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平成22年6月21日

独立行政法人沖縄科学技術研究基盤整備機構
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科学技術振興機構(JST)
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同志社大学

成熟したシナプスの情報伝達を維持する新たな仕組みを発見

―精神神経疾患の治療法開発に期待―

沖縄科学技術研究基盤整備機構の山下 貴之 グループリーダーらは、成熟したシナプスの情報伝達の維持に関わる新たな仕組みを発見しました。

ヒトの脳においては、莫大な数の神経細胞が神経回路を構成しています。この回路に活動電位注1)と呼ばれる電気信号が伝わることによって、脳はさまざまな働きを行います。神経細胞同士の接点はシナプス注2)と呼ばれ、情報の送り手となるシナプス前末端の神経終末には、神経伝達物質を蓄えたシナプス小胞注3)が集まっており、活動電位が伝わると、小胞の膜と神経終末の細胞膜が融合して、伝達物質が放出され、隣接する神経細胞に活動電位を発生させます。情報が伝達されるたびにシナプス小胞が失われていきますが、一方で失われたシナプス小胞を再生して一定数に保ち、情報伝達を維持する仕組みが備わっていることがわかっていました。しかし、その仕組みの分子メカニズムには不明な点が多く残されていました。

本研究グループは、生後のさまざまな時期のラットの脳幹注4)から薄いスライスを切り出し、巨大神経終末において、シナプス前末端の膜容量の変化を記録することによりシナプス小胞の膜融合と再生をモニターしました。そして、成熟したラットのシナプス前末端内において、電気信号によって流入したカルシウムイオン(Ca2+)で作られるCa2+ナノドメイン注5)と呼ばれる、微小なCa2+高濃度領域がシナプス小胞の膜融合と再生を同時に誘発することを明らかにしました。これにより、シナプス小胞の再生の仕組みが、個体の成熟に伴って変化を遂げることが分かりました。

シナプス小胞の再生の仕組みに異常が生じれば、シナプスの情報伝達機能を維持する能力が低下して、脳の働きが損なわれることになります。今回得られた知見は、精神神経疾患の治療法開発につながるものと期待されます。

本研究は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)の研究課題「シナプス前性神経回路制御メカニズムの生後発達」(研究代表者:高橋 智幸 同志社大学 生命医科学部 教授・沖縄科学技術研究基盤整備機構 代表研究者)の一環として行われました。

本研究成果は、2010年6月20日(英国時間)に英国科学雑誌「Nature Neuroscience」のオンライン速報版で公開されます。

<研究の背景と経緯>

シナプスにおける情報伝達は、神経回路の作動制御において中心的役割を果たします(図1)。例えば、シナプス前末端の神経終末から放出される神経伝達物質の1つであるグルタミン酸の量が充分でない場合、シナプスの後細胞に活動電位が発生せず、神経回路は作動しません。認知症やパーキンソン病などの難治性神経疾患では、シナプスにおける情報伝達の異常によって神経回路が正常に作動していないものと推測されています。また、ほ乳動物のシナプスは胎児期に形成され、生後発達とともに機能が成熟、分化しますが、このプロセスにおいて、さまざまなタンパク質の消長と、それに起因すると思われるシナプス特性の変化が観察されます。しかしながら、シナプス前末端における研究は、技術的に困難なために取り残されている状況にありました。

本研究グループはこれまでに、ヘルドのカリックスと呼ばれる、脳幹にあり聴覚信号を中継する巨大神経終末において、シナプス前末端と後細胞から同時に電気信号記録を行い、顕微鏡下で神経細胞とシナプスを生きたままの状態で観察することを可能としました。そして、シナプスにおける情報伝達の維持に、シナプス小胞の再生が不可欠であることを示してきました(図2)。シナプス小胞の再生機構に関して、現在多くの研究がなされていますが、未成熟なシナプスや培養細胞を用いた研究が主流で、シナプスの生後発達変化を考慮した研究はほぼ皆無でした。そこで今回、本研究グループは、小胞再生機構の生後発達変化を明らかにすることを計画し、特にCa2+の役割に着目して研究を行いました。Ca2+は、活動電位がシナプス前末端に到達すると、Ca2+チャネルを通って細胞内に流入することが良く知られていますが、このCa2+が小胞の再生にどのように関わるかについては定説がなく、この点を明らかにすることを目指しました。

