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平成23年1月21日

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自己と他者の動作を区別する仕組みを細胞レベルで初めて解明

―「人の振り見て我が振り直せ」に前頭葉の内側領域が関与―

独立行政法人 沖縄科学技術研究基盤整備機構(OIST、シドニー・ブレナー 理事長) 神経システム行動ユニットの磯田 昌岐 代表研究者らの研究グループは、動物の前頭葉注1)の内側領域の神経細胞が自分の動作と他者の動作を選択的に処理することを明らかにしました。

これまでサルの実験などから、自分自身が餌を取るなどの動作をするときにも、また、他者が同じ動作をしているところを観察するときにも、同じように活動する神経細胞、いわゆる「ミラーニューロン」が脳に存在することが知られていました。しかし、この神経細胞の働きだけでは自分と他者の動作を区別することができないという指摘が長い間なされてきました。本研究では、ニホンザルが自分の前にいる他のニホンザルの行動を読み取り、その情報から自分が適切に行動する実験をさせました。その結果、脳の中で自分の動作と相手の動作を区別する神経細胞が、前頭葉の内側領域にあることを突きとめました。この発見は、複雑な社会的認知機能の脳内メカニズムを、霊長類のサルを用いて、細胞レベルで研究することができることを示した点で画期的です。また、自己と他者の動作の区別が困難になる精神神経疾患の病態解明に貢献できる可能性があります。

本研究成果は、米国科学誌「Current Biology(カレント バイオロジー)」のオンライン版に2011年1月20日(米国東部時間、日本時間2011年1月21日)に掲載される予定です。本研究は、OISTの磯田 昌岐 代表研究者、東京大学 大学院医学系研究科 脳神経外科学 大学院生の吉田 今日子と東京大学 大学院医学系研究科/東京大学医学部附属病院 脳神経外科学の齊藤 延人 教授、独立行政法人 理化学研究所 脳科学総合研究センター 象徴概念発達研究チームの入來 篤史 チームリーダーとの共同により行われました。また、JST 戦略的創造研究推進事業の一環として行われ、ナショナルバイオリソースプロジェクト「ニホンザル」の支援を受けました。

<研究の背景と詳細>

[背景]

ヒトを含む多くの動物が、集団あるいは社会を形成し、その中で生活を営んでいます。社会において適切に行動を企画し、それを実行していくためには、自分自身の行動に加え、他者の行動に注意を払い、他者の行動をよく理解することが重要です。「人の振り見て我が振り直せ」という故事にもあるように、他者の行動から多くのことを学ぶことができるからです。他者の行動から何かを学ぶ際に、まず他者の動作と自己の動作が正しく区別されなければなりません。もちろん、私達はこの区別を容易に行うことができます。しかし、そのような、他者の動作と自己の動作の区別は、脳のどのような働きによるものなのでしょうか。

他者の動作の情報が脳の中でどのように処理されているかについては、1992年にイタリア・パルマ大学のRizzolatti(リッツォラッティ)博士らの研究グループが大変興味深い発見をしていました。彼らは、自分自身がある動作(たとえば餌を掴むなど)を遂行する場合と、他者が同じ動作を遂行するのを観察する場合とで、同じように活動する細胞をサルの脳内から見出し、それを「ミラーニューロン」と名付けました。ミラーニューロンの発見は、他者動作の理解、模倣、コミュニケーションなどの観点から、現在も多くの研究が行われています。その一方で、ミラーニューロンは、他者の動作でも自己の動作でも等しく活動するため、この細胞だけでは自己と他者の動作の区別を行うことができないという指摘も長い間なされてきました。

今回、OISTの磯田 昌岐 代表研究者らの研究チームは、2頭のニホンザルを同時に用いた、役割交替課題という行動実験課題を新たに考案し、サルが他者の行動を観察し、そこから得られた情報を使って、自己の行動選択を適切に行えることを示しました。さらに、課題を遂行するサルの前頭葉の細胞活動をリアルタイムで測定することにより、他者の動作に選択的に応答する神経細胞を見出すことに成功しました。

[研究内容]

研究チームはニホンザルに役割交替課題を学習させました。これは2頭のサルが正方形のテーブルを挟んで対面し、動作選択の役割(アクター)を2試行毎に交互に繰り返すものです。テーブルの上には、各サル用に1つのスタートボタンと2つのターゲットボタンが配置され、アクターのスタートボタンが赤色に点灯することで各試行がスタートしました(図1A)。アクターがスタートボタンを1〜1.5秒押すと、2つのターゲットボタンのうち、一方が緑色に、他方が黄色に点灯するので、アクターはそれを合図にいずれか一方のターゲットボタンを選択するよう訓練されました。アクターが「正しい」色を選択した場合のみ、報酬として甘いジュースが両方のサルに与えられました(図1A)。この「正しい」色は、連続する5〜17試行毎に、黄色から緑色へ、次いで緑色から黄色へと交互に切り替わるように設定されました(図1B)。2頭のサルは正しい色の切り替えがいつ起こるのかを、前もって知ることはできませんでした。

