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平成23年2月9日

科学技術振興機構(JST)
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慶應義塾大学
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腸における炎症を抑える新しいメカニズムを発見

−炎症性腸疾患の新たな治療法開発に期待−

JST 課題解決型基礎研究の一環として、慶應義塾大学 医学部の吉村 昭彦 教授らは、腸などの消化器における新たな免疫調節機構を解明しました。腸内には大腸菌などの腸内細菌が大量に存在しますが、それにもかかわらず炎症が起きないメカニズムは、これまで十分に解明されていませんでした。

本研究グループは今回、モデルマウスを用いて腸内における新しい炎症抑制システムを発見しました。その本体はプロスタグランジンE2(PGE2)注1)と呼ばれる生理機能脂質で、マクロファージなどの免疫細胞に作用して炎症を強力に抑制します。PGE2システムは、これまでに知られている抑制性T細胞(Treg)注2)による炎症抑制システムとは全く独立して存在することが分かりました。自然免疫を担うマクロファージや樹状細胞注3)は、腸内細菌などの感染によってTNFαやインターロイキン12(IL−12)などの炎症性サイトカインと呼ばれるたんぱく質を放出することで炎症を誘導、促進しますが、PGE2は腸上皮で常に産生されていて、これらのサイトカインの産生を抑制していました。しかし過大な感染や強い炎症時にはこの抑制システムが破綻するため、サイトカインシグナル抑制因子1(SOCS1:ソックス−ワン)注4)と言う遺伝子が防護していることも明らかになりました。

これらの発見は、潰瘍性大腸炎やクローン病などの炎症性腸疾患の発症機構の解明に貢献するもので、新たな治療法の開発につながるものと期待されます。

本研究成果は、2011年2月8日(英国時間)に英国オンライン科学雑誌「Nature Communications」で公開されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)

研究領域 「アレルギー疾患・自己免疫疾患などの発症機構と治療技術」
(研究総括:菅村 和夫 宮城県立がんセンター 総長)
研究課題名 細胞内シグナル制御による免疫リプログラミング
研究代表者 吉村 昭彦(慶應義塾大学 医学部 微生物学・免疫学教室 教授)
研究期間 平成20年10月〜平成26年3月

JSTはこの領域で、アレルギー疾患や自己免疫疾患を中心とするヒトの免疫疾患を予防・診断・治療することを目的に、免疫システムを適正に機能させる基盤技術の構築を目指しています。

上記研究課題では、細胞内のシグナル伝達制御機構の解明とその人為的な調節により新たな免疫疾患治療の方法論を開発することを目指しています。

<研究の背景と経緯>

人の腸内には、500種以上100兆個の腸内細菌が存在していると言われています。このような大量の細菌が存在するにもかかわらず、通常、腸内では炎症が起こりません。細菌の菌体成分(例えばリポ多糖LPS)はマクロファージや樹状細胞と言った自然免疫系細胞の表面に存在するTLR注5)を活性化し、その結果TNFαやIL−12と言った炎症性サイトカインが産生され、炎症がスタートします。健康な腸内では、少々の菌体成分があってもこれらの細胞から炎症性サイトカインが産生されることは強く制限されており、炎症は起こりません。その仕組みはいくつか考えられています。1つは、免疫抑制機能を持つTregから分泌されるインターロイキン10(IL−10)注6)がマクロファージや樹状細胞の活性化を抑制していることが知られています。しかし、IL−10を働かなくしたマウスでは腸炎は起こるものの時間がかかり、炎症は軽微です。また、Tregが存在しないRag欠損マウスでは腸炎も起こりません。従って、TregやIL−10に依存しない第2の抑制システムが存在すると考えられます。本研究グループは抑制の本体を追求し、それがプロスタグランジンE2(PGE2)と呼ばれる生理機能脂質であることを突き止めました。PGE2が試験官内で炎症性サイトカインの産生を抑制する機能を持つことは分かっていましたが、個体での腸炎抑制における意義は分かっていませんでした。

<研究の内容>

本研究グループでは、腸内には炎症を抑制する物質が存在し、炎症時には抑制システムが破綻することを想定しました。樹状細胞をLPSで刺激すると炎症性サイトカインが大量に分泌されますが、腸上皮細胞培養液や腸抽出液(CME)にはこのサイトカイン産生を強力に抑制する物質が存在しており(図1A)、この物質がPGE2であると考えました。それを確かめるために、樹状細胞で主にPGE2と結合するたんぱく質であるEP4の阻害剤を用いたところ、腸抽出液のサイトカイン産生を抑制する能力はほぼ完全になくなりました。これらの結果から、腸由来のサイトカイン産生抑制分子はPGE2であると証明されました(図1B)。

