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平成23年5月30日

科学技術振興機構(JST)
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大阪大学
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マウスの頭尾方向の新たな形成メカニズムを発見

「体の非対称性の起源」に迫る大きな一歩

JST 課題解決型基礎研究の一環として、大阪大学 大学院生命機能研究科の濱田 博司 教授と高岡 勝吉 助教らは、マウス胚を用いて将来の頭尾(前後)方向を決める細胞の由来を調べた結果、体の頭尾方向の非対称性が従来の知見よりも早い時期に決められていることを明らかにしました。

私たち人やマウスなどの哺乳類の胚は、丸く対称な受精卵から発生をはじめ、頭尾・背腹・左右という3つの軸を持った形態で産まれてきます。つまり、マウス胚では発生段階のどこかの時期に「非対称性の起源注1)」が存在し、それが発生途中の細胞へ働きかけることによって非対称な体を獲得します。本研究グループはこれまで、この「非対称性の起源」の実体を明らかにすることを目標に、マウス胚で一番早期に形成される頭尾軸に着目して研究を行ってきました。従来の研究では、頭尾方向のもととなる分子情報は受精後5日目の胚で予め存在しており、この情報をもとに頭部を誘導する細胞群「遠位臓側内胚葉(DVE)注2)」が将来の頭側に移動し、「前側臓側内胚葉(AVE)注3)」と名称を変え、AVEが近くの細胞へ頭部誘導シグナルを送ることで、頭尾方向が形成されると考えられてきました(図1・上段)。

本研究グループは今回、蛍光たんぱく質や標識たんぱく質を用いて、母胎内外両方でマウス胚の細胞の運命・挙動を追跡する技術を開発しました。この技術を用いて、受精後3日目から6日目までの胚において遺伝子「Lefty1(レフティーワン)注4)」を発現する細胞の挙動を詳細に解析しました。Lefty1は、DVEとAVEの両方で発現する遺伝子です。この結果、(1)DVEになるべき細胞は、遅くとも受精後4日目にすでに決定されていること、(2)同じ細胞と考えられてきたDVEとAVEは、実は異なる由来の細胞であること、(3)DVEの役割は、自らが頭側へ移動することにより、遅れて生じるAVEを頭側へガイドすることなどを明らかにしました(図1・下段)。これらの結果から将来の頭尾方向を決める細胞は、従来の考えよりも早い時期に決められていることが分かりました。

ES細胞やiPS細胞から複雑な構造を持つ臓器を作るためには、目的の臓器の細胞を誘導するだけではなく、細胞集団へ正確な位置情報を与え、高度な構造を持たせることも重要です。本研究から得られた知見は、体の非対称性の起源という発生生物学の命題に迫るとともに、将来の再生医療の基盤になるものと期待されます。

本研究成果は、2011年5月29日(英国時間)に英国科学雑誌「Nature Cell Biology」のオンライン速報版で公開されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)

研究領域 「生命システムの動作原理と基盤技術」
(研究総括:中西 重忠 (財)大阪バイオサイエンス研究所 所長)
研究課題名 「生物の極性が生じる機構」
研究代表者 濱田 博司(大阪大学 大学院生命機能研究科 教授)
研究期間 平成18年10月〜平成24年3月

JSTはこの領域で、生命システムの動作原理の解明を目指して、新しい視点に立った解析基盤技術を創出し、生体の多様な機能分子の相互作用と作用機序を統合的に解析して、動的な生態情報の発現における基本原理の理解を目標としています。上記研究課題では、哺乳類胚の左右と頭尾という2つの極性を題材にして、対称性が破られる機構、さらには、体の極性の起源を解明することを目指します。

<研究の背景と経緯>

ショウジョウバエを含む多くの生物は、すでに受精前の卵子の段階で頭尾方向が決定しています。対して、私たち人やマウスといった哺乳類は、受精卵を2つに分けてもそれぞれが正常な胎児へと発生するという高い適応性を有することから、卵子や受精卵の時期においては非対称性はなく、その後の発生過程で「極性の起源」が起こり、非対称性を獲得することで発生プログラムが始まります。哺乳類胚がどのようなメカニズムで非対称性のある体を獲得しているかを知ることは、再生医療や先天性奇形の早期治療の実現のために大変重要です。

マウス胚において頭尾(前後)の方向性が決められる仕組みについては、これまで、受精後5日胚で胎盤に対して遠位側にDVEと呼ばれる胚の頭側(前側)を決める特殊な細胞群が現れ、その後、DVE細胞が頭側へ移動し、AVEと名前を変えて頭部誘導シグナルを分泌することにより、AVEから近い位置にある胚体部分(将来体になる部分)は頭側に、遠い位置にある胚体部分は尾側になると考えられてきました(図1・上段)。従来の研究では、多くのDVE発現遺伝子が(図2・上段)のような発現パターンを示すため、DVEは受精後5日目に形成され、DVEとAVEは全く同じ由来の細胞だと考えられてきました。

