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平成22年11月17日

科学技術振興機構(JST)
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名古屋大学
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水を使って絶縁体から効率のよい熱電材料を作ることに成功

−希少・毒性金属を含まない安価・簡便な熱電材料創製に新たな道−

JST 課題解決型基礎研究の一環として、名古屋大学 大学院工学研究科の太田 裕道 准教授らは、「水」の電気分解を利用し、安くてありふれた絶縁体酸化物表面を大きな熱電効果注1)を示す金属へ変えることに成功しました。

熱電材料は熱を電気に変換することができることから、エンジンの排熱を利用して発電するハイブリッド自動車などへの応用が期待されています。しかし、従来の熱電材料は、ビスマス、アンチモン、鉛、テルルといった希少・毒性金属などを含むことが問題であり、太田准教授らは、それらの金属を含まない新しい熱電材料の開発を行っています。2007年には約900度の高温で人工的に原子を積み重ねて人工宝石として知られるありふれた酸化物「チタン酸ストロンチウム」を使った熱電材料の開発に成功しましたが、その手法では製造コストが極めて高く、実用化に適さないという問題がありました。

今回、大量に「水」を含んだ多孔質C12A7ガラス注2)を新規に開発し、それぞれの孔に含まれる水を熱電材料製造に応用しました。この「水」を含んだ多孔質C12A7ガラスを金属チタンとチタン酸ストロンチウム注3)に挟んで電圧を加えると、水の電気分解によって絶縁体のはずのチタン酸ストロンチウムの表面に、厚さ3nm(ナノは10億分の1)以下の極めて薄い金属チタン酸ストロンチウムが生成し、通常の金属チタン酸ストロンチウムに対して4−5倍高い電圧を示すことから、従来の熱電材料の約2倍の熱電性能が期待できます。

本手法は、室温で「水」の電気分解を行うだけという極めて簡便かつ安価ででき、材料であるチタン酸ストロンチウムは環境に優しい安全な酸化物であることから、真に実用可能な熱電材料の創製手法として期待されます。将来的に本手法を応用した熱電材料が廃熱を利用した発電プロセスなどに利用されることで、低炭素社会の実現にも貢献できるものと言えます。また、電子材料における「水」を利用する本手法は、新たな電子デバイス創製の道を開くものと期待されます。

本研究成果は、2010年11月16日(英国時間)に英国科学雑誌「Nature Communications」のオンライン速報版で公開されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)

研究領域 「ナノ製造技術の探索と展開」
(研究総括:横山 直樹 産業技術総合研究所 連携研究体 グリーン・ナノエレクトロニクスセンター 連携研究体長/株式会社 富士通研究所 フェロー)
研究課題名 「電界誘起二次元伝導層の熱起電力と制御」
研究者 太田 裕道(名古屋大学 大学院工学研究科 准教授)
研究実施場所 名古屋大学 大学院工学研究科 高等総合研究館
研究期間 平成20年10月〜平成24年3月

JSTはこの領域で、ナノテクノロジーの本格的な実用化時期に必須となる「ナノ製造技術」の基盤を提供することを目的としています。

研究の背景と経緯

私たちの生活で日常的に使われるエネルギーの大部分は、廃熱として活用されないまま環境に放出されています。その量は一次供給エネルギーのおよそ3分の2に及ぶと言われています。このように排出される廃熱を電気に変えることができる熱電材料は、温度差を与えると発電し(ゼーベック効果)、逆に、電気を流すと冷える(ペルチェ効果)という性質を示すことから、発電素子や冷却素子としての利用が可能です。現在の熱電材料は、一般的にビスマス、アンチモン、鉛、テルルなどの重金属からなる化合物であり、地球上における埋蔵量が少なく、毒性が強く、耐熱性が低いといった諸問題があるため、応用範囲が限られています。こうした背景から近年、入手が容易で、耐熱性が高く、毒性がない酸化物であるチタン酸ストロンチウムが熱電材料として注目されています。

2007年1月に、名古屋大学 大学院工学研究科の太田 裕道 准教授らは、ありふれた絶縁体として知られるチタン酸ストロンチウムにニオブを混ぜ込むことで金属とし、これを厚さ0.4nmの極薄シートにすることで従来の重金属の2倍の熱電性能を達成しました。この極薄金属チタン酸ストロンチウムはビスマス、アンチモン、鉛、テルルといった希少・毒性金属などを使用することなく廃熱を電気に変える熱電材料として大いに期待されていますが、900度の高温で人工的に原子を積み重ねる手法は製造コストが極めて高く、実用化できないという問題がありました。