さらにマウスの体内でも、腸炎抑制にPGE2が重要であることを示すために、Tregのないマウス(Rag2欠損マウス)にPGE2の産生を抑制する非ステロイド系抗炎症剤(NSAID)注7)の一種インドメタシンを投与したところ、致死的な、極めて重篤な腸炎を発症しました(図2AB)。この腸炎は、抗生物質の投与により腸内細菌をなくすことで発症しなくなり(図2C)、PGE2受容体であるEP4の活性化剤の投与によって軽快しました(図2D)。これらの結果は、PGE2−EP4経路がマウス内でも、腸内細菌によって発症する腸炎の抑制に必要であることを証明しています。

一方、Tregの存在する野生型のマウスではインドメタシン投与によって腸炎を起こさないことから、TregはPGE2と独立して腸炎を抑制していると考えられました。そこで、Rag2欠損マウスにTregを移入してインドメタシンを投与したところ、PGE2の産生が低くてもインドメタシン腸炎は軽快しました(図3)。さらに、IL−10を欠損するTregにはこのような抑制効果は認められませんでした。よって、Tregによる炎症抑制はIL−10を介していること、またPGE2−EP4経路はTreg−IL−10経路とは独立して機能する抑制システムであることが生体内でも確認されました(図3)。

では、腸炎を発症する際はこの経路はどのように破綻されるのでしょうか?

本研究グループでは、腸炎には炎症性サイトカインの一種であるインターフェロンγ(IFNγ)が重要であることから、IFNγの作用を抑制するSOCS1という遺伝子に着目しました。Rag2欠損マウスでSOCS1遺伝子を働かなくすると、インドメタシン投与と非常によく似た腸炎を発症することから、SOCS1がPGE2−EP4経路の重要な調節因子であることが考えられました。試験管内の解析の結果、SOCS1がないとIFNγの炎症シグナルが過剰に活性化され、その結果PGE2による抑制効果が見られなくなることが分かりました(図4)。つまり、PGE2による抗炎症システムは炎症性サイトカインと常に拮抗状態にあり、炎症シグナルが強く入りすぎるとPGE2システムが抑制され、その結果炎症シグナルが勝るようになるために腸炎の発症が促進されるというメカニズムが明らかになりました(図5)。SOCS1は、この炎症と抗炎症のバランスを取っている遺伝子の1つと言えます。ちなみに、炎症性腸疾患患者が非ステロイド系抗炎症剤を服用すると腸内の炎症が悪化することが知られていますが、これは本研究で示されたようにNSAIDがPGE2の生成を妨害して、抗炎症システムを破壊してしまうことが原因であると考えられます。このように本研究成果は、炎症性腸疾患の発症機序の解明や治療法の開発につながるものと期待されます。

<今後の展開>

本研究によって、個体には腸内細菌に対して炎症を防御するTregとPGE2という2つの防御システムが存在すること、どちらか一方でも存在すれば腸炎を抑制できることが明らかにされました。また、炎症性サイトカインIFNγの作用を抑制するSOCS1遺伝子は、炎症シグナルが過剰に入ってPGE2システムを破壊することを防いでいることも分かりました。

本研究成果より、PGE2システムを促進するEP4活性化剤は炎症性腸疾患に対して治療効果を持つことが期待できます。しかし炎症が激しい場合は、すでにPGE2−EP4のシステムが破綻しているためにEP4活性化剤の効果が少ない可能性があります。その場合は、SOCS1の機能を増強することでPGE2による抗炎症システムを再機能化させることも可能かもしれません。さらに、炎症性サイトカインがPGE2−EP4システムを破綻させるメカニズムや、PGE2−EP4システムがTLRシグナルを抑制するメカニズムを解明できれば、潰瘍性大腸炎やクローン病などの炎症性腸疾患に対する新たな治療法が確立できるものと期待されます。

<参考図>

図1

図1 腸抽出液の炎症性サイトカイン産生抑制効果

  • A: 腸抽出液(CME)そのもの、およびCMEを分子量3000以下に分画したもの(YM−3 CME)の樹状細胞によるIL−12(左)とTNFα(右)の産生抑制効果。比較対象としてIL−10(分子量30000以上)およびIL−10を分子量3000以下に分画したもの(YM−3 IL−10)の効果も調べた。IL−10はYM−3で除去されるが、CMEの有効成分はYM−3で除かれないことから、CMEのサイトカインを抑える成分は、分子量3000以下の低分子であることが分かる。
  • B: PGE2もCMEもIL−12(左)とTNFα(右)の産生を抑制するが、このときEP4阻害剤を添加すると抑制効果がなくなる。よって、CME中の主な抑制成分はPGE2である。
図2

図2 インドメタシンによる腸炎

  • A: インドメタシン投与によって野生型マウス(C57BL6)とRag2−/−マウスともに腸内PGE2の量が激減する。
  • B: インドメタシン投与によって、Rag欠損マウス(Rag2−KO)では重篤な腸炎が発症するが野生型C57BL6マウスでは発症しない。これは、野生型マウスにはTregが存在しているためと考えられる。
  • C: インドメタシン腸炎は抗生物質(antibiotics)の投与により軽快する。これは腸炎が、腸内細菌がTLRなどを介してマクロファージや樹状細胞を活性化するために起こることを示している。逆に言えばPGE2は個体でもTLRの過剰な活性化を抑えている。
  • D: EP4活性化剤(EPagonist)の効果。インドメタシン投与によりPGE2がなくなっても、PGE2受容体EP4を直接活性化することで腸炎は防止できる。
図3

