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平成22年9月21日

科学技術振興機構(JST)
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東北大学
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損傷のないガリウムヒ素量子ドットの形成に成功

(高効率太陽電池の実現に期待)

JST 課題解決型基礎研究の一環として、東北大学 流体科学研究所の寒川(さむかわ) 誠二 教授らは、ガリウムヒ素基板の無損傷加工を実現し、バイオテンプレート注1)技術と融合して高均一・高密度・無欠陥の円盤状ガリウムヒ素量子ドット注2)を作製することに成功しました。

ガリウムヒ素などの化合物半導体はシリコンに比べて光の発光効率や吸光効率が極めて高く、特に化合物半導体のナノ構造を用いた量子ドット太陽電池注3)や量子ドットレーザーは、量子ドットの持つ量子効果注4)によって、広い範囲の波長の光を電力に変換したり、より単色化され高強度な光を低閾値(ていしきいち)で温度依存性なく発光することが期待され、その実用化が検討されています。しかし、従来のリソグラフィーとプラズマエッチングを用いた加工では、ガリウムヒ素が脆弱なためにプラズマから放射される紫外線などにより高密度に欠陥が生成され、発光吸光効率が大きく劣化してしまうという問題点がありました。また、プラズマ照射による損傷を回避するために開発された、結晶格子サイズの違いを利用した自己組織化による量子ドット作製法では、サイズや密度、位置などの制御が難しいという問題もありました。

本研究グループは、金属微粒子を内包したたんぱく質が、特殊な処理をした表面に自発的に規則正しく配列した構造を作る性質を用いて、金属微粒子を内包したたんぱく質を化合物基板の上に高密度に等間隔で配置しました。その後、たんぱく質だけを除去して金属微粒子を加工マスクとして中性粒子ビーム注5)による無損傷エッチングを行うことにより、ナノメートルオーダーのガリウムヒ素円盤構造を2nm間隔で高密度に配列した構造を形成しました。

本研究により作製された高均一・高密度・無欠陥の円盤状ガリウムヒ素量子ドットは量子効果を発揮するための理想的な構造を実現できることから、量子ドット太陽電池あるいは量子ドットレーザーにおける量子ドット構造として極めて有望です。この構造を用いることで、理論的には太陽電池として60%近くもの高いエネルギー変換効率が期待され、従来に比べて10倍以上のレーザー強度を実現できることが期待されます。この成果によって、究極のグリーンテクノロジーとして期待される高効率・量子ドット太陽電池および量子ドットレーザーの実現に向けて前進したと言えます。

本研究成果は、2010年9月22日から東京大学で開催される「2010 International Conference on Solid State Devices and Materials(SSDM2010)」で発表されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)

研究領域 「プロセスインテグレーションによる機能発現ナノシステムの創製」
(研究総括:曽根 純一 物質・材料研究機構 理事)
研究課題名 バイオテンプレート極限加工による3次元量子構造の制御と新機能発現
研究代表者 寒川 誠二(東北大学 流体科学研究所 教授)
研究期間 平成21年10月〜平成27年3月

JSTはこの領域で、フォトリソグラフィなどのトップダウンプロセスと自己組織化に代表されるボトムアッププロセスの高度化と統合化を進めることによって、革新的な機能を発現する次世代ナノシステムを創製することを目標としています。上記研究課題では、超低損傷中性粒子ビームエッチングと、球穀状たんぱく質を用いた高密度ナノテンプレート配置技術を組み合わせることで、超高効率量子ドットレーザーおよび超高効率量子ドット太陽電池の実現を目指します。

<研究の背景と経緯>

化合物半導体量子ドット太陽電池は、現在実用化されている薄膜シリコン太陽電池を数倍上回る高い変換効率が期待され、地球に優しい究極のグリーンテクノロジーとして注目を集めています。そして化合物半導体量子ドットレーザーは、効率のよい低消費電力レーザー素子として、また超高速光スイッチとして、飛躍的に高まる通信需要に応えユビキタス情報化社会を支える重要な技術であり、広く研究されています。これらのデバイスを実現するにはナノメートルオーダーでサイズや密度、位置などが制御された構造を作製することが必要です。しかし、従来のトップダウンによるリソグラフィー技術とエッチング技術に依存した微細加工技術では大きな困難が予想されています。現状のリソグラフィー技術では、光源やレンズ系の設計において22nmよりも微細なパターンを形成することは技術的・経済的に大きな壁があり、また、プラズマエッチングでは、ナノメートルスケールの構造形成においてプラズマからの紫外線照射による表面欠陥生成が大きな問題となっています。特に化合物半導体はシリコンに比べて不安定な材料でプラズマに対して脆弱であるため、プラズマエッチングによる欠陥のないナノ構造作製は不可能であると言われてきました。

