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平成22年6月11日

名古屋大学
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科学技術振興機構(JST)
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キラルアンモニウムヨウ素酸塩を不斉触媒に用いる酸化的エーテル環化反応の開発:

光学活性2-アシル-2,3-ジヒドロベンゾフラン類の環境に優しい不斉合成に成功

JST 課題解決型基礎研究の一環として、名古屋大学の石原 一彰 教授らは、キラル第四級アンモニウムヨウ素酸塩注1)(1-10 mol%注2))を不斉触媒に、過酸化水素またはtert-ブチルヒドロペルオキシド(TBHP)を共酸化剤注3)に用いる不斉酸化的エーテル環化反応を開発し、光学活性2-アシル-2,3-ジヒドロベンゾフラン(2)を高収率注4)(≤99%)かつ高選択的(≤96% ee注5))に合成することに成功しました。生成物は結晶性がよく、再結晶操作で>99% eeに光学純度を上げることができました。キラル第四級アンモニウムヨウ素酸塩(不斉触媒注6))を、相当するキラル第四級アンモニウムヨージド(触媒前駆体注7))と共酸化剤から、常圧、室温条件下において、反応フラスコ内で調製し、その触媒溶液に出発原料の2-(2-ヒドロキシフェニル) エチル-N-フェニルイミダゾリルケトン(1)を加えて不斉酸化的エーテル環化反応を行いました。この方法では、触媒を単離する必要がなく、実験操作が極めて簡単です。このことは実用化する上で重要な要素です。96% eeと言う不斉収率注8)は世界中でこれまでに開発された超原子価ヨウ素注9)触媒のなかで最高値です。また、触媒効率(1-10 mol%)もこれまでのキラル超原子価ヨウ素触媒のなかで最高です(図1)。尚、キラル第四級アンモニウムカチオンの設計には、京都大学の丸岡 啓二 教授らによって開発されたキラル相間移動触媒のスピロ型のアンモニウムカチオンを利用しました。

生理活性を有する天然物のなかには、多種類の光学活性注10)2-アシル-2,3-ジヒドロベンゾフラン誘導体が発見されており、今回開発した反応はこれらの効率的な合成に有効で、目的生成物以外に副生するのは水またはtert-ブタノールのみです。極めて環境に優しい理想的な有機反応と言えます。医薬品の合成プロセス、新薬の探索研究への応用が期待されます。今回開発した反応で用いる不斉触媒は金属を含まない毒性の低い有機触媒です。今回の研究成果は、無機物であるヨウ素酸塩を触媒に用いる環境調和型酸化的エーテル環化反応を世界で初めて開発しただけでなく、その不斉触媒の開発にも成功したことが高い評価に繋がりました。亜ヨウ素酸塩は超原子価ヨウ素化合物の一種です。本研究成果は従来の触媒の核として利用されてきた金属の代替元素として、ヨウ素が有用であることを強く示すものです。本研究成果は、2010年6月11日(米国東部時間)に米国科学誌「Science(サイエンス)」に掲載され、同時にオンライン版で公開されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

JST 戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)

研究領域 「プロセスインテグレーションに向けた高機能ナノ構造体の創出」
研究総括 入江 正浩(立教大学 理学部 教授)
研究課題名 「酸・塩基複合型超分子動的錯体を鍵とする高機能触媒の創製」
研究代表者 石原 一彰(名古屋大学 大学院工学研究科 教授)
研究期間 平成21年10月〜平成27年3月

JSTはこの領域で、自己組織化に代表される従来のボトムアッププロセスに、分子レベルでの精緻な機能を利用して自己構造化や自己修復などの新たな手法を取り込んで一段の高度化を図ることによって新規高機能ナノ構造体の創出を目指しています。

上記研究課題では、環境に優しい精密合成技術の実現を目標に、生体酵素を凌駕する高機能ナノ触媒の創製とその効率的調製法の確立を目指します。酸・塩基複合化学を基盤に多様な動的機能を備えた超分子自己会合型触媒を開発します。

<背景その1>

医薬品等の光学活性化合物を選択的に効率よく合成するために、不斉触媒の開発が必要不可欠です。野依 良治 博士のノーベル化学賞の研究業績に代表されるように、従来型の不斉触媒の多くは金属錯体であり、その金属イオンには、しばしば、パラジウムやルテニウムなどのレアメタルや、クロム、マンガン、オスミウムなどの有害元素が利用されてきました。しかし、最近では、環境問題や資源の有効利用の観点から、希少元素や有害元素の使用を回避する環境調和型の触媒開発が産業界から強く求められています。

