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平成22年10月4日

科学技術振興機構(JST)
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大阪大学
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細胞のがん化にかかわるRasたんぱく質を細胞膜へ運搬する経路を解明

(新たな抗がん薬の開発などに貢献)

JST 課題解決型基礎研究の一環として、クイーンズランド大学の田口 友彦 上級研究員と大阪大学 生物工学国際交流センターの三﨑 亮 助教らは、受容体が受けた情報を細胞内に伝達する役割を持ち、細胞のがん化にかかわる「Rasたんぱく質注1)」が、細胞小器官注2)リサイクリングエンドソーム注3)」を通過して細胞膜に運搬されることを発見しました。

リサイクリングエンドソームの機能として、エンドサイトーシスという細胞の営みによって細胞外環境から取り込まれた物質を細胞膜へ再回収(リサイクル)することが知られていました。しかし、物質輸送に関するその他の機能については明らかにされていませんでした。

本研究グループは今回、リサイクリングエンドソームの機能をRasたんぱく質に注目して調べました。具体的には、たんぱく質の疎水性および細胞内の膜と親和性を高める「パルミトイル脂質修飾注4)」を受けたRasたんぱく質が、どのように細胞膜へ運搬されるかを解析しました。その結果、Rasたんぱく質がリサイクリングエンドソームを通過すること、また、その運搬経路にRasたんぱく質が乗るためにはパルミトイル脂質修飾が必須であることが明らかになりました。

Rasたんぱく質は、変異による恒常的な活性化などによって細胞のがん化を引き起こしますが、細胞外から来るシグナルを受け活性化するためには細胞膜に存在することが必須であると考えられています。今回の発見は今後、Rasたんぱく質がリサイクリングエンドソームから細胞膜へ運搬される経路を標的にした、新たな抗がん薬の開発などにつながるものと期待されます。

本研究は、京都大学の松田 道行 教授らの研究グループ、福島県立医科大学の和栗 聡 教授らの研究グループと共同で行われ、本研究成果は、2010年10月4日(米国東部時間)に米国科学雑誌「The Journal of Cell Biology」のオンライン速報版で公開されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)

研究領域 「糖鎖の生物機能の解明と利用技術」
(研究総括:谷口 直之 大阪大学産業科学研究所 教授/理化学研究所基幹研究所 ケミカルバイオロジー研究領域 システム糖鎖生物学研究グループ グループディレクター)
研究課題名 「糖鎖の動態−機能相関への統合的アプローチ」
研究代表者 木下 タロウ(大阪大学免疫学フロンティア研究センター 糖鎖免疫学 教授/大阪大学微生物病研究所 免疫不全疾患研究分野 教授)
共同研究者 田口 友彦(クイーンズランド大学 上級研究員)
研究期間 平成16年10月〜平成22年3月

JSTはこの領域で、糖たんぱく質、糖脂質、プロテオグリカンといった生体分子群の有する糖鎖の新たな生物機能を解明し、その利用技術を探索するための研究に取り組んでいます。

上記研究課題では、糖鎖の構造変化、局在変化、存在様態を合わせた「糖鎖の動態」と「糖鎖の機能」の相関を理解し、生体機能や疾患の制御法開発への展開を目指しています。

<研究の背景と経緯>

細胞内の物質輸送には大きく2つの流れがあり、それぞれエンドサイトーシス(細胞外から細胞内への流れ:細胞膜→エンドソーム)、エキソサイトーシス(細胞内から細胞外への流れ:小胞体→ゴルジ体→細胞膜)と呼ばれています。エンドサイトーシスはさらに2つの経路に分岐し、分解経路(エンドソームからリソソームへ至る経路)と再回収経路(エンドソームから細胞膜へ戻る経路)が存在します(図1)。

リサイクリングエンドソームは、1980年代初期に見いだされた、再回収経路に関与する細胞小器官です。2000年に入り、いくつかの研究グループが、リサイクリングエンドソームがエキソサイトーシスにも関与するという論文を発表しましたが、解析の対象となった物質は限定的なもので、いまだ一般性は得られていません。

また、細胞小器官は核の近縁部に密集して分布し、特にゴルジ体とリサイクリングエンドソームは非常に近接して分布するため、両者の区別を行った上で物質の輸送を可視化できるかどうかが技術面での大きな問題でした(図2)。

<研究の内容>

本研究グループは、アフリカミドリザルの細胞(COS−1細胞)が秩序だった細胞小器官の空間分布を示すという田口上級研究員らの発見(参考論文参照:2007年のCRESTによる成果、図3)を利用することで、今まで限定的な実験系でしか解析されてこなかったリサイクリングエンドソームのエキソサイトーシス経路への関与を明確にすべく研究を開始しました。標的物質としては、細胞内シグナル伝達の要であり、またエキソサイトーシスによって小胞体からゴルジ体を経由して細胞膜へと運搬されることが分かっていた(図6A)Rasたんぱく質を選択しました。