図3 Rag2欠損マウスへのTreg移入によるインドメタシン腸炎の抑制

Rag2欠損マウスに野生型Tregを移入することで、インドメタシンによる腸炎は完全に抑制できる。しかし、IL−10遺伝子を欠損するTregではこの抑制効果が見られない。つまり、TregからのIL−10はインドメタシン腸炎を抑制する。すなわち、PGE2による腸炎抑制とTreg−IL−10による腸炎抑制は独立して働く。

図4

図4 IFNγの過剰シグナルによるPGE2抗炎症効果の破綻

野生型樹状細胞(WT−DC)とSOCS1遺伝子欠損樹状細胞(SOCS1−/−DC)をPGE2存在下でLPS刺激したときのTNFαの産生。左は、さらにこの系にIFNγを加えた。通常の状態では野生型樹状細胞もSOCS1欠損樹状細胞もPGE2はTNFαの産生を抑制しているが、IFNγが存在するとPGE2の効果は減弱する。特に、SOCS1がないとPGE2はほとんど機能しない。これは炎症時にIFNγのシグナルが強く入るとPGE2の抗炎症効果が破綻することを示している。しかし通常はSOCS1がPGE2システムの破綻を防いでいることが分かる。

図5

図5 まとめ

腸上皮細胞から産生されるPGE2とTregから産生されるIL−10は、腸内の樹状細胞やマクロファージに作用して、通常は腸内細菌の刺激による炎症性サイトカインを産生しないように抑制しむやみに腸炎が起こらないように調節している。もし、菌が体内に侵入するなど強い刺激がきて炎症性サイトカインの産生が上昇したならば、特にNK細胞やT細胞からIFNγが産生されて炎症が促進される。しかし通常は、SOCS1遺伝子が存在し、この破綻が壊滅的にならないように調整して重篤な腸炎は回避される。SOCS1の機能低下や大量のIFNγによってPGE2防御システムは破綻し、重篤な腸炎へと進展する。

<用語解説>

注1) プロスタグランジンE2(PGE2)
アラキドン酸から生合成されるエイコサノイドの1つで、発熱、疼痛、血管拡張、胃液分泌抑制や破骨細胞による骨吸収、分娩などにさまざまな生理機能を有する。受容体にはEP1、EP2、EP3、EP4の4種類があり、マクロファージや樹状細胞ではEP4を介して免疫抑制機能があることが知られていた。
注2) 抑制性T細胞(Treg)
CD4陽性ヘルパーT細胞の一種で、免疫抑制機能を有する。自己に対する免疫応答を抑制するほか、IL−10などの抗炎症性サイトカインを分泌し、炎症を抑制する機能も持つ。
注3) 樹状細胞
マクロファージのように菌体を認識してサイトカインを放出するほか、T細胞に抗原を提示して抗原特異的なT細胞を活性化する働きがある。
注4) サイトカインシグナル抑制因子1(SOCS1)
炎症性サイトカイン、特にIFNγのシグナルを阻害する遺伝子。さまざまな炎症抑制に関与することが知られている。
注5) TLR
マクロファージや樹状細胞表面に存在する菌体成分センサー。TLRが活性化されるとTNFαやIL−12と言った炎症性サイトカインが産生される。また、IL−12はNK細胞やT細胞から強力な炎症性サイトカインIFNγを誘導する。
注6) インターロイキン10(IL−10)
抗炎症性サイトカイン。マクロファージや樹状細胞に作用して炎症性サイトカインの産生を抑制する。
注7) 非ステロイド系抗炎症薬(NSAID)
抗炎症作用、鎮痛作用、解熱作用を有する薬剤の総称。疼痛、発熱、炎症の治療に用いられる。アスピリンなどのサリチル酸、ジクロフェナク、インドメタシン、イブプロフェンなどで、多くはシクロオキシゲナーゼ(COX−1、COX−2)活性を阻害することでプロスタグランジン合成を抑制する。

<論文名>

“Prostaglandin E2 and SOCS1 have a role in intestinal immune tolerance”
(プロスタグランジンE2とSOCS1は、腸の免疫寛容に重要な役割を果たす)

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

吉村 昭彦(ヨシムラ アキヒコ)
慶應義塾大学 医学部 微生物学・免疫学教室 教授
〒160-8582 東京都新宿区信濃町35 東校舎4F
Tel:03-5363-3767 Fax:03-5360-1508
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<JSTの事業に関すること>

河村 昌哉(カワムラ マサヤ)
科学技術振興機構 イノベーション推進本部 研究領域総合運営部
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