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平成22年5月18日

科学技術振興機構(JST)
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京都大学
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電子スピンの向きを揃える半導体表面の作製に成功

(超低消費電力の半導体素子に向けての一歩)

JST 課題解決型基礎研究の一環として、京都大学 大学院理学研究科の有賀 哲也 教授らは、磁石を使わずに電子のスピン状態を識別することができる半導体表面を作製することに成功しました。超低消費電力の半導体素子の実現につながる成果です。

半導体エレクトロニクスは、素子サイズを小さくし集積度を高めることにより発達してきました。しかし、素子サイズの細密化には限界があります。そこで、電子の持つ「スピン」という性質を有効に使うことにより、これまでとは全く異なる原理に基づいて、超高速や省電力の半導体素子を実現する「半導体スピントロニクス」と呼ばれる技術が研究されてきました。半導体スピントロクニスの実現に向けての最大の難関は、シリコンなどの半導体において、磁場を使わずに電子スピンを識別・制御する技術の開発です。

本研究グループは、ゲルマニウム結晶の上に鉛の単原子層を付加した表面が、電流中の電子スピンを特定の方向に揃える性質を有することを明らかにしました。これにより、電子スピンを、磁場を使わずに電圧だけで制御することが可能になります。

これを応用すれば、特定のスピン状態の電子のみを半導体中に注入したり、半導体を電圧で制御することが可能になり、超低消費電力の半導体デバイスの実現に役立つものと期待されます。

本研究は、京都大学 大学院理学研究科の矢治 光一郎 研究員、広島大学 大学院理学研究科の木村 昭夫 准教授らと共同で行ったものです。

本研究成果は、2010年5月17日(英国時間)に英国科学雑誌「Nature Communications」でオンライン公開されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)

研究領域 「ナノ界面技術の基盤構築」
(研究総括:新海 征治 崇城大学 教授)
研究課題名 「巨大Rashba効果によるスピン偏極電流」
研究代表者 有賀 哲也(京都大学 大学院理学研究科 教授)
研究期間 平成19年10月〜平成25年3月

JSTはこの領域で、異種材料・異種物質状態間の接合界面を扱う研究分野の融合によってナノ界面機能に関する横断的な知識を獲得するとともに、これを基盤として界面ナノ構造を自在に制御し、飛躍的な高機能化を可能にする革新的なナノ界面技術を創出すること、およびその有用性をデバイス操作により実証することを目的としています。上記研究課題では、ラシュバ(Rashba)効果と呼ばれる物理効果を利用することにより、半導体表面で電子スピンを識別、制御する方法を開拓することを目指しています。

<研究の背景と経緯>

半導体エレクトロニクスは、素子のサイズを細密化することにより動作速度が向上し、より低消費電力になってきました。しかし、素子の細密化には限界があり、これまでとは異なる全く新しい原理に基づくエレクトロニクスが必要と考えられ、さまざまなアイデアが検討されてきました。

電子の性質には、電気的な性質である「電荷」と磁気的な性質である「スピン」の2つがあります(電子には大きさはありませんが、あたかも自転しているかのような性質を示し、この性質をスピンと呼びます)。磁場や磁石がない状態では、電流中のスピンはランダムな方向を向いていますが、磁場をかけると、磁場と平行または反平行の2つの状態に揃います。これまでのエレクトロニクスでは「電荷」という性質のみに基づいて、電位差を利用して電子を制御してきました。もしも、「電荷」と同時に「スピン」をも制御することができれば、これまでよりも高速で、しかもより低消費電力の電子素子が実現できるのではないかと考えられるようになりました。この新しい技術体系をスピン・エレクトロニクスあるいは「スピントロニクス」と呼びます。

電場ではなく磁場を用いてスピンを制御することは、すでに行われてきました。2007年度にノーベル物理学賞の対象となった巨大磁気抵抗効果は磁石を使ったスピントロニクスの代表的な例であり、ハードディスクの高密度化に大きく貢献しました。さらなる技術革新を目指して、「半導体スピントロニクス」と呼ばれる、磁場を使わずに半導体材料においてスピントロニクス技術を実用化するための研究が活発に行われています。半導体スピントロニクスによってより一層多様な電子素子機能が、高速しかも低消費電力で実現できると考えられています。