一方、ボトムアップによる量子ドットの形成手法としては、格子ひずみを利用したStranski−Krastanow(S−K)成長モードによる自己形成量子ドット作製法が一般的ですが、この手法では寸法のばらつきを十分に抑えることができない、ドットの密度に限界(10−1010cm−2)がある、サイズに制限がある(数10nm程度)、材料を自由に選択することができない、ひずみに伴う格子欠陥が不可避であるなどの問題があります。十分な性能の量子ドット太陽電池や量子ドットレーザーの実現には、良好な量子効果を持つナノ構造の再現性のよい欠陥の発生しない作製技術の確立が急務となっています。

現在、その最有力な手法として、ボトムアップ技術とトップダウン加工技術の融合(プロセスインテグレーション)が注目され、多くの提案がされつつあります。ボトムアップ技術の中でも、バイオテクノロジーは極めて急速に進歩しており、奈良先端技術大学院大学の山下 一郎 教授らは遺伝子操作により改質されたフェリティン変異体などを用いてナノサイズの金属を内包したたんぱく質を作製し、それらの自己組織化によるナノ構造作製を実現しています。一方、トップダウン加工技術では、2001年に寒川教授が、プラズマから放射される電荷や紫外線を抑制して低損傷で高精度のエッチングを可能とする中性粒子ビームの技術を開発し、その効果を最先端超LSIで実証しました。本研究ではそれらの両方を組み合わせたバイオテンプレート技術によって、化合物半導体ナノ構造を無欠陥に作製する技術を開発しました。

<研究の内容>

バイオテンプレート技術は、たんぱく質+金属複合体(バイオコンジュゲート)の自己組織化と、中性粒子ビームエッチング技術を用いることで初めて実現できる微細加工技術です。フェリティンは内部に直径7nmの空洞があり、そこに鉄酸化物が内包されています。フェリティンの自己組織化能を利用して基板上に2次元配置し、外周部のたんぱく質部分を熱処理かオゾン処理で除去すると、2次元配置された7nm径鉄コアのみが残ります。この鉄コアをマスクに中性粒子ビームエッチング加工すると無欠陥でサイズの揃った高密度で等間隔なナノメートルオーダーのナノ円盤構造を基板材料に転写することができます。

本研究では、ガリウムヒ素・量子ドットを中性粒子ビームにより加工するため基板エッチング前表面処理、GaAs/AlGaAs量子井戸構造の無損傷垂直エッチング、エッチング後の表面を保護する技術(パッシベーション)の開発を行いました。ガリウムヒ素のプラズマエッチングには従来3つの大きな問題がありました。まず、ガリウムヒ素表面は酸化しやすく比較的厚い不均一な酸化膜が形成されています。そのため、その酸化膜がマスクとなって表面に凸凹(ラフネス)が発生したり、不均一なエッチングとなります。また、GaClはAsClやAlClよりも揮発しにくく、塩素ガスだけを用いて純粋な化学反応だけでエッチングを行うと表面酸化膜を除去しても表面ラフネスが発生します。そして最も大きな問題は、ガリウムヒ素基板はシリコンに比べて脆弱なためプラズマから照射されるイオン衝撃や紫外線により高密度に欠陥生成が起こることが知られています。そこで、まず水素ラジカルによる表面酸化膜除去方法を開発しました。400℃で加熱しながら水素ラジカル処理を行うと酸化膜だけを選択的に除去できることが分かりました(図1)。

次に、独自に開発した荷電粒子と紫外線を除去した中性粒子ビームを用いてGa、As、Alの等速エッチングを検討しました。塩素ガスにアルゴンを混合させることで、原子層レベルで平坦、しかも欠陥のないエッチングが実現しました(図2図3)。その時、エッチング面の発光特性(フォトルミネッセンス)を測定した結果、プラズマでエッチングした面に比べ10倍発光強度が高いことが分かりました(図4)。これは中性粒子ビームにより損傷が大幅に抑制されていることを示しています。

