JST 課題解決型基礎研究の一環として、慶應義塾大学 理工学部の黒田 忠広 教授らのCRESTチームが、世界最小消費電力量0.01pJ/b(ピコジュール/ビット=1ビットのデータ伝送に必要なエネルギーが1ジュールの100兆分の1)の積層チップ間無線通信技術を開発しました。
情報通信機器の消費電力の増大が地球環境問題の一因として重要な課題となっています。特に半導体VLSI注1)チップ間のデータ通信に要する消費電力が急増しており、情報通信機器の高性能化と低消費電力化を両立させるためには、高速かつ低消費電力な積層チップ間データ通信技術の開発が急務です。
本CRESTチームは、コイルを搭載したチップを三次元に積層実装しコイル間の磁気結合注2)を利用してチップ間データ通信を行う技術を考案し、世界にさきがけて研究してきました。今回は、送信コイルに工夫を加えることで送信回路の素子数を削減し、消費電力量を0.01pJ/bに低減することに成功しました。これにより、当初目標であった「電力量の1000分の1の低減」を達成しました。
この技術により、ボタン電池1個分のわずかなエネルギーで、2時間映画にして600万本分ものデータをチップ間で伝送できます。これは、1400年分の映像記録に相当するデータ量です。また、開発した通信技術は省電力でありながら、データ伝送速度は通信チャネルにつき毎秒1ギガビット超と高速です。レイアウト面積は小さく、小さなチップ領域に多数の通信チャネルを配置できます。例えば25組の通信チャネルを0.05mm四方のチップ領域に配置して、2時間映画1本を1秒で伝送することができます。さらに、本技術は従来のVLSI製造技術で実現できるので、追加のコストが要りません。
本研究成果は、2010年6月16日から18日(米国ハワイ時間)に米国・ハワイで開催される国際会議「VLSI回路シンポジウム」で発表されます。
本成果は、JSTの以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。
戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)
研究領域 |
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「情報システムの超低消費電力化を目指した技術革新と統合化技術」
(研究総括:南谷 崇 キヤノン株式会社 顧問)
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研究課題名 |
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「高性能・超低電力短距離ワイヤレス可動情報システムの創出」 |
研究代表者 |
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黒田 忠広(慶應義塾大学 理工学部 電子工学科 教授) |
研究期間 |
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平成17年10月~平成23年3月 |
JSTは、本研究領域で、スーパーコンピュータから携帯情報端末など多様な応用分野に適用でき、消費電力あたりの処理性能を100倍から1000倍に高性能化できる超低消費電力技術の研究開発を推進しています。本研究課題では、ワイヤレス可動情報システムにおけるチップ間通信の消費電力を1000分の1に低減することを目指して研究を進めてきました。
<研究の背景と経緯>
情報通信機器の高性能化に伴う消費電力の増大が地球環境問題の一因として大きな課題となっています。情報通信機器は、複数のVLSIチップを基板上に平面配置して構成していますが、ムーアの法則に従って飛躍的に向上するチップの性能を十分に引き出すためには、チップ間のデータ通信も高速化する必要があり、近年そのために、チップ間のデータ通信に要する消費電力が急増しています。
そこで、チップを平面配置するのではなく、積層して三次元実装する技術の研究が世界的に行われています。チップを積層することで、通信距離を短くできるとともに、チップ面に多数の通信チャネルを設置することができるので、消費電力を抑えながら通信速度を高めることができます。
慶應義塾大学の黒田 忠広 教授らの研究グループは、これまでもチップに搭載したコイルの磁気結合を利用した画期的なデータ通信技術を世界にさきがけて開発してきました。
<研究の内容>
本CRESTチームは今回、世界最小電力0.01pJ/bの三次元積層チップ間通信技術を開発しました。0.01pJ/bというのは、1ビットのデータを送るのに1ジュールの100兆分の1のエネルギーしか消費しないということです。ボタン電池1個分のエネルギーで200ペタビット(ペタは10の15乗で1000兆)ものデータを伝送することができます。このデータ量は、2時間映画に換算すると600万本分となり、1400年分の映像記録に相当します。また、開発した通信技術は省電力でありながら、データ伝送速度は通信チャネルにつき毎秒1ギガ超ビット(ギガは10億)と高速です。レイアウト面積は0.01mm四方以下で、小さなチップ領域に多数配置できます。例えば、25組の送受信器を0.05mm四方のチップ領域に配置して、2時間映画1本をわずか1秒で伝送することができます。さらに本技術は従来のVLSI製造技術で実現できるので、追加のコストが要りません。
