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平成22年10月22日

科学技術振興機構(JST)
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名古屋大学
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中立電機 株式会社
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浜松ホトニクス 株式会社
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生物発光で遺伝子発現を生きたまま高感度に測定する自動測定装置の実用化に成功

(従来の高感度装置に比べて10倍の高感度を実現)

JST 産学イノベーション加速事業【先端計測分析技術・機器開発】の一環として、名古屋大学 遺伝子実験施設の石浦 正寛 教授と小内 清 研究員、中立電機 株式会社の白木 央 取締役、浜松ホトニクス 株式会社の長谷川 寛 専任部員らの開発チームは、ホタルルシフェラーゼなどの発光レポーター注1)生物発光注2)を利用して生きたままの細胞で遺伝子発現を超高感度にリアルタイム測定する(生物発光リアルタイム測定法注3))自動測定装置の実用化に成功しました。この装置は中立電機 株式会社から平成22年10月末に販売を開始します。

遺伝子発現の時系列変化を連続的に測定することが、遺伝子の機能を解明するための有効な手段です。しかし、一般的な測定法では細胞の破砕を伴うため、同一試料の測定を連続的に長期間に渡って行うことができません。「生物発光リアルタイム測定法」はこの問題点を解決する有効な方法ですが、これまでの発光測定装置では、連続して繰り返される測定を想定していないため、数時間以上の安定した連続測定が困難でした。また、光検出感度が十分ではないために、極微弱な遺伝子発現を測定することが困難でした。

今回、高感度な光検出器(高感度光電子増倍管注4))を新規に開発し、これを搭載して光学系を最適化した測定装置を開発することに成功しました。この装置は従来の高感度装置に比べ、ホタルルシフェラーゼ(黄緑色)の生物発光に対して10倍(汎用な測定装置の500倍)、赤色発光ルシフェラーゼの生物発光に対して50倍の高感度を達成しました。また、長期間(数時間~1週間以上)の連続運転に必要とされる装置としての耐久性を重視するとともに、新たに開発した専用ソフトウェアを搭載することによって、測定の簡便性やデータの扱い易さも重視しています。

本成果は、環境、食料、エネルギー、健康などのさまざまな研究分野や、ATPを指標とした汚染検査注5)などを必要とする産業分野で活用されることが期待されます。

本開発成果は、以下2つの事業・開発課題によって得られました。

(1) 事業名 産学イノベーション加速事業【先端計測分析技術・機器開発】 機器開発プログラム
担当開発総括 若林 健之(帝京大学 医療技術学部・理工学部 教授、東京大学 名誉教授)
開発課題名 「生物発光リアルタイム測定システム」
チームリーダー 石浦 正寛(名古屋大学遺伝子実験施設 施設長・教授)
開発期間 平成17~21年度

JSTはこのプログラムで、最先端の研究ニーズに応えられるような計測分析・機器およびその周辺 システムの開発を行うことを目的としています。

(2) 事業名 産学イノベーション加速事業【先端計測分析技術・機器開発】 ソフトウェア開発プログラム
担当開発総括 吉井 淳治(株式会社 国際バイオインフォマティクス研究所 技術顧問)
開発課題名 「生物発光リアルタイム測定解析ソフトウェアの開発」
チームリーダー 白木 央(中立電機 株式会社 取締役)
開発期間 平成21~24年度(予定)

