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平成22年5月18日

京都大学
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科学技術振興機構(JST)
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微小物質を運搬できるナノメートルサイズの繊維でできた
「分子の線路」を開発

JST 課題解決型基礎研究の一環として、京都大学 大学院工学研究科の浜地 格 教授らは、ナノテクノロジーの鍵となる材料の1つとして期待されているナノメートルサイズの直径を持った新しい繊維(ファイバー)を開発し、それがたんぱく質分子やナノ粒子などの物質を輸送する線路「分子レール」として機能することを実証しました。

生物の細胞内では、生体物質を細胞内の色々な場所へ効率よく輸送するために、たんぱく質の自己組織化注1)によってできた微小管のような一次元ファイバーが発達しており、このファイバーの上をモーターたんぱく質が種々の物質を結合して運ぶことが知られています。

本研究グループは今回、合成分子同士が集まってできた人工のナノファイバー(直径10~100nm)を開発し、その性質を詳細に調べました。これにより、ファイバー内ではその構成分子同士が活発に運動して行き来し、分子は川の流れのような流動性を持っていることが分かりました。またファイバーに電場をかけることで、その挙動をコントロールすることが可能となります。さらに、このナノファイバーにたんぱく質やナノ粒子などの物質を結合すると、これらがファイバーに沿って一次元的に運動すること、即ちナノファイバーが分子のレールとなって物質を運んでいることも発見しました。

開発したナノファイバーによる分子レールは、細胞内ファイバーの物質輸送システムと全く異なるメカニズムですが、色々な環境下で使用できる新たな物質輸送用ナノレールとしての応用は、極微小で微量な物質の輸送・分離、またその解析につながるものと期待されます。

本研究成果は、2010年5月17日(英国時間)に英国科学雑誌「Nature Communications」でオンライン公開されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)

研究領域 「プロセスインテグレーションに向けた高機能ナノ構造体の創出」
(研究総括:入江 正浩 立教大学 理学部 教授)
研究課題名 「動的応答特性を有するナノ構造体の構築と精密バイオ機能化」
研究代表者 浜地 格(京都大学 大学院工学研究科 教授)
研究期間 平成20年10月~平成26年3月

JSTはこの領域で、自己組織化に代表される従来のボトムアッププロセスに、分子レベルでの精緻な機能を利用して自己構造化や自己修復などの新たな手法を取り込んで一段の高度化を図ることによって新規高機能ナノ構造体の創出を目指しています。

上記研究課題では、細胞の内部に侵入しその状態を精密にセンシングしたり、その働きを制御することができる動的なナノ構造体の創製を目標に研究を展開しています。

<研究の背景と経緯>

ナノメートルサイズの直径を持つ極細繊維であるナノファイバーは、ナノテクノロジーの発展の鍵となる材料の1つとして、その機能開発が期待されています。例えば、細胞内に存在するたんぱく質の自己組織化によって形成されている微小管は、モーターたんぱく質に結合した種々の生体物質を目的の場所に輸送するレールとして働いていることが分かっています。近年、ナノテクノロジー分野の材料開発において、分子の自己組織化を利用したボトムアップアプローチ注2)によって作製されたナノファイバーが、電子やホールを輸送できるナノ電子材料としての可能性が提唱されています。しかし、自己組織化ナノファイバーが生体の微小管のように分子や物質輸送のレールとなりうる可能性については、ほとんど明らかになっていませんでした。

<研究の内容>

本研究グループは、水にも油にも馴染む性質を持った両親媒性分子(図1)が形成する自己組織化ヒドロゲル注3)と、その基本構造であるナノサイズの極細繊維の機能開発を進めています。今回、自己組織化ナノファイバーの性質を詳細に調べている過程で、ファイバーを構成する個々の分子が繊維構造を維持したまま活発に移動することを世界で初めて実証し、構成分子が川の流れのような流動性を持っていることが分かりました。また、この移動の挙動は、ファイバー構成分子が持っている電荷に依存して変化し、ファイバーに電場をかけることでコントロールできることも明らかにしました。

そして、この自己組織化ナノファイバーを物質輸送のレールとして利用するために物質結合部位を導入すると、たんぱく質やナノ粒子がナノファイバー表面に結合して、そのファイバー上を一次元的に移動することも分かりました(図2)。特に、ナノ粒子の場合には、その動きを1個ずつ独立に顕微鏡によって観察することができることから、ナノ粒子がファイバー上を運動している様子を直接可視化して、解析しました。