さらに、そのエッチング表面のパッシベーション効果を検討しました。ここでは、前処理と同様に400℃の温度で水素ラジカルを照射することで塩化物を除去でき、表面未結合手に水素が吸着することが分かりました。この状態でフォトルミネッセンスを検討すると、エッチング直後に比べて3倍発光強度が大きくなり、損傷の影響をより軽減することが分かりました(図4)。

このエッチング技術とバイオテンプレートを組み合わせることで、化合物半導体(ガリウムヒ素)基板上に、厚さ数nm・直径10nm程度の円盤構造を無欠陥・均一・高密度(1012cm−2以上)、等間隔(2nm)で2次元配置できることを示しました(図5)。この量子ナノ円盤構造アレイでは、従来困難であった均一なサイズのナノ構造を2nm間隔で均一かつ高密度に配置できることから、理想的な量子ドット超格子構造注6)を実現できていると考えられ、高効率・量子ドット太陽電池および高効率量子ドットレーザーを実現する構造として極めて有望と言えます(図6)。

<今後の展開>

本研究ではたんぱく質+金属複合体(バイオコンジュゲート)の自己組織化による加工マスク作製とそのマスクを用いた化合物半導体の無欠陥エッチング技術、ナノ構造を作製するバイオテンプレート極限加工法により、個々のサイズと配列位置(周期)の高い制御性と均一性、さらにそれを大面積で容易なプロセスで実現しました。このナノ構造形成技術により理想的な量子効果デバイスの実用化を大きく促進できる準備が今まさに整ったと言えます。今後はこれらの成果をもとに、異なった波長の光を吸収できる、異なった厚さの化合物半導体量子円盤アレイ構造を積層したセルを用いて、多接合方式(タンデム方式)量子ドット太陽電池の試作を行い、理論値60%の可能性を実証する高い変換効率の実現を目指します。また、一桁以上従来に比べて発光効率の高い量子ドットレーザーの開発に展開していきます。

<参考図>

図1

図1 ガリウムヒ素基板表面酸化膜の水素ラジカル処理による除去効果

図2

図2 塩素アルゴン混合中性粒子ビームエッチングによる原子層レベル平坦エッチングの実現

塩素ガスにアルゴンを混合させることで、原子層レベルで平坦な、しかも欠陥のないエッチングが実現できた。

図3

図3 エッチング面の透過電子顕微鏡による欠陥評価

中性粒子ビームでは欠陥が観察されない。

図4

図4 プラズマおよび中性粒子ビームエッチングにおけるフォトルミネッセンス(PL)強度と水素ラジカルによる表面パッシベーションによるPL強度の改善

図5

図5 バイオテンプレートと中性粒子ビームエッチングによる無損傷・均一・高密度ガリウムヒ素量子ナノディスク構造の実現

  1. (1)ガリウムヒ素基板上に鉄内包フェリティンを高密度2次元規則配列。
  2. (2)熱処理によって外周部のたんぱく質を除去し、鉄コアのみを基板上に残す。
  3. (3)鉄コアをマスクとして、中性粒子ビームによりガリウムヒ素基板をエッチング。
図6

