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平成22年5月12日

科学技術振興機構(JST)
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東京工業大学
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自然な色彩を表現するための液晶レーザーの低エネルギー発振に成功

(カナブンの構造に学ぶ−次世代レーザーディスプレイの実現へ道)

JST 産学連携事業の一環として、東京工業大学 大学院理工学研究科の渡辺 順次 教授らは、自然な色彩を表現するための液晶レーザー注1)の開発において、従来の20分の1のエネルギーでのレーザー発振に成功しました。

金蚊(カナブン)の鮮やかな金属光沢色は、甲羅を覆っているらせん周期構造(コレステリック液晶注2)構造)による可視光の選択反射注3)によるものです。このような自然な色彩を忠実に表現できるディスプレイの実現が強く望まれています。カナブンの甲羅と同じように、可視光の波長と同程度のらせん周期構造のコレステリック液晶に色素を導入し、発光させると光の閉じ込めと増幅が起こり、レーザー発振します。このような液晶レーザーを用いたディスプレイは、従来の液晶ディスプレイと比較して色再現性や視野角特性が良く、優れた色彩を表現できる究極のディスプレイとして期待されます。さらに無機物化合物の半導体レーザー注4)とは異なり、優れた加工性、波長可変、超小型化が可能などのポテンシャルがあり、フレキシブルな面発光レーザー注5)デバイスを製作できる可能性を持っています。

ただ実用化への最大の難関である連続発振には、レーザーをできるだけ小さいエネルギーで発振させる(低閾値注6)化)という課題がありました。しかし今回、発光色素の持つ量子収率注7)や蛍光寿命、配向性などの因子と低閾値化の関係を明らかにすることによって効率的にレーザー発振する発光色素を開発し、従来の20分の1の閾値でレーザー発振することに成功しました。

本研究グループでは発光色素の開発以外にも低閾値化に寄与するさまざまな技術を提唱しており、また発光波長の制御にも成功しています。今後、これらの技術を複合化することにより、液晶レーザーの連続発振、そして次世代の液晶レーザーディスプレイの実現を目指します。

本開発成果は、2010年5月26日(水)から28日(金)までパシフィコ横浜(神奈川県横浜市)にて開催される「第59回高分子学会年次大会」で発表される予定です。なお本発表は、一般発表約2000件の中から注目発表(11件)の1つに選ばれました。

本成果は、以下の事業・研究開発テーマ・研究開発課題によって得られました。

産学イノベーション加速事業【戦略的イノベーション創出推進】(S−イノベ)

研究開発テーマ 「フォトニクスポリマーによる先進情報通信技術の開発」
(プログラムオフィサー(PO):宮田 清藏 東京工業大学 特任教授)
研究開発課題名 「高分子ナノ配向制御による新規デバイス技術の開発」
プロジェクトマネージャー(PM) 渡辺 順次(東京工業大学 大学院理工学研究科 教授)
開発リーダー 豊岡 武裕(新日本石油 株式会社)
研究開発期間 平成22年1月〜平成31年3月

S−イノベは、JST 戦略的創造研究推進事業(CREST、ERATO、さきがけ、SORST)などの成果から新産業創出の礎となる研究開発テーマを設定し、当該テーマの下で公募選定された産学連携による複数の研究開発チームが長期一貫した研究開発を進めるプログラムです。

本課題では、高分子液晶の配向制御を行うことによる各種光学部品や面発光レーザー素子の開発を目指しています。

<研究の背景と経緯>

カナブンは、一般的にはコウチョウ目コガネムシ科全般、特に全身に金属光沢を有するものの俗称です(図1)。この金属光沢は、光学波長程度(可視光の波長である400〜800nm程度)の周期を持ったらせん構造のコレステリック液晶という場が作り出しています。すなわち、らせん周期構造のコレステリック液晶による光の選択反射に起因しています。生体を構成する、たんぱく質、キチン質、セルロースなどは、コレステリック液晶を形成する能力があり、カナブンはそれらを凝集固定した美しい液晶なのです。