低コストで簡便に極薄金属チタン酸ストロンチウムを作製し、実用化への道を切り開くため、太田准教授らはトランジスターに利用される電界効果注4)によって熱電性能の高い極薄金属チタン酸ストロンチウムの創製に2008年10月から精力的に取り組みました。具体的には、絶縁体チタン酸ストロンチウムの表面にゲート誘電体と呼ばれる絶縁体を堆積させ、その上に金属電極を形成して電圧を加えました。こうしてチタン酸ストロンチウムの表面に電子を引き寄せることで極薄金属チタン酸ストロンチウムの作製を試みました(図1c)。しかし、電界効果で引き寄せられる電子数が不十分で、電子の層の厚さを十分に薄くすることができないため、高い熱電効果は観測されませんでした(参考論文)。

研究内容

絶縁体チタン酸ストロンチウムの表面に強力に電子を引き寄せるため試行錯誤した結果、本研究では、「水」の電気分解(図1)を利用することで簡単でかつ安価に大きな熱電効果を示す極薄金属チタン酸ストロンチウムを作製することに成功しました。

もちろん、「水」は全ての生命体にとって当然必要不可欠な物質であるとともに、工業的にも冷却(ラジエター)、溶媒(電池の電解液)、圧力媒体(水力発電)として広く利用されていますが、これまで「電子活性材料」として利用されることはありませんでした。

水の電気分解では、水中に入れた2枚の金属板に電圧を加えることで水を水素と酸素に分解します(図1a)。純粋な水はほとんど電気を通さない絶縁体)ですが、1.23ボルト以上の電圧を加えると、HイオンとOHイオンが生成し、2枚の金属電極表面でそれぞれ水素と酸素に変化します。HイオンとOHイオンは酸化物にとってそれぞれ強力な還元剤/酸化剤として作用し、強い電子吸引性/電子供与性を示します。すなわち、対象が「酸化物」であれば、電子活性材料として「水」が利用できると考えられます。しかし、例えばチタン酸ストロンチウムのように、よく知られている酸化物の多くは絶縁体なので、金属電極の代わりに酸化物を電極としてそのまま使っても当然水の電気分解はできません(図1b)。そこで、ゲート誘電体による電界効果によって絶縁体チタン酸ストロンチウム表面をわずかに電気が通る状態にしてから水の電気分解を行いました。

具体的には、「水」として、スポンジのように水を吸い込んだ多孔質C12A7ガラスを用いました(図2a)。C12A7はアルミナセメントの構成成分として知られ、極めて資源が豊富で価格の安い物質です。従来、多孔質C12A7ガラスは、1300度の高温でC12A7を溶融させ、それを酸素中で冷却して作られていましたが、本研究では室温で多孔質C12A7ガラスを作製する手法を見いだしました。まず、室温の真空容器内にC12A7の塊を入れておき、そこに酸素ガスを加えて圧力を3〜8パスカルにします。次に、C12A7の塊にレーザー光を照射してC12A7を弾き飛ばすことで薄膜化します。このように、非常に簡便・安価なプロセスで、直径約10nm、体積分率40%ほどのナノ孔を含む多孔質C12A7ガラスが得られます(図2b、c)。この多孔質C12A7ガラスは水との親和性が良く、雰囲気にある水分(湿気)を毛細管現象によって自然に吸い込み、ナノ孔が水で満たされることが分かりました(図3)。

この多孔質C12A7ガラスを絶縁体であるチタン酸ストロンチウムの単結晶上に厚さ200nm堆積させ、さらに金属チタンを蒸着した後、金属チタンとチタン酸ストロンチウムの間に電圧を加えたところ、小さな電圧で絶縁体チタン酸ストロンチウムがわずかに電気を通すようになり(C12A7ガラスの電界効果)、さらに大きな電圧を加えたところ多孔質C12A7ガラス中の「水」の電気分解が起こり、金属並みに電気が通るようになりました(図4)。この電気分解によって生成するHイオンとOHイオンは電圧の極性に応じてそれぞれの電極に引きつけられます。チタン酸ストロンチウムにとってHイオンは強力な還元剤として、OHイオンは酸化剤として作用するので、Hイオンが近づくとチタン酸ストロンチウムは金属になり、逆にOHイオンが近づくと絶縁体に戻ることが分かりました。

