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平成23年4月11日

科学技術振興機構(JST)
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自然科学研究機構 分子科学研究所
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ナノより小さい1分子コンピューター内の情報書き換えに成功

−分子1個で任意の超高速演算を可能にする新しい光技術−

JST 課題解決型基礎研究の一環として、自然科学研究機構 分子科学研究所の大森 賢治 研究主幹/教授らは、分子1個の中で波のように広がった量子力学的な原子の状態(波動関数)に書き込まれた情報を、10兆分の1秒だけ光る高強度の赤外レーザーパルスを照射することによって一瞬で書き換える技術を開発しました。

大森教授らはこれまでに、0.3nm(ナノメートル、1nmは10億分の1m)サイズの分子の中の波動関数を使って、従来のスーパーコンピューターの1000倍以上の速度でフーリエ変換注1)を実行することに成功し、分子1個が超高速コンピューターとして機能し得ることを実証しました。これは、従来のシリコントランジスターを基盤とした情報デバイスよりも100倍以上コンパクトで、1000倍以上速い革新的な情報処理技術として、国内外のプレスで大きく報道されました。しかし、この時点では、分子内の複数の波動関数に書き込まれた情報が、分子固有の性質に従って自発的に時間変化することを用いて計算していたため、数種類の特定の論理演算しか実行することができませんでした。任意の演算を実行するためには、分子内の情報を外部から書き換える新たな技術の開発が必要でした。

本研究チームは今回、従来は干渉(強め合ったり弱め合ったり)しないと考えられていた分子の中の異なったエネルギー状態の波動関数が、10兆分の1秒だけ光る高強度の赤外レーザーパルス照射によって混じり合い干渉するという、全く新しい物理現象を発見しました。さらに、この干渉現象を用いて、分子内の複数の波動関数の強度を変化させることで、それらの強度の組み合わせとして書き込まれた情報を外部から書き換えることに成功しました。

この成果は、分子コンピューターで任意の論理演算を実行するための基盤技術として期待されるほか、固体や液体の中で乱された波動関数を復元するための基盤技術の開発にも役立つものと期待されます。

本研究成果は、2011年4月10日(英国時間)に英国科学雑誌「Nature Physics」のオンライン速報版で公開されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)

事業・研究領域・研究課題概要
研究領域 「先端光源を駆使した光科学・光技術の融合展開」
(研究総括:伊藤 正 大阪大学ナノサイエンスデザイン教育研究センター 特任教授)
研究課題名 「アト秒精度の凝縮系コヒーレント制御」
研究代表者 大森 賢治(自然科学研究機構 分子科学研究所 研究主幹/教授)
研究期間 平成22年10月〜平成27年3月

JSTはこの領域で、物質・材料、加工・計測、情報・通信、環境・エネルギー、ライフサイエンスなどの異なる分野で個別に行われている光利用研究開発ポテンシャルの連携、融合を加速し、「物質と光のかかわり」に関する光科学・光技術におけるイノベーション創出基盤の形成を目指します。上記研究課題では、固体物質の波動関数を光によって制御する手法の確立を目指しています。

<研究の背景と経緯>

現代の高速情報処理はシリコントランジスターの高集積回路に依存しています。しかし、これ以上高集積化が進行し、絶縁体の幅が数原子層レベルにまで到達すると、電子の染み出しによって熱やエラーが発生します。最新のナノテクノロジー注2)を用いたとしても、電荷を情報の担い手(担体)として用いる限り、この問題点を避けることはできません。

これを解決するために大森教授らは、電気的に中性な物質の量子力学的な波(波動関数)を情報担体として使うことに着目しました。1兆分の1秒以下のごく短い時間だけ光るようなレーザーパルスを使えば、多数の波動関数に同時にアクセスし100万通り以上の異なった情報をnm以下のサイズの1個の分子に入力することができます。この情報密度は、2020年までに計画されている最高性能のDRAM(Dynamic Random Access Memory)注3)の100倍以上です。分子の波動関数を使ったコンピューターは、情報処理技術の画期的なブレークスルーになる可能性を秘めています。大森教授らはこれまでに、0.3nmサイズの分子の中の波動関数を使って従来のスーパーコンピューターの1000倍以上の速度でフーリエ変換を実行することに成功し、分子1個が超高速コンピューターとして機能し得ることを実証しました(2010年3月17日 分子科学研究所 プレスリリース http://www.ims.ac.jp/topics/2009/100317.html)。これは従来のシリコントランジスターを基盤とした情報デバイスよりも100倍以上コンパクトで、1000倍以上速い革新的な情報処理技術として期待されます。しかし、この時点では分子内の複数の波動関数に書き込まれた情報が分子固有の性質に従って自然に時間変化することを用いて計算していたため、2種類の特定の論理演算しか実行することができませんでした。任意の演算を実行するためには、分子内の情報を外部から書き換える技術の開発が望まれています。