JSTはこのプログラムで、先端的な計測分析機器の実用化ならびに普及を促進するためのソフトウェア開発を行うことを目的としています。

<開発の背景と経緯>

細胞内の遺伝子発現は外部刺激や時刻などさまざまな要因によって変動するので、発現の時系列変化を連続的に測定することが、遺伝子の機能を解明するために有効です。これまではノザン解析法、RT-PCR法、ウェスタン解析法などの手法が用いられてきましたが、細胞を破砕してRNAやたんぱく質を抽出する必要があり、同一試料における遺伝子発現の時系列解析が不可能でした。また、煩雑な試料の前処理に多大な時間と労力を必要とするので、自動化や大規模な測定(ハイスループット化)が困難でした。これに対して「生物発光リアルタイム測定法」は、遺伝子発現を生きたままの同一細胞・個体で長期間(数時間~数週間)にわたり全自動測定することが可能です(図1)。「生物発光リアルタム測定法」とは、着目する遺伝子の発現を、ルシフェラーゼなどの発光レポーター遺伝子の発現に起因する生物発光として、生理学的な生きたままの細胞で連続的に自動測定する手法であり(図2)、次の特長をもっています。(1)細胞を破砕することなく、生理学的な条件で培養しつつ測定ができる。(2)長期間(数時間~1週間以上)の全自動測定ができる。(3)ダイナミックレンジが広い。(4)感度・精度が極めて高いので、ノザン解析法やRT-PCR法などの手法で検出が困難な、あるいは正確に定量できない微弱な遺伝子発現を測定することができる。(5)高い時間分解能で詳細にリアルタイム解析できる。これらの特長から、任意の鍵遺伝子の発現レベルや発現パターンを指標とした突然変異体(有用生物株)や化合物の大規模スクリーニングなどの用途に最適です。

しかし、一般に市販されている発光測定装置は、「生物発光リアルタム測定法」に必要とされる連続的に繰り返す測定を想定して製作されていませんでした。また、極微弱な遺伝子発現を測定するためには、光検出感度が十分ではありませんでした。

名古屋大学の石浦チームリーダーと小内研究員らの開発チームは、「生物発光リアルタイム測定法」をより強力にして広く一般に普及させるために、2種類の生物発光測定装置(「ハイスループット生物発光測定装置」と「高感度生物発光測定装置」)を開発してきました。前者の装置はこれまでの装置の10倍の大規模化を、後者の装置はこれまでの10倍の高感度化を、それぞれ目標にしてきました。今回、「高感度生物発光測定装置」の実用化に成功し、中立電機 株式会社から平成22年10月末に発売を開始します(販売予定価格:500万円~)。

<開発の内容>

「生物発光リアルタイム測定法」においては、測定期間中に生物を健全に培養できることが重要なので、96ウェルマイクロプレート注6)や384ウェルマイクロプレートよりも生物の培養に適する24ウェルマイクロプレートに最適化した高感度な発光測定装置を開発することにしました。そのために、まず、24ウェルマイクロプレートに最適化した高感度な光検出器(高感度光電子増倍管)を新規に開発しました。そして、装置にこの高感度光電子増倍管を搭載し、その配置や光学系を最適化し、さらに長期間の連続運転に耐える耐久性と安定性を確保した小型軽量な「高感度生物発光測定装置CL24」を開発しました(図3左上および図3下)。また、複数のマイクロプレートを自動交換しながら繰り返し測定が行えるよう、「培養機能付き搬送装置CI08」も開発しました(図3右上)。「高感度生物発光測定装置CL24」に「培養機能付き搬送装置CI08」を接続することで、温度や光を制御した環境で生物を培養しつつ、最大16枚の24ウェルマイクロプレートの測定を全自動で行うことができます。長時間の測定によって得られる大量の時系列データは、本事業で開発したソフトウェアによってリアルタイムにデータの視覚化と解析を行うことができます。ソフトウェアは連続して繰り返し測定を行う場合と、一度きりの測定を行う場合の両方で使用することができますが、特に長期間の繰り返し測定の際のデータをより効率的に操作できるようにしました。なお、本事業では引き続きソフトウェアの性能向上のための開発を続けており、その成果は順次ソフトウェアのバージョンアップとして反映していきます。

図4に一般的な遺伝子発現の測定法(図1)と本成果品CL24を使用した生物発光リアルタイム測定法(図2)の実験工程の比較を記載しました。従来の方法においては、数個の時系列データを収集するために多くの手作業による工程が必要であり、多大な時間と労力を要します。これに対して、本成果品を使用した「生物発光リアルタイム測定法」においては、大量の遺伝子発現の時系列データを容易に自動収集することが可能です。

図5は実用化した「高感度生物発光測定装置」の測定感度を調査した結果です。ピーク波長565nmのホタルルシフェラーゼ(LUC)の生物発光に対して、同価格帯の汎用装置に比べて500倍、2000万円クラスのこれまでの高感度装置に比べて10倍の高感度でした(図5上)。また、ピーク波長630nmの赤色発光ルシフェラーゼ(SLR)注7)の生物発光に対して、前者に比べて1700倍、後者に比べて50倍の高感度でした(図5下)。