本手法によって得られる金属がバルク注5)の数倍大きな熱電効果を示すことも分かりました(図5)。金属チタンとチタン酸ストロンチウムの間の電圧を大きくすると、チタン酸ストロンチウムの表面に電子が溜まり、熱電能(ゼーベック係数)の絶対値がいったん減少しますが、さらに大きな電圧を加えると熱電能の絶対値が上昇することが分かりました。この大きな熱電効果の起源は明確ではありませんが、2007年1月に発見した厚さ0.4nmのチタン酸ストロンチウムの大きな熱電効果と同様に、水の電気分解によって生成する極薄の金属層が鍵となっています。この極薄金属層の熱電性能は、従来のビスマス、アンチモン、鉛、テルルといった希少・毒性金属などを使用した熱電材料の約2倍(極薄金属層のみ、室温の性能指数として)と見積もられます(図6)。従来の極薄金属層の作製手法では約900度の高温で人工的に原子を積み重ねる必要があり、そのため製造コストが極めて高く、実用化できないという問題がありました。しかし、今回の手法により、室温で「水」の電気分解を行うだけという極めて簡単でかつ安価に絶縁体表面を熱電材料に変えることが可能となり、実用化に向けて大きく前進しました。

今後の展開

ありふれた絶縁体を用いた、安価で簡便な熱電発電素子、熱電冷却素子、赤外線センサーなどへの応用発展が大いに期待でき、地球環境を踏まえた省エネルギー・低炭素社会の実現にも貢献できるものと言えます。本研究の多孔質C12A7ガラスを用いることで「水」の電子活性が利用できることが分かりました。これにより、また、多孔質C12A7ガラスそのものを固体電解質として用いた極薄二次電池や、「水」の中に電解質となる塩を混ぜることで高速動作が可能なエレクトロクロミック素子が実現できると考えられ、これをスマートウィンドウなどへ応用展開することで空調などの消費電力削減につながります。

付記

本研究成果は、東京工業大学の細野 秀雄 教授、東京大学の幾原 雄一 教授らとの共同研究によって得られました。

<参考図>

図1

図1 水の電気分解によるチタン酸ストロンチウム表面の金属化

  • (a) 水の電気分解では、水中に入れた2枚の金属板に電圧を加えることで水を水素と酸素に分解します。
  • (b) 金属電極の代わりに絶縁体酸化物を電極としてそのまま使っても電圧がかからないので水の電気分解は起こりません。
  • (c) チタン酸ストロンチウム表面にゲート絶縁体を堆積させ、電圧を加えることで、チタン酸ストロンチウム表面はわずかに電気が通るようになります(電界効果)。
  • (d) 本研究の多孔質C12A7ガラスを絶縁体チタン酸ストロンチウム上に堆積させて電圧を加えると、電界効果によってわずかに電気が通るようになったチタン酸ストロンチウムが水の電気分解用の電極となり、多孔質C12A7ガラス中の水が電気分解します。電気分解で生成したHイオンがチタン酸ストロンチウム表面を金属化します。
図2

図2 多孔質C12A7ガラス

  • (a) スポンジのように水を吸い込んだ多孔質C12A7ガラスを、金属チタンとチタン酸ストロンチウムで挟んだ構造(電界効果トランジスター構造)。
  • (b) 多孔性C12A7ガラスの電子顕微鏡像には白っぽいスポット(孔)が多数見られます。
  • (c) 走査型透過電子顕微鏡(暗視野)像には直径約10nmの暗いスポット(孔)が見られます。
図3

図3 水を吸い込んだ多孔質C12A7ガラス

昇温脱離試験(TDS)の結果、孔の中身は全て水であることが分かりました。例えば、体積比30%の孔は水分30%に相当します。

図4

図4 チタン酸ストロンチウムのシート伝導度(シート抵抗の逆数)の電圧依存性

イオンの寄与を示す反時計回りのヒステリシスループが見られます。正電圧ではHイオンが近づくためチタン酸ストロンチウムは金属になり、逆に負電圧ではOHイオンが近づくため絶縁体に戻ります(実際の素子サイズはL/W=400/400ミクロン、ドレイン電圧+1V、図中の数字は電圧印加の順番を表します)。ゲート誘電体を用いる電界効果の限界を1桁以上超える電流が流れることが分かります。