今回開発したチップ間通信技術は、チップ上に形成したコイル間の磁気結合を用いた無線通信技術で、本CRESTチームが5年間に渡って研究してきた技術です。当初目標であった「電力量の1000分の1の低減」を達成しました(図1)。
低電力化のための技術課題は、送信回路を効率よく動作させることでした。従来の磁気結合送信回路は、1と0のデジタルデータを送信するために複数のトランジスターを電源とグランド注3)の間に縦積みにする必要があったため、効率が悪く、大きな電力を消費していました。今回、巻き方向を逆転させた2つのコイルを重ね合わせて1つの磁気結合チャネルを形成する二重コイル送信方式を考案し、送信回路の効率を向上してこの問題を解決しました。一方のコイルで1のデジタルデータを送信し、もう一方のコイルで0のデジタルデータを送信します。この二重コイル送信方式により、電源とグランドの間に必要なトランジスターの数が1個で済みます。その結果、効率が改善され、電力量を0.01pJ/bに低減することに成功しました。
<今後の展開>
開発されたチップ間無線通信技術は、数年以内にさまざまな電子情報通信機器に実用化されると考えています。代表的な応用例の1つは、ソリッドステート・ドライブ(SSD)です。SSDは、サーバー、パソコン、モバイル端末で広く利用される大容量記憶装置で、将来、100枚を超える積層メモリチップで構成されると見込まれており、チップ間通信に大きな電力を必要とする機器の1つです。本研究成果を用いることにより、消費電力を大幅に低減することができます。
さらに、非接触メモリカードという新製品の創出も期待できます。メモリカードの電力給電とデータ通信を磁気結合で行います。新たな研究課題は、磁気結合通信の通信距離の延長と、データ通信と電力給電の干渉対策です。非接触メモリカードについては、CREST研究領域「ディペンダブルVLSIシステムの基盤技術」において、現在研究が進められています。
<参考図>
図1 本CRESTチームの研究成果のまとめと従来技術との比較:
今回の0.01pJ/bの実現で、「1000分の1の低消費電力化」を達成
図2 本CRESTチームが開発した電力量削減効果実証用の試作チップ
<用語解説>
- 注1) VLSI
- Very Large Scale Integration(超大規模集積回路)の略。半導体チップ上の集積回路素子数が10万個以上のもの。
- 注2) 磁気結合
- コイル間に生じる磁場の結合のこと。例えばコイルAに電流を流すと、コイルAの周辺に磁場が発生します。コイルAが発生した磁場の中にコイルBがある状態が、コイルAとコイルBが磁気結合している状態です。この時、コイルAに流れる電流を変化させるともう一方のコイルBがおかれている磁場が変化します。コイルBには、この磁場の変化を打ち消すように逆向きの電圧が発生します。
- 注3) グランド
- 回路のすべての端子電圧の基準となる電圧のこと。
<論文名>
“A 0.7V 20fJ/bit Inductive-Coupling Data Link with Dual-Coil Transmission Scheme,”
(二重コイル送信方式を用いた0.7V 20fJ/bit磁気結合データリンク)
doi: 10.1109/VLSIC.2010.5560299
※ 論文投稿時の実測電力量が20fJ/bit(=0.02pJ/b)だったため、論文タイトル中の電力量が20fJ/bitとなっていますが、再評価したところ、電力量が10fJ/bit(=0.01pJ/b)まで低減できることを確認しました。この成果を国際会議「VLSI回路シンポジウム」会場で発表します。
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<お問い合わせ先>
<研究に関すること>
黒田 忠広(クロダ タダヒロ)、三浦 典之(ミウラ ノリユキ)
慶應義塾大学 理工学部 電子工学科 教授、大学院理工学研究科 特別研究助教
〒223-8522 神奈川県港北区日吉3-14-1 慶應義塾大学矢上キャンパス23棟315室
Tel:045-566-1534 Fax:045-566-1534
E-mail:
研究室ホームページ:http://www.kuroda.elec.keio.ac.jp
<JSTの事業に関すること>
長田 直樹(ナガタ ナオキ)
科学技術振興機構 イノベーション推進本部 研究領域総合運営部
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