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平成22年10月18日

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高品質酸化物界面を実現し、初めて分数量子ホール効果の検出に成功

(新たな電子の量子的振る舞いを捉え、解明にせまる)

JST 課題解決型基礎研究の一環として、東京大学 大学院工学系研究科附属量子相エレクトロニクス研究センターの塚崎 敦 特任講師と東北大学原子分子材料科学高等研究機構の川崎 雅司 教授らは、酸化物界面の成長技術を飛躍的に向上させることによって極めて「綺麗」な界面を実現することで、二次元電子輸送における本質的な相互作用を理解する上で重要な分数量子ホール効果注1)を酸化物界面において世界で初めて観測することに成功しました。

本研究では、近年安価で安全な透明酸化物半導体材料として注目を集めている酸化亜鉛(ZnO)注2)を用いました。これまでに、ZnO系材料で作製した積層薄膜(MgZnO/ZnO)の界面には、界面に沿った薄いシート状の自由電子(二次元電子注3))層が形成されることが分かっています。一方、半導体の電気的・磁気的性質を高めるためには、界面の「綺麗さ」の指標となる二次元電子の移動度注4)の向上が必須ですが、界面の平坦性や不純物濃度、欠陥密度などの制御が難しい酸化物半導体では、ヒ化ガリウム(GaAs)など従来の化合物半導体に比べて移動度の向上が困難であると考えられてきました。

本研究グループは今回、分子線エピタキシー法注5)を駆使し、酸化物薄膜の作製条件を成長速度に着目して最適化することで、極めて高純度かつ平坦な界面を実現し、電子移動度を従来の酸化物系での世界最高値に比べて約10倍高めることに成功しました。さらに、この試料の低温・強磁場下での電気伝導特性を調べた結果、これまでGaAs系化合物半導体やグラフェンなどのごく限られた材料でしか観測例のなかった分数量子ホール効果を、酸化物同士の界面において世界で初めて見いだしました。

この成果は、超伝導や超流動といった電子の量子論的振る舞い、すなわち“巨視的量子輸送現象”の1つであり、今後、さまざまな酸化物材料へと展開していくことで、全く新たな量子輸送現象の発現・解明が飛躍的に進む糸口となるものです。また近年、青色発光素子に続く次世代素子として着目されている紫外線発光素子や透明トランジスターなどの実用化に向けた課題克服に大きく寄与し、酸化物の高い環境調和性を生かしたこれまでにない酸化物材料の世界を切り開くものと期待されます。

本研究は、ローム株式会社、東北大学電気通信研究所、東京工業大学 大学院理工学研究科と共同で実施され、本研究成果は、2010年10月17日(英国時間)に英国科学雑誌「Nature Materials」のオンライン速報版で公開されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)

研究領域 「界面の構造と制御」(研究総括:川合 眞紀 理化学研究所 理事)
研究課題名 「酸化物界面への電気的・磁気的機能性の付加と制御」
研究代表者 塚崎 敦(東京大学 大学院工学系研究科附属量子相エレクトロニクス研究センター 特任講師)
研究期間 平成20年10月〜平成24年3月

本研究領域では、異種材料・異種物質状態間の接合界面に着目し、新たなナノ界面機能および制御技術の創出と、その応用を目指す研究を対象としています。上記研究課題では、酸化物を対象に原子レベルで制御された高品質界面を創成し、電気的・磁気的機能性の制御を目指します。同時に、界面形成技術をさまざまな酸化物へと展開することにより、新たな機能性の発現を目指します。

<研究の背景と経緯>

従来、酸化物はセラミックス材料として幅広い工業用途に用いられてきましたが、その多くは電気を流さない絶縁体でした。近年、酸化物薄膜作製技術の向上に伴って、原子レベルで制御された高品質な単結晶薄膜の作製や精密な不純物ドーピングが可能になり、次世代の「透明電子回路」を実現するための候補材料として期待されています。特に、本研究で用いたZnOは代表的な酸化物半導体として知られ、ディスプレイ材料用の透明導電性材料や紫外発光ダイオードへの応用を目指した研究が精力的に展開されてきました。さらに、MgZnO/ZnOの積層界面では単結晶シリコンに匹敵する水準の高い移動度の二次元電子が実現され、高性能透明電子回路としての可能性が明らかになっていました(2007年1月26日プレス発表 http://www.jst.go.jp/pr/announce/20070126/)。

量子ホール効果には起源の異なる整数量子ホール効果と分数量子ホール効果の2種類が知られています。整数量子ホール効果は、電子素子にも利用されているSi/SiOの半導体/絶縁体/金属接合の電界効果素子において1980年代に初めて観測されました。その後、高周波用の電子素子に利用されているGaAs/AlGaAs注6)などの異種化合物半導体同士の接合界面素子において分数量子ホール効果が発見されました。これら2つの量子ホール効果発見に対して、それぞれ1985年と1998年にノーベル物理学賞が授与されており、20世紀後半の固体物理学における最も重要な発見とされています。このような量子ホール効果を観測するためには、高移動度を持つ二次元電子を超高純度な界面に形成する技術が不可欠です。さらに、分数量子ホール効果が発現するかどうかは、電子の相互作用強さに起因しており、観測可能な材料系は異種化合物半導体同士の接合界面やグラフェン注7)など非常に限定されていました。従来の酸化物薄膜技術では、酸素欠陥の導入や界面粗さが問題となって、二次元電子の移動度が低く、分数量子ホール効果が発現するとは考えられていませんでした。

