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平成22年12月15日

科学技術振興機構(JST)
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国立精神・神経医療研究センター
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手の巧みな動きを制御する脊髄神経経路を発見

−新たなリハビリ開発に手掛かり−

JST 課題解決型基礎研究の一環として、国立精神・神経医療研究センター 神経研究所 モデル動物開発研究部の関 和彦 部長らは、脊髄の中に手の巧みな運動を制御する独自の神経経路があることを明らかにしました。

人が体を動かす時、脳の大脳皮質の運動野と呼ばれる部位が複雑な制御をしていると考えられています。指の筋肉についても同様です。例えば、何か物を「つまむ」という動作にはとてもきめ細やかな制御が必要ですが、従来、大脳皮質の運動野がこれを制御していると考えられてきました。しかし、大脳皮質の機能が成熟していない乳児でも反射的に物を握ることができます。この点にヒントを得て、関部長らは「大脳皮質以外にも、つまみ動作をコントロールしている部分があるはずだ」と仮説を立て、研究を行ってきました。そのために、麻酔をかけていない覚醒下で、ほ乳類から脊髄の神経活動を記録する技術を新たに開発しました。そして今回、つまみ運動を行っているサルの脊髄から神経の活動を記録することに世界で初めて成功し、その神経活動と指の筋活動の相関解析から、脊髄にはいくつかの指の動きを協調させている神経が多数存在することを発見しました。この神経群の存在は、大脳皮質を中心にして行われてきたこれまでの研究からは予想もできないものでした。いくつもの指の動きを協調させることは、ピアノの演奏やキーボードの操作など複雑な手の動きを巧みに操るために重要な機能だと考えられます。

今回の研究成果は今後、新しい運動機能の再建技術を開発する基礎になるものと期待され、四肢麻痺などの患者の手の機能を再建する技術やリハビリテーション方法の開発に役立つ可能性があります。例えば、脊髄に刺激電極を埋め込み、電気刺激を与えることによって、麻痺側の指を人工的に協調させて動かすようなことが考えられます。

本研究成果は、国立精神・神経医療研究センター 神経研究所 モデル動物開発研究部の武井 智彦 研究員とともに、自然科学研究機構 生理学研究所と行った共同研究によって得られ、2010年12月15日(米国東部時間)発行の米国科学雑誌「The Journal of Neuroscience」に掲載されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)

研究領域 「脳情報の解読と制御」
(研究総括:川人 光男 (株)国際電気通信基礎技術研究所 脳情報通信総合研究所 所長/ATR フェロー)
研究課題名 「感覚帰還信号が内包する運動指令成分の抽出と利用」
研究者 関 和彦(国立精神・神経医療研究センター 神経研究所 モデル動物開発研究部 部長/元 自然科学研究機構 生理学研究所 助教)
研究実施場所 国立精神・神経医療研究センター 神経研究所
研究期間 平成21年10月〜平成27年3月

JSTはこの領域で、運動や判断を行っている際の脳内情報を解読し、外部機器や身体補助具などを制御するブレイン・マシン・インターフェイス(BMI)を開発し、障害などにより制限されている人間の身体機能を回復するための従来にない革新的な要素技術の創出に貢献する研究を支援しています。

上記研究課題では、運動することに生ずる感覚が、自分の脊髄の神経回路に戻ることにより、筋肉が駆動されるメカニズムを研究し、外部から感覚帰還信号を強化することによって損傷脳の運動制御を支援し、リハビリテーションを促進する方法を開発する基礎を築くための研究を行っています。

<研究の背景と経緯>

「物をつまむ」などの手の細かな動作は、人やサルなど高度に進化した動物のみが行うことができます。また、進化の過程で人やサルの大脳皮質の機能は大きく広がってきたために「つまむ運動」は「大脳皮質」が制御していると考えられ、実際に大脳皮質の神経細胞が指の筋肉を支配する運動神経を直接支配していることが実験的に示されてきました。

しかし、大脳皮質があまり発達していない赤ちゃんでも、物をつまむ動作はできます。有名な例は乳児の「把握反射」です。これらの点から、関部長らは「大脳皮質以外にも手の運動神経を直接支配してつまみ動作をコントロールしている部分があるはずだ」と予想しました。