カナブンに学んで、光学波長程度の周期を持つコレステリックらせん構造の液晶中に、発光色素を導入し、レーザー発光させると、その発光波長域に選択反射が重なっている場合は、光の閉じ込めとそれによる増幅が起こって反射帯のエッジでレーザー(分布帰還型レーザー注8))発振します。そして、3原色の液晶レーザーを用いたディスプレイでは自然な色彩を表現できる可能性を持っています(図2図3)。

こうした有機材料の液晶レーザーは、自然な色彩を表現できるだけでなく、無機化合物注9)の半導体レーザーとは異なり、優れた加工性、波長可変、超小型化が可能などのポテンシャルがあり、フレキシブルな面発光レーザーデバイスを容易に作製できる可能性を秘めています。このように液晶レーザーは、優れた色彩を表現できる究極のディスプレイ開発の鍵であり、世界中で開発競争が行われています。

しかし実用化への最大の難関である連続発振のためには、レーザーをできるだけ低いエネルギーで発振させる「低閾値化」の課題があります。その中でも、発光色素の開発が遅れていました。

<研究の内容>

東京工業大学 大学院理工学研究科の渡辺 順次 教授、竹添 秀男 教授、小西 玄一 准教授らの研究グループは、コレステリック液晶レーザーに適した超高効率発光色素の分子設計とそのレーザー発振性能の評価を行い、従来の20分の1の閾値でレーザー発振することに成功しました。

これまでにレーザー色素は多数開発されていますが、ほとんどが溶液中で用いる色素レーザー用であり、液晶レーザーに適した色素に関する探索はほとんど行われていませんでした。本研究グループでは、発光色素を系統的に合成し、そのレーザー発振特性を比較検討することにより、発光色素の持つ量子収率、蛍光寿命、吸光度、液晶中での配向性などの因子と低閾値化の関係を明らかにし、発光色素の設計指針を作りました。

今回、用いた発光色素は、具体的には、ピレンやアントラセンという蛍光性の多環式芳香族炭化水素を基盤として、そのπ共役(ぱいきょうやく)注10)を拡張した化合物群です(図4)。これらの化合物は、高い吸光度と量子収率(80%以上)を示し、熱や酸化反応に対する安定性にも優れた化合物です。これらの色素をコレステリック液晶にドープ(注入)し、レーザー発振を行ったところ、レーザー発振の閾値は、アントラセン系では180nJ/pulse、ピレン系では23nJ/pulseであり、ピレン系色素は、従来レーザー色素として用いられていたDCMの20分の1以下という値を実現しました(図5図6)。

<今後の展開>

今回、コレステリック液晶に閉じ込める発光色素を設計することにより、これまでにない低閾値のレーザー発振が実現しました。しかし、実用的な連続発振には、もう一桁の閾値低下が必要です。本研究グループでは、色素の開発以外にも低閾値化に寄与するさまざまな技術を提唱しており、また発光波長のチューニングにも成功しています。これらの技術を複合化することにより、近い将来、コレステリック液晶レーザーが実用化できるものと期待されます。

<宮田 清藏 プログラムオフィサー(PO)コメント>

S−イノベ フォトニクスポリマープロジェクトは、分子構造とその集合状態(高次構造)を制御して次世代を支える光産業におけるイノベーション創出を目指しています。

本研究では、新しい色素の開発により、発光効率(量子収率)が大幅に向上しました。従って熱への転換が少なくなり発光寿命も長くなりました。また、カナブンが有している特殊な高次構造を明らかにし、分子構造が全く異なったコレステリック液晶で同様な高次構造を形成することに成功しました。これによってカナブンが持つ光の反射特性を発現させ、光閉じ込めと増幅が可能となり、レーザー発振させることができました。従来はミラーによって構成されるキャビティを用いてレーザー発振させることが多かったのですが、液晶が自発的に並ぶことによる効果を上手に用いることによって、コンパクトで容易にレーザー発振させることが可能となります。今回の新規な発光色素の開発により、レーザー発振閾値が大幅に下がりましたので、有機レーザー発振素子の実用化が間近になりました。