図6 ガリウムヒ素量子ナノ構造を用いた量子ドットレーザーおよび量子ドット太陽電池のイメージ図

<用語解説>

注1) バイオテンプレート
光リソグラフィー技術における22nmより微小な領域の光学的(波長、レンズ系)限界および経済的限界をブレークスルーするために生体超分子を加工のテンプレートとして使用する手法。最近、奈良先端技術大学院大学の山下 一郎 教授と東北大学の寒川 誠二 教授は生体内で鉄分をコントロールするたんぱく質・フェリティンを用いて、ナノメートルオーダーの超微細加工を実現している。
注2) 量子ドット
主に半導体において、原子の持つド・ブロイ波長(数nm〜20nm)程度の大きさの粒状の構造を作ると、電子はその領域に閉じ込められる。閉じ込め方向を1次元にしたものを量子井戸構造、2次元のものを量子細線、そして3次元全ての方向から閉じ込めたものを、量子ドットと呼ぶ。量子ドットは、その特異な電気的性質により、単電子トランジスタ、量子テレポーテーション、量子コンピュータ−などへの応用が期待されている。また、大きさを変えることでバンドギャップエネルギーが制御でき、光の吸収や発光の波長を変化させることができるため、量子ドット太陽電池や量子ドットレーザーへの応用も期待されている。これらを実現するためには大きさのそろった量子ドットを作製する必要があり、本研究ではバイオテンプレート法を用いた円盤アレイ構造を提案している。
注3) 量子ドット太陽電池
太陽電池とは、光起電力効果を利用し、光エネルギーを直接電力に変換するデバイスであり、光電池とも呼ばれる。一般的な一次電池や二次電池のように電力を蓄えるのではなく、光起電力効果により、受けた光を即時に電力に変換して出力する。主流のシリコン太陽電池の他、さまざまな化合物半導体などを素材にしたものが実用化されている。また、色素増感型(有機太陽電池)と呼ばれる有機色素を用いた太陽電池も研究されている。
使用する材料がまだ特定されていない太陽電池として、量子効果を用いた太陽電池が検討されており、第三世代型太陽電池とも呼ばれる。例えばp−i−n構造を有する太陽電池のi層中に大きさが数nm〜数10nm程度の量子ドット構造を規則的に並べた構造などが提案され、量子ドット太陽電池と呼ばれる。この量子ドットの間隔を調整することで、基の半導体(シリコンやGaAsなど)のバンドギャップの中に複数のミニバンドを形成できる。これにより、異なる波長の光をそれぞれ効率よく電力に変換することが可能になり、変換効率の理論限界は60%以上に拡大する。現在の一般的な半導体プロセスよりもさらに微細な加工プロセスの開発が必要であり、米国などで開発が進められている。
注4) 量子効果
量子効果には量子サイズ効果とトンネル効果があり、いずれもナノメートルオーダーの構造で発現する。ナノ微粒子の直径を原子のド・ブロイ波長(数nm〜20nm)程度まで小さくすると、電子はその領域に閉じ込められ、とびとびのエネルギー準位をとる。さらに電子の運動の自由度が極端に制限されるために、その運動エネルギーは増加する。従って、粒子径が小さくなるにつれてバンドギャップエネルギーが増加する。この現象を量子サイズ効果と呼ぶ。この量子サイズ効果により、半導体ナノ結晶では光の吸収・発光波長を粒子径により制御することができる。一方、トンネル効果とは、微小な構造において、エネルギー的に通常は超えることのできない領域(ポテンシャル障壁)を粒子が一定の確率で通り抜けてしまう現象のことをいう。例えば、2種類の金属や半導体の間に薄い絶縁物の層(障壁)を挟み、両端に電圧を印加する時、絶縁層の厚さが極めて薄く、ナノメートル(nm)の桁になると、トンネル効果により電流が流れるようになる。
注5) 中性粒子ビーム
プラズマ中に存在する正イオンあるいは負イオンは、電界により加速されると、原子分子、電子、壁などとの衝突で電荷交換して中性化される。この時、運動エネルギーは保存され、方向性を持った中性粒子ビームを生成する。寒川 誠二 教授はフッ素・塩素負イオンを直流電圧により加速することで電荷放出を促し、世界で初めて超高効率・低エネルギー高密度中性粒子ビームを形成した。この中性粒子ビームでは、プラズマからの電荷や紫外線が一切基板に到達しないので、プラズマダメージは完全に抑制される。
注6) 超格子構造
複数の種類の結晶格子の重ね合わせにより、その周期構造が基本単位格子より長くなった結晶格子のことであり、天然に存在しない人工的な結晶構造を作り出すことができる。半導体では、江崎 玲於奈 氏によって提唱され、積層の厚さの加減や原子の種類の選択などによってバンド幅を比較的自由に制御することができる。量子ドット太陽電池では、量子ドット間隔を数nmまで狭くすることで波動関数の染み出しでミニバンドが形成され、単体の量子ドットよりも広範囲な波長領域での光吸収が実現できるとともに、量子ドットで形成された電荷がミニバンドを介して効率よく輸送されるのでキャリア移動度が大きいという利点がある。量子ドット太陽電池や量子ドットレーザーの効率を実用的なレベルまで引き上げるためには超格子構造の形成は不可欠である。

<論文名>

“Defect-free GaAs/AlGaAs Heterostucture Etching Process by Chlorine/Argon Mixed Gas Neutral Beam”
(アルゴン/塩素混合ガス中性粒子ビームによる無欠陥GaAs/AlGaAsへテロ構造エッチング)

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

寒川 誠二(サムカワ セイジ)
東北大学 流体科学研究所 教授
〒980-8577 宮城県仙台市青葉区片平2−1−1
Tel:022-217-5240 Fax:022-217-5240
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<JSTの事業に関すること>

河村 昌哉(カワムラ マサヤ)
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