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平成22年12月2日

科学技術振興機構(JST)
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九州大学
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肝臓における脂肪代謝の新たな制御機構を解明

(メタボリック症候群における脂肪肝に対する治療への応用に期待)

JST 課題解決型基礎研究の一環として、九州大学 生体防御医学研究所の中山 敬一 教授らは、肝臓における中性脂肪注1)の合成が、ユビキチン化酵素注2)であるFbxw7(エフ・ビー・エックス・ダブリュー・セブン)によって恒常的に制御されていることを明らかにしました。

Fbxw7は、これまで色々ながん遺伝子たんぱく質注3)を分解する「がん抑制遺伝子注4)」として知られていましたが、一方で、脂肪合成に重要な役割を担っているSREBPというたんぱく質の分解にも関わることが最近の報告で示唆されていました。しかし、実際にFbxw7が生体内でどのように脂肪代謝に関わっているかを調べた研究はこれまでありませんでした。

そこで本研究チームは、肝細胞におけるFbxw7の役割について研究を行いました。マウスの肝臓から人工的にFbxw7を消失させると、わずか3週間で激しい脂肪肝が発症し、その後は脂肪肝炎や肝線維症につながることが分かりました。この異常は、人間のメタボリック症候群注5)の患者で起こる肝臓の病変である非アルコール性脂肪肝炎(NASH)注6)とよく似ています。その原因は、Fbxw7が欠損しているために、中性脂肪の合成を司るSREBPたんぱく質がマウスの肝臓で異常に蓄積していることでした。つまり、正常状態ではFbxw7がSREBPたんぱく質を恒常的に分解することでこれを低いレベルに抑え、肝細胞での過剰な中性脂肪の合成を抑制していたのです。また本研究では、Fbxw7はNotchというたんぱく質を分解することで、肝細胞の正常な分化を導く役割を担っていることも明らかにしました。

本研究はFbxw7が肝臓における中性脂肪の合成を生体内で恒常的に制御していることを示した初めての報告であり、今後、その機能を制御することで脂肪肝や脂肪肝炎に対する治療への応用が期待されます。

本研究成果は、2010年12月1日(米国東部時間)に米国科学雑誌「The Journal of Clinical Investigation」のオンライン速報版で公開されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)

研究領域 「生命システムの動作原理と基盤技術」
(研究総括:中西 重忠 (財)大阪バイオサイエンス研究所 所長)
研究課題名 「ユビキチンシステムの網羅的解析基盤の創出」
研究代表者 中山 敬一(九州大学 生体防御医学研究所 教授)
研究期間 平成19年10月~平成25年3月

JSTはこの領域で、生命システムの動作原理の解明を目指して、新しい視点に立った解析基盤技術を創出し、生体の多様な機能分子の相互作用と作用機序を統合的に解析して、動的な生体情報の発現における基本原理の理解を目標としています。上記研究課題では、細胞分裂、DNA修飾、たんぱく質の品質管理など重要な生命現象を調節するユビキチンシステムについて、遺伝学とプロテオミクスを組み合わせた新しい方法によって網羅的に解析し、システムの全体像を解明することを目指しています。

<研究の背景と経緯>

ユビキチン化酵素Fbxw7はこれまで、色々ながん遺伝子たんぱく質を分解することによって、生体内でがんを抑える「がん抑制遺伝子」として重要な機能を果たしていることが知られていました。実際、多くのヒト悪性腫瘍でFbxw7の変異が報告されており、また、胸腺や骨髄でFbxw7を持たないマウスを作製すると、胸腺リンパ腫や白血病などの悪性腫瘍を引き起こします。

一方で最近の研究から、脂肪の合成に重要なSREBPというたんぱく質をFbxw7が分解することが示されました。しかし、生体内で主に脂肪合成を担っている肝臓では、SREBP以外にもさまざまなたんぱく質が複雑に脂肪合成に関わっており、Fbxw7が肝細胞における脂肪合成にどのような役割を果たしているのかは全く分かっていませんでした。そこで本研究はFbxw7が生体の肝臓における脂質代謝にどのような役割を果たしているのかを明らかにする目的で実験が始まりました。