<研究の内容>

本研究では、ヨウ素原子2個でできているヨウ素分子をコンピューターとして用いました。まず10兆分の1秒程度の時間幅を持つ波長540nm程度の緑色のレーザーパルスを0.3nmサイズのヨウ素分子に照射し、エネルギーの異なる複数の波動関数を分子1個の中に同時に発生させました。さらに、同じく10兆分の1秒程度の時間幅を持ち高強度の波長1.4μm(マイクロメートル、1μmは100万分の1m)の赤外レーザーパルスを照射し、各々の波動関数の強度がどのように変化するかを観察しました。その結果、従来は干渉しないと考えられていた1個の分子の中の異なったエネルギー状態の波動関数が、図1に示すように高強度の赤外フェムト秒レーザーパルスによって混じり合い干渉することを発見しました。本研究チームは今回、この全く新しい物理現象を世界で初めて発見し、「高強度レーザー誘起量子干渉(SLI)」と名付けました。そして図2に示されたように、このSLIを用いて、分子1個の中の複数の波動関数の相対的な強度を赤外レーザーパルスの照射のタイミングを調節することによって変化させることにも成功しました。1個の分子の中の複数の波動関数の強度の組み合わせは「ポピュレーションコード」と呼ばれ、従来のコンピューターにおける(101)、(010)といったバイナリーコードのように分子コンピューターにおける重要なコードの1つです。大森教授らは今回、このポピュレーションコードを世界で初めて外部から書き換えることに成功しました。

<今後の展開>

本研究成果は、分子コンピューターで任意の論理演算を実行するための基盤技術として期待されます。また、固体や液体の中で周囲の原子や電子との相互作用によって乱された波動関数を復元する基盤技術の開発にも役立つことが期待されます。さらに、分子コンピューターを固体内で動作させたり、原子や電子の波としての側面と粒子としての側面がどのように共存しているのかなどの謎を解き明かす実験にも役立つことが期待されます。

<参考図>

図1

図1 高強度レーザー誘起量子干渉

従来は混じり合うことはないと考えられてきた異なるエネルギー状態の波動関数が、高強度の赤外レーザーパルスで混じり合い干渉(強め合ったり弱め合ったり)するという全く新しい物理現象が発見された。

図2

図2 分子コンピューター内の情報書換え

赤外レーザーパルスの照射のタイミングを変化させると、3つの異なるエネルギー状態の波動関数の強度比(ポピュレーションコード)が変化する。波動関数の強度が1より大きい時「1」、小さい時「0」とすると、540nmレーザーパルスによる初期入力が、赤外レーザーパルスの照射によって(101)(図中の点線a)、(010)(図中の点線b)など異なったコードに書き換えられていることが分かる。図中のVはエネルギー状態のラベリングで、V=25、27、29はそれぞれエネルギーが低い方から数えて、26、28、30番目の状態に対応している。

<用語解説>

注1) フーリエ変換
「位置」の情報によって記述された関数に対し、「周波数」による記述を与える関数空間の間の変換のこと。フーリエ変換によって音や電磁波などの波の波形からどのような周波数の波が含まれているかを抜き出すことができる。
注2) ナノテクノロジー
物質をナノメートルの領域において、自在に制御する技術のこと。ナノテクと略される。2001年にアメリカのクリントン大統領がナノテクを国家的戦略研究目標としたことから、日本でも多くの予算が配分されるようになり、現在最も活発な科学技術研究分野の1つとなっている。
注3) DRAM(Dynamic Random Access Memory)
コンピューターなどに使用される半導体を使用した主要な電子部品の1つ。記憶素子であるRAMの1種で、コンピューターの主記憶装置やデジタル・テレビやデジタル・カメラなど多くの情報機器の記憶装置に用いられている。

<論文名>

“Strong-Laser-Induced Quantum Interference”
(高強度レーザー誘起量子干渉)

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

大森 賢治(オオモリ ケンジ)
自然科学研究機構 分子科学研究所 光分子科学研究領域 研究主幹/教授
〒444-8585 愛知県岡崎市明大寺町西郷中38番地
Tel:0564-55-7361 Fax:0564-54-2254
E-mail:

<JSTの事業に関すること>

河村 昌哉(カワムラ マサヤ)
科学技術振興機構 イノベーション推進本部 研究領域総合運営部
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