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平成23年4月8日

東京大学物性研究所
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鉄系超伝導体における新しい高温超伝導メカニズムの発見

−格子振動、スピンに続く第三の起源−

東京大学 大学院工学系研究科の下志万(シモジマ) 貴博 特任助教と東京大学物性研究所の辛 埴(シン シギ) 教授は、鉄系超伝導体注1)において、これまで知られている超伝導体とは異なる新しい超伝導メカニズムを発見しました。

超伝導とは、金属などをある温度(超伝導転移温度)以下に冷却すると、電気抵抗がゼロになる現象です。通常ばらばらに運動している電子は、超伝導状態では2つずつ対になって運動します(図1)。この超伝導電子対注2)を結び付ける働きをする「のり」の種類を特定することは、超伝導メカニズムを知る上で最も重要なことです。しかし、これまでに見つかっていた「のり」の種類は、結晶格子の振動や電子スピン注3)(磁性の源)に限られていました。近年発見された鉄系超伝導体は、高い温度で超伝導を示す物質として基礎科学そして応用面からも非常に注目されているものの、この物質の「のり」の種類についてははっきり分かっていませんでした。

本研究グループは、世界最高レベルの超高分解能レーザー光電子分光装置注4)を開発し、これを用いて、鉄系超伝導体において電子対が結合しているエネルギーの強さを調べ、新たな「のり」の種類を決定することに成功しました。この結果から、電子軌道注5)という性質に由来する、第三の新しいメカニズムによって超伝導が引き起こされている可能性が示されました。今後、電子軌道に着目することにより、さらに高い温度で超伝導を示す物質の開発につながるものと期待されます。

本研究成果は2011年4月7日(米国東部時間)に米国科学誌「Science」のオンライン速報版で、編者が特に推薦する「Science express」として公開されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)

事業・研究領域・研究課題
研究領域 「先端光源を駆使した光科学・光技術の融合展開」
(研究総括:伊藤 正 大阪大学ナノサイエンスデザイン教育研究センター 特任教授)
研究課題名 「高繰り返しコヒーレント軟X線光源の開発と光電子科学への新しい応用」
研究代表者 辛 埴(東京大学物性研究所 教授)
研究期間 平成20年10月〜平成26年3月

<研究の背景と経緯>

カマリン・オネスが水銀の超伝導を発見した1911年から数えて、今年はちょうど100年にあたります。超伝導材料を用いた送電線やリニアモーターカーなどの技術開発が進む一方、より高い温度で超伝導を示す物質の開発を目指した基礎科学も盛んに研究されています。近年発見された鉄系超伝導体は、銅酸化物高温超伝導体注6)に次ぐ高い超伝導転移温度を示すことから室温超伝導体注7)の候補として注目を集めています。もし室温近くで超伝導が実現すれば、低コストかつ高効率の電力供給が実現されることとなり、エネルギー問題解決の決め手になると期待されています。

さらに高い超伝導転移温度を実現するためには、超伝導機構を解明することが必須です。鉄系超伝導体が示す最高55K(−218℃)の高い超伝導転移温度は、古くから考えられてきた「結晶格子の振動」を介した電子対の形成メカニズム(BCS理論注8))では説明がつきません。従って、1980年代に発見された銅酸化物超伝導体と同様に「スピン」が電子対形成を引き起こす可能性が高いと考えられてきました。一方で、電子が複数の「軌道」を行き来する軌道交換が超伝導発現に寄与しているという説も提唱されており(図2)、超伝導メカニズムに関する統一した見解は未だ得られていませんでした。

<研究の内容>

超伝導メカニズムを解明するためには、電子対をつなぐ「のり」の種類を特定する必要があります。「のり」の性質は電子対がどれくらい強いエネルギーで結ばれているかに現れます。このエネルギーは超伝導ギャップと呼ばれ、レーザー光電子分光という手法で観測することができます(図3)。特に鉄系超伝導体は複数の電子軌道を持つため、電子軌道ごとに超伝導ギャップを測る必要があります(図4)。もし、スピンが超伝導の起源である場合は、超伝導ギャップの大きさは電子軌道ごとに大きく異なるのに対し、軌道交換が起源である場合はそれらの大きさが揃うことが予想されています。本研究では、本研究グループが開発した世界最高のエネルギー分解能を持つレーザー光電子分光装置を用いることで、これまで精密な測定が不可能であった鉄系超伝導体の超伝導ギャップが電子軌道の種類によらずほぼ等しい大きさを示すことを発見しました。従って本結果は、スピンを起源とする超伝導機構では現象を説明することが困難であり、むしろ軌道交換に起因する超伝導機構により理解できることを示しています。銅酸化物超伝導体にはない複数の電子軌道を有することが、鉄系超伝導体の高い超伝導転移温度に寄与している可能性が初めて示されました。

<今後の展開>

本研究により、古くから研究されている「格子振動」、「スピン」に続く、「軌道」を起源とする第三の超伝導状態が実現している可能性が新たに示されました。今後、電子軌道に着目することにより、さらに高い超伝導転移温度を示す物質の開発につながることが期待されます。超伝導メカニズムとして格子、スピン、軌道などの豊富な起源があることが判明したことによって、室温超伝導体の夢により一歩近づいたと言えます。

