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平成23年7月13日

東北大学 大学院理学研究科

東北大学 原子分子材料科学高等研究機構
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科学技術振興機構(JST)
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鉄系高温超伝導体の超伝導阻害因子を発見

−より高い超伝導転移温度を持つ新物質開発に道筋−

<概要>

東北大学 大学院理学研究科の中山 耕輔 助教と同校 原子分子材料科学高等研究機構の高橋 隆 教授らの研究グループは、アメリカ・ボストン大学および中国科学院物理研究所と共同で、次世代のエネルギー技術への応用が期待されている鉄系高温超伝導体注1)において、超伝導転移温度(Tc)を抑制している原因を明らかにすることに成功しました。この結果は、高温超伝導のメカニズムを解明する手掛かりになると同時に、新エネルギー技術の実用化に向けて重要な、高いTcを持つ超伝導材料の開発に大きな進展をもたらすものと期待されます。

本研究成果は、文部科学省 日本学術振興会科学研究費補助金およびJST 戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)の「物質現象の解明と応用に資する新しい計測・分析基盤技術」研究領域(研究総括:田中 通義 東北大学 名誉教授)の研究課題「バルク敏感スピン分解超高分解能光電子分光装置の開発」(研究代表者:高橋 隆)、および、JST 戦略的創造研究推進事業「新規材料による高温超伝導基盤技術」(TRiP、研究総括:福山 秀敏 東京理科大学 教授)の研究課題「高分解能ARPESによる鉄系高温超伝導体の微細電子構造の研究」(研究代表者:佐藤 宇史)によって得られ、2011年7月12日(英国時間)に英国オンライン科学雑誌「Nature Communications」でオンライン公開されました。

<背景>

超伝導体は、体内の情報を画像化することのできる医療機器(MRI)や、超高感度の磁気測定装置(SQUID)として既に実用化されており、超伝導を利用した超高速リニアモーターカーの具体的な敷設計画も公表されました。また、送電時の電力損失がほぼゼロとなる超伝導電線や、電力を高効率で蓄えることができる超伝導電力貯蔵システムについての研究も精力的に行われており、超伝導体は将来のエネルギー技術を担う高機能性材料として大きな期待を集めています。しかし、超伝導体を用いた革新技術の実用化や普及には大きな障害が存在しています。それは、通常、絶対零度(摂氏−273℃)に近い極低温でしか超伝導が起きないという点です。比較的高い温度での超伝導は、銅酸化物高温超伝導体や鉄系高温超伝導体といった限られた物質でしか起こらないことから、これらの高温超伝導体は基礎科学的な立場だけでなく、産業応用の立場からも大きな注目を集めています。これら既存の高温超伝導体における「高温超伝導のメカニズム」と「超伝導転移温度(Tc)の更なる上昇を妨げている要因」を解明し、それを物質開発に生かすことが、より高いTcを持つ新超伝導体を探索する鍵となりますが、これまでの多くの研究にもかかわらず、この問題に対する明確な答えは得られていませんでした。

<研究の内容>

今回、東北大学とアメリカ・ボストン大学、中国科学院物理研究所の共同研究グループは、JST CRESTの一環として東北大学で開発した世界最高水準の分解能を持つ光電子分光装置(図1)を用いて、角度分解光電子分光法注2)図2)という実験手法により、鉄系高温超伝導体Ba0.750.25FeAsTc=26K)(図3)の電子状態を精密に測定しました。その結果、Tcよりも高温から発達する擬ギャップ注3)の直接観測に成功しました(図4(a))。また、擬ギャップが存在する領域で、超伝導の発達が弱められていることを突き止め(図4(b))擬ギャップが超伝導を阻害する要因になっていることを明らかにしました。擬ギャップの形状から、その起源が鉄電子の持つ磁気的な性質(スピン注4))に関係していることも分かりました(図4(c))。擬ギャップは、銅酸化物高温超伝導体でも観測されていましたが、15年以上もの長い間、その起源が解明されず、物性物理分野における最重要研究課題の一つとなっていました。今回の研究では、鉄系高温超伝導体と銅酸化物高温超伝導体で、擬ギャップの性質が良く似ていることも明らかになりました(図5)。この結果は、銅酸化物高温超伝導における擬ギャップの起源解明や、さらには高温超伝導体の超伝導発現機構の理解に向けて重要な一歩となります。

