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平成23年3月2日

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東北大学多元物質科学研究所
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分子をくるりと回して磁石のオン・オフ制御

−単分子磁石を用いた単分子メモリー開発へ道−

JST 課題解決型基礎研究の一環として、東北大学多元物質科学研究所の米田 忠弘 教授と同校 大学院理学研究科の山下 正廣 教授らは、1つの分子で磁石の性質を示す単分子磁石注1)を用いて、単分子の単位で磁石をオン・オフすることに成功しました。

単一スピンは磁性材料の基本構成単位であり、最小の磁石と考えられます。情報処理に欠かせない磁気記憶媒体などが技術の進歩に伴って小型化していくなか、単一スピンを用いた究極の高密度記録に注目が集まっています。最近では分子を材料として用いる研究が盛んに行われており、分子エレクトロニクスと組み合わせて磁性制御による電流制御を行う分子スピントロニクス注2)、あるいは単分子メモリーが提唱されています。1つの分子だけで磁石の性質を示す単分子磁石は、このようなスピン素子の材料として最適な分子の1つですが単一分子で磁性を制御した例は、まだありません。

本研究では単分子磁石であるテルビウム・フタロシアニン錯体注3)分子を用いて、単分子の磁石をオン・オフさせることが可能であることを示しました。この分子は平面型のフタロシアニン配位子注3)(Pc)2枚が互いに向き合うように重なって、1つのテルビウム(Tb)金属原子を挟む構造(TbPc)をしています。今回、これに電流を流して向かい合う配位子をくるりと回転させるという手法を開発し、2枚の配位子の相対角度を制御することで分子磁石をオン・オフさせることに成功しました。

この成果は、電流による分子の構造変化を利用した単一分子のスピン操作手法を示したもので、今後、単一分子メモリーへの応用が期待されます。単分子磁石は、1分子が1個のメモリーとして働くとすると、1モルで6×1023ビットのメモリー(片面1層DVDディスクの15兆倍)となり、究極の高密度記録につながるものと期待されます。

本研究成果は、2011年3月1日(英国時間)に英国オンライン科学雑誌「Nature Communications」で公開されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)

研究領域 「物質現象の解明と応用に資する新しい計測・分析基盤技術」
(研究総括:田中 通義 東北大学 名誉教授)
研究課題名 低次元ナノマテリアルと単一分子の振動分光・ESR検出装置開発
研究代表者 米田 忠弘(東北大学多元物質科学研究所 教授)
研究期間 平成16年10月〜平成22年3月

JSTはこの領域で、物質や材料に関する科学技術の発展の原動力である新原理の探索、新現象の発見と解明に資する新たな計測・分析に関する基盤的な技術の創出を目指しています。上記研究課題では、走査トンネル顕微鏡を主な手法とし、トンネル電流を用いた単一スピンの検出方法の確立を目指しています。

<研究の背景と経緯>

磁石は日常的になじみの深い材料で、磁気ディスクなどで情報記録媒体として用いられています。磁石は、微視的に見るとスピンと呼ばれる磁気最小単位が集合したものです。現在、磁気ディスクの集積化が急激に進行していますが、それは磁気記録中に含まれるスピンの個数が減少し、磁気材料が単一スピンに近づいていることを示しています。また、スピンの制御によって素子を流れる電流量を制御する研究が盛んに行われ、これらの技術はスピントロニクスとして集積回路に取り入れられています。このような磁石の材料として用いられてきた鉄やコバルトなどの古典磁石に代わって、1つの分子が磁石として働く単一分子磁石が注目されています。古典磁石(バルク磁石)は、スピンが3次元・強磁性的に相互作用することにより磁石の性質が現れますが、単一分子磁石は機構が全く異なり、1個のクラスター分子や1本の鎖が磁石のように振る舞います。単一分子磁石は、現在盛んに研究が進んでいる分子エレクトロニクスに取り入れられ、分子スピントロニクスとして発展していくことが期待されます。分子を用いる利点として、単にコストの低減や材料の柔軟さだけではなく、分子の構造の多様性・電子状態の制御性、また分子の部位を修飾可能などの自由度が上げられ、従来の古典磁石にはない特性や新しい制御手法が期待されます。しかし、これらの研究は始まったばかりで、実際に究極の高密度記録につながる「単一分子メモリー」や単分子単位でのスピンの操作の可能性の実証がなされていないのが実情です。また、単一スピンの操作には高い空間分解能が求められ、従来の手法、すなわち磁場を使用して磁石の向きを反転させる手法では必要な空間分解能は得られません。新たな磁石の制御方法の開発が必要です。