図5

図5 チタン酸ストロンチウムの熱電能(=ゼーベック係数)とシート抵抗の電圧依存性

金属チタン−チタン酸ストロンチウム間電圧の増加に伴って、シート抵抗は減少し続けます。熱電能の絶対値もいったん減少する傾向を示しますが、26V以上の電圧でV字回復することが分かります。電子濃度が増加しているにも関わらず熱電能の絶対値が増加する現象は2007年1月に太田准教授らが英国科学雑誌「Nature Materials」で発表した厚さ0.4nmのチタン酸ストロンチウムの大きな熱電効果によく似ています。この大きな熱電効果の起源は明確ではありませんが、水の電気分解によって生成する極薄の金属層が鍵となっています。

図6

図6 熱電材料の構造、熱電特性、資源、毒性、作製手法の比較表

テルル化ビスマスに代表される従来の重金属熱電材料は、すでにペルチェ素子などとして実用化されるなど熱電特性は優れていますが、資源が少なく、毒性があるという点で実用化が限定的です。2007年1月に太田准教授らが発見した厚さ0.4nmの極薄金属シートは、資源が豊富で毒性がなく、バルクの5倍の熱起電力、重金属の約2倍の性能を示しますが、900度の高温で人工的に原子を積み重ねるという従来の手法では実用化が不可能でした。今回の極薄金属シートは、絶縁体の上に多孔質ガラスを室温で形成し、僅かな電流で電気分解するだけという安価で簡便な手法で作製することができ、人工的に積み重ねたものとほぼ同じ性能を示すので、実用的な熱電材料の創製手法として期待されます。

<用語解説>

注1) 熱電効果
金属や半導体の棒の両端に温度差を与えることによって電圧が発生することです。温度差1度あたりの熱起電力は熱電能(=ゼーベック係数)と呼ばれ、熱電材料の性能を示す因子の1つであり、電池における電圧に相当します。
注2) 多孔質C12A7ガラス
溶融させたC12A7(化学式12CaO・7Al)を酸素中で急冷することで得られる、大量の気泡を含むC12A7ガラスのこと。1987年に東京工業大学の細野 秀雄 教授らによってはじめて多孔質C12A7ガラスの作製方法が発表されました。なお、細野教授らによって電気伝導性が報告されたC12A7結晶は、本研究の多孔質C12A7ガラスとは異なり、結晶構造中にかご状構造が含まれています。C12A7は極めて安価なアルミナセメントの主成分として知られています。
注3) チタン酸ストロンチウム
人工宝石としても知られるペロブスカイト型(単位格子0.4nm)の酸化物結晶です。元々は電気を通さない絶縁体ですが、不純物として少量のニオブを添加したり、酸素を引き抜くことで電子が生成し、電気を通すようになることが知られています。
注4) 電界効果
図1cに示すように、ゲート誘電体に正電圧を加えると、チタン酸ストロンチウム表面に負電荷(電子)が集まります。逆に、負電圧を加えると正電荷が集まります。これを電界効果といい、ゲート誘電体に加える電圧で表面の電気伝導性を制御する素子が電界効果トランジスターです。
注5) バルク
ある結晶の表面や界面に触れていない部分。ここではチタン酸ストロンチウムの結晶内部部分、すなわち、表面や界面による特殊条件の影響を受けない通常のチタン酸ストロンチウムのこと。

<論文名および著者名>

“Field-induced water electrolysis switches an oxide semiconductor from an insulator to a metal”
(電界誘起水電気分解による酸化物半導体の絶縁体−金属スイッチ)
Hiromichi Ohta, Yukio Sato, Takeharu Kato, SungWng Kim, Kenji Nomura, Yuichi Ikuhara & Hideo Hosono
doi: 10.1038/ncomms1112

<参考論文>

“Field-modulated thermopower in SrTiO3-based field-effect transistors with amorphous 12CaO・7Al2O3 glass gate insulator”
米国物理学誌「Applied Physics Letters」の2009年9月18日号で発表

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

太田 裕道(オオタ ヒロミチ)
名古屋大学 大学院工学研究科 准教授
〒464-8603 愛知県名古屋市千種区不老町
Tel:052-789-3328 Fax:052-789-3328
E-mail:

<JSTの事業に関すること>

原口 亮治(ハラグチ リョウジ)
科学技術振興機構 イノベーション推進本部 研究推進部(さきがけ担当)
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