<研究の内容>

本研究チームは今回、遺伝学的な手法を用いて細胞の運命・由来を調べるとともに、リアルタイムで細胞の挙動を観察した結果、DVEの由来と役割に関して従来の考えを覆す新たな発見をしました。まず、CreERという標識たんぱく質を用いた細胞標識技術を開発し、母胎中のマウス胚でLefty1を発現する細胞を標識することに成功しました。さまざまな発生段階のLefty1陽性細胞を日単位で標識・追跡した結果、4日胚のLefty1陽性細胞が将来DVEになること、また、DVEとAVEは全く異なる由来であることが明らかになりました(図1・下段)。

さらに生きたマウス胚において、蛍光たんぱく質で標識した細胞の挙動をリアルタイムで観察する技術を開発しました(図2・中段)。この技術を用いて、Lefty1を発現する細胞を5日胚から6日胚にかけて観察したところ、従来の考えのようにDVEの細胞のみが動くのではなく、DVEを含む組織であるVE(Visceral Endoderm、胚の外側一層の組織)全体が、胚の左側から見た場合、時計回りに動いていることが明らかになりました。DVEは将来の頭側へ移動することによりVE全体の細胞の動きを引き起こし、自らは胚の近位側(胎盤に対して)に近づくにつれてLefty1の発現を消失し、一方遠位側へ移動して来たVE細胞はLefty1の発現を開始し、AVEへと変化しました(図2・下段)。

このようにマウス胚の頭尾の非対称性は、従来考えられていたよりも早期から決められていることが分かりました。これまで常識化されていた考えにとらわれずに、細胞の由来・挙動という新たな観点から観察することが、今回の発見につながりました。

<今後の展開>

今後は、さらに「極性の起源」へ迫るために、受精後4日目よりも遡って研究を行います。特に、DVEのような特別な細胞がどのようにして、均一な極性のない細胞から選択されるのかという疑問を明らかにしたいと考えています。

今回の研究で得られた知見は、位置情報の獲得という点で再生医療への応用や先天的奇形の早期診断など多方面へ役立つと期待されます。

<参考図>

図1

図1 従来の頭尾(前後)軸形成モデルと本研究から明らかになった新モデル

従来のモデル(上段):
DVEは受精後5日で形成され(緑)、将来の頭側へ移動し、AVEと名前を変え、6日胚では頭を誘導します。
新モデル(下段):
頭側を誘導するDVEは少なくとも4日胚で形成される(緑)。DVE/AVE発現遺伝子(例:Lefty1)は、DVEが将来の頭側へ移動すると共に発現が消失し(緑白抜き)、遠位側では新たに発現を開始します(ピンク)。
図2

図2 蛍光たんぱく質を用いて明らかになった細胞分布図

  • 上段: 5日胚ではDVEで、6日胚ではAVEに発現している。
  • 中段: VEの細胞膜を赤色蛍光たんぱく質、DVE/AVEの細胞膜を緑色蛍光たんぱく質で標識しました。経時的に観察することで、1細胞レベルの挙動を知ることができます。
  • 下段: 5日から6日胚の細胞分布図。DVE(緑)の細胞とAVE(赤、水、灰色)の細胞は異なる細胞でした。

<用語解説>

注1) 非対称性の起源
非対称ではない丸い受精卵が、将来の非対称な体を形成していくために必要な、最初の非対称性を獲得する現象のこと。
注2) 遠位臓側内胚葉(DVE:Distal Visceral endoderm)
さまざまな遺伝子がこの細胞で発現し、受精後6日でAVEと名前を変える。
注3) 前側臓側内胚葉(AVE:Anterior Visceral endoderm)
さまざまな遺伝子が発現しており、胚体部分に頭部誘導シグナルを与え、頭部を誘導する。
注4) Lefty1(レフティーワン)
DVEとAVEの両方で発現する遺伝子。頭尾軸形成だけではなく、名前の通り、左右軸形成にも関わる。

<論文名>

“Origin and role of distal visceral endoderm, a group of cells that determines anterior-posterior polarity of the mouse embryo”
(マウス胚において前後軸方向を決めるDVE細胞の起源と役割)
doi: 10.1038/ncb2251

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

濱田 博司(ハマダ ヒロシ)
大阪大学 大学院生命機能研究科 教授
〒565-0871 大阪府吹田市山田丘1−3
Tel:06-6879-7994 Fax:06-6878-9846
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<JSTの事業に関すること>

石井 哲也(イシイ テツヤ)
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