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平成22年7月27日

科学技術振興機構(JST)
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東京医科歯科大学
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病原体の運び屋である吸血ダニに対する生体防御の仕組みを解明

−悪玉細胞と思われていた好塩基球がダニ防御に活躍−

JST 課題解決型基礎研究の一環として、東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科の烏山 一 教授らは、吸血ダニを生体が排除する仕組みを調べ、白血球の一種である好塩基球注1)が吸血ダニに対する生体防御に非常に重要な役割を果たしていることを明らかにしました。

吸血ダニ(マダニ)は、人間や動物に取り付いて血を吸うだけではなく、細菌・ウイルス・原虫などの病原微生物を私たち動物の体に注入して重篤な感染症を引き起こすため、臨床的にも畜産の上でも重要な寄生虫です。一度ダニ感染を経験した動物は、2度目以降のダニ感染に対して抵抗力を示して、ダニが媒介する病原体による感染症にもかかりにくくなります。ダニに対する抵抗力がどのようにできるかを知ることが感染予防対策上重要ですが、これまでその仕組みに関してはよく分かっていませんでした。

本研究グループは今回、末梢血にわずか0.5%しか存在しない好塩基球が、ダニへの抵抗力を獲得するのに必須の役割を果たしていることを突きとめました。具体的には、好塩基球のみを欠損する実験動物を開発し、それを応用して「一度ダニに感染すると動物の体にダニに対する抗体が作られ、再度ダニに感染した場合には、ダニ抗体で武装した好塩基球が血中から皮膚のダニ吸血部位に集合して一斉にダニを攻撃する」という仕組みを明らかにしました。

これまで好塩基球はアレルギーに関与する悪玉細胞と考えられていましたが、本研究により、好塩基球が寄生虫排除に活躍する善玉細胞であることが判明しました。今後、好塩基球によるダニ排除の分子メカニズムをさらに研究することで、ダニ感染に対する効果的ワクチンの開発などダニが媒介する重篤感染症の制御に向けた新たな戦略が可能になると期待されます。

本研究は、東京慈恵会医科大学 大学院医学研究科 熱帯医学講座、理化学研究所 免疫・アレルギー科学総合研究センター 免疫器官形成研究グループ、東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科 皮膚科学分野の協力を得て行われ、本研究成果は、2010年7月26日(米国東部時間)に米国科学雑誌「The Journal of Clinical Investigation」のオンライン速報版で公開されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)

研究領域 「アレルギー疾患・自己免疫疾患などの発症機構と治療技術」
(研究総括:菅村 和夫 宮城県立がんセンター 総長)
研究課題名 「新たなアレルギー発症機構の解明とその制御」
研究代表者 烏山 一(東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科 教授)
研究期間 平成21年10月〜平成27年3月

JSTはこの領域で、アレルギー疾患や自己免疫疾患を中心とするヒトの免疫疾患を予防・診断・治療することを目的に、免疫システムを適正に機能させる基盤技術の構築を目指しています。

上記研究課題では、「好塩基球」や「高IgE症候群」に関するアレルギー研究の成果を基盤として、従来とは異なるアプローチで、新たなアレルギー発症機構やその制御機構を分子レベル、細胞レベル、個体レベルで解明し、新規アレルギー治療法開発の基盤技術の確立を目指します。