<研究の内容>

生後のさまざまな時期のラット脳幹スライス標本にホールセル・パッチクランプ法注6)を適用し、ヘルドのカリックスのシナプス前末端から電気記録を行いました(図3)。ホールセル・パッチクランプ法を使うと、ガラス電極を介してシナプス前末端内に各種の薬剤を投与することが可能です。今回、シナプス前末端における小胞の膜融合と再生を膜容量変化記録により定量しながら、Ca結合剤注7)や各種タンパク質の阻害薬を投与しました(図4)。その結果、Ca2+との結合速度が遅いEGTAでは、未成熟シナプスにおいてシナプス小胞の再生を阻害するという過去の報告を確認することができましたが、生後発達に伴って、EGTAの効果が消失しました(図5)。成熟するにつれてシナプス小胞の再生を阻害するためにはより速くCa2+に結合するBAPTAが必要なことが新たに分かりました(図4図6)。この結果は、成熟したシナプスにおいては、Ca2+チャネルのごく近傍のCa2+ナノドメイン内の局所的Ca2+濃度上昇がシナプス小胞の再生に必須であることを示すもので(図6)、成熟したシナプスのシナプス小胞の膜融合と再生とのバランスを調節する仕組みが初めて明らかになりました。これにより、シナプス小胞の再生の仕組みが、個体の成熟に伴って変化を遂げることがわかりました。

また、これまでシナプス小胞の再生に関わるCa2+に依存して活性化する一連のタンパク質として、カルモジュリン・カルシニューリン注8)が重要と考えられておりましたが、活性阻害剤をシナプス前末端に注入して膜容量の記録を行ったところ、これらのタンパク質のシナプス小胞再生への関与は未成熟シナプスに限局しており、シナプスの成熟に伴いその関与が失われることが明らかになりました。

<今後の展開>

今回の発見は、シナプス伝達機能を長時間維持するためには、Ca2+ナノドメインにおける高濃度Ca2+上昇が重要であることを示しています。今後は、成熟シナプスのシナプス小胞の再生に関わるCa2+の下流にある分子を明らかにして、それに連なる分子との相互作用について研究を展開することが重要となります。Ca2+に依存して活性化する一連のタンパク質による小胞再生メカニズムを解明することによって、認知症やパーキンソン病などの難治性神経疾患の分子基盤の一端が明らかになり、治療法の開発が可能になることが期待されます。今回の研究成果はそのための第一歩と位置づけられます。

<付記>

本研究は、沖縄科学技術研究基盤整備機構の細胞分子シナプス機能ユニットにて山下 貴之 グループリーダーを中心として、江口 工学 研究員、高橋 智幸 代表研究者、同志社大学 生命医科学部の齋藤 直人 准教授、およびVollum InstituteのHenrique von Gersdorff博士と共同で行われました。

<参考図>

図1

図1 シナプスは、神経回路を開閉します。左図:伝達物質の作用による膜電位変化(黒)が一定値(点線)に達すると、活動電位(青)が発生し、軸索末端へと伝わり(左下図)、神経回路の一部(右図赤)が働く(開く)ことになります。

図2

図2 神経終末端の模式図。シナプス小胞は神経終末端の細胞膜に融合した後、回収されて、再生(矢印)されることによって、枯渇することなく、いつまでもシナプスの働きを持続・維持させます。

図3

図3 ヘルドのカリックス(Calyx of Held)。左の電極(*)で終末端(Pre)から活動電位を、右の電極(**)で、後細胞(Post)からシナプス電流を記録しています。

図4

図4 神経終末端の膜面積を反映する膜容量変化(Cm)を記録して、シナプス小胞の開口(↑)と再生(↓)を定量(1)。小胞開口によって一旦増加した膜容量が、BAPTAの末端内注入により、ベースラインに戻らなくなることから小胞再生がブロックされたことがわかります(2)。下段はCmのピーク値を揃えて再生時間を比較。

図5

図5 小胞再生EGTA感受性の生後発達に伴う消失。生後7-9日のシナプスでは前末端内に10 mM EGTAを負荷することによって(赤トレース)、小胞再生膜容量変化が抑制されますが、生後13-14日になると、この抑制作用は消失します。右端の図では、膜容量変化の最大値を正規化して、小胞再生膜容量変化の時間経過を比較しています。