<今後の展開>

今回実用化した測定装置によって、これまで検出が困難であった極微弱な遺伝子発現のリアルタイム測定や、これまでの測定装置では検出感度の問題から使用が困難であった赤色発光ルシフェラーゼの有効利用が可能となりました。環境、食料、エネルギー、健康などの諸問題を解決するための研究分野において、遺伝子発現の詳細な解析や鍵遺伝子の発現量やパターンを指標とした突然変異体(有用生物株)や化合物(有用物質)のスクリーニングに活用されることが期待されます。また、これまでの装置よりも測定感度に優れているので、遺伝子発現のリアルタイム測定だけではなく、汚染微生物由来のATPをルシフェラーゼの生物発光を利用して検出する汚染検査においても検査精度の大幅な向上が見込めるため、食品やヘルスケア製品の製造などの産業分野においても活用が期待されます。

<参考図>

図1

図1 遺伝子発現の測定法の比較

一般によく利用されている遺伝子発現の測定法と生物発光リアルタイム測定法の比較を纏めました。生物発光リアルタイム測定法は、多くの点で優れた特徴を持っています。

図2

図2 生物発光リアルタイム測定法の原理

着目する遺伝子のプロモーター配列注8)と発光遺伝子(ホタルルシフェラーゼー遺伝子など)のコード領域注9)を接続した発光レポーター遺伝子を生物のゲノムへ移入して、発光株を作製します。この発光株へ発光基質(ルシフェリンなど)を投与すると、細胞内の酵素反応によって、微弱な生物発光が発生します。例外的な場合を除き、この生物発光の強度は、細胞内の遺伝子発現に比例していますので、発光測定装置で生物発光を自動測定し、同時にソフトウェアで発光データを処理することによって、遺伝子発現をリアルタイムに測定することができます。

図3

図3 実用化した高感度生物発光測定装置

  • 左上:高感度生物発光測定装置CL24の写真
  • 右上:培養機能付き搬送装置CI08(オプションとして同時発売)を接続した写真
  • :主な仕様
図4

図4 遺伝子発現の測定における「従来の方法」と
「本成果品を使用した生物発光リアルタイム測定法」の実験工程の比較

本成果品を使用した「生物発光リアルタイム測定法」では、従来の方法で必要とされていた多くの作業工程が不要であり、大量の遺伝子発現の時系列データを容易に自動測定することが可能です。

図5

図5 実用化した高感度生物発光測定装置の測定感度

  • 上: ホタルルシフェラーゼ(黄緑色)に生物発光の対する測定感度の比較
  • 下: 赤色発光ルシフェラーゼの生物発光に対する測定感度の比較

上の図は等モル数のホタルルシフェラーゼLUC(プロメガ)のin vitro生物発光(グロー発光)を各測定装置で検出して測定感度を比較しました。下の図は赤色発光ルシフェラーゼSLR(東洋紡績)を発現する同じ細胞数の大腸菌のin vivo生物発光を各測定装置で検出して測定感度を比較しました。A社の汎用装置は本成果品と同価格帯(300~700万円)の装置であり、B社の高感度装置は約2000万円の装置です。図中の数値は、24ウェルマイクロプレートを使用してA社汎用装置で測定した場合の感度を1とした相対値です。