<背景その2>

上記の問題から、最近は、金属に頼らず、有機酸(リン酸、スルホン酸等)や有機塩基(アミン)などを不斉有機分子触媒に用いる方法が盛んに研究・開発されています。しかし、その一方で、遷移金属の特徴である酸化・還元機能を持ったキラル有機分子触媒の開発はこれからの研究課題です。

<背景その3>

ヨウ素はうがい薬や消毒薬にも使われる身近な化学物質です。化学的には、ヨウ素元素(I)はハロゲンに属し、そのなかでも原子サイズが大きく分極しやすく電気陰性度が小さいため、その原子価(I-(-1価)、I+(+1価))を容易に拡張し、オクテット則を超える超原子価ヨウ素化合物(ヨウ素元素の超原子価:+3、+5、+7)を形成することが知られています。当研究室では、ヨウ素元素に遷移金属元素同様、価数を変化させる機能、即ち酸化・還元機能があることに着目し、レアメタルの代わりにヨウ素元素を用いた有機分子触媒の開発研究を行っています。因に、日本はチリに続き、ヨウ素生産量第2位であり、日本のヨウ素生産量のほとんどは千葉県の水溶性天然ガス鉱床(南関東ガス田)から産出する地下水から生産されており、資源小国である日本にとっては貴重な輸出資源です。千葉県は世界一のヨウ素産出地です。

<研究の内容>

キラル第四級アンモニウムヨウ素酸塩(1-10 mol%)を不斉触媒に、過酸化水素またはtert-ブチルヒドロペルオキシド(TBHP)を共酸化剤に用いる不斉酸化的エーテル環化反応を開発し、光学活性2-アシル-2,3-ジヒドロベンゾフラン(2)を高収率(≤99%)かつ高選択的(≤96% ee)で合成することに成功しました。10 mol%の触媒を用いた場合、数時間で反応は完結しました。触媒量を1 mol%に減らしても17時間以内に完結しました。我々が知る限り、これまでの有機ヨウ素化合物由来の超原子価ヨウ素触媒を使った反応では、少なくとも10 mol%の触媒量を要し、17時間以上費やしても反応が完結した例はありません。生成物の多くの結晶性がよく、再結晶操作で>99% eeに光学純度を上げることができました(図2)。

キラル第四級アンモニウムヨウ素酸塩(不斉触媒)は、相当するキラル第四級アンモニウムヨージド(触媒前駆体)と共酸化剤から、常圧、室温条件下において、反応フラスコ内で調製し、その触媒溶液に出発原料の2-(2-ヒドロキシフェニル)エチル-N-フェニルイミダゾリルケトン(1)を加えて不斉酸化的エーテル環化反応を行いました。この方法では、触媒を単離する必要がなく、実験操作が極めて簡単です。このことは実用化する上で極めて重要な要素です。触媒前駆体のヨウ化物イオンI-(-1価のヨウ素)は共酸化剤によって+1価の次亜ヨウ素酸アニオン(IO-)に酸化されます。さらに酸化されますと、+3価の亜ヨウ素酸アニオン(O=IO-)になります。現在、IO-とO=IO-のどちらが真の触媒種かは特定できていません(図3)。

今回の研究では最高96% eeと言う不斉収率が達成されており、この値は世界中でこれまでに開発された超原子価ヨウ素触媒のなかの最高値です。また、触媒効率(1-10 mol%)もこれまでのキラル超原子価ヨウ素触媒のなかで最高です。

本反応の基質一般性を以下に示します(図4)。基質には2-(2-ヒドロキシフェニル)エチル-N-フェニルイミダゾリルケトンを基本骨格に持つもの(1)であれば、置換基に影響を受けることなく高収率かつ高選択的に目的とする生成物「光学活性2-アシル-2,3-ジヒドロベンゾフラン(2)」を合成することができました。

生理活性を有する天然物のなかには、多種類の光学活性2-アシル-2,3-ジヒドロベンゾフラン誘導体が見つかっています。そのほとんどは植物から得られ、すべて光学活性体です。今回の反応で生成する光学活性2-アシル-2,3-ジヒドロベンゾフラン(2)のN-フェニルイミダゾリル基は、本反応で高い不斉誘導を発現するために必要な補助基ですが、生成物の光学純度を下げることなくエトキシ基に変換することができるため、2,3-ジヒドロベンゾフラン骨格を含む光学活性天然物や生理活性物質の合成に有効です(図5)。生成物2の誘導体のなかには、抗脂血症薬、抗癌剤、アルツハイマー治療薬、鎮痛薬などの新薬の候補になるものが多数含まれています(図5)。今回開発した触媒反応技術については、こうした医薬品の合成プロセス、新薬の探索研究への応用が期待されます。