研究チームはまず、相手のサルがアクターとして動作選択を行い、その結果として報酬が得られなかった場合に着目しました。このような無報酬をもたらす試行には、次の2通りが考えられます。1つめは、他者が誤ったターゲットボタンを選択してしまった場合です(1型の無報酬)。2つめは、他者が正しいはずの色を選択したにもかかわらず、正しい色がちょうど切り替わったために、結果として無報酬となった場合です(2型の無報酬)。どちらの場合もサルは報酬を得ることができませんが、次に自分が何をなすべきか(どちらの色のターゲットボタンを選ぶべきか)は、上記2つのケースで異なります。1型の無報酬の直後においては、「正しい」色を変更する必要がありません(例えば、黄色ボタンを選ぶと報酬がもらえる条件で相手が緑色ボタンを選んでしまった場合、次に自分は黄色を選ぶのが正解)。他方、2型の無報酬の直後においては「正しい」色を変更する必要があります。実際に、研究に参加した2頭のサルは、どちらのケースにおいても自分の選択を正しく導くことができました(図1C、図1D)。この結果は、サルが他者の動作情報と動作の結果に関する情報を統合し、自己の行動制御に活かすことができることを示しています。

続いて研究チームは、役割交替課題を遂行しているサルの前頭葉内側領域から、神経細胞活動を詳細に記録しました。その結果、862個の神経細胞のうち、約16%にあたる138個の細胞が、他者の動作に対して選択的に応答することがわかりました(図2)。このような特性を示す神経細胞は、前頭葉内側領域の中でも、特に前補足運動野注2)を中心とする脳表面に近い部分に多く認められました。また、他者の動作に選択性を示す神経細胞が、ミラーニューロン様の神経細胞や、自己の動作に選択性を示す神経細胞と混在していることもわかりました。これらの結果は、前頭葉内側領域が他者の動作と自己の動作の区別に重要であること、また他者の動作と自己の動作が、同部において各神経細胞のレベルで情報表現されていることを示しています。

[研究の意義と今後の期待]

近年、複雑な社会的認知機能の解明に関心が集まり、世界各国で多くの研究が行われています。自己と他者の区別は、社会的認知機能の基礎をなすものと考えられます。本研究は、自己と他者の動作の区別が、大脳前頭葉の内側領域で行われている可能性があることを、霊長類サルを用いて初めて明らかにしました。ある種の精神神経疾患では、自己の動作と他者の動作の区別が困難になることが知られています。本研究を発展させることにより、そのような症候の発生メカニズムを解明できるのではないかと期待されます。また、社会的脳機能を包含した認知行動課題を、サルを対象として開発することには多くの困難を伴いますが、今回の研究はそれが実現可能であることを示しています。今回の研究を基にして、他の社会的認知機能の脳内メカニズムについても、細胞レベルでの解明を進めていきます。

[謝辞]

本研究は、ナショナルバイオリソースプロジェクト「ニホンザル」の支援によって行われました。

<参考図>

図1

図1 役割交替課題の説明とサルの行動解析

  • A: 役割交替課題の1試行の推移を示す。2頭のサルSとNが向かい合って課題を行っており、この試行ではサルSがアクター役である。サルSが正しい色を選択すれば2頭ともに報酬(甘いジュース)が与えられるが、間違った色を選択すると、いずれのサルも報酬を得られない。
  • B: 役割交替課題では、5〜17試行毎に報酬をもらえるターゲットボタンの色が切り替わる。NとSは、各試行のアクター役を示す。ここでは、最初に緑色が5試行連続で正解であった後に黄色が正解となり(9試行)、その後再び緑色が正解となる(13試行)例を示している。
  • C: 相手の選択結果が1型の無報酬となり、その直後の試行で自身がアクターとなった場合の正答率を示す。
  • D: 相手の選択結果が2型の無報酬となり、その直後の試行で自身がアクターとなった場合の正答率を示す。
図2

図2 他者の動作に選択的に応答する神経細胞の活動

  • A: 代表的な神経細胞の活動例を示す。この細胞は、他者が動作を遂行している際に顕著な活動を示すが(上)、自身が動作を遂行する場合には活動を示さない。小さい点は、この細胞のスパイク発火のタイミングを示し、大きい点はターゲットボタンがいつ点灯したかを示す。細胞活動は、アクターのボタン押しが終了した時点で揃えてある。
  • B: 他者の動作に選択的に応答した138個の細胞について、その平均的活動を示す。細胞活動は、アクターのボタン押し終了時点で揃えてある。

<用語解説>

注1) 前頭葉
大脳の区分の1つ。大脳皮質の前方部分を占め、一次運動野、運動前野、前頭連合野から構成される。主として行動の企画や実行に関与する。
注2) 前補足運動野
前頭葉の内側部に存在する運動野の1つ。高次の運動機能に関与すると考えられている。

<論文名および著者名>

“Representation of Others’ Action by Neurons in Monkey Medial Frontal Cortex”
(サルの前頭葉内側皮質細胞による他者動作の表現)
Kyoko Yoshida, Nobuhito Saito, Atsushi Iriki, Masaki Isoda

<お問い合わせ先>

<本研究に関すること>

磯田 昌岐(イソダ マサキ)
独立行政法人 沖縄科学技術研究基盤整備機構 神経システム行動ユニット 代表研究者
E-mail:
ホームページ:http://www.oist.jp/ja.html

<沖縄科学技術研究基盤整備機構(OIST)に関すること>

名取 薫(ナトリ カオル)
独立行政法人 沖縄科学技術研究基盤整備機構 総務グループ コミュニケーション・広報課
Tel:098-966-8711(代表)、098-966-2389(直通) Fax:098-966-2887
E-mail:
ホームページ:http://www.oist.jp/ja.html

<理化学研究所に関すること>

独立行政法人 理化学研究所 広報室 報道担当
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<東京大学医学部附属病院に関すること>

小岩井(コイワイ)、渡部(ワタベ)
東京大学医学部附属病院 パブリック・リレーションセンター
Tel:03-5800-9188(直通) Fax:03-5800-9193
E-mail:
ホームページ:http://www.h.u-tokyo.ac.jp/

<JST報道担当>

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