<研究の内容>

本研究では単分子磁石であるテルビウム・フタロシアニン錯体分子を用いて、1つの分子単位での磁石のオン・オフを行いました。この物質の単分子磁石としての動作温度は、今までにない高い値(絶対温度で数十度動く)が報告され、分子磁石の実用化に向けて注目されています。実験では、従来の磁石の制御方法とは異なり、分子を回転することで磁石のオン・オフをする手法を用います。そのためには、分子の構造が重要となります。

走査トンネル顕微鏡(STM)注4)を用いて1つの分子像を撮影したものが図1(a)です。この分子内部は、平面型のPc2枚が向かい合うように重なって、1つの金属原子Tbを挟む構造を持っています。構造モデルを横から見た図を図1(b)に示しますが、2段重ね分子構造になっていることが見て取れます。

実際の実験はこの分子が金(111)表面上で形成する1層の分子薄膜で行いますが、そのSTM像が図1(c)です。図には9個の分子がありますが、チェッカーボードのような明暗が交互に変化するパターンが見られました。これは図1(d)に示すように、上下2層の相対回転角度(θ)が45度の場合に明るく、30度の場合に暗く観察されることで説明されます。このθの違いが磁石のオン・オフに利用されます。

テルビウム・フタロシアニン錯体分子の磁石としての働きは、中央の金属原子と配位子の両方から生じています。フタロシアニン配位子にはπ軌道に電子が1つだけ入っている不対電子があり、この安定なラジカル状態から磁石の性質が生じています。

磁石最小単位である単一のスピンの検出は、現在でも開発競争が続けられている難しい計測の1つですが、この実験では分子にスピンが存在すること、すなわち磁石の状態となっていることを「近藤状態」があるかどうかで検知します。近藤状態とは、孤立した上向きスピンがあるとその周辺に下向きスピンの電子が集まって、上向きスピンを打ち消そうと集合している状態で、この状態が形成されると狭いエネルギー領域に高い電子状態密度が作られるのでそれを検出して、分子に存在する孤立スピンを計測することが可能になります。この方法を用いてテルビウム・フタロシアニン錯体分子を調べます。図2(b)に示すのはエネルギーの関数として電子状態密度をプロットしたグラフですが、配位子上で計測されたグラフには、シャープなピークが観察されます。これは上で述べた、狭いエネルギー領域に高い電子状態密度に相当し、近藤状態と考えられます。強い近藤状態が配位子で観察されたことは、フタロシアニン配位子にスピンが存在し、それが金の伝導電子と有効に近藤状態を作ったことによるものです。

次に、2枚重ねた分子の上下層の相対的な回転角度を、分子に流れるトンネル電流注5)で変化させました。走査トンネル顕微鏡で用いるトンネル電流の量は1nA(10億分の1アンペア)と、とても小さいですが、ほぼ全ての電流が分子を流れることから、これを制御することで分子にエネルギーを与えて、向かい合う配位子の回転角度を変化させる手法を開発しました。今回、トンネル電流で配位子をくるりと回転させる前後で、磁石としての性質を測定しました。

図3(a)はトンネル電流注入前後のSTM像であり、矢印で示した分子がターゲット分子です。ターゲット分子にトンネル電流を集中して注入することで2枚の配位子の相対角度を回転させます。STM像でターゲット分子を比較した場合、注入前に明るく観測された分子は、トンネル電子の注入で暗い分子に変化しています。これは2枚の配位子の相対回転角度(θ)が45度から30度に変化したことによって説明できます。また、図3(b)に示したように、配位子を回転させる前(θ=45°)では明瞭な近藤状態が観測されましたが、配位子を回転させた後(θ=30°)では近藤状態は出現しませんでした。これは電流で分子の配位子の相対角度を回転させることで、磁石がオンの状態からオフの状態へ操作可能であることを示唆します。

