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平成23年1月20日

科学技術振興機構(JST)
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北里大学
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株式会社 システムハウス
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世界で初めて生体のOCT3次元立体断層画像を瞬時に表示することに成功

(光照射による生体を傷つけない病理診断へ進展)

JST 産学イノベーション加速事業【先端計測分析技術・機器開発】の一環として、北里大学 大学院医療系研究科の大林 康二 教授と株式会社 システムハウス つくば事業所の池田 練造 所長らの開発チームは、超高速オプティカル・コヒーレンス・トモグラフィー(OCT)注1)装置で撮像される3次元の立体断層画像を、世界で初めて瞬時にかつ連続的に表示できるソフトウェアの開発に成功しました。

OCTは、がんなどの検査として一般的に行われている組織病理検査(バイオプシー注2))に代わり、組織に光を照射することによって、がん化した部分とそうでない部分を非侵襲・非接触で診断を可能とする光バイオプシー装置としての応用が期待されてきています。またOCTは、コンピューター断層撮影(CT)注3)など他の断層画像法に比べて分解能が高いことから、気管支や食道など、人体の器官におけるがんをより早期に発見できる診断法としても期待されています。しかし従来のOCTでは、測定したデーターから3次元立体断層画像表示するために数時間もの処理が必要でした。OCTによる光バイオプシーを実現するためには、測定器を検査したい部位に向けると瞬時に3次元のOCT立体断層画像を表示するソフトウェアの開発が求められていました。

本成果では、開発済みの超高速OCTのプロトタイプ機に超高速処理ソフトウェアとそれを実行するシステムを新たに付加し、超高速OCTの3次元立体断層画像を瞬時かつ連続的に表示することに成功しました。今後は血流の3次元立体実時間表示プログラムなどの付加価値を高めるソフトウェアも開発し、人体診断用の光バイオプシー装置の実用化を目指します。

本開発成果は、2011年1月22日(米国西部時間)から米国のサンフランシスコで開催される生体医用光学会「2011 BIOS SPIE Photonics West」で口頭発表されます。

参考動画URL: https://www.jst.go.jp/pr/announce/20110120-2/FingerSkin.html
https://www.jst.go.jp/pr/announce/20110120-2/Kikan_cut.html

本開発成果は、以下の事業・開発課題によって得られました。

事業名 産学イノベーション加速事業【先端計測分析技術・機器開発】/ソフトウェア開発プログラム
担当開発総括 吉井 淳治(株式会社 国際バイオインフォマティクス研究所 技術顧問)
開発課題名 「光バイオプシー診断における超高速処理ソフトウェアの開発」
チームリーダー 大林 康二(北里大学 大学院医療系研究科 教授)
開発期間 平成21~23年度(予定)

JSTはこのプログラムで、先端的な計測分析機器の実用化ならびに普及を促進するためのソフトウェア開発を行うことを目的としています。

<開発の背景と経緯>

胃液の食道への逆流が繰り返されると食道が荒れてバレット注4)と呼ばれる病気になり、これがさらに悪化すると食道がんになることが知られています。図1は実際にバレットががんまで進行した患者の内視鏡画像ですが、この画像のみではバレットの部分とがんの部分の区別がつきません。そのため従来では、病変部位の小さな組織を多数切り取って染色し、顕微鏡で断面を観察する組織病理検査(バイオプシー)を行うことによって、黄色の矢印で示すようながんとそうでない部位の境界を決定し、がんの部位を切除して治療します。このようなバイオプシー診断には数日かかるうえ、正常な組織も切り取ってしまうという欠点があります。

図1の挿入図は、正常な食道、バレットの食道、がんの食道に光を当てて撮影した2次元OCT断層画像、食道がんの組織を顕微鏡で観察したバイオプシー画像(右下)です。それぞれの部位のOCT画像には特徴があり、これらの状態を互いに区別できることから、OCTを使えば組織を傷つけることなくがんの診断ができます。OCTは組織に光を当てて反射した光を分析することによって3次元立体断層画像を作製し(図2)、従来のバイオプシーと同様の診断を可能とすることから、光バイオプシーと呼ぶことができます。

図3にいろいろな断層画像診断法を示します。現在すでにがんの診断に使われているCT、超音波注5)核磁気共鳴画像法(MRI)注6)ポジトロン断層法(PET)注7)などは組織を切り取らずに診断できる非侵襲的画像診断法です。しかしこれらは分解能が低いため、バイオプシーを行うことはできません。一方OCTは、非侵襲的であるうえに他の方法に比べて分解能が高いので(図3)、光バイオプシーを可能とし、初期のごく小さながんの病巣を見つけ出すことができると期待されています。

しかし、既存のOCTは光を線状に走査して図1に示すような2次元断層画像を繰り返し撮像するために多大な時間がかかり、患者への負担も大きいことから、既存のOCTを用いて小さながんを発見することは事実上不可能です。そこで面状にプローブ光を走査して3次元OCT立体断層画像を測定する方法も開発されてきています。しかしこの方法でも、測定に時間がかかるために対象とする生体が動いて像が歪んでしまうことに加え、測定終了後に数時間かけて3次元立体断層画像を構成しなければなりませんでした。

