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平成23年3月16日

自然科学研究機構 生理学研究所(せいりけん)
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科学技術振興機構(JST)
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見ていると意識できなくても“覚えている”脳

―視覚野の障害でも無意識に脳の別の部位(中脳・上丘)が記憶の機能を代償―

 脳梗塞などで脳の後頭葉にある視覚野が損傷を受けた時に、視野狭窄(きょうさく)や視野障害といった症状が現れます。しかし、そうした患者でも「見えていると意識できないのに(脳は)見えている」という盲視(ブラインドサイト)という現象が知られています(図1)。これまで自然科学研究機構・生理学研究所の伊佐 正 教授らの研究によって、この盲視現象は、脳の中の視覚野を経由しない中脳(上丘)を通る別の神経回路によって、脳の中に眼で見た情報が無意識にバイパスして送りこまれるからであることが分かってきました(図2)。今回、伊佐 正 教授と高浦 加奈 博士(元・総合研究大学院大学 大学院生、現・玉川大学脳科学研究所 グローバルCOE研究員)の研究グループは、この際、中脳(上丘)は、単なるバイパスになっているばかりでなく、眼で見たモノの場所を無意識に“記憶”しておくことに役立っていることを明らかにしました。脳の損傷などの特殊な場合には、本来は記憶の機能を持たないと考えられていた脳の部位も、記憶の機能を代償することができることを示した初めての研究成果です。米国神経科学学会誌「The Journal of Neuroscience(ザ・ジャーナル・オブ・ニューロサイエンス)」(2011年3月16日号)に掲載されます。

<プレスリリース内容>

 これまで視覚野が損傷した場合には意識的に見えているわけではないので、眼で見た情報を覚えておくことはできないと考えられていました。研究グループは今回、視覚野に障害のあるサルを用いて、モニターで“点”を見せたあと、一定の待ち時間(2.4秒以下)をおいて、その点の位置を眼で追って当てさせる実験を行いました。すると、視野障害がある損傷視野でも、正常視野と同様に、記憶した場所に正しく眼を向けることができることを明らかにしました(図3)。また、その際の中脳(上丘)の電気活動を記録したところ、待ち時間の間ずっと活動し続けている神経細胞があることが分かりました(図4)。普段は見られない神経の反応です。視覚野が損傷した場合には、この中脳(上丘)の神経の働きによって、点の位置を無意識に記憶することができると考えられます。
 伊佐教授は「中脳・上丘は、爬虫類 や両生類などの大脳皮質を持たない動物の原始的な脳では中心的な視覚中枢です。つまり視覚野の損傷によって、進化的に古い部位である中脳・上丘の機能が“先祖がえり”したとも考えられます。また、これまでは、意識的に見ていないモノは記憶ができないと考えられていましたが、今回の実験結果から、無意識でも記憶はできる可能性が示唆されます」と話しています。
 本研究は、JST 戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)の「脳の機能発達と学習メカニズムの解明」研究領域(研究総括:津本 忠治 理化学研究所 脳科学総合研究センター シニアチームリーダー)における研究課題「神経回路網における損傷後の機能代償機構」(研究代表者:伊佐 正)の一環として行われました。

<今回の発見>

 視覚野が障害を受けた場合、眼で見た情報は中脳(上丘)が中継点となり無意識に脳に伝わっているが、その際、中脳(上丘)の神経は、単なるバイパスになっているだけでなく、眼で見た情報を記憶しておく役割も担うように変化することが分かりました。

<この研究の社会的意義>

(1)脳梗塞による視覚野障害患者のリハビリテーションへ応用
 脳梗塞による視覚野の損傷で視野障害となった患者が多くいらっしゃいます。しかし、実際には、意識していなくても眼で見た情報は損傷を受けた視覚野をバイパスされ、脳に伝わることが今回の実験で改めて証明されました。意識することはできませんが脳には眼からの情報が多く伝えられ、それをもとに眼を動かすこともできることから、そうした代償的な機能を利用して眼を動かすリハビリテーションの訓練を行ったり、また逆に、意識にはのぼらない視覚機能を評価し役立てることで、リハビリテーションの効果判定を行うことができるかもしれません。
(2)意識していなくても眼でみた情報は記憶できる可能性を示唆
 これまで、意識して見たモノでないと記憶はできない、と考えられていました。しかし、今回の研究成果により、無意識に脳の中に入ってきた視覚情報も、普段とは異なる脳の部位(中脳・上丘)で記憶できることが明らかとなりました。今回の研究成果より、意識していない視覚情報も脳の中で記憶できることが示唆されます。

<参考図>

図1

図1 盲視(ブラインドサイト) とは?

