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平成23年5月17日

東北大学 原子分子材料科学高等研究機構
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大阪大学産業科学研究所
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新材料トポロジカル絶縁体の電子スピンの直接観測に成功

-次世代の省エネルギーデバイス開発に向けて大きな進展-

<概要>

東北大学 原子分子材料科学高等研究機構の相馬 清吾 助教と高橋 隆 教授、大阪大学産業科学研究所の安藤 陽一 教授らの研究グループは、次世代のスピントロニクス注1)デバイスを担う画期的な新材料として注目されている「トポロジカル絶縁体注2)」の電子スピン注3)(最小の磁石)の状態を、世界最高の分解能を持つ超高分解能スピン分解光電子分光装置により直接観測することで、デバイス応用に重要となる電子スピンの動作機構の解明に成功しました。今回の成果により、次世代の省エネ素子として注目されるスピントロニクスデバイスの開発や、電子スピンを使った量子コンピューター注4)の研究が大きく進展するものと期待されます。

本研究成果は、米国物理学会誌「Physical Review Letters」に受理され、オンライン版で近日中に公開されます。

本成果は、JST 戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)の「物質現象の解明と応用に資する新しい計測・分析基盤技術」研究領域(研究総括:田中 通義 東北大学 名誉教授)の研究課題「バルク敏感スピン分解超高分解能光電子分光装置の開発」(研究代表者:高橋 隆)、日本学術振興会 科学研究補助金 若手研究(S)「モット絶縁体とスピンホール絶縁体:普通でない絶縁体の物理の究明」(研究代表者:安藤 陽一)、最先端・次世代研究開発支援プログラム「トポロジカル絶縁体による革新的デバイスの創出」(研究者:安藤 陽一)および、文部科学省 科学研究補助金 新学術領域研究「対称性の破れた凝縮系におけるトポロジカル量子現象」(研究総括:前野 悦輝 京都大学 教授)によって得られました。

<背景>

現代のエレクトロニクス産業はトランジスターに代表される半導体素子により支えられていますが、近年の地球環境問題の深刻化に伴い、より少ないエネルギーで動作する省エネ素子の開発の重要性が増しています。素子の消費エネルギーを抑えるには、電子が物質の中を運動するときに発生するジュール熱を減らす必要がありますが、そのためのアイデアとして、電気信号の代わりに、電子が持つ磁石としての性質(スピン)を使う「スピントロニクス」という新しい技術に大きな注目が集まっています。磁石にN極S極があるように、電子のスピンには上向きと下向きの状態があって、これがデジタル信号の「0」と「1」に対応しています。スピントロニクスデバイスの実現のためには、構成要素となる材料の開発が非常に重要です。シリコンのような半導体は磁石としての性質を持っていないので、電気信号によりスピンの向きを揃えたりすることができませんが、最近の研究によって、これまで普通の半導体と考えられてきた物質の中に、「トポロジカル絶縁体」という新しい性質を持った物質があることが分かってきました。トポロジカル絶縁体は、物質の表面に特殊な電子の通り道を持っていて、電子のスピンが上向きか下向きかで、その通り道が前か後ろかの一方通行路になるという性質があります(図1)。この一方通行路をうまく利用して、スピンの流れを生成したり、電気信号をスピンの信号に変換することができます。さらに、一方通行路では前に進む電子は前にしか進みようがなく、不純物による散乱に非常に強くなります。この性質により信号処理のエラーがおこりにくくなることから、トポロジカル絶縁体を量子コンピューターに応用することも考えられています。このように新材料として大きな可能性を持つトポロジカル絶縁体ですが、その物性機能を決めている電子スピンは観測すること自体が非常に難しく、表面の電子状態とスピンの関係についての理解が進んでいないことが、これまでのトポロジカル絶縁体の研究開発の障害となっていました。

<研究の内容>

今回、東北大学と大阪大学の共同研究グループは、スピン分解光電子分光法注5)という手法(図2)を用いて、トポロジカル絶縁体の電子状態の決定を試みました。研究グループは、大阪大学で育成した、BiTe(Bi:ビスマス、Te:テルル)と、TlBiSe(Tl:タリウム、Se:セレン)という2種類の大型高品質単結晶試料について、東北大学で開発した「超高分解能スピン分解光電子分光装置」(図3)を用いて実験を行い、これまで難しかった電子のスピン状態を精密に観測することに成功しました。その結果、TlBiSeの表面では電子スピンの向きは表面に沿ってほぼ完全に寝ているのに対し、BiTeではスピンの向きが表面から起き上がっていることが分かりました(図4図5)。さらに、物質の電子を1個ずつ測定できるスピン分解光電子分光法の特徴を活かして、表面の電子の運動状態を詳しく調べたところ、BiTe電子の運動状態には星形の歪みがあることも分かりました(図5)。理論解析の結果、このような電子スピンの振る舞いは、「ワーピング効果注6)」という相対論効果の一種で説明できることも分かりました。