JSTでは、先端計測分析技術・機器開発事業の要素技術プログラムの開発課題「生体計測用・超侵達度光断層撮影技術」(平成17~20年度)で超高速OCTのプロトタイプ機を開発し、1秒間に60以上の断層画像を撮像した画像を組み合わせて得られる3次元断層画像の超高速撮像(世界最速)に成功するのみに留まらず、生体の動きによる像の歪みの問題も解決しました(2008年5月29日 https://www.jst.go.jp/topics/20080529/)。しかし、取得したデーターを画像・映像化処理する前に超高速OCTのメモリに記憶する必要があり、このメモリの容量に限りがあるため、記憶できる映像の長さは約2.5秒に制限されていました。また動画映像を表示するには、元データーを一時メモリから解析用のコンピューターに移して画像・映像処理を行わなければならないため、約2.5秒の動画を表示するために最短でも約3時間を要していました。

実用化可能な光バイオプシー装置を実現するためには、超高速OCTの3次元立体断層画像を瞬時にかつ連続的に作製・表示する必要があります。この点を解決するためには膨大なデーターを高速に処理する技術の開発が求められていました。

<開発の内容>

本課題では、先に開発したプロトタイプ機を光バイオプシー装置として実用化するために、膨大な測定データーをより高速に転送・画像化することが可能なプログラムを新たに開発し、これをFPGA(Field Programmable Gate Array)注8)という高速処理が可能な素子に書き込んで実行させました(図4)。このソフトウェアを用いれば、超高速OCT装置から毎秒・約5億B(バイト)もの情報を表示用コンピューターに転送できます。この転送速度は、標準のDVDの約360倍の速さです。具体的には、12分の1秒の短時間で取得された縦15mm×横15mm×深さ4mmの3次元立体断層画像の情報(約34MB(メガバイト))を連続的に表示用コンピューターに転送して、表示することを可能にします。また、一つの3次元立体断層画像を作製して表示するためには34MB(メガバイト)のデーターにOCT画像構成のための数値処理をする必要があるため、今まで約3時間も時間を要していましたが、これも飛躍的に短縮して1秒ほどで処理をすることを可能にします。

これらの成果によって、データーを測定するのとほぼ同時(約1秒程度の遅れ)に、連続的に制限時間なく3次元立体断層映像を表示させることが可能になりました。3次元OCT立体断層映像をビデオカメラのように瞬時に連続的に表示することに成功したのは世界で初めてであり、光バイオプシーを実用可能とする技術が確立されました。

また、約3TB(テラバイト、1兆バイト)の記憶装置を使いて標準のDVD約640枚分に相当する100分間の映像の記録も可能になったことから、たくさんの診断結果を記録しなければならない集団検診にも光バイオプシーが利用できるものと期待されます。

本開発のソフトウェアを用いて、人の指の皮膚の3次元OCT立体断層映像を測定しました(図5)。映像はPCの画面上で任意の方向に回転させることができ、映像を指の動きに追随して歪むことなく撮像できます。汗腺が出たり消えたりする変化を時々刻々と観察することも可能です(参考動画URL:https://www.jst.go.jp/pr/announce/20110120-2/FingerSkin.html)。

図6は、摘出した豚の気管の3次元立体断層画像です。診断では、内部の任意の場所の組織が正常であるかどうかを診る必要があります。本開発のソフトウェアを用いれば、診断しているその場で、さまざまな方向から組織を仮想的(バーチャル)に切り取った映像を表示し、内部を調べることができます。この例では単純な平面で切除していますが、実際にはさまざまな形で切除することが可能です(参考動画URL:https://www.jst.go.jp/pr/announce/20110120-2/Kikan_cut.html)。

<今後の展開>

本成果によって、世界で初めて3次元OCT立体断層画像の超高速撮像が可能となりました。この技術により、将来的には手術の過程を立体断層映像としてモニターして記録したり、手術に先だってバーチャルな手術を実時間で行うなどの用途にも期待されます。

今後は血流の測定など付加価値を高めるソフトの開発をさらに進めるとともに、OCT用内視鏡プローブを付加して、光バイオプシー診断装置として実用化を目指します。

<参考図>

図1

図1 OCTによる光バイオプシー

中央の写真は、バレットから食道がんになった患者の内視鏡画像です。組織を切り取って顕微鏡観察するバイオプシー(右下の病理組織画像が一例)によって、黄色の矢印の中の組織ががんであることが診断され、切除手術が行われました。挿入の図は2次元OCT断層画像で、正常、バレット、がんという組織の状態によって明瞭に差があり、生体を切らずにがんの判別ができることが期待されています。