その結果、以下の3点が明らかになりました。

  1. 1) Rasたんぱく質はリサイクリングエンドソームと細胞膜に局在すること(図4A)
  2. 2) Rasたんぱく質のパルミトイル脂質修飾がリサイクリングエンドソーム局在に必須であること(図4B−D)
  3. 3) Rasたんぱく質はゴルジ体を出発した後に、細胞膜へ運搬される前にリサイクリングエンドソームに停留すること(図5図6B)

これらの発見は、リサイクリングエンドソームがパルミトイル脂質修飾化たんぱく質のエキソサイトーシスに広く関与する可能性を示すとともに、リサイクリングエンドソームへ停留するための条件としてのパルミトイル脂質修飾の重要性も明らかにしました。Rasたんぱく質によって活性が制御され、膜輸送の調節因子として機能することが知られているたんぱく質(Cdc42)がリサイクリングエンドソーム局在を示すことから(図7)、リサイクリングエンドソームに局在するRasたんぱく質の機能として、Cdc42などの活性調節を通じて、広く膜輸送(エンドサイトーシスやエキソサイトーシス)を制御している可能性が考えられます。

<今後の展開>

Rasたんぱく質はその変異による恒常的な活性化などによって細胞のがん化を引き起こしますが、その活性の発現にはRasたんぱく質が細胞膜に存在することが必須です。今回の発見によってRasたんぱく質のリサイクリングエンドソームから細胞膜への運搬を選択的に阻害する薬剤開発を、COS−1細胞においてRas-GFP融合たんぱく質を発現する実験系で行うことが可能になり、物質輸送の視点に立脚した抗がん薬の開発というストラテジーを提出することになるでしょう。

また、Rasたんぱく質のみならず他の細胞内シグナル伝達分子の局在をCOS−1細胞の実験系で確認することで、リサイクリングエンドソームの新たな細胞生物学的機能が明らかになることが学術的に期待されます。

<参考図>

図1

図1 細胞内の物質輸送経路の概観図

細胞内の物質輸送には大きく2つの流れがあります。1つはエンドサイトーシスと呼ばれる細胞外から細胞内への流れ、もう1つはエキソサイトーシスと呼ばれる細胞内から細胞外への流れです。エンドサイトーシスは、さらに分解経路(リソソームへ至る経路:赤色)と再回収経路(リサイクリングエンドソームを経由して細胞膜へ戻る経路:黄色)の2つの経路に分岐します。エキソサイトーシスは、小胞体→ゴルジ体→細胞膜という輸送の流れで、新規合成されたたんぱく質などを細胞膜・細胞外へと運搬します(青色)。

図2

図2 ゴルジ体の近傍に分布/局在するリサイクリングエンドソーム

多くの動物培養細胞(図には一例としてイヌの細胞を示しています)において、リサイクリングエンドソームはゴルジ体と入り交じって分布するためにその判別が困難です。このことが、リサイクリングエンドソームの研究を妨げている要因の1つと考えられます。

図3

図3 COS−1細胞における細胞小器官の空間分布

COS−1細胞では、ゴルジ体はリング状の構造をとり、その内側にリサイクリングエンドソームが閉じ込められて存在します。この特徴がリサイクリングエンドソームの顕微鏡観察による同定を容易にしました。他の細胞小器官はゴルジ体のリング構造の外側に分布します。

図4

図4 Rasたんぱく質のリサイクリングエンドソーム局在とパルミトイル脂質修飾の関係

  1. A) 変異のないRasたんぱく質
  2. B) 181番目のシステインを欠くRasたんぱく質
  3. C) 184番目のシステインを欠くRasたんぱく質
  4. D) 181番目と184番目の両方のシステインを欠くRasたんぱく質

Rasたんぱく質はGFPたんぱく質と融合させているので緑色で観察されます。ゴルジ体赤色で染色しています。

本研究で、パルミトイル脂質修飾を受けたRasたんぱく質(パネルA)はリサイクリングエンドソーム(白矢印)と細胞膜に存在することが明らかになりました。Rasたんぱく質のパルミトイル脂質修飾を1つまたは2つ欠損した変異体(パネルB−D)はいずれもリサイクリングエンドソーム局在を示さない(ゴルジ体のリング構造の内側に局在しない)ことが容易に見て取れます。

図5

図5 Rasたんぱく質のゴルジ体からリサイクリングエンドソームへの輸送

たんぱく質のゴルジ体から細胞膜への輸送は低温状態で抑制され、また低温状態を解除することで再開することが知られています。この性質を利用して、Rasたんぱく質がゴルジ体を出発した後に、どのように細胞膜へ運ばれていくのか精緻に解析することができました。0minでゴルジ体に集積しているRasたんぱく質が低温状態を解除することで、経時的にゴルジ体の内側の領域(すなわち、リサイクリングエンドソーム)へ侵入していくのが見て取れます。