<用語解説>

注1) 発光レポーター
レポーターとは、実験者が着目する鍵遺伝子が発現しているかどうかを容易に判別するために、鍵遺伝子の下流に導入する遺伝子のこと。特にレポーターが発光遺伝子の場合は、発光レポーターと呼ぶ。
注2) 生物発光
生物発光は、発光酵素(ルシフェラーゼ)の触媒作用によって発光基質(ルシフェリン)が酸化される生化学反応によって放出される光エネルギーのこと。この反応は緑色蛍光たんぱく質(GFP)の蛍光と違い、外部からの励起を必要としない。したがって、反応に必要な要素が細胞内に揃った状態を人工的に作り出せば、細胞を自家発光させることができる。多くの場合、この生物発光は肉眼では見ることができない微弱な光であるため、高感度な光検出器(光電子増倍管や高感度CCD)を使用して検出する。
注3) 生物発光リアルタイム測定法(図1参照)
まず、着目する遺伝子のプロモーター配列と発光遺伝子(ホタルルシフェラーゼー遺伝子など)のコード領域を接続した発光レポーター遺伝子を生物のゲノムへ移入して、発光株を作製する。この発光株に発光基質(ルシフェリンなど)を投与すると、細胞内の酵素反応によって、微弱な生物発光が発生する。例外的な場合を除き、この生物発光の強度は、細胞内の遺伝子発現に比例しているので、発光測定装置で生物発光を自動測定し、同時にソフトウェアで発光データを処理することによって、遺伝子発現をリアルタイムに測定することができる。この方法を「生物発光リアルタイム測定法」と呼ぶ。
注4) 光電子増倍管
光が物質に吸収された際に光電子が放出される光電効果を利用して光を光電子に変換し、さらに2次電子放出効果を利用して光電子を増倍する仕組みを持った真空管のことを光電子増倍管と呼ぶ。
注5) ATPを指標とした汚染検査
試料の汚染検査の方法の1つとして、ホタルルシフェラーゼの生物発光が利用されている。試料に汚染微生物やその痕跡が存在すると、ATP(アデノシン三リン酸)が必ず残留している。これは、ATPが生命活動のエネルギー源であるためです。ホタルルシフェラーゼの生物発光の反応ではATPが必要とされる。ATP以外の反応に必要な要素が十分に存在する場合、生物発光量はATP量と比例する。この原理を利用することで、汚染微生物を定量的に検出することができる。
注6) マイクロプレート
平らな板状の器具で、表面にくぼみ(ウェル)がたくさんあり、生化学実験や分析・検査などに使われる。ウェルの数は、6や24、96、384などさまざまなタイプがある。
注7) 赤色発光ルシフェラーゼSLR
鉄道虫に由来するルシフェラーゼであり、通常のホタルルシフェラーゼとは波長の異なる赤色発光(ピーク波長は630nm)を発生させる。基質であるルシフェリンは通常の昆虫型ルシフェリンと同じです。東洋紡績 株式会社から遺伝子やキットが販売されている。
注8) プロモーター配列
遺伝子構造の中でmRNAの転写を制御するDNA配列をプロモーター配列と呼ぶ。
注9) コード領域
遺伝子構造の中でたんぱく質のアミノ酸配列をコードするDNA配列をコード領域と呼ぶ。

<参考文献>

小内 清、石浦 正寛(2010): 「生物発光リアルタイム測定システムの歴史と展望 ~生物発光からゲノム学・生物物理学への潮流~」、 生物物理 50(3):141-145.

<お問い合わせ先>

<開発内容に関すること>

石浦 正寛(イシウラ マサヒロ)
名古屋大学 遺伝子実験施設 施設長・教授
〒464-8602 愛知県名古屋市千種区不老町
Tel:052-789-4527 Fax:052-789-4526
E-mail:

小内 清(オナイ キヨシ)
名古屋大学 遺伝子実験施設 研究員
〒464-8602 愛知県名古屋市千種区不老町
Tel:052-789-4527 Fax:052-789-4526
E-mail:

<販売装置に関すること>

神谷 聡(カミヤ サトシ)
中立電機 株式会社 バイオ機器グループ バイオ機器担当
〒470-1101 愛知県豊明市沓掛町小所5
Tel:0562-93-8185(代表) Fax:0562-93-4277
E-mail:

<JSTの事業に関すること>

安藤 利夫(アンドウ トシオ)
科学技術振興機構 産学基礎基盤推進部(先端計測分析技術・機器開発担当)
〒102-0075 東京都千代田区三番町5 三番町ビル
Tel:03-3512-3529 Fax:03-3222-2067
E-mail:
ホームページ:https://www.jst.go.jp/sentan/

<報道担当>

科学技術振興機構 広報ポータル部
〒102-8666 東京都千代田区四番町5番地3
Tel:03-5214-8404 Fax:03-5214-8432
E-mail:

平松 利朗(ヒラマツ トシアキ)
名古屋大学 広報室
〒464-8601 愛知県名古屋市千種区不老町
Tel:052-789-2016 Fax:052-788-6272
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八鹿 節生(ヤシカ セツオ)
中立電機 株式会社 営業開発本部
〒470-1112 愛知県豊明市新田町南山92番地1
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海野 賢二(ウンノ ケンジ)
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