イメージ図: 鯉田 孝和/生理学研究所

 「見えていると意識できないのに見えている」という現象と定義されます。1973年、視覚野に障害を持った患者であるD.B.が、その見えないはずの視野にあるモノの位置を当てることができることに医師は気付きました。例えば、スクリーンに光点を点灯させて当てずっぽうでいいから位置を当てるように指示すると、D.B.はそれが見えないにもかかわらず、光点を正しく指差すことができました。また、棒が縦か横かを当てるテストでもほとんど間違いがなく答えることができました。
 このように本人は見えていると意識できていないにもかかわらず、眼球運動など一部の視覚機能は損傷から回復させることができます。この現象を「盲視」と呼びます(詳細は、日本神経回路学会 オータムスクール ASCONE2007 吉田 正俊 講義概要「盲視(blindsight)の神経機構」(http://www.nips.ac.jp/~myoshi/blindsight.html)を参照)。

図2

図2 視覚を生み出す脳の中の神経回路

 眼の「網膜」で見た情報は、「視床」を経由して、「視覚野」に送られ、ここで初めて「見ている」として意識されます。しかし、伊佐教授らのこれまでの研究成果から、脳梗塞などで「視覚野」が障害を受けた場合には、中脳の「上丘」を介して脳の中に無意識に情報が伝わっていくことが分かってきました。

図3

図3 実験の方法

(左)   右視野の視野損傷のあるサルに、画面を見せました。まず、手がかり刺激として、固視点とは別の赤い点を表示(右上、右下、左上、左下のいずれか)、それを覚えさせ、一定の待ち時間(2.4秒以下)の後、反応開始の合図とともに、その方向に眼を向けさせる実験を行いました。

(中央)すると、損傷のある右視野でも正常な左視野と同様に、手がかりの赤い点の出た方向(ここでは黒丸で表示)に、ほぼ正しく眼を向けることができました。点線は、眼の動きの軌跡を表示しています。

(右)   正答率を比較したところ、ほとんど全て正しい方向に眼を向けることができたことが分かります。


図4

図4 待ち時間の間ずっと反応し続けている中脳(上丘)の神経細胞

 図3の実験中に、中脳(上丘)の神経細胞の活動を記録したところ、損傷側の脳で、待ち時間の間ずっと反応し続けている神経細胞を発見しました。この神経活動により、記憶が行われているものと考えられました。正常ではこうした反応は見られません。

<論文情報>

“Neural substrate of spatial memory in the superior colliculus after damage to the primary visual cortex”
doi: 10.1523/JNEUROSCI.5143-10.2011
Kana Takaura, Masatoshi Yoshida, Tadashi Isa
一次視覚野の障害で中脳上丘が空間記憶の神経機能を補完

<お問い合わせ先>

<研究成果に関すること>
伊佐 正(イサ タダシ)
大学共同利用機関法人 自然科学研究機構 生理学研究所 教授
〒444-8585 愛知県岡崎市明大寺町字西郷中38
Tel:0564-55-7761 Fax:0564-55-7766
E-mail:

高浦 加奈(タカウラ カナ)
玉川大学脳科学研究所 グローバルCOE研究員
〒194-8610 東京都町田市玉川学園6−1−1
Tel:042-739-7085
E-mail:

<JST事業に関すること>
長田 直樹(ナガタ ナオキ)
科学技術振興機構 イノベーション推進本部 研究領域総合運営部
〒102-0075 東京都千代田区三番町5 三番町ビル
Tel:03-3512-3524 Fax:03-3222-2064
E-mail:

<報道担当>
小泉 周(コイズミ アマネ)
自然科学研究機構 生理学研究所 広報展開推進室 准教授
〒444-8585 愛知県岡崎市明大寺町字西郷中38
Tel:0564-55-7722 Fax:0564-55-7721
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科学技術振興機構 広報ポータル部
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