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平成22年2月24日

科学技術振興機構(JST)
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東京大学
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マウスの脳内にヒゲの分布パターンを示す新しい神経回路を発見

―感覚情報処理の理解へ手がかり―

JST目的基礎研究事業の一環として、東京大学 大学院医学系研究科の河崎 洋志 特任准教授らのグループは、大脳皮質注1)に存在する神経回路を新たに見いだしました。今回の成果は脳神経系での感覚情報処理の理解につながることが期待されます。

大脳皮質は知覚や思考などといった高次脳機能の中枢と考えられています。視覚や触覚などの外部刺激は、それぞれ特定の神経回路をたどって処理されると考えられていますが、どのような神経回路が存在し、情報がどのように流れて処理されているのかといったメカニズムの全貌は、脳の構造の複雑さや技術的な制約から未解明の部分が多いのが現状です。

本研究グループは今回、比較的単純な系であるマウスのヒゲ感覚情報の神経回路を探索することを目的とし、子宮内電気穿孔法注2)によってマウスの胎児に緑色蛍光たんぱく質GFP注3)の遺伝子を導入することで特定の細胞の形態を観察するという手法を用いました。この手法によって、大脳皮質の、ヒトでいうと2層と3層にあたる「2/3層」部位の神経細胞群のみを可視化し、神経回路を解析しました。その結果、脳内の特定領域に、マウスの顔のヒゲ分布パターンと同様のパターンを示す新しい神経回路があること、さらに、そうした分布パターンは、発達過程において、産まれた後数日以内に与えた外部刺激に反応して変化しますが、それ以後に与えた刺激には反応しないことが分かりました。

本研究によって分かったマウスのヒゲ感覚に関与する新しい神経回路がモデルとなり、生物種を超えてさまざまな感覚の情報処理メカニズムの解明に向けた研究が加速することが期待されます。また、大脳皮質における情報処理メカニズムが解明できれば、将来的に精神活動や脳神経疾患の理解にもつながる可能性があります。

本研究成果は、2010年2月24日(米国東部時間)発行の米国科学雑誌「The Journal of Neuroscience」に掲載されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)

研究領域 「生命システムの動作原理と基盤技術」
(研究総括:中西 重忠 大阪バイオサイエンス研究所 所長)
研究課題名 視覚情報の分解と統合の生体制御システム
研究代表者 河崎 洋志(東京大学 大学院医学系研究科 特任准教授)
研究期間 平成18年10月〜平成22年3月

JSTはこの領域で、生命システムの動作原理の解明を目指して、新しい視点に立った解析基盤技術を創出し、生体の多様な機能分子の相互作用と作用機序を統合的に解析して、動的な生態情報の発現における基本原理の理解を目標としています。

本成果の一部は、文部科学省科学研究費補助金・特定領域研究(統合脳)(研究代表者:河崎 洋志)、21世紀COEプログラム、グローバルCOEプログラムおよびHuman Frontier Science Programの支援を受けて行われました。

<研究の背景と経緯>

大脳皮質は脳神経系における高次脳機能の中枢で、6層構造を持ち、多様な個性を持つ神経細胞群が整然とした神経回路を形成しています。大脳皮質の機能を理解するためには、コンピューターでいう配線図にあたる神経回路網の全容の解明が必須です。従ってこれまでに、さまざまな技術を用いて大脳皮質の神経回路網が集中的に解析されてきました。しかし、現在、使われている技術には制約もあります。例えば遺伝子工学によって特定の細胞のみが光る遺伝子組み換えマウスの作成には長い時間がかかります。また、脳組織にトレーサー物質を注入して神経回路を標識する手法では、対象とする神経細胞のみにトレーサー物質を注入することは容易ではありません。こうした技術的制約もあって、大脳皮質神経回路の全貌はいまだに明らかになっていません。

<研究の内容>

本研究では、マウスを用いて大脳皮質体性感覚野注4)の2/3層(図1)に存在する神経細胞へ選択的に緑色蛍光たんぱく質GFPを導入することにより(図2)新たな大脳皮質内の神経投射パターンを見いだすことに成功し、バレルネットと命名しました(図3)。さらにバレルネットは可塑的変化注5)を示し、臨界期注6)が存在することも分かりました(図4)。

本研究グループは、新たな神経回路を見いだすために、1)多種類存在する大脳皮質神経細胞のうち特定の神経細胞のみを選択的に可視化すること、そして2)特徴的な構造を持つ脳部位に着目して解析することの2点が重要であると考えました。そこで、第1点目については子宮内電気穿孔法を用いてマウス胎児の大脳皮質2/3層の神経細胞のみにGFPを導入し(図2)、その軸索投射パターン注7)の可視化を行いました。また第2点目については、特徴的な構造を持つことが知られている体性感覚野に焦点を絞って解析を行いました。

その結果、マウス大脳皮質の体性感覚野の2/3層の神経細胞は、第4層にあるセプタ注8)と呼ばれる特殊領域に多く軸索を伸ばしており、その軸索分布パターンは、マウスの顔のヒゲ分布パターンを脳内で再現していることが分かりました(図3)。また2/3層の神経細胞は、セプタにおいてシナプスを作っていることを示唆する結果も得ました(図5)。これらの結果は、2/3層の神経細胞からの軸索投射により、ヒゲからの感覚情報とセプタがつかさどる特殊感覚情報とを統合している可能性を提示しています。