当研究室では、2010年4月にも北反応(2008年に立命館大学の北 泰行 教授が開発した反応)の新たなキラル超原子価ヨウ素触媒を開発し、ドイツ化学誌アンゲバンテ・ケミーに発表しました。この際の触媒効率は10-15 mol%、不斉収率は≤92% eeでした。当時の超原子価ヨウ素触媒技術としては、この92% eeは世界最高値でした。今回の成果はこれを大幅に上回る成果であり、まさに日進月歩の勢いで研究が進展しています。2010年4月発表の成果を含め、これまではヨードベンゼン由来の超原子価化合物を触媒として利用してきました。しかし、今回の成果ではヨードベンゼンのような有機ヨウ素化合物由来の超原子価ヨウ素化合物ではなく、無機物のヨウ素酸を触媒にした点がブレイク・スルーになりました。有機ヨウ素化合物を触媒前駆体に用いる場合、共酸化剤にメタクロロ過安息香酸やオキソンのような比較的強い酸化剤を使わなければ触媒活性のある超原子価状態にすることはできませんでした。しかし、ヨウ化アンモニウムを触媒前駆体にした場合、過酸化水素やTBHPのような弱い酸化剤を使っても、より速やかに触媒活性のある超原子価状態にすることができました。触媒の再酸化のステップが律速段階であるため、触媒効率が飛躍的に向上し、共酸化剤由来の副生成物もメタクロロ安息香酸や無機塩から水やtert-ブタノールのような安全かつ無害なものになりました(図6)。また、キラル第四級アンモニウムヨウ素酸塩の設計には、京都大学の丸岡 啓二 教授らによって開発されたキラル相間移動触媒のスピロ型のアンモニウムカチオンが最適でした。本研究成果は、まさに日本が誇る研究成果と言えます。今回の研究成果は、無機物であるヨウ素酸塩を触媒に用いる環境調和型酸化的エーテル環化反応を世界で初めて開発しただけでなく、その不斉触媒の開発にも成功したことが高い評価に繋がりました。

本研究成果は本反応の触媒化並びに不斉触媒化の初めての成功例です。注目すべきは今回開発した反応が、(1)金属を全く使用せず、(2)副生成物は水またはtert-ブタノールのみであり、(3)室温、常圧下での穏和な条件にも関わらず、(4)触媒効率が高い上に反応が速く、(5)不斉収率が高く、高収率で目的の生成物を合成できる等、効率的で極めて環境に優しいことにあります。天然物や医薬品には2,3-ジヒドロベンゾフラン骨格を含む光学活性物質が数多く存在するため、新薬の開発、医薬品の製造に役に立つことが大いに期待されます。本研究成功の鍵は(1)無機物であるヨウ素酸類が酸化触媒として有効であることを発見したことと、(2)ヨウ素酸塩のカチオンにキラル第四級アンモニウムカチオンを導入し、不斉触媒化に成功したことにあります。このキラル第四級アンモニウムカチオンの設計には丸岡 啓二 京大教授らが開発したキラル相間移動触媒のカチオンが有効でした。また、(3)反応に用いる基質の補助基にN-フェニルイミダゾリル基を用いることで、エナンチオ選択性と生成物の合成的有用性を高めることができました。医薬品・化成品製造分野における環境調和型合成技術の重要性が益々求められるなか、今回の研究成果をきっかけに金属に頼らないクリーンな高機能触媒の開発研究が加速していくものと期待します。

<今後の展開>

本成果を踏まえ、今後は超原子価ヨウ素触媒を利用した様々な酸化・還元型の有機反応を開発していく所存です。従来の重金属酸化剤、遷移金属触媒の代替としてだけでなく、超原子価ヨウ素触媒の特長を活かした新反応を開拓して行ければと願っています。また、ヨウ素だけでなく、他のハロゲンも超原子価の特性を持っていますので、各々のハロゲンの特長を活かした触媒設計が重要です。今後も、省エネルギー、元素戦略、グリーンケミストリーの観点から、環境調和型高効率精密有機合成技術を開発し、医農薬・化学産業の発展に貢献できれば幸甚です。