図6

図6 Ca2+チャネルを通過して流入したCa2+によって高濃度のCa2+ナノドメインが作られ、シナプス小胞(vesicle)の開口放出と再生を誘発します。Caナノドメインは、Ca2+結合速度の速いBAPTAによってキレートされますが、結合速度の遅いEGTAは無効です。

<用語解説>

注1) 活動電位
振幅0.1ボルト、持続時間0.5-1ミリ秒の生体電気信号。神経細胞の電位依存性ナトリウムイオンチャネルを自己再生的に活性化することによって伝わる。
注2) シナプス
神経細胞間の接合部分。神経細胞間は、数万分の1mmほどの隙間(シナプス間隙)が存在する。シナプス前末端からグルタミン酸などの神経伝達物質が放出され、シナプス後細胞がこれを受け取ることによって情報が伝達される。
注3) シナプス小胞
シナプス前末端細胞内にある直径40−50ナノメートルの小胞。内部に神経伝達物質を含み、細胞表面の膜と融合することによって、それを細胞外に放出する。
注4) 脳幹
脊髄の上部に位置し、生命の維持を担う脳。
注5) Ca2+ナノドメイン
Ca2+チャネルの開口に伴って細胞内に流入したCa2+が引き起こす一過性高濃度Ca2+領域(Ca2+ドメイン)のうち、特に、直径数十ナノメートル以内にシナプス小胞の開口放出部位を有するものの名称。
注6) ホールセル・パッチクランプ法
ガラス電極の先端を細胞膜に密着させた後、電極内に陰圧を加えて電極先端の膜を破壊し、これによって細胞内と電極内を交通させる方法。これによって、細胞膜全体を通過する電流を測定することが出来る。
注7) Ca結合剤
Ca2+に特異的に結合する薬剤。EGTA、BAPTAなどがある。EGTAは結合が遅いため、Ca2+ナノドメイン内の一過性Ca2+濃度上昇を阻害しない。一方、BAPTAは結合が速く、それを抑えることができる。
注8) カルモジュリン・カルシニューリン
カルモジュリン:Ca結合タンパク質。Ca依存的にさまざまな酵素と結合して活性化する。カルシニューリン:カルモジュリンの結合によって活性化し、タンパク質を脱リン酸化する酵素のひとつ。別名、カルモジュリン依存性フォスファターゼ。

<論文名>

"Developmental shift in the mechanism of synaptic vesicle endocytosis to require Ca2+ nanodomain"
(シナプス小胞エンドサイトーシスのメカニズムは生後発達と共に変化し、Ca2+ナノドメインが重要になる)
doi: 10.1038/nn.2576

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

山下 貴之(ヤマシタ タカユキ)
沖縄科学技術研究基盤整備機構 細胞分子シナプス機能ユニット グループリーダー
〒904-0412 沖縄県国頭郡恩納村谷茶1919-1
Tel:098-966-8534 Fax:098-966-8563
E-mail:

高橋 智幸(タカハシ トモユキ)
同志社大学 生命医科学部 教授
沖縄科学技術研究基盤整備機構 細胞分子シナプス機能ユニット 代表研究者
〒610-0394 京都府京田辺市多々羅都谷1-3
Tel:0774-65-6867 Fax:0774-65-6868
E-mail:

<OISTに関すること>

名取 薫(ナトリ カオル)
沖縄科学技術研究基盤整備機構・総務グループコミュニケーション・広報課
〒904-0412 沖縄県国頭郡恩納村谷茶1919-1
Tel:098-966-2389 Fax:098-966-2152
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<JSTに関すること>

河村 昌哉(カワムラ マサヤ)
科学技術振興機構 イノベーション推進本部 研究領域総合運営部
〒102-0075 東京都千代田区三番町5番地 三番町ビル
Tel:03-3512-3531 Fax:03-3222-2066
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<同志社大学に関すること>

太田 博之(オオタ ヒロユキ)
同志社大学 生命医科学部・生命医科学研究科事務室
〒610-0394 京都府京田辺市多々羅都谷1-3
Tel:0774-65-6020 Fax:0774-65-6019
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