<研究の背景と経緯>

マダニは、家の中の埃にいて喘息やアトピー性皮膚炎の原因となるダニとは異なり、人間や動物の皮膚から吸血をする寄生虫で、世界各地で1,000種類近くが確認されています(図1A)。普段は草むらに隠れていて、人間や動物が近づくとその皮膚に取り付き、1〜2週間かけて体重が100倍以上に増加するほど強烈に血を吸います(図1B)。そのため、沢山のダニに感染した動物では貧血や栄養状態の悪化が引き起こされますが、さらにやっかいなことに、ダニは重篤な感染症も媒介します。細菌・ウイルス・原虫などの病原微生物に汚染された野生動物を吸血したダニは、それらの病原体を保持し、次に人間や家畜、ペットに取り付いた際に、吸血とともに病原体を注入します(図2A)。これらの病原体が人間や動物の体内で繁殖して、人獣共通感染症注2)と呼ばれる重篤な感染症を引き起こします。スピロヘータ菌によって引き起こされるライム病(Lyme disease)は、北米、ヨーロッパ、日本を含むアジア地域で最もよく見られるダニ媒介感染症の1つで、ダニの刺し口周辺の紅斑(図2B)のほか、発熱・悪寒・頭痛・筋肉痛・関節痛などインフルエンザのような症状が現れます。悪化すると関節炎、神経症状、循環器症状などさまざまな全身症状を伴う重篤な感染症です。アウトドアブームによって都会の人々が森林・山野に入る機会も増え、また殺虫剤が効かない耐性ダニが出現したことで、ダニによって媒介される重篤感染症の脅威が以前にも増して問題になっています(図2C)。人間だけでなく、牛などの家畜におけるダニ吸血とダニ媒介感染症も多大な経済損失を及ぼし、畜産上も重要な課題です。

しかし、一度マダニに感染すると動物側にダニに対する抵抗性(耐性)ができて2度目以降の感染は軽度で済み、その結果、ダニが媒介する病原体による感染症にかかりにくくなることが知られています。このダニ耐性獲得の仕組みが分かれば、殺虫剤に代わるワクチン開発に役立つものと期待されますが、その仕組みの詳細は長い間不明のままでした。

<研究の内容>

本研究グループは世界に先駆けて、血球細胞の1つである好塩基球(図3A)のみを欠損するモデル動物(マウス)の開発に成功し、さらにこのモデル動物を解析することで、末梢血にわずか0.5%しか存在しない好塩基球が、ダニに対抗する抵抗力を獲得するのに必須の役割を果たしていることを突き止めました。

1.2度目のダニ吸血部位には好塩基球が沢山集積していることを発見

新たに開発した好塩基球特異的抗体を用いてダニ吸血部位を解析したところ、これまで検出不能とされていた好塩基球が、実はダニの刺し口の周囲に多数集積していることが分かりました(図3B)。この好塩基球の集積は抵抗力ができたマウスの2度目の感染部位に認められましたが、まだダニ抵抗力ができていない1度目のダニ感染部ではありませんでした。

2.世界に先駆けて、好塩基球のみを欠損するマウスの開発に成功

好塩基球は血球細胞の一種ですが、末梢血白血球のわずか0.5%を占めるに過ぎず、また末梢組織中に存在する肥満細胞と類似性があるため、長い間その存在意義が疑問視されていました。好塩基球の生体内での働きを調べたくても、適切なモデル動物(とくに好塩基球のみを欠損する動物)が存在しないため研究が頓挫するというのが実状でした。このような状況を打破するために、本研究グループは発生工学の技術を用いて、好塩基球のみに毒素の受容体を表出させたマウスを樹立し、毒素を注射することで好塩基球のみを死滅・除去することに成功しました(図4)。これにより、好塩基球が存在する場合と好塩基球が存在しない場合の生体反応を比較することで、生体内での好塩基球の役割を調べることが可能となりました。

3.好塩基球を生体内で除去するとダニに対する抵抗力が消失

上記のモデルマウスを用いて、2度目のダニ感染の直前に好塩基球を除去すると、ダニに対する抵抗力が消失し、ダニがまるで1度目の感染の時のように活発に吸血することが分かりました(図5)。また、抗体のできない変異マウスや抗体受容体のない変異マウスの解析から、「一度ダニに感染すると動物の体にダニに対する抗体が作られ、再度ダニに感染した場合には、ダニ抗体で武装した好塩基球が血中から皮膚のダニ吸血部位に集合して一斉にダニを攻撃する」という巧妙な仕組みが存在することが明らかになりました。

4.好塩基球が実は寄生虫排除に重要な善玉細胞であることが判明

これまで、好塩基球はその数が極端に少ないことから、取るに足らない血球細胞であると誤解され、またアレルギー反応との関連で解析されることが多かったため、「進化上の遺物」「アレルギーに関与する悪玉細胞」といったレッテルを貼られていましたが、本研究により、数少ない好塩基球が実は寄生虫排除に重要な働きをする善玉細胞であることが明らかになりました。まさに、「山椒は小粒でもピリリと辛い」という言葉がぴったり当てはまる細胞と言えます。