脳神経系の特徴の1つは、外界からの刺激に対して可塑的に変化することです。今回、出生直後のマウスのヒゲの毛根を熱で傷害したところ、傷害したヒゲに対応して大脳皮質4層におけるバレルネットが可塑的に変化しました(図4)。さらにこの変化は発達過程において出生直後のみに見られ、出生後6日を経過すると可塑性が失われる、すなわち、臨界期があることが分かりました(図4)。今回見いだされたバレルネットを用いて、今後、大脳皮質における情報処理、可塑性や臨界期の研究が加速することが期待されます。

<今後の展開>

本研究では、大脳皮質において新たな局所神経回路とその可塑性、臨界期の存在を見いだしましたが、今後、この局所神経回路が具体的にどのような情報処理を担っているのかを研究することにより、大脳の情報処理の仕組みの理解が進む可能性があります。さらに、本研究ではマウスを用いましたが、ヒトやサルでも類似の神経回路が存在するのかが興味深いところです。

また本研究で見いだした局所神経回路を破壊し、どのような行動異常が引き起こされるのか解析することにより、行動異常や疾患病態の理解につながる可能性があります。

このように本研究は、神経科学における大脳皮質の理解にとどまらず、疾患病態の理解など社会的なインパクトも秘めています。

<参考図>

図1

図1 ヒゲからの感覚情報の処理の流れ

ヒゲから得た感覚情報は、ヒゲの位置情報と触覚情報とに分離されてから、それぞれ脳幹部、視床、大脳皮質第4層、2/3層へと伝わると考えられています。PrVとSpV、VPMとPOmは、それぞれ脳幹部、視床のある部位の名前。

図2

図2 GFPが導入された大脳皮質の縦断面図

左右とも同じ断面図の写真ですが、緑色の露光時間が異なります。写真上部に大脳皮質2/3層があり、左の写真ではGFPが導入された神経細胞が緑色に光っています。右の写真から、2/3層の神経細胞から4層へ神経軸索が伸びていることが分かります。本研究では、4層へ伸びた軸索の分布を検討しました。

図3

図3 大脳皮質4層の横断面図

  1. 左: 破線は大脳の輪郭を示しています。2/3層の神経細胞から伸びる軸索の分布は、横断面では写真中央に蜂の巣状に見えます。この形状をバレルネットと命名しました。
  2. 右: マウスの顔のヒゲ分布パターン(矢印)。バレルネットがヒゲ分布と同様の分布パターンをしていることが分かります。
図4

図4 バレルネットの可塑性とその臨界期

図3で示した大脳皮質4層におけるバレルネットの拡大図を示しています。

  1. 左: 正常なバレルネット。ヒゲ1本1本にそれぞれ対応するバレルネットが分かります。
  2. 中: 生後1日のマウスのヒゲの毛根5つを熱により傷害すると、傷害したヒゲに対応する部分5ヵ所(矢印)が縮小するという可塑性が見られます(矢印が短くなっている)。
  3. 右: 生後6日になるとヒゲを傷害しても正常なバレルネットが形成されます。これらの結果から、臨界期が終了していることが分かります。
図5

図5 大脳皮質4層の縦断面の拡大図

  1. 左: 赤色はバレルネットの神経軸索を示しています。図1〜4では緑色に見えている部分です。
  2. 中: 緑色の点(矢印)はシナプス前終末を示します。
  3. 右: 左2枚の合成写真。シナプス前終末(矢印)が軸索上に分布していたことから、何らかの情報処理を行われている可能性が考えられます。

<用語解説>

注1) 大脳皮質(cerebral cortex)
大脳の表面に広がる神経細胞が集まる薄い層構造。内部には主に6層構造を持ち、高次脳機能に重要な役割を果たす。
注2) 子宮内電気穿孔法
マウス胎児の特定部位に、外来遺伝子を導入する方法。
注3) GFP
緑色蛍光たんぱく質(green fluorescent protein)の略称。下村脩先生がオワンクラゲより単離し、ノーベル化学賞を受賞されたことで有名。
注4) 体性感覚野
大脳皮質の中で、触覚の情報を受け取る部位。
注5) 可塑的変化
外界からの入力や刺激に対して、機能的もしくは構造的に変化する性質。脳神経系の持つ重要な特徴の1つ。
注6) 臨界期(critical period)
脳が可塑性を示す、発達過程における特定の一時期。感受性期とも呼ばれる。
注7) 軸索投射パターン
神経細胞は主に、樹状突起で他の神経細胞からの情報を受けとり、軸索を介して他の神経細胞へと情報を出力する。従って、軸索がどこに伸びているか(=軸索投射パターン)を知ることにより、神経細胞の情報の出力先に関する情報が得られる。
注8) セプタ
体性感覚野の中の一部。図3の緑色に見える部位の中で、蜂の巣状の部位にほぼ相当する。

<論文名および著者名>

“Whisker-Related Axonal Patterns and Plasticity of Layer 2/3 Neurons in the Mouse Barrel Cortex”

(マウスの大脳皮質バレル野における、2/3層神経細胞由来の軸索の分布パターンとその可塑性)

Keisuke Sehara, Tomohisa Toda, Lena Iwai, Mayu Wakimoto, Kaori Tanno, Yutaka Matsubayashi and Hiroshi Kawasaki
doi: 10.1523/JNEUROSCI.6096-09.2010

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

河崎 洋志(カワサキ ヒロシ)
東京大学 大学院医学系研究科 神経機能解明ユニット 特任准教授
〒113-0033 東京都文京区本郷7−3−1
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<JSTの事業に関すること>

原口 亮治(ハラグチ リョウジ)
科学技術振興機構 イノベーション推進本部 研究推進部(さきがけ担当)
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