臨床的には、四肢麻痺患者に「最も取り戻したい機能」について聞いたアンケート(参考論文)の結果、第1位は手の機能だったという報告があります。しかし、手は27個もの筋肉から構成される複雑な構造であり、さらに大脳皮質から指への直接制御が重要と考えられていたため、脊髄損傷などでつながりが断たれた患者の手の運動を再建するために有効な方法は存在しませんでした。

<研究の内容>

関部長らは、脳と運動神経をつなぐ働きをしている脊髄介在神経に注目。サルがレバーを「つまむ運動」をしている際中に、この脊髄介在神経がどのように活動しているのかを記録することに世界で初めて成功しました(図1)。さらに、指の運動に関わる筋肉の活動を記録することで、脊髄介在神経の活動が筋肉の活動にどのような影響を及ぼすのかを解析しました。その結果、今回記録した多くの脊髄介在神経は一つ一つの筋肉をコントロールしているのではなく、複数の指の筋肉を協調させて活動させていることが明らかになりました(図2)。これは、脊髄介在神経が大脳皮質からの神経活動をそのまま運動神経に伝えるだけの単純な中継点なのではなく、筋肉を協調させるという複雑な役割を持つことを示しています。

このような脊髄介在神経は、複雑な手の運動を効率良く行うために重要なのではないかと考えられます。例えば、図2の介在神経Aは複数の指を曲げる筋肉を活動させる働きを持っており、このような介在神経が活動することで複数の指を協調させて物をつまむ運動を引き起こせる可能性が考えられます。今回の実験結果から、手の運動の際の「指の組み合わせ」が脊髄介在神経によって作られているのではないかという新たな仮説を導くことができました。

<今後の展開>

本研究によって、大脳皮質が直接運動神経を活動させているだけではなく、脊髄介在神経を介した神経経路によっても手の運動がコントロールされていることが明らかになりました。今後は複数の「つまみ運動」の中枢がどのように協力して手の複雑な動きを生み出しているのかに関する研究が盛んに行われるものと予想されます。またこの研究結果は、脳梗塞や上位頚髄損傷など、大脳皮質から下位頚髄間に障害を持つ患者の手の機能を再建する技術の開発に役立つ可能性があります。例えば、脊髄に刺激電極を埋め込み、電気刺激を与えることによって、さまざまな手の動作を引き起こす研究も開始しており、5年後には人に応用する基盤技術の確立を目指しています。このような刺激を患者自身の脳が操るBMIという技術と併用して、完全麻痺の患者でも「自分の意志で、自分の手を」操る研究の進展が期待されます。また、脊髄は反射の中枢でもあることから、皮膚や筋肉を刺激して有効な脊髄反射を引き起こし、麻痺した手や指の機能回復を促進するリハビリテーション方法の開発なども期待されます。

<参考図>

図1

図1 把握運動を引き起こす脊髄介在神経の働き方の仮説

脊髄介在神経(緑円)は、大脳皮質や脳幹からの下行性運動指令や末梢からの感覚入力を受けて、運動神経(赤円)に出力している。この脊髄介在神経が、個々の筋肉の活動をコントロールしているのか(仮説1)、それとも複数の筋肉の活動を協調させるような効果を持っているのか(仮説2)は分からなかった。

図2

図2 脊髄介在神経が指の筋肉の活動を増加させている様子

介在神経の活動を記録して(最上段)、同時に記録した指の筋肉の活動を数千回足し合わせると、個々の介在神経が引き起こす筋肉の活動を調べることができる。ここに例示した2つの介在神経は、複数の指の筋肉を同時に活動させていることが分かる。右の図は、介在神経AとBが筋肉の活動を増加させている様子を示した図。仮説2のように個々の介在神経がいくつかの指の筋肉を協調させていることが判明した。

<論文名>

“Spinal interneurons facilitate coactivation of hand muscles during a precision grip task in monkeys”
(脊髄介在ニューロンはサル精密把握運動における手筋肉の共活動を促進する)
doi: 10.1523/JNEUROSCI.4297-10.2010

<参考論文>

“Targeting recovery: Priorities of the spinal cord- injured population”
Anderson K D
J Neurotrauma 21, 1371-1383 (2004).

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

関 和彦(セキ カズヒコ)
国立精神・神経医療研究センター 神経研究所 モデル動物開発研究部 部長
〒187-8502 東京都小平市小川東町4−1−1
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<JSTの事業に関すること>

原口 亮治(ハラグチ リョウジ)
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<報道担当>

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小泉 周(コイズミ アマネ)
自然科学研究機構 生理学研究所 広報展開推進室 准教授
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