理論計算との比較によって、θの変化で磁石としての強度が変化することが判明しました(図4参照)。θ=45°とθ=0°では強い磁石ですが、その中間部分で磁石が消滅すると計算されました。分子の構造の微妙な変化で電子状態が変わり、それが不対電子の有無を決定したことによります。 磁性金属原子のスピンを配位子の構造変化で制御することは一般に難いことから、比較的制御が容易な配位子の構造で配位子のスピンを直接制御する今回の手法はスピンの新しい制御方法としても注目されると考えられます。

この研究では単分子単位で分子磁石をオン・オフさせることが可能なことを示し、究極の高密度磁気記録への応用が期待されます。

<今後の展開>

本研究により、電流による分子の構造変化を利用した、単一分子のスピン操作手法を明らかにしました。単一分子磁石は古典磁石と異なり、分子の構造の多様性・電子状態の制御性、また分子の部位を修飾可能などの自由度があり、分子スピントロニクスとして発展していくことが期待されています。本研究で生み出された単一分子のスピン操作方法により、単一分子磁石を用いた単一分子メモリーが開発され、さらには究極の高密度記録への応用へとつながっていくものと期待されます。

<参考図>

図1

図1 TbPc分子の構造と金表面上の薄膜形成

  • (a)、(b): Pcが2層になってランタノイド金属であるTbをサンドイッチした構造を持つ錯体分子(TbPc)。(a)STM像、白線は1nmに相当。  (b)横から見た分子模型図。
  • (c) 分子が金(111)基板に吸着した時に形成する単層膜のSTM像。白線は1nmに相当。明るい分子と暗い分子が交互に現れているが、その明暗の区別は右の模式図で示してある。
  • (d) 分子モデルの俯瞰図。金表面上で分子は平たい吸着構造を取るが、基板側のPcは銀色、真空側のPcは青で示す。2層のPcの相対回転角度(θ)が45度または30度の分子が2種類存在し、それぞれ明るい分子と暗い分子に相当する。
図2

図2 単分子量子磁石である錯体分子(TbPc)の、磁石としての特性

  • (a)(b) : ヘリウム温度で測定したトンネル電子の分光(STS:走査トンネル分光)によって検出された近藤状態。(a)は測定箇所、(b)はSTSスペクトル。近藤状態は、狭いエネルギーに高い電子状態密度が作られるので、エネルギーの関数として電子状態密度を求めた(b)において鋭いピークとして観察される。
  • (c) 近藤状態の空間分布。青い線に沿って測定した場合、像の明るい8つの点の上で近藤状態が強く観察される。明瞭な近藤状態は、配位子の部分でのみ検知され中心の金属部分では観測されない。配位子のスピンが金の伝導電子と近藤状態を作ったことによる。
図3

図3 電流を用いて分子をぐるりと回す操作と、その前後での磁石としての特性

  • (a) トンネル電流による分子の2枚の配位子の回転と近藤状態の変化。トンネル電子注入の前と後の像の変化。明るい、暗い分子はそれぞれθが45度または30度の状態に相当する。
  • (b) 電子注入前後での近藤状態。注入前にはIに示すように明瞭な近藤ピークが見えるが、注入後には消失する。
図4

図4 単分子磁石の2枚の配位子の回転と磁石としての特性

分子の配位子2枚の相対回転角度θと、分子磁石としての強度の関係。θが45度、または0度の場合には強い磁石として働くが、その中間の部分では磁石としての性質を失う。図3でθが30度の場合には磁石としての特性が生じなかったことが説明できる。