また、この自己組織化ナノファイバーはマイクロ流路注4)を利用すると、その向きを揃えることも可能で、ビーズの移動を直線状にコントロールできることも明らかにしました(図3)。詳しい検証の結果、ビーズの運動速度(0.3µm/s)は分子レールを構成している両親媒性分子がファイバー中を流れる速度とほぼ一致しました。このことは、レールに結合した物質はレール自身の流れ、すなわち両親媒性分子の流動性を利用して運ばれることを示しており、微小管などの生体輸送システムとは全く異なったメカニズムを持った人工の分子レールができたことを意味します。また興味深いことに、その速度はある種の微小管結合たんぱく質あるいはDNA結合たんぱく質が微小管、もしくはDNA上を一次元ランダム運動する速度(拡散係数=0.1~0.4µm/s)とほぼ同じで、分子の世界では十分早いものでした。

<今後の展開>

これまでにボトムアップアプローチで作製された分子マシンでは、ナノメートルスケールの分子運動でしか実現していませんでした。今回のように顕微鏡でも観察可能な、マイクロメートルスケールにもおよぶ分子の運動と移動を制御した人工システムは、ほとんど例のないものです。

今後、生体の微小管上の分子モーターのように、望みの条件で動きの方向性を制御するためには新たな戦略が必要になると予想され、ナノファイバーに結合した物質の動きの方向性の制御が重要と思われます。現在ファイバーに結合したナノ物質の動きは一次元に制御されてはいますが、その運動方向はランダムで、現時点では方向性を規制するためには電場を利用する必要があります。

このような人工分子レールシステムは、マイクロメートルスケールにおける極微小で微量のナノ物質の輸送・分離や解析を利用したナノ医療診断ツールの開発や人工細胞の構築などにつながるものと期待されます。

<参考図>

図1

図1 自己組織化によりナノファイバーを形成する両親媒性分子の構造

図2

図2 自己組織化による物質結合能を有するナノファイバーの形成と結合したナノ物質の移動の概念図

図3

図3 マイクロ流路中で配向させた自己組織化ナノファイバーにナノビーズが結合し、長軸に沿って運動していることを可視化した顕微鏡画像(スケールバー=5µm)

左と中央は各時間でファイバー上のナノビーズ(1、2、3、4)の位置を捉えた画像、右は各ナノビーズが1分39秒630ミリ秒の時間内で1次元方向に往復運動した軌跡(赤、紫、青、緑の線で表示)を画像に重ねたもの。

<用語解説>

注1) 自己組織化
分子などが非共有結合性相互作用などによって、自分自身で高次の大きな組織や構造を作り出す性質。
注2) ボトムアップアプローチ
分子や原子といった小さな材料を部品として、その組み合わせから最終的に大きな材料やシステムを作り上げる方法。大きな材料を削る・切るなどして微細に加工し、半導体などの小さな材料を作製するトップダウンアプローチとは反対の方法。
注3) 自己組織化ヒドロゲル
小さな分子が集まることでできた寒天やゼラチンのようなゼリー状の物質。
注4) マイクロ流路
トップダウンプロセスによって加工したシリコンゴム、プラスチック、ガラスなどを使って形成される高さと幅が共に数10µmの小さな流路。

<論文名>

“Fluidic supramolecular nano- and microfibres as molecular rails for regulated movement of nanosubstances”
(微小物質の運動/移動を制御できる流動性を持ったナノ繊維からなる分子レール)
doi: 10.1038/ncomms1018

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

浜地 格(ハマチ イタル)
京都大学 大学院工学研究科 合成生物化学専攻 教授
〒615-8510 京都府京都市西京区京都大学桂
Tel:075-383-2754 Fax:075-383-2759
E-mail:

池田 将(イケダ マサト)
京都大学 大学院工学研究科 合成生物化学専攻 助教
〒615-8510 京都府京都市西京区京都大学桂
Tel:075-383-2756 Fax:075-383-2759
E-mail:

<JSTの事業に関すること>

河村 昌哉(カワムラ マサヤ)
科学技術振興機構 イノベーション推進本部 研究領域総合運営部
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