半導体スピントロニクスの実現に向けての最大の課題は、磁石や磁場を一切使わずに電気的に電子スピンを識別・制御してスピンの向きの揃った電子を作り出し、これを半導体中に注入する技術を確立することです。

<研究の内容>

今回の研究では、ゲルマニウム結晶表面に鉛原子が1層だけ並んだ表面を作り出し、その電子構造を、角度分解光電子分光注1)スピン・角度分解光電子分光注2)理論計算注3)などで詳細に調べました。ゲルマニウムと鉛は同じ14族に属するため親和性が高く、積層構造を作るのに適しています。また、重元素では大きなスピン軌道相互作用が生じます。重元素である鉛をゲルマニウムに隣接させることで、スピン偏極を生じさせます。その結果、最表面の鉛原子層が電気伝導性を有し、しかも巨大ラシュバ効果注4)によって表面を流れる電流中の電子スピンが特定の向きに揃うことを明らかにしました(図1図2)。このような性質を有する半導体表面が見つかったのは、世界で最初のことです。

もしもラシュバ効果が微弱だと、このような性質は極低温でなくては現れませんが、今回作製に成功した表面ではラシュバ効果が巨大なため、室温でも充分に電子スピンの向きが揃います。このことは、研究を発展させ、実用化するうえで重要なことです。

<今後の展開>

今後は、この表面において作られるスピンの揃った電流を、電場によって制御したり、半導体中に注入したりする研究に展開します。また、同様な性質を有する材料を他にも見つけ、研究を進めています。鉛などの有害な重元素を一切使わずにスピン偏極を得る方法も目処が付いています。本研究で初めて発見されたこれらの表面は、半導体スピントロニクスの実現に向けて重要な素材となり、高速、超低消費電力の電子素子開発への貢献が期待されます。

<参考図>

図1

図1 角度分解光電子分光スペクトル

電気伝導に関わる電子のバンド状態が2つに分裂している。スピン分解光電子分光で得られた情報を加えて模式的に示したのが、図上部の赤矢印と青矢印である。これらの矢印は各バンド状態でのスピンの向きを示しており、2つのバンド状態間で非対称になっていることが分かった。

図2

図2 理論計算により再現されたバンド構造

実験で観測されたスピンの向きが正しく再現されている。また、電流は最表面の鉛原子層に集中して流れることが分かった。

<用語解説>

注1) 角度分解光電子分光
物質に紫外光やX線を照射して、物質外に飛び出してくる光電子の放出角を変えながら運動エネルギーを測定することによって、物質内の電子の状態(バンド構造)を求める方法。
注2) スピン・角度分解光電子分光
角度分解光電子分光において、飛び出してくる光電子のスピンの向きも計測して、物質内の電子のスピン状態を調べる方法。
注3) 理論計算
物質中の電子の状態を、量子力学の基本法則に基づいて精密に求める方法を第一原理電子状態計算法と言う。今回の研究では、第一原理電子状態計算法の1つであって、電子のスピン状態についても正確に求めることが可能なAPW+lo法により計算した。
注4) 巨大ラシュバ効果
結晶の表面や界面において伝導する電子では、磁場をかけなくてもスピンが特定の方向に揃うことをラシュバ効果という。1960年代に旧 ソ連のE.I.Rashbaらが理論的に予言した。1980年代に、半導体ヘテロ界面で実験的に観測されたが、非常に微弱な効果であったため、実用にはならなかった。2007年に有賀教授らが、ビスマス単原子層で覆われた銀表面において、半導体ヘテロ界面の数百倍に上る巨大ラシュバ効果が生じることを発見した。

<論文名>

“Large Rashba spin splitting of a metallic surface-state band on a semiconductor surface”
(半導体表面上の金属的表面状態バンドにおける大きなRashbaスピン分裂)
doi: 10.1038/ncomms1016

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

有賀 哲也(アルガ テツヤ)
京都大学 大学院理学研究科 化学専攻 教授
〒606-8502 京都府京都市左京区北白川追分町
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<JSTの事業に関すること>

長田 直樹(ナガタ ナオキ)
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