<用語解説>

注1) 単分子磁石
1つの分子で磁石の性質を示す分子。よく知られている金属強磁性体である鉄やニッケルの場合では、磁石の基本単位のスピンが協調して同じ方向を向くことでエネルギー的に安定な構造を作り、スピンが揃った状態、すなわち強磁性状態を作る。単分子磁石の場合、そのメカニズムはかなり異なり、基本単位のスピンが、いったん有る方向を向いた場合に、逆の方向にスピンが向くようになるまでの時間(緩和時間と呼ばれる)が他の分子に比べて非常に長いことが特徴である。従って、いったんある方向を向いた分子磁石は、長い間その磁石としての特性を保持できる。
注2) スピントロニクス
現在、情報処理に用いられるエレクトロニクスは電荷のあるなしを情報の「0/1」に置き換えて処理していたが、スピントロニクスはその処理に電子の持つスピン情報を積極的に取り込んでいこうとするものである。スピンは電子の内部自由度であり、地球と太陽に例えるならば、プラスに帯電した原子核(太陽)の周辺をマイナスの電荷を持つ電子(地球)が回転している原子模型において、地球に自転があるように電子もスピンという自転運動をしていると考えられている。スピンの集合体は磁性材料であり、それがハードディスクなどで記憶材料として用いられることはよく知られているが、近年の磁気素子の縮小化はその読み書きにも電流を用いており、スピンとエレクトロニクスの融合はその発展から開始された。同時に、エレクトロニクスもさらなる微細化、省電力化、さらには量子コンピューターなどの新しい計算スキームの確立にスピンを用いることが必要となってきたという背景がある。従来、どちらかというと異分野であった磁性記録とエレクトロニクスが両者の微細化の結果、融合に向かったという流れである。スピントロニクスの具体的な動作には、従来の代表的な電子素子のトランジスタがゲートの電圧で、電流のオン・オフを制御していたように磁界の制御で電流量が制御できる効果などが研究されている。
注3) 錯体、配位子
錯体は、金属と非金属の原子集合が結合した構造を持つ化合物。ここで非金属原子集合を配位子と呼ぶ。配位子は、ごく小さい原子の集合の場合と、複雑な構造を持つ有機分子の場合の両方が考えられる。本研究では化学では良く知られる炭素32個、水素16個、窒素8個の計56個の原子からなるフタロシアニン分子が配位子となっている。
注4) 走査トンネル顕微鏡(STM)
先端が鋭い金属の探針を導電性のある試料に近づけ、両者に数V(ボルト)の電圧差を設ける場合、その間の距離が1nm(10億分の1m)以下になった時にトンネル電流が生じる。この電流は探針−試料間の距離に敏感であり、探針を走査することで原子分解能を持った顕微鏡像を得ることができる。トンネル電流は本質的に局所的で、その広がりは0.3nm程度しかない。
注5) トンネル電流
金属の塊を考えた時、自由に動き回れる自由電子がその塊を満たしており、それが電流のもとになっていることはよく知られている。その電子は塊から飛び出して外に飛び出ることはない。これは真空障壁と呼ばれる高い壁が存在して、電子の持つエネルギーではその壁は越えられないからである。しかし、2つの金属が1nmまで接近すると、量子効果によってあたかも壁をすり抜けるように電子が、1つの塊から別の塊へ流れていく。この効果をトンネル効果と呼び、電子の波動性を示す、量子的な現象であるとともに、江崎ダイオードなどによって実用にも役立てられている。その現象を顕微鏡に応用したものがトンネル顕微鏡であり、非常に接近した探針が表面の凹凸を原子レベルで検知することから、原子分解能を持った数少ない顕微鏡として広く用いられている。

<論文名>

“Observation and electric current control of a local spin in a single-molecule magnet”
(単分子磁石における局在スピンの検出と電流印加によるスピン操作)
doi: 10.1038/ncomms1210

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

米田 忠弘(コメダ タダヒロ)
東北大学多元物質科学研究所 教授
〒980-8577 宮城県仙台市青葉区片平2−1−1
Tel:022-217-5368、022-217-5369 Fax:022-217-5371
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<JSTの事業に関すること>

長田 直樹(ナガタ ナオキ)
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