<今後の展望>

今回の研究成果は、鉄系高温超伝導体において擬ギャップの存在が、Tcを抑制する要因になっていることを実験的に初めて明らかにしたものです。この結果は、高温超伝導メカニズムの最終解明に向けて重要な手掛かりとなります。また今後、高温超伝導体で擬ギャップを制御することで、より高いTcを持つ高温超伝導体を開発できることを示唆しています。

<参考図>

図1

図1 超高分解能光電子分光装置の写真

図2

図2 超伝導体の角度分解光電子分光

図3

図3 鉄系高温超伝導体Ba0.750.25FeAsの結晶構造

図4

図4 鉄系高温超伝導体Ba0.750.25FeAsの角度分解光電子スペクトル

  • (a) 擬ギャップが存在する領域で測定したスペクトルの温度依存性。Tc(26K)より高温から強度の減少(擬ギャップ)が生じていることが分かります(図中の赤い斜線で示した部分)。擬ギャップが存在しない領域ではTc以下でのみギャップ(超伝導ギャップ)が開きます。
  • (b) 擬ギャップが存在しない領域と存在する領域でのスペクトルの比較。擬ギャップが存在しない場合は、Tc以下になると、超伝導を反映した超伝導ピーク(図中の赤い矢印)が発達するのに対して、擬ギャップが存在する場合、明確な超伝導ピークは見られないことが分かります。この結果は擬ギャップが超伝導の発達を阻害していることを示しています。擬ギャップが存在しない物質では、Tc以下になると、どの領域でも明確な超伝導ピークが現れると期待されます。
  • (c) 擬ギャップ状態の概念図。電子(図中の丸印)が結晶中を動き回る時に、周囲の鉄電子が持つスピン(図中の赤や青の矢印)の影響を強く受けることで擬ギャップ状態が生じると考えられます。
図5

図5 鉄系高温超伝導体と銅酸化物高温超伝導体の比較

図中の青や緑の実線は電子の運動量分布を表しています。(a)中の青の点線は、鉄電子のスピンに関係する運動量ベクトル(図中の赤い矢印)だけ、青の実線をずらしたものに対応します。今回の実験で、鉄系高温超伝導体では、青の点線と緑の実線が重なる領域(図中の赤い丸印)でのみ擬ギャップが存在することが分かりました。(b)に示した銅酸化物高温超伝導体の場合も同じで、赤い矢印でつながれる領域で擬ギャップが発達します。また、擬ギャップが存在する領域では、Tc以下における超伝導ピークの発達が弱いことも分かっています。

<用語解説>

注1) 鉄系高温超伝導体
鉄を含む二次元伝導面を持つ超伝導体の総称です。2008年に東京工業大学の細野 秀雄 教授の研究グループによって発見されて以来、研究が爆発的に進展し、現在までに56K(摂氏−217℃)を超す高温超伝導が実現しています。この鉄系高温超伝導体は、新しい高温超伝導体の宝庫として大きな期待を集めています。
注2) 角度分解光電子分光法
結晶の表面に高輝度紫外線を照射して、外部光電効果(注5参照)により結晶外に放出される電子のエネルギーと運動量を同時に測定する実験手法です。この方法により、固体中の電子のエネルギーと運動量の関係(これをバンド分散と言います)を決定でき、決定されたバンド分散から物質の示す様々な性質(例えば超伝導や光学的性質など)を説明することができます。
注3) 擬ギャップ
高温超伝導体を高温から冷やした時、電気抵抗がゼロになる前に、電子のエネルギーが低くなり発生する現象です。この擬ギャップ状態では、常伝導でも超伝導でもない奇妙な金属状態が実現しています。擬ギャップが超伝導の前触れなのか、それとも超伝導とは直接関係なく、むしろ超伝導を阻害しているのかが問題となっていました。
注4) スピン
電子が持つ、自転に由来した磁石の性質のことです。自転の方向に対して、上向きと下向きの2種類の状態があります。
注5) 外部光電効果
物質に紫外線やX線を入射すると電子が物質の表面から放出される現象です。物質外に放出された電子は光電子とも呼ばれます。この現象は、1905年に、アインシュタインの光量子仮説によって理論的に説明されました。アインシュタインは、この業績でノーベル賞を受賞しています。

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

中山 耕輔(ナカヤマ コウスケ)
東北大学 大学院理学研究科 助教
Tel:022-795-6477
E-mail:

高橋 隆(タカハシ タカシ)
東北大学 原子分子材料科学高等研究機構 教授
Tel:022-795-6417
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<JSTの事業に関すること>

石井 哲也(イシイ テツヤ)
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