<参考図>

図1

図1 カナブン

カナブンは美しい金属光沢を持つ。甲羅を覆っているコレステリック液晶のらせん構造による可視光の選択反射による発色である。

図2

図2 コレステリック液晶レーザー発振の様子

光を照射して(Pump beam)、レーザー(Lasing emission)が発振されている。

図3

図3 コレステリック液晶レーザー

コレステリック液晶レーザー発振の原理。励起光がらせん周期構造のコレステリック液晶中に入り、発光色素が発光し、増幅されて、右側からレーザー光が出てくる。

図4

図4 発光色素

従来材料の(a)DCM、今回開発した材料の(b)ピレン誘導体、(c)アントラセン誘導体。緑色及び青色の丸は、π共役系を拡張する官能基。(b)ピレン誘導体では従来材の20分の1のエネルギーでレーザー発振する。

図5

図5 レーザー発振の波長

選択反射(緑色)、レーザースペクトル(赤色)、色素の発光スペクトル(青色)であり、低波長側の端からレーザー発振していることが分かる。

図6

図6 レーザー発振の閾値(ピレン系)

この図によりレーザー発振の閾値を求める。縦軸は発光強度、横軸は励起エネルギーである。発光強度が増加し始める励起エネルギー位置から、閾値は23nJ/pulseと見積もられた。

<用語解説>

注1) 液晶レーザー
液晶が作り出すらせん構造を利用するレーザー発振装置。有機レーザーでは、有機半導体レーザーとともに開発が進められている。
注2) コレステリック液晶
らせん構造を示す液晶。最初にコレステロール誘導体から発見された。
注3) 選択反射
ピッチに対応した波長のコレステリック液晶の掌性と同じ掌性の円偏光のみを反射するという性質。らせん周期(ピッチ)に対応した波長の光のみを反射するということ。
注4) 半導体レーザー
半導体の再結合発光を利用したレーザー。1957(昭和32)年に当時 東北大学電気通信研究所の助教授、現 上智大学の特任教授である西澤 潤一 博士により、基本原理が特許出願された。
注5) 面発光レーザー
半導体表面から垂直に光を発するレーザー。ギガビットイーサネットの光源、レーザープリンター、コンピューターのマウスなどに応用されている。1977年(昭和52)年に当時 東京工業大学精密工学研究所の助教授、現 東京工業大学の学長である伊賀 健一 博士によって発明された。
注6) 閾値
レーザー発振に必要なエネルギーの限界値のこと。
注7) 量子収率
反応分子が吸収した光がどれだけ効率よく反応(今の場合は発光)に使われたかを示す値。
注8) 分布帰還型レーザー
レーザー活性媒質を周期構造中に置くことにより活性媒質中のあらゆる場所で光の反射を起こし共振器とするレーザー。構造周期によって波長選択性がもたらされる。
注9) 無機化合物
代表的な物質として、青色発光ダイオードに用いられている窒化ガリウム(GaN)がある。結晶の作製法が物性の鍵を握っている。
注10) π共役(ぱいきょうやく)
不飽和結合と単結合が交互に連なった構造は、電子のπ軌道の相互作用による安定化や電子の非局在化などが起こる。

<発表題名>

“新規な高効率発光色素を用いた低閾値コレステリックレーザーの開発 −フレキシブル有機レーザーディスプレイを目指して−”

高分子学会第59回年次大会で発表(開催日:2010年5月26日(水)から28日(金)、開催場所:パシフィコ横浜 発表No.2 Pe119)

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

小西 玄一(コニシ ゲンイチ)
東京工業大学 大学院理工学研究科 准教授
〒152-8552 東京都目黒区大岡山2−12−1
Tel:03-5734-2321 Fax:03-5734-2888
E-mail:

竹添 秀男(タケゾエ ヒデオ)
東京工業大学 大学院理工学研究科 教授
〒152-8552 東京都目黒区大岡山2−12−1
Tel:03-5734-2436 Fax:03-5734-2876
E-mail:

渡辺 順次(ワタナベ ジュンジ)
東京工業大学 大学院理工学研究科 教授
〒152-8552 東京都目黒区大岡山2−12−1
Tel:03-5734-2633 Fax:03-5734-2888
E-mail:

<JSTの事業に関すること>

中村 宏(ナカムラ ヒロシ)
科学技術振興機構 イノベーション推進本部 産学基礎基盤推進部
〒102-8666 東京都千代田区四番町5番地3
Tel:03-5214-8475 Fax:03-5214-8496
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