塚崎らは、分子線エピタキシー法による酸化物の超高品質界面の形成を目指しており、二次元電子の低温・強磁場下における輸送現象を調べて新物理現象を発見することが本研究の狙いです。

<研究の内容>

本研究では、二次元電子濃度を電界効果で制御できるMgZnO/ZnO接合素子を作製しました(図1)。ZnOとMgZnOはウルツ鉱構造の[0001]方位で作製し、界面には自発分極差に起因する二次元電子ガス(2DEG)が生成されています。今回、成長速度に着目して作製条件を最適化したところ、電子移動度を大幅に改善することに成功しました(図2a)。この結果は、成長速度の高速化に伴う界面の高純度化が要因になって、二次元電子ガス輸送に対する散乱要因が減少したと考えられます。年推移での低温電子移動度の改善をGaAsの接合と比較すると、グラフェンとZnOの移動度が急速に向上していることがわかります(図2b)。また、実験の最低温(0.06K)で得られた電子移動度は18万cm−1−1に達し、この値は酸化物系界面での世界最高値になっています。材料によって電子の有効質量が異なるので、直接の比較をするためには電子が散乱を受ける頻度に換算して比較しますが、今回実現したZnO系積層薄膜では、1970年代から20年間かかって達成したGaAs/AlGaAs系積層薄膜の100万cm−1−1に匹敵する水準です。

図1bの光学顕微鏡写真で示した試料を用いて、低温・強磁場下での電気伝導特性を測定したところ、二次元電子が分数量子ホール系として振る舞うことを見いだしました。図3cの結果は、試料の抵抗値(赤線)とホール抵抗値(黒線)を示しており、ホール抵抗値が量子輸送定数(h/e)の分数値となっていることが分かります。これは、磁場中で二次元電子の形成する量子準位が古典的な量子干渉現象だけでなく、電子間相互作用を受けて新しい準位を形成したことに起因しています。一般的に、酸化物材料の電子有効質量は化合物半導体に比べて重いため、電子間相互作用が強く発現すると期待されます。今回の酸化物系界面における分数量子ホール効果の観測は、今後さまざまな酸化物材料系で新量子現象を探求する上で大変重要な発見と言えます。

このように、MgZnO/ZnO界面の品質を劇的に向上させる界面形成技術の開発と低温・強磁場下での輸送現象評価によって、酸化物系でも分数量子ホール系として振る舞うことを世界で初めて明らかにしました。

<今後の展開>

今回の成果は酸化物界面においても、成長条件を精密に制御することで超高移動度二次元電子ガスの形成が可能であることを示し、また、分数量子ホール系としての清浄な二次元量子輸送を観測できることが明らかになりました。本研究の意義は、応用研究と基礎研究の両面で今後の大きな発展を導くことにあります。前者では、本研究で明らかにした高品質結晶薄膜の成長条件を適用することで、従来から精力的に研究されているZnO系紫外発光素子の高輝度化や透明電子回路の低電圧動作など、実用の可能性が高い電子素子の性能を格段に高めることができます。後者の観点からは、電子間の強い相互作用や量子準位のスピン分極など、物性物理学の新しい展開を導く興味深い現象の発現が期待されます。また、本成果によって示された技術は、多様な酸化物材料の多くに適用可能であることから、さまざまな酸化物材料のヘテロ構造において原子レベルで制御された高品質な界面形成が可能になっていくこと、特に酸化物という材料調和性において、高温超伝導酸化物や強相関酸化物材料などをベースとする量子構造の形成やそれら材料とZnOとの組み合わせへと展開されることが期待されます。そして、本成果をきっかけとして、今後酸化物間界面に特有の新たな巨視的量子輸送現象の発現へと発展していくことも期待されます。

<参考図>

図1

図1 作製した素子の断面模式図

(a)ウルツ鉱型結晶の界面では自発分極の差に従って、2DEGが生成されます。2DEG濃度は絶縁体を通してゲート電圧で制御できます。(b)ホール素子の光学顕微鏡像。赤色部分がホールバーと呼ばれる電流経路で、二次元電子ガスが電流を担っています。ゲート電極部分を白色で示し、電圧測定端子間の電位差を測定します。