<今後の展望>

今回の研究成果は、トポロジカル絶縁体の電子スピンの状態が、電子の運動状態とどのように関わっているのかを、初めて実験的に明らかにしたものです。電子スピンが表面に対して起き上がるための条件が分かったことで、今後、トポロジカル絶縁体の電子スピンを3次元的に自由自在に制御できる可能性が示されたことになります。また、今回の研究成果を新物質の設計や電子スピン状態の制御のための指針とすることで、新しいトポロジカル絶縁体物質の開発が進み、次世代の省エネ技術であるスピントロニクスデバイスや、超高速処理を行う量子コンピューターの実現の可能性がさらに一歩進むと期待されます。

<参考図>

図1

図1 トポロジカル絶縁体の模式図

図2

図2 スピン分解光電子分光法の原理

図3

図3 超高分解能スピン分解光電子分光装置の写真

図4

図4 トポロジカル絶縁体TlBiSeとBiTeのスピン分解光電子スペクトル

どちらの物質も、表面平行方向ではスピンの上向きのスペクトル強度が強く出ていますが、表面垂直方向ではBiTeのみで、スピンの下向きが強くなっています。これは、図5のようにBiTeでは電子のスピンの方向が表面からわずかに起き上がっていることに対応します。

図5

図5 TlBiSeとBiTeの電子スピン状態と運動状態の関係の模式図

<用語解説>

注1) スピントロニクス
電子の磁気的性質であるスピンを利用して動作する全く新しい電子素子(トランジスターやダイオードなど)を研究開発する分野のことです。電子スピンの上向き/下向き状態を、電気信号の「0」と「1」に置き換えて信号処理を行います。電子スピンは応答が早く、熱エネルギーの発生も非常に少ないので、これを利用したスピントロニクス素子は、超高速、超低消費電力の次世代電子素子の最有力候補とされています。
注2) トポロジカル絶縁体
固体は物質内の電子状態によって、金属、絶縁体(半導体)、超伝導体と分けることができますが、位相幾何(トポロジー)の概念を物質の電子状態の解析に取り入れることで、これまでの絶縁体とは一線を画す新しい絶縁体物質として2005年に提唱されました。3次元物質では表面に、2次元物質ではエッジ(端)に、不純物の散乱に対して非常に強い電子の伝導路が形成されます(図1)。この伝導路は電子のスピンが上向きか下向きかで分かれており、これまでの物質にはないスピンの応答や制御ができることで、新しい量子現象やスピントロニクス素子開発のアプローチができる分野として、国内外で精力的な研究が行われています。
注3) 電子スピン
電子が持つ、自転に由来した磁石の性質のことです。自転軸の方向に対して、上向きと下向きの2種類の状態があります。この自転軸は物質中の電磁気相互作用によって、様々な方向を向きます。通常の金属や半導体では、同じ数の上向きスピンと下向きスピンの電子が存在し互いにキャンセルしていますが、強磁性体(磁石)では片方の向きのスピンの電子の数が多くなるため、強い磁化が発生します。
注4) 量子コンピューター
異なる2つ以上の状態を量子力学的に重ね合わせて一度に信号処理することで、計算能力を飛躍的に高めることを目的として開発されているコンピューターです。計算の途中で、量子力学的な重ね合わせ状態が壊れないように保つことが大変難しいのですが、トポロジカル絶縁体の表面が持つ独特のスピン構造が、擾乱に強い量子コンピューターの実現に役立つと考えられています。
注5) スピン分解光電子分光法
結晶の表面に高輝度紫外線を照射して、外部光電効果により結晶外に放出される電子について、そのエネルギー、運動量、スピンを同時に測定する実験手法です(図2)。この方法により、固体中の電子のスピンの向きや大きさが、電子の運動状態を表すエネルギーや運動量とどのような関係にあるかを、直接的に決定することができます。これまで電子のスピン検出の効率が著しく低かったため、物質の物性に関わるような微細な電子状態を高い精度で決定することが難しいとされてきました。
注6) ワーピング効果
原子番号の大きい元素で電子が重い原子核の周りを通過する際に、電子の速度が光速に近づくと現れる相対論効果の一種です。電場と磁場が不可分となることに由来して、表面内をうねりながら動く電子のスピンに対して、表面に垂直方向に向くような磁気的相互作用が働きます。

<論文名>

“Direct measurement of the out-of-plane spin texture in the Dirac-cone surface state of a topological insulator”
(トポロジカル絶縁体におけるディラックコーン状態のスピン表面垂直成分の直接観測)
doi: 10.1103/PhysRevLett.106.216803

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

相馬 清吾(ソウマ セイゴ)
東北大学 原子分子材料科学高等研究機構 助教
Tel:022-795-6477
E-mail:

高橋 隆(タカハシ タカシ)
東北大学 原子分子材料科学高等研究機構 教授
東北大学 大学院理学研究科 教授
Tel:022-795-6417
E-mail:

安藤 陽一(アンドウ ヨウイチ)
大阪大学産業科学研究所 教授
Tel:06-6879-8440
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<JSTの事業に関すること>

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