<参考図>

図1

図1 今回開発した不斉触媒による不斉酸化的エーテル環化反応

図2

図2 今回開発した不斉触媒による不斉酸化的エーテル環化反応

図3

図3 触媒の調製

図4

図4 本反応の基質一般性

図5

図5 生成物のエステルへの変換と2,3-ジヒドロベンゾフラン骨格を含む天然物や生理活性物質の例

図6

図6 有機ヨウ素触媒から無機ヨウ素触媒へのブレイク・スルー

<用語解説>

注1) キラル第四級アンモニウムヨウ素酸塩
ヨウ素酸には、1価の次亜ヨウ素酸(I-OH)、3価の亜ヨウ素酸(O=I-OH)、5価のヨウ素酸((O=)2I-OH)、7価の過ヨウ素酸((O=)3I-OH)の4種類があります。今回の触媒は1価か3価のヨウ素酸のアンモニウム塩が触媒ですが、特定できていません。「第四級アンモニウム」とはアンモニウム(+NH4)のN上の4つの水素がすべて炭化水素基に置換されたもの(+NR4)を指します。従って、今回の「第四級アンモニウムヨウ素酸塩」触媒とは[R4N+ -O-I]または[R4N+ -O-I=O]のことを指します。「キラル」とは鏡像異性(鏡面対称の異性関係)のことを指す専門用語で、キラル化合物とは鏡像異性体の関係にある化合物を指します。
注2) mol%
触媒の量を示す単位であるmol%とは「反応基質(原料)に対する触媒のモル比x100%」のことです。例えば、触媒1 mol%とは反応基質の1/100のモル量の触媒を用いると言うことです。
注3) 共酸化剤
「共酸化剤」とは酸化触媒と共に用いる酸化剤のことを指します。ここでは過酸化水素やtert-ブチルヒドロペルオキシドのことです。触媒で反応基質(原料)を酸化すると、触媒自身は還元されますので、共酸化剤を用いて触媒として再生します。こうすることによって、触媒は触媒量で反応を効率よく活性化します。
注4) 収率
ここで言う収率とは化学収率を指します。化学収率とは「反応基質に対する生成物のモル比x100」です。100%のときが理想です。
注5) ee
鏡像体過剰率(enantiomeric excess)のことです。90% eeとはキラル化合物の2つの鏡像異性体が95:5のモル比の混じっていると言う意味です。100% eeとは片方の鏡像異性体のみであることを意味します。
注6) 不斉触媒
「触媒」とは反応を活性化する物質です。「不斉触媒」とはキラル化合物の片方の鏡像異性体を選択的に合成する触媒のことです。不斉触媒自身もキラル化合物で、通常、その光学純度は100%(両鏡像異性体の片方が100%)です。
注7) 触媒前駆体
触媒は活性種であるため、扱いづらいことが多いです。そのため、触媒を単離するのではなく、反応容器内で触媒を発生させ、単離することなく、そのまま反応に用いることがよくあります。活性な触媒にする手前の安定な状態の化合物を触媒前駆体と呼びます。ここでは、-1価のアンモニウムヨージド(又はヨウ化アンモニウムとも呼びます)が触媒前駆体です。ここでは、これを過酸化水素等の共酸化剤で酸化して、+1価あるいは+3価のアンモニウムヨウ素酸塩にし、触媒として単離することなく反応に使いました。
注8) 不斉収率
「不斉収率」は不斉反応の選択性を示す際に使われる。生成物の光学純度と同じでeeで示します。
注9) 超原子価ヨウ素
ヨウ素元素はオクテット則(原子の最外殻の電子数が8で安定化する)である8よりも多くの電子数を最外殻に収めることができます。この状態のヨウ素を超原子価ヨウ素と呼びます。ヨウ素の場合、-1価と+1価はオクテット則を満たしますが、それ以外にも+3、+5、+7価の超原子価状態になることができます。今回は、この性質を利用して酸化触媒を開発しました。
注10) 光学活性
キラル化合物には2つの鏡像異性体が存在します。そのどちらかが過剰な状態を光学活性といいます。

<論文名>

“Quaternary Ammonium (Hypo) iodite Catalysis for Enantioselective Oxidative Cycloetherification”
(エナンチオ選択的エーテル環化反応に有効な第四級アンモニウム(次)亜ヨウ素団塩触媒)
doi: 10.1126/science.1188217

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

石原 一彰(イシハラ カズアキ)
名古屋大学 大学院工学研究科 化学・生物工学専攻 生物機能工学分野 教授
〒483-8012 愛知県名古屋市千種区不老町
Tel:052-789-3331 Fax:052-789-3222
E-mail:
石原研究室ホームページ http://www.nubio.nagoya-u.ac.jp/nubio4/index.htm

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河村 昌哉(カワムラ マサヤ)
科学技術振興機構 イノベーション推進本部 研究領域総合運営部
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