヤ)
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