図2

図2 OCTによる3次元立体断層画像作製の原理

  • (a) 光を試料(この図では眼)に当て、後ろに反射された光ともとの光とを重ね合わせて解析を測定すると、(a)の右図のように深さ方向の位置ごとの反射光の強さが求められます。
  • (b) 光を当てる位置を横方向(x方向とする)に少しずつ変えて沢山の位置での深さ方向の反射光の強さを求め、縦軸に反射光の強さ、横軸にx方向を取り、反射光の強さが強いほど白にすると、(b)の右の図のような平面断層画像が得られます。
  • (c) さらに、光を当てる位置をもう一つの横方向(y方向とする)に少しずつ変えていって沢山の平面断層画像を測り、横軸をx方向、縦軸をy方向として反射光の強さを肌色の濃淡で表わすと(c)の右図のような立体断層画像が得られます。立体性を分かりやすく示すため、少し斜めから見た図にしてあります。また、表示を少し透明にし、後の画像も見えるようにし、立体性が見やすくしてあります。
  • (d) 光バイオプシーに用いるOCTの場合、体の中に光ファイバーを使って光を導き、先端の部分に小さな光の偏向ミラーなどを用いて光を内臓の表面で走査し、(a)-(c)で説明した手順に従って立体断層画像を測定し、診断します。
図3

図3 断層画像診断法の比較

バイオプシーは組織を切り取って診断する侵襲的な診断ですが、OCT、CT、超音波、MRI、PETは組織を切り取らずに非侵襲的に診断できます。その中でもOCTは分解能が非常に高いために光バイオプシーが可能で、最も初期のがんを発見することが期待されています。

図4

図4 超高速OCTによる3次元立体断層画像診断装置

装置の模式図を(a)に示します。開発済みのプロトタイプ機(試料、OCT光学系、光分波器、多チャンネル光検出器、(b))に、超高速処理ソフトウェアを実行するシステム(c)を付加しました。これにより、世界で初めてデーターを測定すると瞬時かつ連続的に3次元立体断層画像を表示することに成功しました。

図5

図5 皮膚の3次元立体断層画像

開発したソフトウェアを用いて撮像した、人の指の3次元OCT断層映像です。映像は任意の方向に回転して見ることができ、(a)は指紋を見る方向からの映像で、(b)は汗腺をみる方向からの映像です。縦の細長いものが汗腺の映像で、時々刻々変化する様子が撮像できています。

参考動画URL:https://www.jst.go.jp/pr/announce/20110120-2/FingerSkin.html

図6

図6 仮想的な切り取りによる組織内部の実時間診断

開発したソフトウェアを用いると、組織の一部をバーチャルに切り取って任意の場所の断層画像を表に出して診断できます。この図は豚の摘出した気管の立体断層画像で、手前右側の側面をバーチャルに切り取っていくと、断層画像は(a)から(b)、(c)のように変化します。

参考動画URL:https://www.jst.go.jp/pr/announce/20110120-2/Kikan_cut.html

<用語解説>

注1) オプティカル・コヒーレンス・トモグラフィー(OCT:Optical Coherence Tomography)
光を生体などに照射し、反射された光の干渉を利用して検出して生体などの内部構造を撮像する方法。
注2) バイオプシー
病変と疑われる部位の組織を採取し顕微鏡で観察することによって、病気の診断を行う臨床検査の1つ。組織病理検査、生体組織診断、生検とも呼ばれる。
注3) コンピューター断層撮影(CT:Computed Tomography)
X線で物体を走査して得られる信号を、コンピューターを用いて処理することにより物体の内部画像を構成する技術。
注4) バレット
食道の粘膜は扁平上皮という粘膜で、胃は円柱上皮という別の粘膜で覆われている。バレット食道とは、食道下部の粘膜が、胃から連続して同じ円柱上皮に置き換えられている状態のこと。
注5) 超音波
超音波検査の略で、超音波を対象物に当ててその反響を映像化する画像検査法のこと。
注6) 核磁気共鳴画像法(MRI:Magnetic Resonance Imaging)
核磁気共鳴現象を利用して生体内の内部の情報を画像にする方法。
注7) ポジトロン断層法(PET:Positron Emission Tomography)
グルコースなどを、ポジトロンが消滅してガンマ線を放出する原子でラベルすると、がんの部位に集まり信号を発することを利用してがんの位置を特定する方法。
注8) FPGA(Field Programmable Gate Array)
現場(Field)で、書き換え可能な論理ゲートを格子(Array)状に並べた素子のこと。

<論文名>

“Ultra-high speed real-time 4D display system installed in ultra-high speed parallel OCT system at a volume rate of 12 volumes/sec”
(1秒当たり12体積表示可能な超高速並列OCTに組み込まれた超高速実時間4次元表示システム)

<お問い合わせ先>

<開発内容に関すること>

大林 康二(オオバヤシ コウジ)
北里大学 大学院医療系研究科 教授
〒252-0373 神奈川県相模原市南区北里1-15-1
Tel:042-778-7502 Fax:042-778-7502
E-mail:

<JSTの事業に関すること>

安藤 利夫(アンドウ トシオ)
科学技術振興機構 産学基礎基盤推進部(先端計測分析技術・機器開発担当)
〒102-0075 東京都千代田区三番町5 三番町ビル
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