図2

図2 二次元電子移動度の成長速度依存性と年次推移

(a)成長速度の上昇に伴って、二次元電子ガス移動度が劇的に向上することを見いだしました。(b)短期間に移動度が著しく改善しています。

図3

図3 分数量子ホール効果

(a)ホール効果の概念図

磁場中を電子が移動するときには、ローレンツ力が働いて電子の移動方向が曲げられます。電子移動度が低い場合、一方向の試料端に衝突しながら移動し、回転運動できません。

(b)量子ホール状態の概念図

電流を担う二次元電子に低温で強磁場を印加すると、電子は磁場によって回転運動を行います。ν=1の状態では、図中の黒円で示したように、印加した磁場による磁束と電子の個数が一致します。一方、分数量子ホール状態では、白円で示したように、電子の個数と磁束の本数が整数比で結合した新たな粒子が整数ホール効果を示すと考えられ、その比を分数で表現した状態を基底状態とします。

(c)分数量子ホール準位の観測に成功

赤線で示すシート抵抗がゼロとなり、黒線で示すホール抵抗が階段状の形状を示していることが特徴です。その階段状の抵抗値が量子抵抗(h/e = 約25.8kΩ、ν=1の値)の整数分の1だけでなく、分数で除した抵抗値でも準位形成が認められます。この効果が分数量子ホール効果です。

<用語解説>

注1) 分数量子ホール効果
二次元電子の運動平面に対して垂直方向に強い磁場を加えると、電子は一定の周期で円運動をします。電子が1回転する間に散乱が生じないような移動度が極めて高い系においては、電子の波としての性質を反映した干渉効果が起こり、エネルギーがとびとびの値となるランダウ準位が形成されます。この時の抵抗値が25.8kΩの整数分の1か分数分の1かによって、それぞれ整数量子ホール効果と分数量子ホール効果と呼ばれます。分数量子ホール効果で観測される量子準位の形成は、電子同士の相互作用と長距離的なエネルギー秩序が重要な役割を果たしています。
注2) 酸化亜鉛(ZnO)
禁制帯幅3.3eVの直接遷移型半導体として知られる。粉末形状では白色を示し、人体にとって安全であることから、顔料や化粧品として利用されています。最近では、良質な単結晶を入手でき、薄膜成長技術も年々向上していることから、半導体としての応用が期待されています。結晶構造に起因して自発分極と圧電性を有しており、本研究におけるMgZnO/ZnO接合界面での二次元電子蓄積の要因となっています。
注3) 二次元電子
半導体と絶縁体あるいは異なる半導体同士の接合界面において、界面に平行な二次元平面のみに運動方向が制限された電子のこと。
注4) 移動度
移動度は、単位電界(V/cm)の中に置かれた電子の秒速(cm/s)として定義されます。本来は材料固有の物性値ですが、現実には材料中の欠陥や不純物の影響を受けて、本来の値よりも小さくなります。移動度の向上には、半導体結晶の品質を高めて欠陥や不純物を極力減らすことが不可欠ですが、一方で、電子が散乱されにくい人工的な構造を作製することによっても大幅に向上させることが可能です。本研究では、そのような構造としてMgZnO/ZnO接合を導入することにより、極めて高い移動度を実現しています。
注5) 分子線エピタキシー法
超高真空中では、薄膜作製用原料ガスが一度も他のガス種に衝突することなく基板表面に供給されるため、分子線として供給されているように取り扱うことができます。いくつかの原料ガス供給量を調整することで、組成制御された薄膜が基板上で形成されます。特に原料の高純度化や高品質な界面形成に定評があり、半導体量子構造の作製に良く用いられます。
注6) GaAs/AlGaAs
代表的な化合物半導体の1つで、高移動度トランジスター(HEMT)として高周波用通信素子に応用されています。現在最もクリーンな化合物半導体界面です。
注7) グラフェン
グラファイトから剥離して作製される単層のカーボンシート。特別なバンド構造を持つことから、室温近傍でも非常に高い移動度を示すことが知られています。近年、室温高移動度トランジスターや導電膜としての応用にも精力的に研究されています。2010年にグラフェンの開発に対してノーベル物理学賞が授与されました。

<論文名および著者名>

“Observation of the fractional quantum Hall effect in an oxide”
(酸化物における分数量子ホール効果の観測)
Atsushi Tsukazaki, Shunsuke Akasaka, Ken Nakahara, Yuzo Ohno, Hideo Ohno, Denis Maryenko, Akira Ohtomo, and Masashi Kawasaki
doi: 10.1038/nmat2874

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

塚崎 敦(ツカザキ アツシ)
東京大学 大学院工学系研究科附属量子相エレクトロニクス研究センター 特任講師
〒113-8656 東京都文京区本郷7-3-1
Tel:03-5841-6871 Fax:03-5841-6855
E-mail:

川崎 雅司(カワサキ マサシ)
東北大学原子分子材料科学高等研究機構 教授
〒980-8577 宮城県仙台市青葉区片平2-1-1
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<JSTの事業に関すること>

原口 亮治(ハラグチ リョウジ)
科学技術振興機構 イノベーション推進本部 研究推進部(さきがけ担当)
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