<今後の展開>

今回の研究で、ダニに対する生体防御における好塩基球の重要性が明らかとなりました。今後、好塩基球がダニを攻撃する際に使う武器をさらに詳しく解析することで、ダニが媒介する重篤感染症の制御に向けた新たな攻略法開発が可能になると期待されます。寄生虫に対する生体防御反応とアレルギー反応は表裏一体の関係にあり、本来寄生虫に向けられるべき攻撃が無害な物質に対しても仕掛けられ、アレルギーを引き起こすことも考えられるので、寄生虫感染における好塩基球の研究はアレルギー病態の解明にも役立つと思われます。本研究で世界に先駆けて開発した好塩基球欠損マウスは、これまで停滞していた好塩基球研究を一気に加速させる起爆剤となることは間違いなく、さまざまな免疫疾患における好塩基球の役割が明らかになることが期待されます。

<参考図>

図1

図1 吸血ダニ(マダニ)

(A) マダニのオスとメス。

(B) 動物の皮膚に取り付いたダニは1〜2週間かけて体重が100倍以上に増加するほど大量の血を吸います。

図2

図2 ダニは吸血とともに病原体を動物に注入し、感染症を引き起こします

(A) ダニは吸血するとともに、唾液をはき出し、その中に含まれる病原体を動物に伝搬します。

(B)ダニが媒介するライム病におけるダニ刺咬部位の紅斑。

(C)米国におけるライム病の増加。

図3

図3 2度目のダニ感染時には、ダニ吸血部位に好塩基球が集積します

(A) 好塩基球の形態(電子顕微鏡写真):小さくて丸い顆粒を持っています。

(B) 2度目のダニ感染時にはダニに対する抗体で武装した好塩基球がダニの吸い口の周辺に集積します。(左)模式図。(右)実際の皮膚組織の顕微鏡写真。茶色に染まった細胞が好塩基球です。

図4

図4 好塩基球のみを欠損する遺伝子改変マウスの樹立に成功

発生工学の技術を応用して、ジフテリア毒素の受容体を好塩基球だけに表出させたマウスを開発しました。このマウスにジフテリア毒素を注射すると好塩基球のみを除去することができます。このマウスを用いて、これまで困難であった好塩基球の機能解析が可能となりました。

図5

図5 好塩基球はダニに対する抵抗力獲得に重要な役割を果たします

2度目のダニ感染では、ダニ吸血部位に沢山の好塩基球が集まってきます(A左)。図4で紹介した新規モデルマウスを使って好塩基球を除去すると(A右)、ダニに対する抵抗力が消失して、ダニはまるで1度目の感染の時のように活発に吸血します(A右とB)。

<用語解説>

注1) 好塩基球
末梢血中を循環する血球細胞の1つで、好中球と好酸球とともに顆粒球として分類されます。非常に数が少なく、末梢血白血球のわずか0.5%を占めるに過ぎません。1879年にドイツの科学者ポール・エールリッヒによってその存在が明らかにされましたが、それ以降長い間、その生理的機能・存在意義に関しては不明でした。ところが最近になって、本研究グループをはじめとする世界中の研究者が好塩基球のユニークな役割を次々と明らかにしており、注目の的となっています。
注2) 人獣共通感染症
ヒトとそれ以外の動物の両方に感染または寄生する病原体により生じる感染症のこと。ライム病、紅斑熱、脳炎、バベシア症などが知られています。

<論文名>

“Selective ablation of basophils in mice reveals their nonredundant role in acquired immunity against ticks”
(好塩基球特異的欠損マウスの樹立・解析から、吸血ダニに対する生体防御における好塩基球の重要な役割が明らかとなった)
doi: 10.1172/JCI42680

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

烏山 一(カラスヤマ ハジメ)
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科 免疫アレルギー分野 教授
〒113-8519 東京都文京区湯島1−5−45
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<JSTの事業に関すること>

河村 昌哉(カワムラ マサヤ)
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