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平成22年10月26日

北海道大学
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科学技術振興機構(JST)
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氷結晶表面の素顔に迫る:単位ステップの運動の直接観察

<研究成果のポイント>

○ 透明な固体表面上の原子・分子高さの段差を可視化できる光学顕微鏡を開発。

○ 地球の寒冷圏で起こる様々な自然現象を支配する氷結晶の表面上で、単位ステップ(結晶表面上の分子スケールの基本構造)注1)が水蒸気から成長する様子の直接観察に初めて成功。

○ 本研究は、氷結晶の成長・融解・昇華などの相転移機構を根源的に解明する成果で、雪結晶の生成、エアロゾルやオゾンホールなどの環境破壊、さらには地球温暖化などの機構解明に役立つと期待。

氷の相転移(成長・融解・昇華)は地球の寒冷圏で起こる様々な自然現象を支配するため、相転移が進行する場である氷結晶の表面を分子レベルで理解することは大変重要です。北海道大学 低温科学研究所の佐崎 元 准教授らは、透明な固体表面上の原子・分子高さの段差を可視化できる光学顕微鏡を開発し、氷結晶(水蒸気から成長しているので雪結晶と同じ)表面上で、単位ステップ(結晶表面上の分子スケールの基本構造)およびその動的挙動を直接観察することに初めて成功しました。

これは、氷結晶の成長・融解・昇華などの相転移機構を根源的に解明する成果で、雪結晶の生成、エアロゾルやオゾンホールなどの環境破壊、さらに地球温暖化などの機構解明に役立つと期待されます。

本研究は、JST 戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)「光の利用と物質材料・生命機能」(研究総括:増原 宏 奈良先端科学技術大学院大学 物質創成科学研究科 特任教授/台湾国立交通大学 講座教授)研究領域における研究課題「不凍タンパク質作用発現機構の解明を目指したその場光観察」(研究代表者:佐崎 元)の一環として行われ、本研究成果は、「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」のオンライン速報版で2010年10月25日の週(米国東部時間)に公開される予定です。

1.背景

氷は地球上で極めて大量に存在するため、その相転移(成長・融解・昇華)は地球の寒冷圏で起こる様々な自然現象を支配します。特に氷結晶の表面は、相転移が進行する場であるのみならず、紫外線によるオゾン・有機物の分解や、不凍タンパク質による寒冷地の動植物の凍結防止など、多くの物理的・化学的過程の鍵を握ります。そのため、氷結晶の表面を分子レベルで理解することは極めて重要です。氷以外の結晶では、その表面上で結晶を形作る大本となる分子層の成長端(単位ステップ)は様々な方法でよく観察されてきました。

しかし、氷結晶の場合には、単位ステップを結晶の成長中に可視化することはこれまでだれもできなかったため、相転移や多くの物理的・化学的過程のメカニズムは想像されるにとどまっていました。

2.研究手法

これまでにオリンパス 株式会社と共同で開発したレーザー共焦点微分干渉顕微鏡注2)と呼ばれる光学顕微鏡に、その性能を極限まで引き出すべくさらに様々な改良を加えました。そして、水蒸気中で成長させた氷結晶(雪結晶と同じ)の表面を、この光学顕微鏡を用いて観察しました。

3.研究成果

氷結晶の六角底面上で、2次元島状の分子層が多数出現し、それらが横方向に成長し広がることで結晶が成長する様子が観察できました(図1)。隣り合った分子層が合体する際にその縁(ステップ)のコントラストが完全に消滅することは(図1中の+印)、隣り合った分子層の厚みが等しいことを示します。分子層の合体に伴うステップコントラストの消滅が結晶表面上のいたるところで常に観察されることより、可視化した分子層は、結晶構造より決まる最小の厚みを持った単位ステップ(0.37Å厚み)であることが証明されます。

また、氷結晶の側面上(図2)でも同様に単位ステップが観察できました。さらに、結晶が渦巻成長する様子の観察にも成功しています。本研究により、氷結晶が成長する様子を初めて分子レベルで追跡することが可能になりました。

4.今後への期待

本研究では、氷結晶の大本となる基本構造(単位ステップ)をその成長中に直接可視化することに成功しました。この光学顕微技術を用いると、氷結晶の成長・融解・昇華などの相転移機構を分子レベルで明らかにできるのみでなく、エアロゾルやオゾンホールなどの環境破壊、不凍タンパク質による動植物の凍結防止、さらには地球温暖化などの機構解明に役立つと期待されます。

<参考図>

図1

図1 氷結晶の六角底面上で、2次元島状の分子層(0.37Å厚み)が多数出現し、それらが横方向に広がることで結晶が成長する様子

画像は0.57秒ごとに撮影されています。隣り合った分子層が合体すると、互いの厚みが等しいため、分子層の縁(ステップ)のコントラストが完全に消滅する(図中+印)ことが分かります。

図2

図2 氷結晶の側面上で2次元島状の分子層が成長する様子

画像は0.99秒ごとに撮影されています。隣り合った分子層が合体すると、互いの厚みが等しいため、分子層の縁(ステップ)のコントラストが完全に消滅します(図中+印)。

図3

図3 透明な固体表面上の原子・分子高さの段差を可視化できるレーザー共焦点微分干渉顕微鏡

<用語解説>

注1) 単位ステップ (結晶表面上の分子スケールの基本構造)
結晶はブロックを一つひとつ積み上げるように、分子を一つひとつ積み上げることで成長します。また、分子を積み上げる際には、右図の様に分子層の端(単位ステップ)に分子(赤色)が組み込まれ、単位ステップが横方向に成長することで、一層ずつ層状に成長していきます。このように結晶が成長する大本となる単位ステップの厚みは、分子の大きさと結晶構造から一つに定まります。
注2) レーザー共焦点微分干渉顕微鏡
レーザー共焦点顕微鏡はノイズ光を大幅に除去し、観察像を鮮明にします。また、微分干渉顕微鏡は分子高さレベルの段差に明暗のコントラストを与えます。この両顕微法を組み合わせたのがレーザー共焦点微分干渉顕微鏡で、さらにその性能を極限まで引き出すべく様々な改良を加えたものが本研究で用いている光学顕微鏡(図3)です。

<論文名および著者名>

“Elementary steps at the surface of ice crystals visualized by advanced optical microscopy”
(氷結晶表面上の単位ステップの高分解光学顕微法による直接観察)
佐崎 元(北海道大学)、Salvador Zepeda(北海道大学)、中坪 俊一(北海道大学)、横山 悦郎(学習院大学)、古川 義純(北海道大学)
doi: 10.1073/pnas.1008866107

<お問い合わせ先>

<研究内容に関すること>

佐崎 元(サザキ ゲン)
北海道大学 低温科学研究所 准教授
Tel:011-706-6880 Fax:011-706-6880
E-mail:
ホームページ:http://www.lowtem.hokudai.ac.jp/ptdice/

<JSTの事業に関すること>

原口 亮治(ハラグチ リョウジ)
科学技術振興機構 イノベーション推進本部 研究推進部(さきがけ担当)
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<報道に関すること>

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