<研究の内容>

本研究チームは、Fbxw7を肝臓特異的に欠損したマウス注7)を作製して解析を行いました。その結果、肝臓からFbxw7がなくなるとわずか3週間で肝臓に中性脂肪が顕著に蓄積し、脂肪肝を発症することが分かりました(図1)。さらに、このマウスを長期的に観察するとやがて脂肪肝炎が起こり、ついには肝線維化へとつながることが明らかとなりました。この状態は人間のメタボリック症候群の患者に見られる異常(NASH)とよく似ています。

脂肪肝発症のメカニズムを探るため、肝臓で脂質代謝に関わる種々のたんぱく質の発現量を調べたところ、SREBPというたんぱく質がFbxw7を欠損した肝臓で異常に蓄積していました。つまり上記の実験結果は、正常な状態ではFbxw7が肝臓において恒常的にSREBPたんぱく質を分解し、このたんぱく質の量を低く抑えることによって、過剰な脂肪合成を抑制する役割を担っていることを示しています。

また、肝臓では肝芽細胞注8)と呼ばれる未分化な細胞から肝細胞と胆管細胞が作り出され、肝臓の恒常性維持に寄与していますが、Fbxw7を欠損した肝臓では、肝芽細胞の分化が胆管細胞へと大きく歪められてしまい、胆管領域が異常に増生した肝過誤腫という良性腫瘍が発生します(図2)。この現象について詳しく調べてみると、Fbxw7がなくなることで、さまざまな臓器において細胞の分化に重要な役割を持つNotchというたんぱく質を分解できなくなり、これが異常に蓄積してしまうことが原因であることが分かりました。

以上のように、本研究ではFbxw7が肝臓において、SREBPたんぱく質の分解を介した脂肪合成の制御(図3)と、Notchたんぱく質の分解を介した肝芽細胞の分化制御に極めて深く関わっていることを見いだしました。このことはFbxw7が肝臓の恒常性維持に非常に重要な役割を果たしていることを示しています。

これまでFbxw7というたんぱく質はがん抑制遺伝子としての機能ばかりが注目されてきましたが、本研究ではこの分子が生体内において脂質代謝や細胞分化の制御に関わっていることを明らかにしており、今後さらなる研究の進展が注目されます。

<今後の展開>

今回、肝臓においてFbxw7による中性脂肪合成と細胞分化の制御機構が解明され、どのような生理学的役割を担っているのかを明らかにしました。

肝臓においてユビキチンシステムが非常に重要であることはさまざまな実験データから示されており、「ユビキチン化酵素と分解の標的たんぱく質との関係」を解明するために、本研究成果は非常に有用な指標となります。

また、脂肪合成制御に関して、Fbxw7は短時間で強い影響を示すことから、今後は、Fbxw7の機能を制御することで人間のメタボリック症候群の肝臓における中心的な病変である脂肪肝や脂肪肝炎に対する治療への応用が期待されます。

<参考図>

図1

図1 Fbxw7欠損3週間後の肝臓

マウスの肝臓からFbxw7がなくなると、わずか3週間で激しい脂肪肝が引き起こされます。Fbxw7を欠損した肝臓の外観は、脂肪が蓄積するために正常マウスの肝臓より色が薄くなり、また顕微鏡で調べるとH&E染色で白く抜けて見える部分(脂肪が蓄積している)が著しく増えています(上)。このことは、脂肪染色(脂肪を赤く染める)によってよりはっきりと分かります(下)。

図2

図2 Fbxw7欠損50週間後の肝臓

マウスの肝臓からFbxw7をなくして1年近く経過すると、脂肪肝炎による肝線維化の進行とともに、Notchたんぱく質の異常蓄積に起因する肝芽細胞の分化異常のため肝過誤腫が発生します。