<参考図>

図1

図1 超伝導状態の電子対

超伝導体では、電子は対を作って運動している。電子(e)同士は引力(のり)によって結びつけられている。

図2

図2 超伝導メカニズムの概念図

上から、格子振動による概念、スピンによる概念および軌道を起源とする電子対形成の概念図。黄色の球は電子を、灰色の球は格子における正電荷を表す。

図3

図3 レーザー光電子分光法の概略図

試料(超伝導体)に真空紫外レーザーを照射し、飛び出す電子のエネルギーと方向を電子分析器により計測する。

図4

図4 超伝導ギャップの観測結果

  • 上図: レーザー光電子分光による鉄系超伝導体の超伝導ギャップの観測結果。横軸は電子の結合エネルギーを表し、黒い矢印で示されたエネルギーが超伝導ギャップの大きさに相当する。
  • 下図: 3種類の電子軌道に対して、さまざまな方向に運動する電子の超伝導ギャップの大きさを測定した。3つの電子軌道ともに運動方向によらずほぼ同じ大きさの超伝導ギャップを示している。

<用語解説>

注1) 鉄系超伝導体
2008年に東京工業大学の細野教授らにより発見されたヒ化鉄(FeAs)伝導層を有する一連の超伝導体の総称。超伝導転移温度は最高で55Kであり、銅酸化物に次いで高い。銅酸化物超伝導体との類似性や相違性の観点からも大変注目されており、どのような超伝導機構を有するのか、より高い超伝導転移温度の達成にはどのような条件が必要か、などが現在盛んに議論されている。
注2) 超伝導電子対
超伝導状態では2つの電子が1つの対を組んで運動する。これは超伝導電子対と呼ばれ、通常の金属では格子振動が媒介となって形成されることがBCS理論(注8参照)によって説明されている。電子対を作ることによりボーズ凝縮を起こすと、全ての電子は一番低いエネルギー準位を占めることができるため、通常の金属状態よりもエネルギーの低い安定な基底状態が得られる。
注3) 電子スピン
スピンは電子の自転のような運動から生じ、物質の磁性の源である。スピンには上向きと下向きの2つの状態がある。
注4) レーザー光電子分光装置
光電子分光法とは光を物質に照射し、真空中に飛び出す電子のエネルギーと角度を測定する手法である。物質固有のバンド構造や超伝導ギャップの大きさを観測することができる。特に光源として真空紫外レーザーを用いる場合をレーザー光電子分光法と呼ぶ。この手法は、高いエネルギー分解能が得られるために超伝導ギャップのような小さなエネルギースケールを対象とした観測に適している。さらに直線偏光レーザーを用いることで、それぞれの電子軌道を選択的に観測できるという利点がある。本研究グループは2005年にレーザー光電子分光装置を開発し、世界最高分解能と最低到達温度を達成した。本装置を用いて、これまでに銅酸化物、二ホウ化マグネシウム(MgB)、水和コバルト酸化物等における超伝導ギャップを観測し、それらの超伝導メカニズムに迫る成果を報告している。
注5) 電子軌道
電子軌道は量子力学において波動関数で記述され、電子がどの位置にどれぐらいの確率で存在するかが模式的に軌道として表わされる。方位量子数という値に応じて、s、p、d軌道などと分類される。銅酸化物超伝導体では銅の3d軌道のうちx−y軌道のみが、鉄系超伝導体では鉄の3d軌道のうち全ての軌道成分(zx、yz、xy、x−y、3z−r)が伝導に寄与している。
注6) 高温超伝導体
一般に転移温度が液体窒素温度77Kを越える超伝導体を指す。液体ヘリウムより安価な液体窒素による冷却が可能なため、産業への応用を考慮する際に重要な物質である。ベドノルツとミューラーは銅酸化物における高温超伝導体を発見した業績により1987年度のノーベル物理学賞を受賞した。
注7) 室温超伝導体
室温で超伝導を示す物質。室温超伝導体の存在は未だ確認されていないが(現時点で最も高い超伝導転移温度は水銀系銅酸化物における約−110℃である)、ゼロ抵抗の超伝導状態を保つのに寒剤による冷却を必要としないため、エネルギー効率が各段に飛躍し、送電蓄電システムやモーターへの応用上極めて重要な物質となると予想されている。
注8) BCS理論
超伝導現象を初めて微視的に解明した理論。1957年に米国・イリノイ大学のバーディーン、クーパー、シュリーファーの3人によって提唱され、3人の名前の頭文字からBCSと付けられた。格子振動による引力相互作用が電子系に働く時、それがいかに弱くても全体を電子対の束縛状態にできるという考えに基づく。3人はこの業績により1972年のノーベル物理学賞を受賞した。

<論文名>

“Orbital-Independent Superconducting Gaps in Iron-Pnictides”
(鉄系超伝導体における電子軌道に依存しない超伝導ギャップ)
doi: 10.1126/science.1202150

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

下志万 貴博(シモジマ タカヒロ)
東京大学 大学院工学系研究科 特任助教
Tel:03-5841-7903 Fax:03-5841-7903
E-mail:
研究室ホームページ:http://ishizaka.t.u-tokyo.ac.jp/index.html

辛 埴(シン シギ)
東京大学物性研究所 先端分光研究部門 教授
Tel:04-7136-3380 Fax:04-7136-3383
E-mail:
研究室ホームページ:http://www.issp.u-tokyo.ac.jp/labs/spectroscopy/shin/

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河村 昌哉(カワムラ マサヤ)
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