図6

図6 パルミトイル脂質修飾を受けるRasたんぱく質の輸送経路

Rasたんぱく質はエキソサイトーシス経路に乗り、小胞体→ゴルジ体→細胞膜と順次運搬されていくことが従来から知られていました(パネルA)。本研究では、その経路に実はリサイクリングエンドソームが介在すること、即ち小胞体→ゴルジ体→リサイクリングエンドソーム→細胞膜という流れで運搬されることが明らかになりました(パネルB)。

パルミトイル脂質修飾が、この経路にRasたんぱく質が乗ることができるかどうかを厳密に規定します。例えば、パルミトイル脂質修飾に必要なシステインを2つ(181/184S)あるいは1つ(181S)欠いたRasたんぱく質はゴルジ体から脱出することができずに、ゴルジ体に蓄積してしまいます。

図7

図7 Cdc42はリサイクリングエンドソームに局在する

アクチンの重合を制御することで膜輸送の調節因子として知られているCdc42たんぱく質がリサイクリングエンドソームに局在することが本研究で明らかになりました。Cdc42たんぱく質はGFPたんぱく質と融合させているので緑色で観察されます。ゴルジ体赤色で染色しています。

Rasたんぱく質はCdc42たんぱく質の活性を制御することが知られていますので、リサイクリングエンドソームに局在するRasたんぱく質は、Cdc42たんぱく質の活性を制御することによって、膜輸送(エンドサイトーシスやエキソサイトーシス)を制御している可能性が考えられます。

<用語解説>

注1) Rasたんぱく質
低分子GTP結合たんぱく質の一種。GTP結合たんぱく質は、受容体が受けた情報を細胞内に伝達する役割を持つが、Rasたんぱく質は、細胞増殖、細胞分化、細胞の運動性の獲得、細胞死の抑制など数多くの現象に関わっている分子である。Rasたんぱく質の異常は細胞のがん化に関与する。
注2) 細胞小器官
細胞の内部で特に分化した形態や機能を持つ構造の総称。一般的に膜で囲まれた構造を指す。細胞膜へ運搬されていく物質は、まず小胞体と呼ばれる細胞小器官を通過し(糖の付加、適切なたんぱく質の高次構造の形成などが行われる)、次いでゴルジ体へと輸送される。ゴルジ体では、糖鎖のさらなる修飾が行われ、ついで完成した糖たんぱく質は細胞膜へと輸送される。
注3) リサイクリングエンドソーム
細胞が細胞外の物質を取り込む営みは、エンドサイトーシスと呼ばれ、エンドサイトーシスによって取り込まれた物質が運ばれてたどりつく細胞小器官を総称してエンドソームと呼ぶ。リサイクリングエンドソームは、エンドソームの1種であり、エンドサイトーシスで取り込まれた物質が細胞膜へ再回収する過程(リサイクル)で通過するエンドソームのことを言う。
注4) パルミトイル脂質修飾
脂肪酸の1種であるパルミチン酸をたんぱく質のシステイン残基に共有結合させる反応のこと。パルミトイル脂質修飾によって、たんぱく質の疎水性が高まり細胞膜など細胞内の膜と親和性が高まる。パルミトイル修飾を受けるRasたんぱく質は2種類知られており(H−Ras/N−Ras)、H−Rasは2ヵ所、N−Rasは1ヵ所パルミトイル脂質修飾を受ける。

<論文名>

“Palmitoylated Ras proteins traffic through recycling endosomes to the plasma membrane during exocytosis”
(パルミトイル修飾を受けるRasたんぱく質は、リサイクリングエンドソームを経由して細胞膜へと輸送される)
doi: 10.1083/jcb.200911143

<参考論文名および著者名>

“Spatial segregation of degradation- and recycling-trafficking pathways in COS-1 cells”
(COS−1細胞における分解輸送経路と再回収輸送経路の空間的分離)
Misaki, R., Nakagawa, T., Fukuda, M., Taniguchi, N., and Taguchi, T., Biochem Biophys Res Commun 360, 580-585 (2007).

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

田口 友彦(タグチ トモヒコ)
クイーンズランド大学 上級研究員
Institute for Molecular Bioscience, University of Queensland, St Lucia, 4072, Australia
Tel:+61-7-334-62035
E-mail:

三﨑 亮(ミサキ リョウ)
大阪大学 生物工学国際交流センター
〒 565-0871 大阪府吹田市山田丘2−1
Tel:06-6879-7238 Fax:06-6879-7454
E-mail:

<JSTの事業に関すること>

長田 直樹(ナガタ ナオキ)
科学技術振興機構 イノベーション推進本部 研究領域総合運営部
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