図3

図3 Fbxw7による脂肪合成の制御

今回の研究で、肝臓においてFbxw7がSREBPという脂肪合成の指令を出すたんぱく質を分解して脂肪合成の量を制御していることが明らかとなりました。Fbxw7の機能をコントロールすることで脂肪合成の量を調節できる可能性が高く、将来的には脂肪肝や脂肪肝炎に対する治療への応用が期待されます。

<用語解説>

注1) 中性脂肪
中性脂肪は生体内でエネルギーを貯蔵する物質であると考えられています。適度な量の中性脂肪は生命活動に必要ですが、食べ過ぎ、飲み過ぎの状態が続くと肝臓で中性脂肪が過剰に作られ、脂肪肝や高脂血症へとつながり、最終的には動脈硬化の一因となることが知られています。
注2) ユビキチン化酵素
ある特定の機能を持つたんぱく質がその役目を終えた後も細胞内に留まると、その細胞にとって有害となることがあります。そこで、そのようなたんぱく質にはユビキチンという小さな分子を付加して、不要であることの目印とします。ユビキチンを付加されたたんぱく質は分解されてしまいます。この不要なたんぱく質にユビキチンを付加する役目を担うたんぱく質がユビキチン化酵素です。Fbxw7もこのユビキチン化酵素の1つです。
注3) がん遺伝子たんぱく質
がんの発生、進展に関わる遺伝子から作られるたんぱく質のことです。多くのがん遺伝子は元来、正常細胞が増殖するための手助けをしていますが、その機能が過剰になってしまうと細胞が無秩序に増殖して「がん」となります。
注4) がん抑制遺伝子
がん抑制遺伝子から作られるたんぱく質の多くは、細胞が増殖するのを抑制したり、遺伝子が傷ついた時にそれを修復する役割を担っています。がん抑制遺伝子が正常に働かなくなると、無制限に細胞が増殖したり、遺伝子が傷ついたままとなり、がんが発生します。
注5) メタボリック症候群
内臓脂肪型肥満(内臓肥満・腹部肥満)に高血糖・高血圧・高脂血症のうち2つ以上を合併した状態を言います。特に肝臓では中性脂肪が過剰に蓄積し、肝細胞の30%以上が脂肪細胞で占められたものを脂肪肝と呼びます。それが進むと、非アルコール性脂肪肝炎(NASH)になると言われています。
注6) 非アルコール性脂肪肝炎(NASH)
飲酒が原因でない脂肪肝の一部に、肝実質に壊死・炎症・線維化が起こった病態のことで、肝硬変、肝細胞がんに進展する例があります。
注7) 肝臓特異的に欠損したマウス
近年、マウスに対する遺伝子操作の技術が進歩し、ある特定の臓器の細胞でのみ(特異的に)目的の遺伝子の機能を欠損させることができます。今回の研究では肝臓の細胞でのみFbxw7の機能を欠損させています。
注8) 肝芽細胞
肝臓を構成している肝細胞と胆管細胞は、肝芽細胞という未分化な細胞から作られます。肝芽細胞から新たに作られた肝細胞と胆管細胞は少しずつ、古い細胞と入れ替わり、肝臓の恒常性維持に貢献しています。

<論文名>

“Fbxw7 regulates lipid metabolism and cell fate decisions in the mouse liver”
(Fbxw7はマウスの肝臓において脂質代謝と細胞分化決定を制御する)
doi: 10.1172/JCI40725

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

中山 敬一(ナカヤマ ケイイチ)
九州大学 生体防御医学研究所 分子医科学分野 教授
〒812-8582 福岡県福岡市東区馬出3-1-1
Tel:092-642-6815 Fax:092-642-6819
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<JSTの事業に関すること>

長田 直樹(ナガタ ナオキ)
科学技術振興機構 イノベーション推進本部 研究領域総合運営部
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