独立行政法人 物質・材料研究機構(理事長:潮田 資勝) 先端フォトニクス材料ユニット(ユニット長:迫田 和彰)の岩長 祐伸 主任研究員は、可視から近赤外の光領域で最も注目されているフィッシュネット型メタマテリアル注1)(図1)について理論的な光の伝搬解析を行い、負の屈折現象を可能にする逆進的な光の流れを初めて解明しました。この成果により、これまで有効誘電率・透磁率モデルによって説明されてきたメタマテリアルにおける負の屈折現象を直接的、定量的に理解することが可能になりました。今回の研究による理解の深化をもとに負の屈折現象を超解像イメージングや超解像リソグラフィに用いた研究開発の促進が期待されます。
なお本研究は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)「光の利用と物質材料・生命機能」研究領域(研究総括:増原 宏 奈良先端科学技術大学院大学 教授/台湾国立交通大学 教授)における研究課題「転送光学に基礎をおく超解像顕微鏡とメゾ機構のその場観察」(研究者:岩長 祐伸)の一環として行われました。
1.研究の背景
水やガラスのような均一透明媒体における屈折現象は日常的に見られるものであり、よく知られています。これらは正の屈折率に起因するので正の屈折現象と言えます。一方で負の屈折現象はかつて空想上のものであると考えられてきました(図2)。近年、メタマテリアルと呼ばれる人工周期構造体において、負の有効誘電率・透磁率を仮定すると負の屈折現象が起こることが予見され、検証実験でも肯定的な結果が得られていました。しかし、この新奇な現象を利用して新たな光デバイスを開発するためには仮定やモデルに依存せず、現象を正確に理解し定量的に記述することが必要でした。
2.今回の研究成果
岩長主任研究員は、光領域で最も代表的なフィッシュネット型メタマテリアルの電磁波固有モード注2)の研究を実施し、エネルギー・入射角度依存性の理論解析によって負の屈折現象を起こす電磁波固有モードが負の群速度をもつ平面的な光であることを明らかにしました。さらにマクスウェル方程式注3)を直接解いて、電磁エネルギーの流れがメタマテリアル内部において、入射波の進行方向に対して負の方向に誘起されることを示しました(図3)。これにより負の屈折現象を担う電磁波固有モードが直接的、定量的に明らかになりました(図4)。
3.社会への波及効果と今後の展開
メタマテリアルは光の波長よりも小さい周期長からなる人工構造体であることから、極小光デバイスのための材料として期待を集めています。今回の研究による理解の深化をもとに負の屈折現象を超解像イメージングや超解像リソグラフィに用いる研究開発の精密化を促進することが期待されます。また、今回の負の流れをもつ光波の発見は極小空間における光の切り返しを可能するので光デバイスの一層の極小化に資するものです。そのほか、高精度の光位相変調素子の開発にも学術的基盤を与えます。
4.その他
- 1)本成果はアメリカ光学会発行の速報誌「Optics Letters」で公開される予定です。
- 2)今回の研究成果はJST 戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)、東北大学サイバーサイエンスセンター、科学研究費補助金(課題番号22760047、22109007)、新エネルギー・産業技術総合開発機構による支援を受けて得られました。
<参考図>
図1 フィッシュネット型メタマテリアル(金属/絶縁体/金属の3層に穴の空いた積層構造)の模式図
石英基板上に作製した場合を描いています。空気側(手前)から光が入射する配置を考えます。
図2 屈折現象の模式図
- 左:正の屈折現象を表しています。
- 右:負の屈折現象では、屈折角が負(-α)になります。
図3 絶縁体層中央の電磁エネルギー流
単位胞を示しています。カラーは強度、円錐はベクトルを表しています。入射角度は30°です。入射光は正のx成分をもち、導波路モードは負のx成分の流れを示しています。
図4 今回明らかになったフィッシュネット型メタマテリアルにおける負の電磁エネルギー流の模式図
絶縁体からなる中間層で強い負の流れが誘起されます。
<用語解説>
- 注1) メタマテリアル
- 人工周期構造体でその周期長が光(電磁波)の波長よりも小さいものを呼ぶことが一般的です。メタマテリアルでは有効誘電率・透磁率を仮定して性質を説明する報告が従来数多くありました。
- 注2) 電磁波固有モード
- 周期構造体による空間的な制限があるために、電磁波が形成する特有の状態のこと。空気中の光(平面波)とは非常に異なった空間分布を形成します。
- 注3) マクスウェル方程式
- 電磁波を定量的に記述できる基礎物理方程式です。
<お問い合わせ先>
<研究内容に関すること>
岩長 祐伸(イワナガ マサノブ)
独立行政法人 物質・材料研究機構 先端フォトニクス材料ユニット プラズモニクスグループ 主任研究員
Tel:029-860-4913
E-mail:
<JSTの事業に関すること>
原口 亮治(ハラグチ リョウジ)
独立行政法人 科学技術振興機構 イノベーション推進本部 研究推進部
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