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平成22年6月4日

東京大学分子細胞生物学研究所
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科学技術振興機構(JST)
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小さなRNAが働くしくみ―シャペロン装置の新たな機能

ヒトを含めた様々な生物に存在する小さなRNA注1)は、発生注2)や癌化など、重要な生命現象を緻密に制御しています。小さなRNAは単独で働くわけではなく、様々なタンパク質と複合体を形成しなければなりません。東京大学分子細胞生物学研究所の泊 幸秀 准教授らはこの複合体の形成過程に、「シャペロン」注3)と呼ばれるタンパク質の構造変化注4)を引き起こす装置が必須であるということを発見しました。この発見は、シャペロン装置の新たな機能として極めて興味深いものであると同時に、小さなRNAの働くしくみの正確な理解を飛躍的に深めるものであり、その理解に基づく医療などへの応用が期待されます。

本研究は、JST 戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)の「RNAと生体機能」研究領域(研究総括:(財)微生物化学研究会 微生物化学研究センター・生物研究センター 野本 明男 センター長)における研究課題「RNAi複合体形成の生化学的解析」(研究代表者:泊 幸秀)の一環として行われました。

本研究成果は、2010年6月3日(米国東部時間)に「Molecular Cell」のオンライン速報版で公開されます。

<研究の内容>

21-25塩基程度の小さなRNAは、自分自身の塩基配列注5)対合注6)できるmRNA注7)の発現を様々な様式で抑制する働きがあります。これによって、発生のタイミングや形態形成注8)、細胞増殖など、非常に重要な生物学的機能を緻密に制御しています。例えばヒトの場合、遺伝子全体の1/3以上が小さなRNAによって制御されていると予測されています。

小さなRNAは単独で働くわけではなく、多くのタンパク質と複合体を作ることによって、初めて機能を発揮することができます。この複合体の中心となるのはArgonauteと呼ばれるタンパク質です。小さなRNAとArgonauteの複合体が作られる過程は非常に複雑であり、その詳細な機構はよく分かっていませんでした。本研究では、ショウジョウバエおよびヒトにおいて、小さなRNAとArgonauteの複合体が結合する過程に、Hsc70/Hsp90を中心とした「シャペロン」と呼ばれる装置が必須である、ということを見いだしました。

シャペロンはエネルギー源であるATP注9)を消費して、自身と結合しているタンパク質の構造を変化させる性質を持つことが知られています。小さなRNAとArgonauteの複合体が作られる過程において、シャペロンはArgonauteの構造を変化させ、内部の空間を広げることによって、はじめて小さなRNAが結合できるようになるものと考えられます(図1)。同様の現象が植物でも起こっていることが、(独)農業生物資源研究所の石川 雅之 上級研究員らのグループによって、同時に報告されました。

近年、癌をはじめとする様々な疾患と小さなRNAの関連があることが分かりつつあり、また小さなRNAを用いた医療応用も世界中で研究が進んでいます。さらに、シャペロンは、古くから癌など様々な疾患治療における標的遺伝子としてよく研究されてきています。本研究は、シャペロンの新たな機能として非常に興味深いものであると同時に、小さなRNAが働くしくみの正確な理解を飛躍的に深めるものです。今後、この理解に基づいた、疾患の機構解明やその治療に向けた研究がさらに進展することが期待されます。

<参考図>

図1

図1 シャペロン装置によるArgonauteタンパク質の構造変化のモデル

<用語解説>

注1) RNA
日本語ではリボ核酸。通常はDNA(デオキシリボ核酸)が持つ遺伝情報のコピーとしてタンパク質の設計図に使われる。しかし、小さなRNAはタンパク質の設計図にはならない。
注2) 発生
受精卵から成体ができる過程のこと。
注3) シャペロン
(自分自身以外の)タンパク質が正しい立体構造を取れるよう、手助けするタンパク質の総称。
注4) タンパク質の構造変化
タンパク質がその機能を発揮するためにはタンパク質の立体構造が非常に重要である。よって、立体構造が変化すると、タンパク質の働きも変化しうる。
注5) 塩基配列
遺伝情報の構成要素である塩基の並び方のこと。塩基は4種類存在し、2種類ずつペアを組む。
注6) 対合
塩基がペアを組むこと。
注7) mRNA
日本語では伝令RNA。タンパク質の設計図となる遺伝情報を持つRNAの総称。
注8) 形態形成
羽や手足、臓器など様々な器官が形作られること。
注9) ATP
日本語ではアデノシン三リン酸。分解される際にエネルギーが放出される。

<論文名>

“Hsc70/Hsp90 Chaperone Machinery Mediates ATP-Dependent RISC Loading of Small RNA Duplexes”
(小分子RNA二本鎖のATP依存的なRISC積み込み反応は、Hsc70/Hsp90シャペロン装置によって媒介される)
doi: 10.1016/j.molcel.2010.05.015

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

泊 幸秀(トマリ ユキヒデ)
東京大学分子細胞生物学研究所 准教授
〒113-0032 東京都文京区弥生1-1-1
Tel:03-5841-7839 Fax:03-5841-8485
E-mail:

<JSTの事業に関すること>

原口 亮治(ハラグチ リョウジ)
科学技術振興機構 イノベーション推進本部 研究推進部
〒102-0075 東京都千代田区三番町5 三番町ビル
Tel:03-3512-3525 Fax:03-3222-2067
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<報道担当>

東京大学分子細胞生物学研究所 事務部 総務チーム
〒113-0032 東京都文京区弥生1-1-1
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科学技術振興機構 広報ポータル部
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Tel:03-5214-8404 Fax:03-5214-8432
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