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平成23年2月4日

東京大学
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科学技術振興機構(JST)
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脳内情報伝達の新たな調節機構を発見

~活動電位が軸索の伝導中にアナログ変調される~

<発見の大意>

脳の中の情報は、活動電位による神経伝導と化学物質によるシナプス伝達によって伝えられます。私たちは今回、これまでの通説と異なり、伝導中の活動電位がアナログ的に変調されることを見いだしました。現在の教科書的な理解では、神経細胞はアナログ入力をデジタル出力する「アナログ→デジタル変換素子」です。つまり、軸索起始部で発生した活動電位は、その後、減衰することなく軸索の終末まで均一に伝播し、シナプス出力に直結します。この原理は「all-or-noneの法則(悉無(しつむ)則)」注1)と呼ばれ、広く知られている基本法則です。ところが東京大学 大学院薬学系研究科の池谷 裕二 准教授らは今回、こうした古典的な構図に反し、「活動電位が軸索伝導中に変形されうる」こと、そして、「その変形によってシナプス出力がアナログ的に変調され」、「この調節におそらくアストログリア注2)が関わる」という驚くべき現象を見いだしました(参照)。神経細胞によってデジタル変換された信号が、アストログリアの働きで、アナログ的に変調されるという、従来考えられていた以上に、はるかに高精度な情報処理が脳細胞で行われている可能性があると考えられます。

本研究は、JST 戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)「脳情報の解読と制御」研究領域における研究課題「神経回路網が示す自発的可塑性のルール抽出と制御」(研究者:池谷 裕二)の一環として行われ、本研究成果は、2011年2月4日(米国東部時間)発行の米国科学雑誌「Science」に掲載されます。

<発見の詳細>

大脳皮質の神経細胞の軸索は非常に細いため(直径1μm以下)、これまでの手法では電気生理学的特性を知ることが極めて困難でした。この問題を解決するため、私たちは蛍光ガラス電極を開発し(特許申請中)、この電極を用いることで今回、ラット海馬スライス標本のCA3野錐体細胞の軸索からパッチクランプ注3)記録を行うことに成功しました。そして、神経伝達物質であるグルタミン酸を、軸索の途中に局所適用すると、その下流の軸索で記録される活動電位の幅が増大するという興味深い現象を見いだしました。軸索周辺のアストログリアを活動させた場合にも、同様の作用を認めました。また、シナプスでつながった神経細胞のペアからパッチクランプ記録を行うことで、活動電位幅の増大が軸索終末でのシナプス出力の増強に直結していることも明らかにしました。

<発見の意義と展望>

今回見つかった活動電位幅の調節能は、出力線維の“配線構造”が局所的演算の基盤となり、選択的な出力調節が可能であることを示しています。興味深いことに、この現象は記憶・学習に重要とされる「海馬」で発見されたものです。記憶・学習の形成に、軸索の局所調節が関与している可能性が想定されます。本現象が、生物学的にどのような意味を持っているかを知るためには今後の研究のさらなる展開が必要ですが、例えばアルツハイマー病などの認知症ではアストログリアの機能異常があると知られていますので、軸索調節機構が支障を来している可能性があると考えられます。

<参考図>

図

図 デジタルな活動電位がアナログ的に調節される

脳内では多数の神経細胞がネットワークを形成していて、情報は、神経細胞間に伸びる軸索中を活動電位の形でデジタル的に伝わっていきます(神経伝導)。今回の結果から、伝導中の活動電位が、アストログリアの活動によってアナログ的な調節を受けることが分かりました。

<用語解説>

注1) all-or-noneの法則(悉無(しつむ)則)
生体において、刺激が閾値(いきち)以下では反応は全く起こらないが、それを超えると一定の反応が現れる、しかも それ以上刺激を強めてもその反応が大きくなることはないという法則。
注2) アストログリア
神経系は神経細胞とグリア細胞から構成されている。神経細胞は極めて特殊化した細胞であるため、このグリア細胞のサポートがなければ、その機能を果たすことができない。その中で、突起の多い星型をしたグリア細胞を「アストログリア」と呼ぶ。
注3) パッチクランプ
先端に細孔の空いたガラス製の微細電極の先端部分に、特定の細胞の細胞膜を顕微鏡下で実験的に貼り付け電位差や伝導性などの電気的特性を調べる手法。

<論文名>

“Action-Potential Modulation During Axonal Conduction”
(活動電位は軸索の伝導中に制御される)

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

池谷 裕二(イケガヤ ユウジ)
東京大学 大学院薬学系研究科 薬品作用学教室 准教授
Tel:03-5841-4783
E-mail:

<JSTの事業に関すること>

原口 亮治(ハラグチ リョウジ)
科学技術振興機構 イノベーション推進本部 研究推進部(さきがけ担当)
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